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第四話


 ウィイイイインと僅かな振動と共に下層へと降りていくエレベーター。

 頭上に表示される階数をぼんやりと眺めながら、ユキが感心したように声をあげた。


「ずいぶん下まで下りるんですね」

「ああ。オレもよくは知らないけど元々この機関は地下数百メートルまであるからな。ユキもここに着いた時は驚いたんじゃないか?」

「ええ」


 ザキの言う通り、確かにと頷く。

 あの公園の下にこんな大きな施設があるなど、誰が想像できるだろう。

 どうりで見つからないハズだ。


「ま、ざっと説明すると──この機関は上から下までがすり鉢状の構造になっていて、上から順に関係者用の居住スペースやその他共有施設、中階層から下が機関本部になっているのさ。ちなみにオレ達がこれから向かうゲートはもっと下だ」

「へ~」


 現在このエレベーターに乗っているのは三人。

 いわずと知れたユキとクロト、それにどういうわけか共についてきたザキだ。


「何でお前までついて来た」


 ジロリと背後に立つザキを不機嫌そうに見据える。


「いいじゃん、そんな固いこと言うなよ。どうせオレの仕事は終わってるんだし。ちょっとした息抜きさ」

「息抜きで人の仕事についてくるんじゃねえ」

「安心しろって。お前らの仲を邪魔したりはしないからさ。ってやだなーそう睨むなよ、軽い冗談だろ」

「今すぐ息の根を止めてほしいか?」

「だから怒るなって。カルシウム足りてるか? お前小魚とか牛乳ダメだもんなー。それじゃ血圧上がるぞう?」

「誰の所為だ、誰の! このガキだけでも邪魔だってのにテメエのおまけなんぞ冗談じゃねえ。だいたい、勝手についてきていいもんじゃねえだろ」

「なあユキだってオレがいた方がいいよな?」

「話を聞け!」

「え、あ、まあこの人と二人きりよりは……」


 突然話を振られ戸惑い気味に頷く。


「ほらな? 大丈夫だって、英里にはあとで報告すればヘーキさ。心配しなくても仕事中に余計な手出しはしないって」

「…………」


 どう言ったところでついてくる気だろう。

 パタパタと手を振ってへらりと陽気に笑うザキに、これ以上言ったところで結局は無駄だ。

 不承不承クロトが舌打ちすると、ザキがニッと笑ってユキを見た。


「ってワケだ。何かわからないこととか、聞きたいことがあったらどんどん訊いてくれよな」

「はあ……」

「ん? どうした?」

「──あ、いえ。……ザキはクロトとは付き合い長いんですか?」

「オレ? んーそうだなー。オレら同期で入ったんだけど、それ以来かな。それがどうかしたのか?」


 再び正面に視線を戻したクロトの背をちらりと見つめてユキが小声で呟く。


「いえ、よくあの人と付き合えるなあって……」

「あの性格だからな。でもあれで意外といいヤツなんだぜ。からかうとおもしれぇし。ま、ちょっと命がけだけどな」

「そうですかぁ?」

「お、信じてないな。ユキはアイツとやってく自信ないのか?」

「当たり前ですよ。口も性格も悪くて人の話を全然聞かないうえに協調性ゼロ。それでなくてもガキ扱いされてるのに、これでどうやってうまくやってけるなんて思えるんです?」

