第三話
「ダメだ、また違う所に来ちゃったよ。……やっぱりさっきの角を右に曲がればよかったのかな。でもその前にも右に曲がったし……」
はぐれてからすでに二十分。
やはりというべきなのか、ユキはしっかり道に迷っていた。
見渡す限り景色はどこも同じ様な感じで、すでにここがどこなのかもわからない。
「あーもう、似たような場所が多すぎるんだよ。ここ」
(このままずっと迷うことになったらどうしよう)
いくらなんでもありえないことだが、思わずその場にしゃがみ込むとユキは頭を抱えて盛大にため息をついた。
本当に今日はロクな目に遭わない。
朝から殺されかけた挙句、その当人とコンビを組むハメになるわ、あまつさえ迷子になるなど、まさに厄日か仏滅か。
別に日頃の行いがいいとは言わないが、それでもこれはあんまりだ。
「…………はあ。多分、いや絶対怒ってるよね。あの人」
ふと脳裏にクロトの顔が浮かぶ。
「もしかして本当に今度こそ斬り殺されたりして……ははっ、まさかね……でも──」
さっきのようなことはないと思うが、彼ならこのまま置いていくこと位はやりかねない。
「ありえる。それはじゅうぶんありえる。とにかく何とかして一度戻らないと」
そうして立ち上がろうとした瞬間。
「何やってんだ?」
「へ?」
いつのまにいたのか、目の前に落ちた黒い影と頭上から降ってきた声に、弾かれたようにハッと顔を上げる。
「悪い、驚かせたみたいだな。つかどうした? こんな所にしゃがみ込んで」
「……あ」
少し長めの前髪を一部分だけヘアピンで留めた、不思議そうな顔をした赤毛の青年がそこにいた。
そして。
「──この方向音痴! 何こんなトコにいやがる!」
「ぶっ!!」
今度は背後から怒鳴り声が聞こえ、ドカッと何かを蹴る鈍い音と共に後頭部に衝撃を受けたと思うと、顔面からユキが床に激突した。
「──なにするんですか!!」
ガバッと顔を上げると背後を振り返り、そこに仁王立ちしているクロトを睨み上げる。顔面ゴケをしたせいでズキズキと鼻が痛い。
「痛ッ、もろに顔打っちゃったじゃないですか!」
「知るか。テメエこそ何こんな所にいやがんだ、この方向どオンチ!」
「なッ! どオンチって……」
多少の方向音痴は認めるにしても、いくらなんでも言い過ぎじゃないだろうか?
「ピッタリじゃねえか。どこをどうやったらここまで来るんだよ。全ッ然、逆方向じゃねえか」
「それは……でも元はといえばそっちが悪いんじゃないですか! 一人でさっさと行って。大体なんで蹴られなきゃいけないんですか!」
「ハッ、蹴りやすい位置にあるのが悪いんだよ、チビ」
「はあ? 意味わかんないし。っていうか僕はチビじゃありません!」
「どこがだよ。ああ、ガキが嫌だってんならこれからはチビって呼んでやるよ。どチビ」
「……ッ!! だから僕にはユキって名前が──」
「──おーい。取り込み中、悪いんだけどさ」
「「!?」」
ふと会話を遮る男の声に、振り向く二人。
「あ」
「テメエは……」
「よっ、やっとオレのこと思い出してくれたみたいだな」
二人の傍にしゃがみ込み、すっかり忘れられていた青年がのんびりとした調子で口を開いた。
「いやーこのまま忘れられたらどうしようかと思ったぜ」
「すみません」
「いいっていいって。どっかの誰かサンなんか、最初から目に入ってなかったみたいだし。なあ?」
謝るユキに気にするなと返して、にやにやとクロトを見る。
「何でお前がここにいる」
「相変わらず今日も不機嫌絶好調だな。たまには眉間の皺を無くさなきゃ、そのうち形状記憶バリに直らなくなっちまうぞ?」
「余計な世話だ。それより真面目に答えろ」
「別にたいしたことじゃないって。仕事が終わって戻ってきたらたまたまソイツがここにいてさ。それで声をかけたらちょうどお前が来たんだよ。つかお前こそ知り合いみたいだけど、誰コイツ?」
クロトは基本的に馴れ合いが嫌いだ。よほど押しが強い、もしくは世話焼きだのお節介が相手でもない限り、大抵は関わらずに黙殺する。
それが友好的な仲ではなさそうだが、それでもああして相手をするなど彼にしては珍しい。
「お前が誰かといるなんて珍しいじゃん」
と問えば、苦虫を噛み潰したような顔でクロトが舌打ちした。
「こいつは新人だ」
「新人? そういや英里が何か言ってたな。へえコイツが……」
改めて上から下までじーっと見る。
「話には聞いてたけど若いな。今いくつ?」
「十六です」
「じゃあ二つ下か。オレはザキ、よろしくな」
「ユキです。こちらこそ」
差し出した手で互いに握手を交わし、
「で、何でコイツと一緒にいるんだ?」
「実は、英里さんから彼とコンビを組むように言われて……」
「マジ? 英里のヤツ思い切ったなー」
と、おもむろにザキがユキの肩をポンと叩いた。
「人間あきらめが肝心だ。たくましく生きるんだぞ」
「は、はあ……」
「テメエは俺にケンカを売ってるのか」
「いやいや。けどよく了承したな」
「別に好きで了承したワケじゃねえよ」
眉間のシワを更に深くするクロトに、「いや、そうじゃなくてさ」と視線を戻し、
「だって確かコイツ──」
──ヴヴヴヴヴ。
「何だ?」
ちょうどザキの言葉を遮るようにケータイのバイブ音が鳴り、クロトがピッと通話ボタンを押した。
「何の用だ?」
『やあ。少しは仲良くなれたかい?』
「用がないなら切るぞ」
楽しげに聞こえた英里の声に、通話を切ろうと耳元から離す。
『まあそう怒らないで。用件はそれだけじゃないよ』
「なら何の用だ」
ため息を一つ落とし再び聞く姿勢をとれば、それまでの軽い口調とは一転、落ち着いた声音で英里が告げた。
『悪いけど案内はそこまでにして、君達に仕事だよ』




