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12話 一撃必殺

 

 その瞬間から兵士達は慌ただしく動き始めた。

 弓兵達はコボルトに向かって一斉に弓を引く。もちろん倒せるなどとは思っていない。少しでも、狂戦士が回復するまでコボルトの意識を遠ざけようとしているのだ。

 魔法部隊(こちらはエルフでなく人間)の僅かな生き残り達は、示し合わせたように狂戦士の元に駆けていき、治療魔法で傷を癒している。

 そして狂戦士が離してしまった大剣を十人以上の兵士達が担ぎ、彼の元に運ぼうとしている。しかし剣は想像以上に重たいのか、まるでアリが歩くような遅さでしか進まない。それも屈強な戦士達が何度も交代して体力を回復させながら、である。


 行動は違えど全員の想いは一つ。あの巨大なコボルトを、狂戦士に倒してもらうことだ。




「ーーもう一つは、全てのものを斬る能力。今から見せてやる」

「ーーもう一つは、全てのものを斬る能力。今から見せてやる」

「ーーもう一つは、全てのものを斬る能力。今から見せてやる」


 狂戦士が吹き飛ばされた瞬間からイリスの頭ではその言葉がずっとリフレインしていた。

 やられてんじゃないの!

 しかし心の中でツッコミを入れても状況が良くなるわけでない。狂戦士が吹き飛ばされた今、自分も彼が再び剣を握るまで時間を稼がなければならない。


 彼の言葉に嘘がないとすれば、恐らく狂戦士にはまだ何か秘策があるはずなのだ。


 イリスは目を閉じ、魔法の詠唱を始める。

「ーー落ち降る神の怒りよ、敵を穿つ神の刃よ、今こそ我に集い、閃け。雷鋒!」


 イリスが目を開いたその瞬間、コボルトの頭上に激しい光が閃いた。空気の裂ける雷鳴が轟き、コボルトの身体を黄色い輝きが貫く。

 雷撃に包まれた双頭のコボルトは、動きを止める。

 ーーどうだ。


 コボルトを包んでいた光が消え、その姿が現れる。


 青白い目がギョロリとこちらを向いた。飛び出しそうな4つの目が同時にイリスを捕捉する。その威圧感は十匹以上のコボルトに囲まれた時よりも、更に大きな恐怖心をイリスに与えた。