「はは、まあそりゃそうかもしれないけどさ。でもオレ的にはお前らいいコンビになれるんじゃないかって気がしてるんだぜ?」

「僕達が?」

「そっ」

「ありえないですよ」


 きっぱりと言い放つ。


「いーや、どーかなー? 人生何が起こるかわかんないしな」

「さっきから何コソコソ話してやがる」

「んーたいしたことじゃないって。先輩としてアドバイスをちょっとな」

「どうでもいいが、もうすぐゲートに着くぞ」


 ポーンと目的の階に着いたことを知らせる合図が鳴り、今までの会話などなかったように三人はゲートへと続く通路へと足を踏み出した。



「──うわあ!」


 ざわざわと聞こえる様々な研究者、技術者達の声。

 地下とは思えない大きなホールのような空間の中央には、十メートル程の二本の巨大な機械の柱が門のようにそびえ立ち、その周りを様々な計器が囲んでいる。

 ゲートへと続く通路を進み、その扉の先に辿り着いたユキは、目の前に広がるその光景に思わず感嘆の声を零した。


「これがゲート……」

「やっと来たか」


 カツカツと靴音が聞こえ柱の傍からこちらへとやって来る人影。


「よおガキ共。ずいぶん遅かったじゃないか。お前が新人か」


 年の頃は三十代前半といったところか。

 紡がれた声は低く、百八十を越す長身にがっしりとした体つきは技術者、研究者というよりもむしろ死神らしく見える。

 白衣姿の男は三人の姿を見つけると、煙草をくわえたまま白衣のポケットから出した手を持ち上げた。


「俺はこのゲートの管理者で、技術主任のクライヴだ」

「ユキです。よろしくお願いします。えっと、クライヴさん」

「クライヴでいい。英里から話しは聞いている」

「……って、え? あの?」


 その手が伸ばされたと思えば「なるほどな」という呟きと共に、おもむろに頭を鷲掴みにされポンポンと叩かれる。


「こりゃ先が楽しみだな」

「ちょッ、何なんですか一体!」


 そのままグシャグシャと頭をかき混ぜられ慌てるユキの言葉を遮ると、クライヴはその一歩後ろにいたクロトとザキに視線を向けた。


「なんだザキ、何しに戻ってきたのかと思えば、この二人相手に野次馬根性か?」

「そんなトコだな。コイツらだけとちょっと心配でさ。ああ、英里には後で報告するって」

「別に俺には関係ないからな。好きにすればいい。で、そっちの奴は戻った早々、歪みの発生を聞いて勝手に飛び出したと思えば……。随分と面白いことになったらしいじゃないか」

「別にテメエに関係ねえだろ。英里の代わりにお前が説明するんなら、くだらないことはいいからさっさと話せ」

「相変わらず可愛げが無いねえ。たまには愛想笑いの一つも見せたらどうだ? せっかくの美形が台無しだぞ」

「可愛げなんぞ無くて結構だ。テメエの御託にこれ以上付き合ってられるか」

「そうやっていちいち反応する辺りは、まだまだ子供だな」

「黙れ」


 そう言ってクロトの眉間のシワが深くなるのを見て、クライヴがクツクツと笑う。

 そのやり取りを間近で見たユキは、乱れた髪を直しつつザキの横に避難とばかりに移動すると、視線はそのままに小声でこっそりと問いかけた。


「……何なんですか? アレ」

「ん、気にするな。いつもの事さ」


(いつもの事って……)


「──どういう関係なんです? っていうかあの人は一体……」


 ザキが相手の時とはまた違った意味で本気で心底嫌そうな反応をしている様から察するに、何やらただの仕事仲間というわけではなさそうだが。


「クライヴはアイツの師匠みたいなもんさ」

「師匠? でもクライヴは──」

「アイツは元、死神なんだよ。それもかなりの腕利きのな」


 今でこそ研究者としての顔の方が定着しているがその実力は折り紙付き。


「つまりお前らにとっては、俺は偉大な大先輩というわけだ」

「ハッ。おいガキ、言っとくがこの馬鹿の言葉を真に受けんじゃねえぞ」

「ほう、ダメ弟子がこの天才である俺に向かって馬鹿呼ばわりとはいい度胸じゃないか」

「馬鹿とナントカは紙一重だろ。テメエこそ誰がダメ弟子だ」


 これ以上コイツの挑発に乗っては駄目だと、クロトが沸々と沸き上がる怒りをなんとか押さえ込む。

 Dの研究者にして稀代の死神だったことは事実だが、それとこのふざけた人格は別だ。

 腕がなまるといって稽古に付き合わされるのはまだいい。

 だが、


「大体、暇なら手伝えと技術部の書類整理だの何だの片付けに付き合わされるわ。ふらりと昼時の食堂にやって来たと思えば人の食事を横取りし、あまつさえ勝手に隣に座って脈絡なくコップの氷を人の背中に入れるわその他諸々……。挙げ句人がうたた寝していようものなら傍に近づいて耳元に息を吹きかけるなんて地味な嫌がらせまでする馬鹿のどこをどうしたらそう見えるってんだよ!」


