043 エルフの豆料理と、沼地への道標
夜の帳が下りた開拓村に、パチパチとはぜる焚き火の音が響き渡る。揺らめく炎からは、香ばしい煙と共に、どこか懐かしく甘い香りが漂っていた。
収穫を終えたばかりの今夜、食卓の主役を飾るのは、もちろんあのアブラナ色の畑で採れたエンドウ豆だ。大鍋にたっぷりと張られた湯の中で、さやごと豪快に茹で上げられた豆たちが、湯気を上げて次々と大皿に盛り付けられていく。
「さあ、熱いうちに食べて!」
ハルキは差し出された一皿から、まだ熱気を含んだ一房を手に取った。
茹で上がったばかりの豆は、驚くほど深い緑色に輝いている。指先でさやを割ると、
中からツヤツヤとした大粒の豆が顔を出した。
それを口に放り込み、一気に噛み締める。
「……っ、甘い!」
思わず声が漏れた。単なる塩茹でのはずなのに、口いっぱいに広がるのは、これまでの人生で経験したことのないほど濃厚な豆の旨みだ。
隣に座るミーラへ顔を向けると、彼女もまた信じられないといった様子で、
豆を見つめたまま固まっていた。
「ミーラさん、これ、美味しいよね……」
「本当です……。こんなに味が濃くて瑞々しい豆、生まれて初めて食べました」
小声で交わす称賛の声に、二人の顔には自然と笑みがこぼれる。
その様子を満足げに眺めていたのは、この畑の主であるフィアだった。
「ふふ、喜んでもらえて嬉しいわ。この力強い味が、エルフの農法がもたらす『大地の味』なのよ」
フィアは誇らしげに胸を張り、琥珀色の瞳を輝かせた。
すると、その傍らで静かに豆を食んでいた夫のセイルが、不意に口を開いた。
「……それは、フィアの料理の仕方が良いからではないのか?」
不意を突かれたフィアは、ぱちくりと瞬きをしてセイルを振り返る。
「あら。それって、私を褒めているのかしら?」
いたずらっぽく小首をかしげ、笑みを浮かべる彼女に対し、
セイルは視線を逸らしたまま、そっけなく、けれど確信を込めて返した。
「俺は事実を言っただけだ。フィアは料理も上手いからな」
彼にとっては、太陽が昇るのと同じくらい当然の事実なのだろう。
その淡々とした、けれど深い信頼の滲むやり取りを見て、ハルキは思わず吹き出してしまった。
「ははは、ごちそうさま。
セイルさんの言う通り、フィアさんの腕も最高ですよね」
ハルキは再び、緑色の豆を手に取った。ただの塩茹で。
けれどそこには、フィアの魔法のような知恵と、ミーラたちの丁寧な手仕事、
そして何より、大地が蓄えてきた生命力が凝縮されている。
噛み締めるたびに、自分の体の中に新しい力が満ちていくような、確かな満足感があった。
ふと周りを見渡せば、他の開拓団の面々も同じだった。
誰もが火照った顔に満ち足りた笑みを浮かべ、今日という一日の実りを慈しむように、
ゆっくりと豆を味わっている。
焚き火の火が穏やかになり、心地よい満腹感に包まれる中、誰からともなく今後の展望について声が上がった。収穫の成功は、開拓団に次の一歩を踏み出す自信を与えてくれたようだ。
「……よし、明日は、沼地方面の探索に向かおう」
ハルキの言葉に、場が引き締まる。
協議の結果、明日の探索班はハルキ、エルフのセイル、そして狼族のガルドの三人に決定した。
拠点には、セイルのロングボウを製作中のドワーフのドンと、塩づくりを担当する猫族のニケが残り、
開拓作業を継続することになった。
「俺が鑑定で資源を見極め、観察眼に長けたセイルさんが周囲を警戒する。
そして、もしモンスターが出現した時の用心棒として、ガルドが必要だ。
この三人ならバランスがいい」
ハルキが役割を説明すると、ガルドが鋭い牙を覗かせて「ニシシッ」と不敵に笑った。
「冒険か、腕が鳴るぜ! どんな獲物が潜んでるか楽しみだな」
尻尾を揺らし、期待に胸を膨らませるガルドとは対照的に、
セイルはいつものようにクールな表情を崩さない。
「沼地は足場が悪い。浮ついていると命取りになるぞ。明日は偵察だ。
もし敵がいるのなら、遠くから確認するだけでいい」
静かながらも確かな闘志を秘めたセイルの言葉に、ハルキは深く頷いた。
ハルキ自身の胸の内にも、かつてない高揚感が渦巻いていた。
新しい舞台、まだ見ぬ土地。
未知の世界へ踏み出すことへの不安よりも、今は期待の方が勝っている。
(この高鳴りは……さっき食べたエンドウ豆からもらった勇気だろうか)
大地に根を張り、力強く実ったあの豆の味が、ハルキの背中を力強く押してくれているような気がした。
「明日も早い。しっかり休んで、万全を尽くしましょう!」
ハルキの号令に「おうよ!」と皆の目が光る。
開拓団の夜は静かに更けていく。焚き火の残光の向こう側、未知なる沼地が彼らの訪れを待っていた。




