根本
「・・・アールさんの言ってた、お前さんの力の根本って、どういう事だろ・・・。」
永久凍土の工業都市マイスから遥か西、広大な樹海をサシャは進んでいた。鬱蒼と生い茂る木々に阻まれ、陽の光はほとんど大地には届いていない。
「この樹海って・・・もしかして・・・。」
樹海のあちらこちらに、倒れた石柱や朽ちた石像が見え隠れしている。これらからは常に、微量の魔力を感じる。
「旧時代の魔法都市・・・。」
災厄の時代より更に遥かな太古の時代、現代に酷似する文明が存在したという言い伝えがある。その時代に見出された力があった。『魔力』である。自然界で起こる事象を操る技術を紡ぎだしたのだ。その技術は『魔法』と呼ばれる様になり、そして魔法はやがて人を魅了し、惹き付け、やがて国が出来た。強力な力を持ちながらもその国では優秀な王の素晴らしい施政により、民の心は平穏が保たれ、争いは起こらなかった。しかし人には命の終焉が訪れる。魔法という偉大な力を会得した王にも・・・。魂の火が消えようとする王を救わんと動き出した者がいた。
魔力を発見し、魔法を完成させた賢者シュゼル。生命に関する深い知識を持ち、優秀な医師として認められていた彼は、ある時自然界に起こる事象に、自身の肉体が『呼応』している事を認識した。例えば火。燃える火を見ると脳内に何も無い所に火が灯るイメージが鮮明に浮かび、手をかざした先に小さく火が着いた。次は風。風を受けると自身から風が吹き出すイメージが浮かび、掌から風が吹き出す。
彼は『悩んだ』。
当時は自分しか持たなかった特異な力に、思慮がついていかなかった。シュゼルは自分に何が起こっているのかを、医術の知識を活用しつつ自分を使って実験し続けた。そしてとある特性を見つけた。人を成すのに欠かせない遺伝子。シュゼルには自分のイメージに強く反応し、自然界に干渉出来る力を持つ遺伝子が備わっていた。シュゼルはこの遺伝子との呼応の力を魔力とし、魔力を用いた様々な術式を編み出しこれを魔法と呼ぶ事にした。そして同じ特殊遺伝子を持つ周囲の人々にも分け隔てなく伝承していった。同じ年の同じ日に生まれ、親友として育ったこの国の王も特殊遺伝子を持っていて、共に魔法の発展と伝承に力を注いだ。
そして今。シュゼルは試そうとしていた。生命の摂理を覆す程の、新たな魔力の可能性を。止まりそうな生命の循環を再び動かす。『蘇生』の魔法である。
かなり複雑な術式でシュゼル自身の負担は莫大な物だったが、魔法は見事に成功し、王、シュゼルにとっての親友は再び生命を得ることが出来た。しかし王は、疲れ果てたシュゼルに意外な言葉を向けた。『この魔法は生命の摂理を汚した。あってはならないものだ。禁呪とする。世に出してはならん。』と。聡明であるが故の、冷たい言葉だった。そして始まってしまう。王こそ絶対である民衆からの『迫害』。シュゼルは逃げる様に国を離れ、樹海の奥地に姿を消した。彼が記した魔法に関するあらゆる書物を残して。その後再び王が終焉を迎えた後に、国で魔法大戦が勃発、一時代は幕を閉じた。しかし魔法は僅かな生き残りの民と共に世界中に持ち出され今に至る。
「強い魔力を感じる・・・。」
サシャは立ち止まった。目の前には突然の空き地。周囲に六つ、等間隔に水晶玉。ちょうど六芒星を見取ることが出来る。
「封印・・・いや、扉と言うべきかな・・・でもカギが分からない。」
サシャは試しに水晶玉に魔力を当ててみた。様々な順番を試したが何も起こらない。次に魔力を杖に込め、水晶玉を繋ぐように六芒星を大地に描いてみた。水晶玉が光る。
「来た!」
サシャが六芒星の中心に立つ。しかし。
「ええ〜違うの〜!」