 最後は一息に言い切った数々の出来事にユキがポツリと呟いた。


「……えーと……それって、一歩間違えばセクハラ?」


(っていうかやっぱり律儀に手伝っちゃうんだ)


 思わず心の中でツッコむ。


「まさか。俺は野郎になんぞ興味はない。単に嫌がらせってもんは相手の嫌がる事を全力でやってこそってのが俺の主義なだけだ」

「なお悪いわ!」


 今時ガキでもしないようなくだらないことをやる馬鹿の、どこが偉大だというのだ。

 そもそも研究者になった経緯自体からしてふざけている。

 腕利きの死神から一転、何故研究者に収まっているのかといえば、あっさり一言。

 ──当人曰わく『面倒だから』。

 一応付け加えるなら「Dや歪みそのものに興味を持ったから研究する側に回ったのだ」という真っ当な理由もあるらしいが、あきらかに先の理由が優先だったことは間違いない。

 その他諸々、彼を語るふざけた逸話は数知れず。

 正直何故こんなヤツがと思うが、しかし何よりも腹立たしいのは──。


「だがそいつに一度も勝てた試しがないのは、どこのどいつだろうな?」

「────ッ!」


 どうやら軍配はクライヴに上がったらしく、痛いところを突かれて言い負かされたクロトを一瞥すると、クライヴは短くなったタバコを携帯灰皿に押し付け、新たに懐から取り出したそれに火を付けた。


「さてと。弟子との微笑ましい会話は終わりにして本題に入るが……」


(微笑ましい?)


「どうした?」

「いえ、別に」


 あれが微笑ましかったのかどうかは疑問に思うところだが、別にクロトのことなのであえて何も言うまい。

 脇に抱えていた報告書をペラペラと捲り、クライヴが口を開いた。


「今し方、新たに歪みらしい磁場の異常が計測された」



 ──現在、機関はある方法で歪みを感知している。

 歪みは出現の際に特殊な磁場を発生させる。

 その磁場を感知することで、その発生地点を特定しているのだ。


「場所はS区だ。微弱な反応しか示さなかったんで正確な場所は特定できなかったが、まあ問題ないだろう。お前らとっとと行って片付けて来い」

「S区か。割と近いな」

「幸いその辺りは大規模な都市工事の真っ最中だからな。元々工事関係者以外は立ち入り禁止で作業員も既に退避させてあるから何も心配はいらないぞ。ああそれと、ユキ」


 白衣のポケットから何かを取り出すと、ひょい、とそれをユキに放り投げた。


「お前のだ」

「!?」


 ずしりと手のひらに馴染む重さ。

 それに目を落とせば、黒い光沢を持つ銃のようなモノが手の中で鈍い光を放った。


「これは?」

「お前の武器だ。適性によるものだが、お前は内に籠めるよりも外へ放つ方が向いているらしいな」


 死神には大きく分けて三つのタイプがある。

 力を内に宿し己の体を力で強化させる強化タイプと、力を治癒などに転化するタイプ。そして特殊な物質を使用した武器を媒介とし、それに力を宿し扱う媒介タイプだ。

 加えて、媒介タイプの武器はそれぞれの性質により様々な形状を持つ。


「先に説明しておくが、ただの銃と違ってお前の力を糧として使う以上、そいつに弾切れはない。だが、逆に言えばお前の力が尽きればただのガラクタというわけだ。お前の力加減によってある程度は威力を調節もできるようになっている。くれぐれも力の使い分けと残量には気をつけろよ」

「ハイ」


(──これが僕の武器)


