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13.恋する少年とお嬢ライダー①

 私は、長いアルミ筒をパイプカッターという名前の道具を、ローラーと歯の間に挟む。その道具から生えたネジを締め付けると、段々と隙間が無くなり、ガッチリと固定される。

 パイプカッターを一回転、アルミ筒の外周をグルリと回ると、歯が少し食い込む。またネジを締め付け、回す。その繰り返し。


「あと何回やれば良いのだわ?」

『今、四十三本目です』

「辛いのだわ、休みたいのだわ!」

『あと、六本で五十本です。もう少し、頑張りましょう』

「ノルマを少し減らさない?露店に売るのも作らなきゃいけないのよ?」

『電動工具を購入するか、それとも誰か雇いますか?ギルドでは子供のお駄賃で、簡単な事なら依頼できますよ』


 ギルドに依頼か……それも良いかも知らないわね。

 

 私は想像以上に過酷だった労働から、逃れる方法を錯誤していると、部屋のドアからノックが聞こえた。


「クーナちゃんいる?父さんがお菓子作ったから、お茶飲まないかって?」

「御同伴に預からせてもらいましょう?」

『ジーゼルさんのご厚意を無碍にするのは悪いですからね』


 私はマルを抱えて、食堂へ向かった。ふわりと、厨房から甘い匂いがしてきた。

 頻繁にお菓子を頂くので、お返しに砂糖を譲っている。マーケットスキルで購入したものを譲渡するのに制限はない。

 最近はジーゼルさんがウキウキで、お菓子を作りまくっている。

 最近、孤児院の子供達にお菓子が甘くないと不満を聞いてしまって落ち込んでいたそうだ。しかし、私が砂糖を供給する事によって、遠慮なく味を追求出来る様になったそうだ。

 全く、ご馳走して貰っていると言うのに、感謝の言葉ではなく、不満を言うとは。


「いやー助かるよ。父さんが無理して砂糖を増やそうとして、止めるの大変だったんだよね」

「いいえ、でもなんで子供たちは甘味に慣れてしまったのでしょう?孤児院の子達が買える甘いお菓子なんて、そこら辺には売ってないでしょう?」

「え?」

『え?』

「どうしたの?」


 私、何か変な事を言ったかしら?


「でもいくら安いからって、タダでいいの?」

「宿代安くするのもダメよ。お菓子代だと思って」

「しかも、マルちゃんにお菓子のレシピまで教えて貰ってるし」

「私の食べられるお菓子のレパートリーが増えるなら良い事だわ」


 ハイラさんは納得していないようだけど、対価を貰ったら、品物が無くなるのだ。それこそ無駄になってしまう。


「フルーツタルトだよ。今、紅茶入れるよ」


 ハイラさんが私の譲ったお茶をティーカップに注ぐ。マル曰く、このお茶で戦争が起こる程、紅茶好きな国で生産されたものだそうだ。

 切り分けられたフルーツタルトが、皿の上に乗せられる。地球の物とは違い、見慣れた果物が上に乗っている。


 マーケットスキルでお買い物した異国のお菓子も美味しいけれど、口に慣れ親しんだ食材の方が口に合うわね。


「とっても美味しいのだわ!」


 語彙を無くす程にフルーティーでサクサクして美味しいのだわ!


「だねー。マルのお陰で、父さんの料理のレパートリーが最近凄いことになってるよ」

『ネットワークのキャッシュに残っていたので。レシピの数は膨大です』


 相変わらず、マルの言っている事がよく分からないけれど。とりあえず凄いということだ。


「そうだ。今日、孤児院に菓子配りに行くけど、クーナもくる?」

「そうね……」


 私は、チラリとマルを見る。


『まだ付けに余裕は有りますし……良いと思いますよ』

「では、行きましょうか」

「クーナ……マルに新しいレシピを教えて……もらいたいのだが……」

『そうですね。私が孤児院へ行くと、サッカーボール扱いされ、子供達に蹴られまくる未来が見えるので。私はここに残りますね』

「それもそうね」

「うん……絶対にマルちゃんのこと蹴って遊び始めるよ、あの子達」


 一週間に一度。ジーゼルさんは孤児院の子供達にお菓子を作って寄付をしている。私がこの街に来て、会う人の殆どがいい人たちで良かったわ。

 お菓子を小型の折りたたみキャリアに入れて運ぶ。

 ジーゼルさん、砂糖を大量に手に入れて、テンションが上がったのか今日は随分と張り切ったみたい。

 どうやら、以前の不評にリベンジしたいようだ。


「ここだよ」


 孤児院があるのは教会の横。コストルのあるデセンド王国の国教メイメル教だ。

 私の住んでいた、ゼゼンダル王国の国教であるヒェザム教とは、信仰している神は同じだけれど、教義が違う。

 治癒魔法を授けて貰えなかったお陰で、今では盲信的な信仰を辞めたけれど。マーケットスキルが素晴らしい物だと知った今では、神様に対して、それなりに感謝している。

 