 彼女の使える中で最も強力な魔法が、全く効いていない。

 双頭のコボルトは魔法を受ける前と同じ姿で悠然と立っている。


 コボルトがイリスの方にに向けて歩き出す。

 こっちに来る。

 まずい。あれに全力で来られたら避けられる自信が無い。

 体の芯から冷たくなるような感覚がイリスを貫く。

 横から幾筋もの矢がコボルトに当たるが見向きもしない。

 コボルトが態勢を低くする。

 終わる。

 全ての景色が、音が、ゆっくりに見え始める。

 矢が当たって虚しく落ちていく音。

 兵士達の怒号。

 白兵戦を仕掛けようと向かっていく戦士達の声。

 コボルトの背後に明滅する緋色の光。


 緋色の光。



















 ーー天を切り裂き

 地を断つ剣よーー




 明朗な声が、けたたましい音の鳴り響く戦場に立ち昇る。

 一瞬の静寂が辺りにベールを掛ける。



 ーー我は穢れを背負う者。



 双頭のコボルトが狂戦士の方へ振り返る。



 ーー我は全てを滅す者。

 ーー我は全てを還す者。



 コボルトの目に映ったのは、大剣にもたれ掛かるように立ち、されど自分を睨みつけ、炎のように燃える双眸。



 ーー我は全てを喰らう者。



 詠唱を続ける狂戦士にコボルトは歩みを向けた。こいつを倒せば、今度こそ、ここにいる人間は全て自分の餌となる。



 ーー我は全てを刻む者。



 狂戦士は剣を下段、自分の後ろで構える。



 ーー我は全てを断ち切る者。



 キーン、と耳鳴りのような音が広がり、同時に狂戦士の刀身が、紫に近い赤色に色づき始める。



 ーー黒鋼におわす白銀の公よ。



 双頭のコボルトが弾かれたように走り出す。

 地を蹴る一歩一歩が地面を揺らす。

 口から不気味な蒸気をたなびかせながら急激に迫る。



 ーーここに力の解放を宣言する



 狂戦士は大剣を引きずるように、されど闇に忍ぶ灰の如くにじり寄る。



 淡い光で満たされていた狂戦士の刀身が、打たれた鉄のように強く光った。





 踏み込む足が大地を噛んで、


 瞳呼応し緋色を増して、


 握るその手に信念宿し、


 振りかぶるのは、


 必殺の剣






 この一撃で終わらせる。





「二式『劫火』」






 飢えた獣のように獰猛な風切音が轟き、

 二者が、巨大なエネルギー同士がぶつかるその瞬間、大剣が一際強く閃いた。

 狂戦士の剣が、当たる。

 いや、へし折り、押し潰す。

 鉄を裂くような轟音を響かせ、その大剣は天地を割った。


 大剣は、弓でも魔法でも、そして先ほどまでの狂戦士でも貫けなかったコボルトの身体を、まるで布のように一刀両断した。


 狂戦士の剣が大地に届いた瞬間、十字架の形をした光が無数に輝き、草原が更に明るくなる。


 その光景がイリスにはまるで影絵のように印象的だった。



「バカ、ナ……」

 真っ二つになったコボルトは、その言葉を最後に、うつ伏せに倒れ伏せた。既に黒い霧のようになって身体は消え始めている。


 それを確認した狂戦士は振り返り、大剣を空高く掲げた。

 勝利宣言だ。


 固唾を飲んで見守っていた人たちは一気に歓声を上げる。そこかしこで肩を組み、抱き合って喜んでいる男達が目に入った。その中には、死んだと思われていた副隊長の姿もあった。コボルトに殺される寸前でエルフ達に助けられたのだ。




 すごい。本当に倒してしまった。

 全てを斬る能力。

 その言葉に嘘は無かった。

 本当に彼は何者なのか。いや、今そんな事はどうでもいい。一言でいいから労いの言葉を掛けてあげたい。


 イリスが狂戦士の方に歩いて行こうとした時だった。狂戦士が急に掲げていた剣をその場に落とし、まるで棒の如く仰向けに倒れてしまった。

「ちょっ、狂戦士……!?」


 イリスが慌てて駆け寄ると、狂戦士はぼんやりとした顔で夜空を眺めていた。

「もうやだ、あの剣。重すぎる」

 やっぱり重かったらしい。

 とにかく、生きていたようで安心した。

「本当に何でも斬れるのね」

 イリスは狂戦士の横に座り、笑いかけた。


「へっ、俺様を誰だと思ってやがる」

 狂戦士は力無く笑い返す。どうやら衰弱しているのは本当らしい。早くヒーラーを呼んで手当てしてもらった方が良さそうだ。

「大丈夫? 起き上がれる?」

 すると狂戦士は顔を両手で擦りながら、言った。

「お前が添い寝してくれたら起きれそうな気がする」

「じゃあ朝まで寝てなさい」

「ひどい」


 眉をひそめる狂戦士の顔をおかしげに眺めた後、イリスは目を夜空に移した。

 先ほどまでは戦闘に夢中で気付かなかったが、夜の濃さが藍色になり、東の空がうっすらと色付き始めている。

 やがて日が昇るだろう。

 イリスはまた狂戦士に視線を戻し、言った。

「ありがとう、一撃必殺の狂戦士さん」






 このお話は邪神の支配する国で起きた出来事。

 全ての暴虐を、殺戮を、悲劇を、災厄を、

 たった一人の剣士が、その一撃で全てを覆すまでの物語。


 彼は後にこう語り継がれることとなる。





 一撃必殺狂戦士とーー。





 おわり

お読み頂きありがとうございました。

今回は読み切り版なのでこれまでになります。

本編はいつになるのかって?

いつになるんだろうね!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 [気になる点] 途中で狂戦士視点に変わってるので、あれ?と思いました。
[良い点] シリアスだった。意表をつかれました。いや書ける人だとは知ってたんですけどね?笑笑 面白かったです! [気になる点] >まるで棒の如くうつ伏せに倒れてしまった。 >「ちょっ、狂戦士……!?…
[良い点] 「ありがとう、一撃必殺の狂戦士さん」 これなんだよなぁ [気になる点] カニ魔導士〈コック・某闇力雑誌の選考からギリギリ外れる程度の闇力(笑)〉が闇魔導士(実はめちゃくちゃ強い)だと………
2020/05/09 21:26 退会済み
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