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第二話

「いやーすまなかったね」


 ──D機関対策室。

 無駄に広い施設の中のこれまた無駄に広い部屋。

 様々な機械の置かれた空間を中心に、中二階のロフト状の部屋と半地下のミーティングルームとに分けられたそこは、この機関の中心ともいうべき場所であり、ロフト部分の室長室へと連れてこられたユキが机越しに差し出された手を握り返すと、目の前の男はにこやかに口を開いた。


「初めまして。ボクがここの責任者の英里です。よろしくユキ君」


 落ち着いた物腰と雰囲気はもっと上のような印象をもたせるが、外見的にはまだ二十代半ばといったところか。

 おそらくかなりの長身なのだろうが、今は相手が椅子に座っているため目線が近い。


「こちらこそ初めまして」

「そこにいる彼らは、サポーターで双子のキオとリオ。その隣にいるのが──」

「室長補佐のカナタだ。よろしくな」

「「よろしく~」」

「どうも」

「初日からとんでもない目にあったな。アイツさっき別の仕事から戻ってきたばかりで何も知らなかったんだ」

「はあ……」


(──だからっていきなりアレは……)


 気の抜けた返事を返しつつ内心そう呟くと、ユキはちらりと斜め後ろ、腕を組んで壁に背を預けて立つ白髪の男を見た。

 誤解は解けたものの、相変わらず眉間にシワを寄せ不機嫌そうにしている青年。

 あの時、英里が彼を止めてくれなかったら今頃自分の首はなかっただろう。


(まさか彼が『死神』だったなんて)


 いや、冷静に考えてみればすぐにわかることだ。

 確実にヤツらを殺せるのは『死神』と呼ばれる機関の人間だけなのだから、最初に彼──クロトが歪み諸共化け物を消し去った時点で気づくべきだったのだ。


「ジロジロと人の顔見てんじゃねえよ」

「あ、すみませ……」


 つい無意識にじっと見つめていたようで、ジロリと睨み返される。

 と、


「コラ! いつまでもそんな風に睨んでちゃダメでしょ!」

「!?」


 謝りかけた瞬間、スパーン! と何かを叩く景気のいい音がしたかと思うと、クロトが横に吹っ飛んだ。


「痛ッ!! 何しやがるユウナ!」

「いつまでもそんな顔しないの! ユキが困ってるでしょ」

「あ~あ、ユウナに怒られちゃった」

「おこられたおこられた~♪」

「やかましい」

「「わ~、クロトが怒った~♪」」

「ごめんなさいね。クロトってば愛想がないから」

「あ、いえ……」


(この声、さっきのケータイの……っていうか今、高速で殴り飛ばしたのこの人……だよね?)


 今の吹っ飛びといい、音からして相当な衝撃っぷりだった気がするのだが……。

 思わず固まるユキに、にっこりとユウナがコーヒーを差し出した。


「コーヒー淹れたんだけど、飲めるかしら?」

「頂きます」

「よかった。私はユウナよ。よろしくね」

「ユキです」


(可愛らしい人だなあ)


 クロトと同い年くらいだろうか。

 ふんわりと笑う笑顔が、こう守ってあげたくなる感じで、とてもじゃないが彼の頭を殴った人物とは思えない。


「あら大変! 首のところ怪我してるじゃない」

「あ、大丈夫です。もう血は止まってますし、元々大した怪我じゃありませんから」

「ちょっと動かないでね」

「……?」


 そう言うとユウナの手が首筋に触れた瞬間、仄かに暖かくて柔らかい光に包まれた。


「はい。もう平気よ」

「……傷が消えた?」


 首筋に触れてみれば、今まであったはずの傷の感触が無い。


「彼女は治癒能力者なんだ。さて、とりあえず雑談はここまでにしてさっそくだけど本題に入ろうか。──ここは歪みや通称『D』と呼ばれる怪物を専門に扱う機関だ。先に渡された資料には目を通してくれたと思うけどざっと掻い摘んで説明をしよう。きっかけは数十年前。そもそもこの機関は、ある研究者達が歪みの存在を知り、その異変に気づいたことから設立されたんだ」