水晶玉は輝いているが、まだ何も起きなかった。不意に杖がぼんやり輝く。そして脳に直接、懐かしい声が響く。
「シグ・・・私の力・・・大地に送りなさい。」
「エタさん!」
シグの杖に色濃く移るエタの思念が伝わって来た。サシャは力一杯魔力を杖に送る。シグの力が呼び覚まされる!六芒星の中心に杖を突き立てた瞬間、サシャの心身は六芒星に強く引き込まれた。
「う・・・。」
一瞬、意識を失っていたサシャはゆっくりと起き上がり、同時に目の前の事態に慌てふためいた。
「ちょ!!な、何よこれ!!」
そこには漆黒の闇が天地に広がり、サシャと人一人分の床、そして床から伸びる通路が不思議な光に照らし出されている。その通路の行く先は、自然の摂理から大きく逸脱し、うねり、ねじれ、折れ曲がり、遥か彼方まで続いていた。
「これを進めってわけね、この闇の深さ、落ちたら絶対帰って来れなさそう、でも、どうやって・・・。」
しばらく立ち尽くしていたが、通路の遙か先をキッと見据え、意を決して歩き出した。
「進むしか・・・進むしかないんだもの!」
すぐに最初の難所を迎える。天地無用で螺旋を描く通路。
「私にも唯一の力がある!ずっと磨いてきた魔法の全てを使って乗り切る!」
サシャは魔力を振り絞って自分の脚に集め、全力で走り出す!加速の魔法。その加速は螺旋によって強力な遠心力を生み、サシャは落下する事なく見事に駆け抜けた。
「ハァ、ハァ、まずは一つ。」
螺旋の先はしばらく直線。息を整えながら、一歩踏み出すと・・・。
「きゃ!!」
通路の一部があっさり崩れ落ちた。
「も、もしかして、この通路・・・朽ちてる・・・。」
サシャは通路に魔力を当てた。
「やる価値はあるかも・・・通路の傷を治す!」
使ったのは治癒の魔法。暖かい魔力の光。人の傷が治るように、通路の傷みが消えてゆく。足を載せてみると不安は感じなかった。
「行ける!」
こうして自分の歩幅の分の通路の強度を回復させながら、慎重に一歩一歩進み、無事切り抜けた。しかしその先は。
「ふぁぁ、やってくれるわね!」
垂直に真上へ伸びる通路。一旦平坦となりその先は真下、また平坦になりまた真上と交互に配置されている。
「神聖魔法は人を治したり強くしたり、敵を弱らせたりする魔法、でも強化魔法で脚を強化しても、ジャンプ一発ではこの高さは難しい、仮に上手く行っても次の下降が・・・。」
しばらく考え込んだ。
ひとつ閃いた。
「ある!私の魔法で出来る事!」
サシャは今度は垂直の通路に右足をかけ、靴に魔力を集めた。そして左足をゆっくり浮かせる。
「上手く行きそう!でも気を緩めたら最後ね!」
そして次は左足の靴に魔力を。そう。サシャは再び治癒の魔法で人の傷を繋ぐように、自分の足、靴、通路を繋いだのだ。左右交互に魔法で繋ぎ、上手く進んで行く。
「この調子で抜ける!」
上昇も下降も集中してこなしどうにか切り抜けた。
その先の通路は、凄まじい速さで『動いて』いた。
「進みたい方と逆に通路が動いてる。速さに負けずに抜けるには、強化じゃ間に合わないわね、使える魔法は・・・あれだ!」
サシャは動く通路にとある魔法を掛ける。魔物や悪人に追われたとき確実に逃走する為に敵に使う鈍足の魔法だ。通路の動きも遅くなった。しかし前進可能まで至らない。
「これが限界、でもこれで加速すれば!」
サシャは自分に加速の魔法を掛け、通路を走る!その速度は通路に勝り、どうにか渡りきった。疲れが出てへたり込む。
「ハァ、ハァ、全く、これ作ったやつ相当なひねくれ者よね、絶対そうよ!」
呼吸を整えてゆっくり立ち上がったサシャの目に飛び込んだものは。
「えぇえ!!ちょ!どーすんのこれ!!!」
