14-2
突然の出来事だった。
なんで…どうして…!!
頭がどうにかなりそうだ!!
「ラムセス様ぁああ!!ラムセス様ぁああ!!」
「ムトナ!どうした?」
「ネフェルタリ様が…ネフェルタリ様がぁ!お倒れになりましたぁ!!」
「な……何だと?」
「急ぎ後宮へ!!」
「…ネフェルタリ!!」
声の限り叫び、ラムセス様は後宮に走った。
息切れの激しい中、涙が止まらず、私はカエムワセト様に支えられながら後宮へ。
「ファラオ!いけませぬ!まだ診断がついておりませぬ!お入りくださいますな!」
「構わぬ!ネフェルタリ!!」
「衛兵!ファラオをこの部屋に近付けるな!」
「離せ…離すのだ!!貴様ら全員打ち首にしてやる!!ネフェルタリ!!」
取り乱したラムセス様をカエムワセト様が支えるところを見て、逆に冷静になっていく。
ラムセス様に近付くと、足許にひれ伏した。
「…ラムセス様。もし、病が流行り病だったなら、ラムセス様に伝染してしまうことを我が女神は望んでいないはずでございます。これより10日だけ我慢していただけませぬか。このムトナが確かめますゆえ、何卒今は忍耐してくださいませ。」
「……………」
「今から10日間、ネフェルタリ様と寝食を共にし、わたくしに何の症状もなければお会いになれます。その間、わたくしがネフェルタリ様をお守り致します。ネフェルタリ様には太陽の神ラムセス様がついております。…わたくしにお任せくださいませ。」
「ムトナ…ムトナ…!頼むぞ…!」
「はっ。」
立ち上がると、心配そうなカエムワセト様が目に写った。
「…申し訳ございませぬ。…行って参ります。」
「……ああ。」
カエムワセト様とは、ずっと前に約束した。
もし、ラムセス様やネフェルタリ様に何かあったら、主人のことを最優先にしようと。
私たちの命を投げうってでも、お二人をお守りしようと。
泣きながら約束を交わした。
…今がその時だ。
「原因は分かりませぬ…申し訳ございませぬ。」
「…貴様ら…本当に医師か!」
「申し訳ございませぬ!」
「出ていけ!」
「ラムセス様。…エジプトの医師はオリエント一の腕を持っております。特に王宮の医師はその中でも精鋭です。」
「…分かっておる…すまぬ…」
「妻がついております。必ずネフェルタリ様にお会いになれますゆえ、もう暫しご辛抱を。」
王宮では、イライラの募るラムセス様をカエムワセト様が宥め、滞る政務まで代行していた。
私もネフェルタリ様の側で看病を続ける。
「…ムトナ…」
「…はい。ここにおります。」
「お前も外へ出なさい。…私は大丈夫…」
「ネフェルタリ様。ラムセス様が会いたいとおっしゃって泣いてましたよ?子供みたいにエーンって。いいのですか?」
「まぁ。…ヨシヨシって頭を撫でなきゃ…」
「その意気です。」
「…昔からねラムセス様は…可愛いって思うの。でも、いつだって私の方が可愛がられてるわ。」
「はい。…ラムセス様はいつもネフェルタリ様だけしか見ておりませぬ。」
「…会いたいわ…ラムセス様…」
病に伏せってから感情の起伏が激しくなった。
よく涙を流し、笑い、落ち込みを繰り返す。
10日後、私には何の症状もなく、ラムセス様はネフェルタリ様とお会いできた。
「…ネフェルタリ!ネフェルタリ!」
「ラムセス様…申し訳ございませぬ…」
「謝るでない!…ああ…会いたかった…気分はどうだ?」
「…ラムセス様のお顔を拝見したら…大分よくなりました…」
「そうか…早く良くなれ。」
愛しそうに頬を撫で、何度もキスを繰り返す。
何度も見てきた光景なのに、今日はとても感動するキスだった。
「…ムトナ…礼を言う…今夜は私が看るゆえ、休んでくれ。…ワセト、連れていけ。」
「はっ。」
ネフェルタリ様の部屋を出ると、カエムワセト様に強く手を引かれ部屋に戻る。
そして力強く抱き締められる。
少し震えた腕を感じ、心配してくれたんだと悟る。
「ムトナ…良かった…もう会えないと思った…」