 そうしてカチャリとノンフレームの眼鏡のブリッジを押し上げると、机の上で両手を組み英里がゆっくりと語りだした。



 ──歪みの発生というのは何も今に始まったものではない。

 歪みというのは元々、それぞれの世界を隔てる膜がなんらかの理由で相互干渉を起こすことで引き起こされる現象で、ごく稀にではあるが時折発生しては自然の力で浄化されてきた。

 だが、ある時を境にその浄化のシステムが崩れ始める。

 原因は森林の破壊や大気汚染などによる、自然破壊によるもの。

 人々が豊かさを求める一方で、それにともない行ってきた様々な要因により、自然による浄化が追いつかなくなってしまったのだ。

 しかも本当の危機はそれだけではなかった。

 世界規模でその境界の揺らぎ、いわゆる歪み現象が多発しだした頃。

 時を同じくしてある問題が起きた。

 歪みの影響で異なる世界のモノ達──現在は統一性を兼ねて『D』と呼ばれているそれらががこの世界へと出現し、人々を襲うようになったのだ。


「研究者達はこれから先のことを考え、歪みに対抗する為の存在を作ることを決意したんだ。研究者や技術者、君達のような力を持つ人間を集めてね。それがこの機関の始まりだよ。そして『死神』とはその歪みに唯一対抗出来る存在。この対策室はそのサポート及びバックアップをする為のものなんだ。君には期待しているんだ。頑張ってね」

「ハイ」

「それで今後の事なんだけど。しばらくは新人ということでパートナーを組んでもらうから」

「パートナー、ですか?」

「そう。そういうわけだからよろしくねクロト君」

「「──は?」」


 さらりと告げられた言葉に二人の声が重なった。


「言っておくけど、ケンカはダメだからね」

「おい! どういうつもりだ英里!」

「そうですよ! よりによってどうして彼となんですか!?」

「大丈夫。無愛想で口が悪くておまけにちょっと協調性も無いダメな死神の見本の様な死神だけど、仕事の腕だけは確かだから」

「……室長。それ全然フォローになってませんて」

「クロトダメな死神~」

「だめ神だめ神~♪」

「うるせえ誰がダメ神だ! なんで俺がこんなガキの面倒なんか見なきゃなんねえんだ」

「僕はガキじゃありません!」

「ハッ、ガキが何言ってやがる。どう見ても十ニ、三のガキじゃねえか」

「僕は十六です!」

「そういうのがガキだっていうんだよ。ここはガキの遊び場じゃねえんだ。さっさと家へ帰ったらどうだ。ガーキ」


 眉間に山脈のような皺を刻み睨みつけるクロトと、こめかみの辺りをわずかに引きつらせ、うっすらと額に青筋を浮かべるユキ。

 二人の間にバチバチと火花が飛び、


「ほらほら二人ともそこまでだよ。言っておくけどこれは仕事だ。反論は聞かないからね」

「納得できねえ」


 ズカズカと英里に歩み寄ったクロトがバン! と机を叩いた。


「大体こんなヤツに何が出来るっていうんだ。足手まといになるのがオチだぜ」

「適性検査の結果。ユキ君の能力値はA+だった、って言ってもかい?」

「───!? アイツが?」

「人は見かけによらないってことだよ。新人ながらすごいと思わないかい? 他にも面白そうなことはあるんだけど……まあそれは君自身の目で確かめるといい。そうそう、ちょうどいいから今のうちに機関の案内も頼むよ」


 声を潜め意味深に告げると、レンズ越しの瞳がにっこりと笑う。


(それ以上は答える気はねえってことかよ)


「…………チッ!」


 こうなると問い詰めるだけ時間の無駄だ。

 英里の性質の悪さに盛大に舌打ちしつつ踵を返すと、


「行くぞ。ガキ」

「え?」


 戸惑うユキをよそに、振り返りもせずにクロトはさっさと部屋を後にした。


「心配いらないよ。ああ見えて律儀な性格だからね。ただ、あまり待たせると怒るから早く行ったほうがいいけどね。ところで気になっていたんだけど、制服はどうしたんだい?」

