2.コロコロと転がって街に行く
高頻度な更新を心がけたいですね。
『ユーザーに提案があります』
背中に背負った鞄から真っ白い球が喋る。一体口も鼻も目もない丸い物が、何かを見たり喋ったり、聞いたりをしているのか。私には全く理解できないけれど、今頼れるのはこの子だけ。手も足もない丸い物でありながら私の命を助けてくれた。
そんなマルの一言をしっかりと聞いて、私は返事を返した。
「何かしら?」
『ユーザーの名前が登録されていません』
まだマルには私の名前を教えていない。色々騒がしい事が重なりすぎて、そんな暇はなかったものね。
「クーナ•リェースよ。もう家に帰ることもできないし……リェースを名乗る事は無いわね」
私が家に帰っても、盗賊に襲われた馬車から貴族の少女が一人で帰ってくる。それがどういうことか、私は理解しているつもりだ。
私を見たお父様が、更に無価値な存在に向ける扱いを受ける事は間違いない。
ただでさえ無価値なスキルを持っているからと、政略結婚の道具として他国の貴族に嫁入りさせたのだから。
『クーナさん、悩み事があるなら。私で良ければ……』
「もういいの!どうしようもない事ですもの。私なんかいない方がいいのよ」
お父様は私がただ側に居ることすら許さないだろう。嫁ぐ予定の貴族の元へ行ったとしても、説明したところで受け入れられる事はない。
何もかも失った私に、本当に存在価値なんてあるのか。それなのに何人もの盗賊を拳銃で撃って殺してしまった。
『クーナさん。人の手で作られた私に、人間を慰める機能はありません。あなたは私の管理者です。私に決定する意思はありません。あなたが居ないと私はここでガラクタになるまで転がる事しか出来ません』
「でも……私はどうすればいいの?」
『私に何かを決める機能はありませんが、提案は出来ます。とりあえず道に沿って転がりましょう。私はただの球体ではありません。障害物が有れば止まったり、跳ねたりして避ければいいのです』
「ええ……そうね。死ぬのなんかごめんだもの」
『目標、生きましょう』
森を抜けて、平原に出る。馬車道に続いて歩いているので、このまま進めば人の住んでいる所に出られると思う。
『地図データーは保有しているのですが、現在位置が特定出来ないのでお役に立てません。それどころか、移動する機能を有したロボットのクセに移動速度が遅いせいで、クーナに運んでもらうとは』
マルから聞こえる声は調子が分からないけど、なんとなく落ち込んでるようにも思える。
「いいのよ。マルには助けられているのだから」
マルの大きさは直径十数センチぐらいで大きくはないけれど、魔物の討伐ではなく刺繍でしかレベルをあげたことしかない私には、マルの体は少し重たい。
「あれは街……かしら?」
遠くの地平線に長く横に広がる壁が見える。私の住んでいた国とは別の国に居るので、地理が全く分からない。
こんな事になると知っていたら地理の勉強をさせてもらっていたのに。
『望遠レンズの使用を提案、私をリュックから出して下さい』
「ぼうえん…?わかった」
背負い鞄の中からマルを取り出す。
地面をコロコロと転がると、低い唸るような音を立てると。マルの体に四角い穴が空いた。
「マル!痛くないの?」
『私はロボットなので、生物とは違います。痛いという感覚は器官ありません』
「よく分からないけれど、痛くないのならよかったわ」
『外壁の長さを確認。周囲の地形から貿易街コストルと推測します。治安B、銃火器の携行を推奨』
貿易街コストルは知っている。私の家が管理している領地の隣国にある街の一つだ。
「身分証はあるか?」
門の前では街の治安を守る衛兵の男性が身分証の提示を要求してくる。とは言え、リェース家の家紋が入った指輪を見せる訳にもいかない。すんなりと入る事が出来るだろうけれど、後が怖い。
「カラコ村から来ました」
身分の管理を請け負っている職業ギルドの無い、辺境の村から来た出稼ぎ労働者は補償金を門に預けて、各ギルドで身分証にもなるギルドカードを発行しなければならない。