「随分と綺麗な建物なのね」


 私が想像していたのは、窓ガラスが割れて、痩せた子供達に溢れている所だったのだけれど。リェース領とは大違いね。


「経済拠点だからね。寄付も結構集まるみたいだよ」

「本当にここは良い街ね」


怖そうな人は沢山居るけれど、見た目に反して優しい人も多い。偶に殴り合いの喧嘩をしている人も居るし、犯罪もあるから治安もいいとは言えないし。衛兵の目の届くところであれば、危険な目に遭うようなことはない。


「王都から外れてるから、お洒落なお店はないし田舎みたいな街だけど、私は好きだよ」

「あら、よく来てくれたわね。いつもありがとう」

「こんにちはシスター」


 教会の方から箒を持った妙齢の修道女が歩いて来た。彼女は私の事を見て、一瞬だけ驚いた表情を見せたような気がした。


「もしかして、ハイラちゃんのお友達かしら?」

「うん。ウチの宿のお客さんでもあるんだけど」

「初めまして、シスター。私はクーナと申します」


 目上の者への礼をする。神にその身を捧げる修道女に対しては必要な礼節だ。


「あなた……とっても礼儀正しいのね」

「えっと、その。私の家は躾に厳しい家庭でしたので」


 身に付いた癖と言うのは抜けないものだ。普段、私が敬語を使う相手は家族と教会の方々だけ。普通の平民は敬語は使わない。平民で敬語を使う時は余程、その人の事を上の者として尊敬していると言う事だ。


「そろそろギルドでお仕事をしている子達も帰ってくる事でしょう。どうぞ、中にお入りになって」

「失礼します」

「いつも思うけど、クーナちゃん貴族のお嬢様みたいだね」

「ダメよ。平民を貴族のようだ何て言ったら、貴族の方に聞かれたら大事になるでしょう?」


 貴族はプライドが高い。顔も覚えていない複数人相手と文通する機会があったが、文面全てが自慢話ばかり。そんな人物が耳に入れたらどうなる事やら。

  

「もう、クーナさんたら。ゼゼンダルでは無いのだから。国王様がそんな事を許すはずがないでしょう?」


 何故シスターは、私がゼゼンダルの人間だと分かったのかしら?コストルは南のヴェイゼア帝国だって隣接しているのに。

 私が考えすぎなのか?