「ああ、えっと……」


 ユキは自分の格好を見下ろした。

 制服姿の周囲とは違い、ユキの着ているのは完全な私服だ。


「何かちょうどサイズが無いって言われて。とりあえず今日中に受け取る予定なんですけど」

「なるほど」


 制服を着ていればそもそも最初からあんな事にはならなかったのだが、こればかりは間が悪かったとしかいえない。


「それじゃ僕もいってきます」

「いってらっしゃい」

「「いってらっしゃ~い」」


 パタンと扉が閉まり、次いでパタパタと走る音が遠ざかっていく。

 途端に静寂を取り戻す室内。

 二人がいなくなると、それまで傍観していたカナタがポツリと英里に問いかけた。


「室長、どうしてあの二人を組ませたんですか?」

「ん? どうしてだい?」

「何もクロトのヤツと組ませることなかったんじゃ……ただでさえあの二人、出会いからして不味かったっていうのに」

「そうね。クロトってば不器用だし、人付き合いも苦手だから……」

「心配はいらないよ」


 飄々と言い切る英里。


「何を根拠に言い切れるんですか」

「たいしたことじゃないんだけどね。しいて言うなら勘、かな」

「勘、ですか?」

「英里アバウト~」

「あばうとあばうと~♪」

「結構いいコンビになるんじゃないかってね。まあとりあえず様子を見ようじゃないか。あ、ユウナ君コーヒーのお代わりを頼めるかな」


 にこやかに言うと机に置いていたユキの書類をチラリと見て、英里は心の中でひっそりと呟いた。


(───さて、まずはお手並み拝見かな)



    ※    ※    ※



 スタスタスタ


   スタスタスタスタ


     スタスタスタスタスタスタスタ──。


「待ってください!!」

「ここは資料室を兼ねたデータベースだ。このエリアにあるのは主に二つ。他は大体、技術部絡みのブロックで──」

「だから待ってって!」


 小走りに走る足音。

 淡々と言いながら長い通路をさっさと歩くクロトを追い、何度目かになる静止の声を上げた後。その背に向かってユキは大声でその名を呼んだ。


「待ってくださいってば!!」

「もたもたするな」

「無茶言わないで下さいよ。そもそも足のインターバルが違うんですからそっちこそもっとゆっくり歩いてくれたっていいじゃないですか。仮にも案内なんでしょう」

「知るか。んなモン関係ねえよ」


 現在、案内ということで機関の中を歩く二人。

 しかし実際には場所の名前を言うだけ言って一人でさっさと行ってしまうクロトに、彼の背を見つめてユキがぽつりと呟いた。


「そんなにボクが気に入らないんですか?」

「ああ気に入らねえな」

「どうして? さっきのことなら誤解は解けたはずでしょう?」

「そんなもんは関係ねえよ。単が気に食わねえモンは気に食わねえだけだ。特にお前みたいなガキはな」


 一端立ち止まってクロトが振り向く。


「言っておくが俺はテメエと馴れ合うつもりはねえ。足手まといになると判断したら切り捨てるからそのつもりでいろ」


 そうして再び歩き出すクロトに、ユキは何度目かになるため息を繰り返した。


(どうしてこんなことになったんだろう……)


 時折すれ違う人がギョッとした顔でこちらを見るあたり──中には恐ろしいものでも見たように十字を切っている者までいるところからして、やはり相当な光景なのだろう。

 気になるのはそんな彼と一緒にいる所為か、心なしか自分まで何やら胡乱な目で見られている気がするということだが。

 けどまあ英里の言った通り何だかんだと案内をするあたり、確かに律儀なヤツではあると思う。

 そう、あるとは思うのだが、いかんせん。


(この人、気遣いとか協調性ってものがちょっとどころか無さ過ぎるんだよ!)