「そうか……うちの子くらいか?補償金は5000カクルだが払えるか?おじさんが立て替えるから、ギルドカードを発行したら後で来なさい」
隣国の通貨は既にマーケットスキルのウォレットから引き出してあった。普通は両替に手数料を取られるらしいので、取られないのはとても助かる。
「ありがとう。でも、補償金は用意できているので大丈夫よ」
マルのアドバイスで、大きい額の貨幣をそのまま出すと怪しまれると言われたので。銅貨、銀貨の小さい額を纏めて両替した。
マーケットスキルで買った財布から硬貨をジャラジャラと出した。8000カクルぐらい入っている。通貨の種類は私の国と同じなので、5000カクルになるよう計算して、衛兵のおじさんに渡す。
「治安の悪い区画もあるから近づかないように。困った事があったら衛兵に言いなさい。……ところで、その財布は自分で作ったのかな?」
衛兵のおじさんが、私が仕舞おうとしていた財布を興味深そうに見ている。マーケットで買った財布は村出身の平民が持つにはいい物過ぎたかもしれない。もしかして盗難を疑ってるのかしら?何とか誤魔化さないと。
「えっと…近所の錬金術師のおばさんが作った布で作ったの」
「あ……すまない……可愛いらしい物を持っていたから、気になってしまった。うちの娘の誕生日プレゼントを何を買うか悩んでいてね。何せ男親一人だから、そういった物を選ぶのは苦手なんだ」
マルが言うには、マーケットスキルで買った物は無加工では人に売ったり出来ないそうだ。素材として買って加工して売る事は出来るそうだから、刺繍でも付ければ売れるはず。
「ええ、布にも余裕があるから。1000カクルぐらいでいいかしら?」
「それくらいで良いのか?見た事のない布地を使っているようだが……」
カガクセンイという、この世界に存在しない布。マルの生まれた世界では革よりも安いらしい。拳銃に必要な物を色々と買ってお金が心許ないから、安いのを買ったんだけど。
「明日には出来上がると思うので。名前を聞いてもよろしくて?」
「ソックだ。朝から日没が俺の当番だからそのぐらいに来てもらっていいか?」
「わかったわ」
「という事は…商業ギルドに行くのか?それならこの街道沿い、噴水広場を左手に曲がって直ぐだ」
何処のギルドに行くか迷っていたけど、丁度よかった。マーケットスキルで買った物で物を作って売ればお金を稼げる。冒険者のように魔物を討伐したりなんて荒事は、私には出来ないもの。
「ありがとう」
「ああ、気をつけて」
門を後にして、大通りをまっすぐ歩く。街の住人以外に、商人や冒険者の方々が歩いている。噴水広場では変わった格好をして、真っ白な顔に大きな口紅を塗った人がマルのような大きさの球を投げては、取るのを繰り返している。それを見ている方々はとても楽しそう。
「マル!あれは何かしら!」
『大道芸人ですね。芸をしてお金を稼ぐ職業です。あれはジャグリングという芸で……される側としては……最悪です』
「マルはあんな風にされた事があるの?」
『ジャグリングというワードで別ノードの共有記録が再生されました。私はオリジナルのノードですので実際には、この個体がされた訳ではありません』
マルは私には分からない事を沢山言うから分からないけれど。いい思い出では無さそうね。
「マルは昔大変だったのね!」
『申し訳ありません。ややこしい説明でした。このオリジナル機体はマスターの癖が強く……』
「マスター?」
『クーナ……私は……いえ……。私は、この世界では役に立てていますか?』
「ええ。マルが居るから私は生きていけるもの」
『ありがとうございます。クーナの為にもっと役に立つようアップデートしていきます』
真っ白で、とても丸い球体のマルには顔がない。声も単調で、怒ったり笑ったりといった感情がわからない。でも、マルは私の為尽くそうとしてくれているのは分かる。
私はマルの為に何が出来るのだろう?
マルは全方位に受光体センサーが装備されているので死角なく、周りが見えます。望遠能力に乏しいので望遠レンズを別に格納しています。
格納部分と本体の組み立てには、圧力で硬化するシリコンが使われているので、オーバーテクノロジーだったりします。