「へえ、なるほど」

「何がなるほどなんです?」


 ふいに耳にした呟きにザキの方を振り向く。


「ん、いや銃って事は中距離タイプってことだろ? クロトは接近主体の近距離タイプだからちょうど良い組み合わせだと思ってさ」


 クロトの戦闘スタイルは主に衝撃波を放つと同時に、接近して直接攻撃する前衛タイプだ。

 中距離タイプのユキが後衛に回ればちょうど良いバランスになる。


「ま、英里のヤツもその辺も含めて決めたんだろうな」


 とクロトを見やると、口の端をニッと上げてザキが笑った。


「よかったじゃないか」

「何がだ」

「お前の場合、無理にでも突っ込んでくだろうが。この間も無茶してユウナの世話になったじゃんか。ユキに背中任せりゃこれからは楽に動ける、だろ?」

「ハッ、こんなガキのサポートなんざ必要ねえよ」

「だから誰がガキだって言うん──」

「まあまあ。なんにしろユキが使えるかどうか今回の仕事でハッキリするさ」

『──主任。最終チェック終了しました』

「ああ、わかった」


 耳に付けたインカムからの声に返事を返すと、クライヴは改めて三人に告げた。


「──お前等も聞こえたな? そういうわけだ。さっさとゲートの前に行け」



    ※    ※    ※



「──座標設定完了!」

「プログラム異常ありません」

「よし、ゲートを開け」

「──ゲート、開きます」


 これはどう言えばいいのだろう。

 こうして改め目にしたソレにユキはただ言葉を失った。


(うわぁ……)


 さっきまではただの二本の大きな柱だったものの中心が、まるで陽炎のように奇妙にゆらめいている様に、ゲートを見上げたまま言葉にならない声を上げて驚きに立ち尽くす。


「すごい……」

「驚いたろ? これがオレら死神の移動手段さ──ゲートってのは機関の最深部にあるメインのシステムとここの機械を通して、目的地との空間の座標を合わせてどんな距離でも一瞬で移動することが出来るんだ。簡単に言えば瞬間移動装置ってヤツだな」

「そんな事が可能なんですか!?」

「いつの世にも天才って奴はいるもんだ──コレを作った奴ってのがその天才でな。設計の全てを一人でこなし作り上げたのさ」

「ただしコイツにも致命的な弱点があるがな」

「弱点?」

「普通の人間がこいつを使えば、肉体が空間の移動に耐えられず体が分子レベルで崩壊する。ただし『力』を持つ者であれば、力そのものが肉体を守る鎧となって崩壊は抑えられる──つまり力がある能力者にしかこいつは使えないのさ」

「──で、だ。ゲート開発者のその天才ってのが大分前に死んじまった挙げ句、未だに詳しい事は解析不能ってことで、残された資料の情報以外、他はわかっていないんだと」

「くだらない話は終わりだ。さっさと行くぞ」

「お前達が向こうに行き次第ゲートは閉じる。せいぜい気をつけるんだな」

「あ、でも行くってどうすれば」

「ごちゃごちゃ言ってねえでとっとと行け!」

「──え、ちょッ! うわあ!!」


 ドカッと背後から衝撃を受け、眼前のそれに頭から突っ込む。


「──ッ!?」


 一瞬、薄い膜みたいなものをすり抜けるような感覚に反射的に目を閉じる。

 背中を押され、もとい蹴り飛ばされてゲートの中にユキの姿が消えると、「あーあ」とザキが呟いた。

 他のヤツならこの友人相手にやり合おうなど思いもしないだろうが、今回の相手はかなり毛色が違う。

 きっとあの新人のことだから毛を逆立てて怒るに違いない。


「知らないぞ? ありゃユキのヤツ絶対怒るぜ?」

「んなもん知るかよ。行くぞ」

「ハイハイ」


 先に行くクロトに軽く肩をすくめ、やれやれとその後に続く。

 ゲートの向こうへ完全にその姿が消えると、クライヴが口を開いた。


「行ったか……。ゲートを閉じろ」

「──ゲート閉鎖します」


 急速にゲートの反応が消え、再び周囲から様々な音が聞こえだす。


「さてと」

「──主任! 大変です!」

「どうした?」

「これを。たった今、新たに計測されたデータなんですが、気になる反応が……」


 駆け寄る研究員を振り返り、受け取ったデータを一瞥し目を細める。


「コイツは……」

「どうしますか? 今ならまだ彼らに連絡がとれると思いますが……」


 歪みに近づけば、直にその影響で通信が出来なくなる。

 ──が。


「その必要はない」

「しかし……」


 仮にも死神が三人。

 うち一人は新人とはいえあの面子だ。

 少々厄介だろうが問題はないだろう。


(しかし初っ端からアレに遭遇するとは──あの新人。余程、運がいいのか悪いのか)


 くわえたタバコの煙越しにゲートを見据え、口の端を吊り上げる。


「──まあ、せいぜい頑張れよ」


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