 一応仮にもパートナーになるのだからと話しかけてはみるものの、結果はことごとく失敗。口を開けばこの有様で。

 出会いが出会いだっただけに、仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。

 かくいうユキもクロトの印象は最悪だ。

 もっともユキの場合は出会いがというより、さっきのガキ発言による方が大きいのだが……。

 ユキにとってチビとガキはNGワードだ。

 ぱっちりした大きな目とあどけない顔立ち。加えて小柄な所為もあって、必ずといって良いほど実年齢より下に見られる。

 それをガキ扱いの上、ああもポンポン言われたのだ。いい印象を持てるわけが無い。

 むしろ場所が場所じゃなければ迷わず殴り飛ばしているところだ。


(……はあ。英里さんはああ言ったけど、本当に大丈夫なのかな? 口は悪いし無愛想だし、性格最悪だし)


「なんか歪みより、この人とやっていけるかの方が心配だよ……」


 すでに先行きは不安を通り越して絶望的だ。

 英里も何故こんな問題大ありのヤツと組ませたのか。


「もしかして単に適当に決めたなんて言わないよね……って、あれ?」


 ふと顔を上げれば、目の前にいたハズのクロトの姿が無い。


 ──ヒュ~~~。


 まるでそんな表現がピッタリとばかりに、ポツンと一人取り残され、


「あれ? クロト?」


 いつの間にか追い越してしまったのだろうか? あるいは相手が立ち止まったのに気づかなかったのかと後ろを振り返るが、やはりいない。

 というより、それ以前に気づけば他の人間の姿すらなく。


「………………えーと……もしかして、迷った?」


 さーっと引いていく血の気。

 うっすらと額に冷たい汗を浮かべ、誰もいない通路にユキの声が響いた。



 ──その頃。

 カツカツと通路に響く靴音。


「……チッ」


 考えれば考えるほど苛立ちが募り、自然と歩くペースが増していく。


(全く何で俺が……)


 英里の指示とはいえすんなり納得できるわけも無く、クロトの機嫌はどん底といっていい程に悪かった。

 元々、協調性皆無で単独行動を好むクロトにとって今回のことはまったくもって不本意でしかなく、眉間に深いシワを寄せ、日頃周囲から「それだけは良いのに」と評される端正な顔を歪め舌打ちした。


(こんな女みたいなガキが本当にそうなのかよ?)


 ユキが聞けば間違いなく怒り出しそうなことを内心呟く。

 実際今でも信じられない。


 ──機関に入るにあたり、彼ら死神と他とでは異なる点が一つある。

 それは死神になるには一定以上の『力』が必要とされることだ。

 『力』とは、わかりやすく言えば古くは魔力や霊力、異能力と言われてきたもの。

 様々な研究により、これらは誰しもが生まれながらに己の内に持っているものであり、それを使えるか使えないかは脳の未使用領域の覚醒度によるものだということがわかってきた。

 そして適性とは単純に言えば死神としてのレベルを指している。

 つまり適性レベルが高ければ高いほど、『力』が強いというわけだ。

 ユキはその中でも高位のレベルだという。

 加えてユキにはまだ別の何かがあるらしいが、あえてあの場で言わなかったということは何か意味があるのか、それとも……。

 面白そうだと思っただけでふざけたことを平気でする男なだけに、イマイチ信用できない。

 おそらくこの機関にいる人間なら誰もが言うだろう。

 ──信頼は出来るが信用はできない。それが英里という男だ。


(これでふざけた理由だった日には、ただじゃおかねえ)


 万が一にそうだった場合の報復を考えるが、今はまず案内を済ませることが先だろう。


「おいガキ。ついでに言っておくが間違ってもはぐれんじゃねえぞ」

「…………」

「聞いてんのか?」


 さっきまでうるさいくらい声をかけてきたのとは逆に、何の反応もないことに違和感を覚えて振り返る。

 黙っておとなしくついてきているのかと思いきや、


「…………あのガキ!」


 うっすらと眉間に青筋が浮かぶ。いつの間にかユキの姿が消えていた。



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