一筋の通路の向こうには、うず高く積み上げられた瓦礫の山
しかも今にもなだれを起こしそうな脆弱な噛み合わせ。ひとたび崩れ出せば奈落に押し流されること間違い無しの状態だ。
通路を進み目前の瓦礫を見上げる。ふとある事に気付く。
「この向こう・・・壁?異空間がここで終わってる。この瓦礫、何かを隠してる!」
異空間の終点。下手に手を付けられない瓦礫の山。
「私の魔法には何かを破壊する種類のものは裁きの神槍しかないけど、こんな狭い通路に六芒星なんて描けないし・・・ムム〜!!ムカつく!!」
なす術なく瓦礫を睨みつける。
「く〜落ち着けワタシ!考えるんだ、瓦礫をパーッと消し去る方法・・・ん・・・消す、そういえばあれ・・・似てるかも、今まで考えもしなかったけど・・・死してなお生きる者たちを地に返す・・・あの魔法使ったとき彼らは光になって消えてく。もしかしたら・・・消せるんじゃ・・・。」
サシャは瓦礫に向かって印を結ぶ。
「彼らの肉体を光の粒に変えるように、瓦礫を!」
山は光に包まれ、目に見えないほどの粒になって消えてゆく。
「やった!効いてくれた!」
完全に消え去った瓦礫が隠していたもの、それはたった一つの扉だった。その扉の奥から来る巨大な魔力を、サシャははっきりと感じ取った。
息を呑みサシャは扉に手をかける。
「居る。確実に。すごい人が。」
意を決して扉を開き中に飛び込む!
そこは・・・。そしてそこには・・・。
「え・・・え・・・何これ、思考がついて来ない・・・。」
草木が生い茂り、陽の光が降り注ぎ、小鳥たちが囀る。向こうには池。そのほとりに人影。
「あの人、凄い!」
サシャには分かった。強力な魔力を放ち、この異空間を生み出したであろうその人影にゆっくり歩み寄る。こちらに気付き振り向いた。いかにも上流階級と感じ取れる、きちんとした身なりの青年。
「何者だ!」
厳しい言葉を突きつけてくる。
「あの・・・貴方は?」
「おや?自分が名乗りもしないのに、先に他人に口を開かせようと?挨拶もしないし、礼節と言うものを知らないのか?」
男は目を細め、厳しくも威厳のある口調でサシャに言葉を向けた。
「あ、ごめ・・・いや、し、失礼しました!すみません!私はサシャと申します。アールという方の使いで貴方を訪ねてきました。」
サシャは不愉快にはならなかった。男はそれほど荘厳な風格に満ち満ちていた。
「・・・アールの使い、か・・・。」
男は少し驚きをみせ、サシャを見据えた。
「なるほど、かなり鍛え上げられた魔力。ここに辿り着けるのも頷ける。どうやら、歴史が動き出した様だね。私はシュゼル。鍵を預かりし者だ。」
「シュゼル・・・さん・・・て、ウソでしょ!魔力の第一発見者で、世界に魔法をもたらしたって言われてる伝説の賢者!まさか・・・ご健在だなんて!」
「ほほう、私も驚きだ。まさか私の名を知るものがいようとは。そして・・・私の名を知るならば、私がここにいる所以も知っていよう!私の純粋な想いを知ろうともせず、絶対君主のたった一言で私を悪と仕立て上げた人間!誰であろうが私は信じぬ!サシャよ!どこで知ったかアールの名を語り鍵をかすめようとするとは言語道断!死ぬがよい!」
シュゼルは凄まじい殺気と共に、絶大な魔力を解き放った。
「きゃあああああ!」
解放された魔力にサシャは弾き飛ばされた。
「・・・殺られる、戦わなきゃ、殺られる!」
サシャは歯を食いしばり、恐怖を押し退け立ち上がった。
シュゼルは周囲に何やら結界の様なものを張り巡らした。
「絶対に逃さぬぞ!くらえ!」
次々と巨大な火球を放つシュゼル。加速を使い紙一重で交わすサシャ。しかし!