「ババァ!また来やがったのか!」

「はぁ……真っ先にクソガキが来たか……」


 ハイラさんがため息をついている。後ろを見ると、見たことのある子供が居た。よく私の露店に銅貨を一枚握りしめて来る子だ。


「もう、甘く無い菓子なんかいらねー!安く買えるところを見つけたんだ!」

「あんたに教えたの私なんだけど……」


 あ、まごうことなきクソガキなのだわ。一眼見ただけで、クソガキと分かるのだわ。

 でも変ね。小さい子たちを連れてきて買ってあげてたりしている所を見ると。良い子だと思っていたのだけれど。


「ダメよ!トルカ、何でそんな事を言うの?」

「最近、やたらとクソガキ度が増してきてねー。ギルドで一生懸命働いてるなーって感心してたらこれよ?」

「ちゃんとした子だと思っていたけれど、見損なったのだわ」


 トルカの目線が私の方へ向くと、彼の動きがピタリと止まる。


「な……なな……」

「な?」

「何でババァと一緒にここに居るんだよーー!」


 トルカという子供は走って何処かに行ってしまった。


「あ、そっか!トルカはクーナを知ってるんだ」

「ええ、よく来ているわよ。小さい子達を連れて。べっこう飴を買ってあげてるから良い子だと思っていたのだけれど」

「あーーーーーそっか!そういうことか!」

「ハイラちゃん、どういう事かしら?」


 シスターも私と同じく、ハイラさんのニヤニヤとした表情の意味が分かっていなかった。


「あいつもそーゆー年頃になったんだねー」

「あらあら……」


 シスターには分かったみたいね。どうにも私には分からないけど、第一に頭に浮かぶのは、あの子と私は仲良くなれる気がしないのだわ。


「クーナちゃん……いくら鬱陶しくても、殴るのはダメだよ?」

「殴らないのだわ!?」


 年下の子供を殴るなんて事するわけが無いのに。ハイラさんは私を何だと思っているのか。


「ハイラお姉ちゃんだ!こんにちわ」

「知らない人が居る!」

「すっごく甘いお菓子のお店のお姉ちゃんだ!」


 数人の子供達がハイラさんに駆け寄り、その勢いを借りて他の子供がわらわらと増えて来る。何人かはお店で見かけた事がある。


「こんにちは、今日も元気そうだね」

「こんにちは」


 甘いお菓子のお姉ちゃんと呼ばれで分かった。ジーゼルさんが落ち込むに至った原因は私にあった。

 それもそうだ。10カクル、五円で砂糖の塊の様な菓子を配れば、子供達の舌が肥えるに決まっている。


「ハイラさん……そのごめんなさい。ジーゼルさんが落ち込んでしまったのは、私のせいだったみたい」

「あーうん、別に大丈夫だよ。気づいてたし。というか私も原因の一人だし」

「なのだわ!?」


 私はおもちゃをマーケットスキルで買う事にしていた。マルからおすすめをメモしておいた。


「あなた達、これをあげるわ」


 竹とんぼという、おもちゃらしい。私も買ったばかりなので、実際に目にするのは今日が初めて。竹という素材で作るらしいけど、木でも作れるそうな。


「こうやって回すと」


 合わせた手のひらに棒を挟んで、勢いよく回す。ものすごい風切りの音が鳴ると、空へと飛んでいった。

 

「すごい!飛んだ!」


 子供達が興奮している。こんなに反応が良いと、私も嬉しい。正直、私も想像以上の飛びっぷりに驚いていた。

 竹とんぼを渡された子供達も遊び始める。


「どうやっても、さっきのクーナちゃんが飛ばした竹とんぼみたいに飛ばないんだけど………」

「……そういえば、私が飛ばした竹とんぼは何処へ飛んでいったのかしら?それより、他にも、持って来て来た物があるの」


 サッカーボールという、蹴って遊ぶボールだそうだ。マルはこの球の様に蹴られる心配をしていた様だ。確かに、大きさが良く似ている。

 マルから聞いた説明通りに、時間が経つと中の空気が抜けるからと言うので、筒状の空気入れも買っておいた。


「それじゃあ、蹴るわよ」


 子供達の一人に渡そうと、ボールを蹴った。勢いが強すぎたのか、子供が怖がって避けた。受け取る相手が居なくなったボールは更に遠くへ。直線上には別の子供が歩いていた。


「ふべらっ!!!」


 その子供なら顔面に直撃すると、吹き飛んだ。そのまま勢いよく、倒れこむ。私は急いで駆け寄った。


「えっちょっ!大丈夫!?」


 ボールに当たったのは、さっきのトルカと言う子供だった。

 

「へ、平気だし!全然余裕だし。痛くねーし!」

「ごめんなさいね。あら、顔が真っ赤になっているじゃない!目には当たっていないわよね?」


 両手でトルカの頭を固定して、目に損傷は無いか確認する。


「クーナちゃん、レベルの低い子供にあんな事したらダメだよ!」

「ごめんなさい。気をつけるのだわ……」


 レベルのせいで想像以上に身体能力が上がっているみたいね。無意識に力が強くなってしまうから、力加減に慣れないとダメね。


「よかったー当たったのがトルカで。ほら、治癒魔法、かけてあげるからこっちおいで」

「いらねーよ!こんなんで怪我するほど弱くねーし!」


 さっきみたいに走って、施設の中に逃げていった。


「弟が居ても、関わらなかったから分からなかったけれど。あんな感じなのかしら?だとしたら大変そうね」

「あれはちょっと違うかなー?」


 子供と遊ぶのは初めての経験だったけれど、とても楽しい。無邪気にはしゃぐ子達を見ていると、私も無邪気になったような気がする。

 日も暮れて、宿屋に帰ると。夕食を頂く。そして、マルからはアルミパイプの切断を催促される。


「今日はクタクタなのだわ!?」

『ですが、まだ寝るには早すぎます。明日の露店で売る商品をストックしましょう』

「うう……分かったのだわ……」


 大変だけど、豊かな暮らしの為に頑張るのだわ!


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