「う!ヤバい!!」
地面がうねり、サシャの脚を包む。そして頭上から雷!
「他愛もないわ。」
シュゼルの勝利の確信はすぐに崩れ去る。
「結界間に合った・・・。」
「ほう・・・。」
シュゼルは目を細める。サシャの目付きも変わる。
「ここに来るまでに気付いた事がある。魔力とは魔法とは何なのか、それが少し見えた!活かし切れば、勝機はある!」
「吹っ切れたか。」
空中で空気を凍らせ。氷の槍を雨のように降らせるシュゼル。しかし。
「な!この短期間でここまで『原理』をものにするとは!」
氷の槍の落ちる速度が見る間に低下し、更に次々と消えて行く。休まず雷や火球で攻撃を繰り出すシュゼル。しかしそれも全て消え去って行く。その刹那。
「こっ・・・これは!」
サシャはすでにシュゼルの目の前に立ち頭に手を触れた。加速より圧倒的に速く間合いを詰めてみせた。シュゼルは風を起こしてサシャを吹き飛ばそうとしたが。
「くっ!」
「上手く行った。あなたの特殊遺伝子の活動を停止させたわ。魔法は使えないよ。私分かったの。魔法は特殊遺伝子が精神に作用して、物質を作る粒子の加速、減速、結合、分解を操作して生み出すのね。ここに来るまでの迷宮、正にそれを体感するものだった。そして魔力の根本、特殊遺伝子が停止したら、何も起こらない。」
シュゼルの特殊遺伝子の停止と共に結界が消えた。
「私の遺伝子活動を生み出す粒子を強力に結合して、特殊遺伝子の運動を阻害したか。先の瞬間移動も、自身の肉体の粒子全てを取りこぼさず分解、加速、再結合させる大技。あの一瞬で成し遂げるとは。やはり人間は、素晴らしいものだな。」
「この杖を見て下さい。シグの杖。アールさんの使いである証と認めてください。そして鍵を、私に。」
「・・・やはりその杖はシグか、まごうことなきアールに認められし者なのだな。鍵の回路は渡そう。」
シュゼルが何やら印を結ぶと空間が裂け、機械の部品の様な物を取り出した。その瞬間!
「現れたわね!」
「掛かったな!」
別の空間の裂け目から銀色の肌の男が現れた。しかし。
「・・・。」
シュゼルはサシャとの戦いで最初に張った結界と同じ結界で、銀色の男を一瞬で包み捕縛した。
「・・・?!」
「貴様の存在などとっくに気付いていたのだよ!」
「そ!シュゼルさんの機転でひと芝居打ったって訳!」
「・・・ナ・・・ナ・・・ソンナ。」
「七機人が一人ゲイン!貴様が空間転移の達人である事はアールから聞いていた。だから私は粒子が触れるとその活動をを阻害する結界を作り転移を阻止、そしてサシャのみにしか受け取れない思念で対話し、険悪な空気を作り、本気で戦い、私の魔法を擬似停止させてもらったのだ!私とサシャの隙を狙わせるようにな!その結界も粒子運動阻害。もう貴様は無力だ!」
「そして準備完了!消えなさい!」
地面にはゲインを中心に六芒星。サシャの渾身の裁きの神槍が放たれ、命中の瞬間にシュゼルが結界を解く。凄まじい光の束がゲインを包む。消えて行くゲイン。その時!
「え?え?ちょ・・・!」
結界が解かれた一瞬を突き、ゲインは咄嗟に転移の魔法をやみくもにばら撒き、サシャに命中してしまった。
「くっ!!」
シュゼルはこの一瞬の攻撃もある程度予測していたが、守ろうとしたのは回路で、サシャが的となるとは想像しなかった。サシャは何処かに転移されてしまった。
「しくじった!鍵は守ったが、私が居ながら・・・サシャ、君の事は私が責任を取る。アール・・・フファの災厄の時代、私に人の強さ、素晴らしさを思い出させてくれて、共に災厄を乗り越えた新たな親友よ・・・今度は私に力を貸してくれ。」
数千、いや、数万の時を超え、伝説の賢者は再び立つ。