「カエムワセト様…!ご心配お掛けして申し訳ございませぬ…!」
「覚悟してても…突然すぎた!…良かった…」
こうして、ネフェルタリ様だけではなく、私も夫から深く愛され過ごしてきた。
翌日、ネフェルタリ様の部屋に向かうと、ラムセス様がつきっきりで看護していたと伺い知る目の下のクマに気付く。
「…ああ、ワセト、ムトナ。」
「「おはようございます我が主ラムセス様。」」
「ネフェルタリも今起きた。…気分はどうだ?」
「とてもいいです。ラムセス様。」
「そうか。良かった。」
ドアの前、カエムワセト様の隣で控えながら、お二人の話を聞いていた。
「そうだ。お前のために神殿を建てたんだ。元気になったら一緒に見に行こうな。」
「…はい。連れていってくださいませ。」
「覚えてるか?今年で結婚して何年経つか。」
「…25年…ですね。」
「そうだ。25年だ。その記念に造ったんだ。お前のためのお前の神殿だぞ?俺の隣にお前の像があるんだ。何年、何十年、何百年経とうとも、我らは共にあるんだ。」
「…素敵…」
「だろう?喜んでくれるか?」
「もちろん嬉しいわ。ありがとうございます。」
ラムセス様はネフェルタリ様への愛を民に隠すことはせずに表したのだ。
しかし、ラムセス様の祈りも空しく、徐々にネフェルタリ様は衰退されていった。
「…ラムセス様…」
「…どうした?何でも言え。俺がお前の望みを叶えてやる。」
「…ネフェルタリは…もう…」
「…何を申すか!…オシリス等、私が蹴散らしてやる!しっかりしろ!」
「お聞きくださいませ…あなた様と出会い結婚し愛された日々は…冥界に行っても…忘れはしませぬ…アヌビスの審判も…あなた様を思えば…怖くありませぬ…」
「ネフェルタリ…」
「現世でお会いしたら…わたくしを…また妻としてお迎えくださいませ…」
「…ネフェルタリ…」
「…あなたを残して先に逝くことを…どうかお許しください…」
「許さぬ!逝ってはならぬ…ネフェルタリ…」
「…ムトナ…近くへ…」
最早、骨と皮だけになったネフェルタリ様。
ラムセス様に抱かれながら、私に手を差し伸べた。
その細い手を取り、しっかり握り締めた。
「ムトナ…すまぬ…もうお前の顔が見えぬわ…」
「ネフェルタリ様…ここにおります。今、手を握っているのがムトナにございます。」
「…ムトナ…我が妹よ…大好きよ…」
「…ネフェルタリ様…わたくしも大好きです。」
「今まで私に…忠節に…よく仕えてくれた…礼を言う…ありがとう…今までありがとう…」
ネフェルタリ様の瞳からは大粒の涙。
必死で涙を堪え、笑顔を見せる。
「ムトナ…お前に…最後の命令を下す…」
「…はっ。」
「ずっと私と共にいてくれたように!今後はラムセス様のお側にて仕えよ!その命を!ラムセス様の御為に使うのだ!良いなムトナ!我が命を全うせよ!」
「…ははっ!!」
「カエムワセト!お前もだ!ムトナと協力し、我が夫を守り通せ!良いな!」
「ははっ!必ず!」
最後の力を振り絞り、声を大にしてご命令された。
「…これで…安心して逝ける…」
「ネフェルタリ!ネフェルタリ!!」
「…愛してるわ…ラムセス様…ずっと…」
「…ネフェル…タリ…ッッ!」
「ムトナ…大丈夫よ…心配するな…」
「ネフェルタリ様ぁ…」
「きっとまた…私たちは会える…」
「…はい!…必ず…!!」
「我が身…を…案ずるな…これからは…自分を案じて…ラムセス様に…」
「はい!!ネフェルタリ様!!ご命令はお守り致します!!」
「…ラムセス様…わたくしに…口付けを…」
「…ネフェルタリ…」
「愛してる証を…」
涙が止まらないラムセス様は、ゆっくりと顔を近付け、優しく口付けを交わす。
そして、口付けながら、ネフェルタリ様の力が抜けたのが分かった。
そして、ラムセス様の力が強くなり、ネフェルタリ様を抱き締めた。
私とカエムワセト様は、深く礼をした。
頭を上げ、お二人を見る。
しかし、ラムセス様は唇を離さず、
その口付けは、日が落ちるまで続けられた。
その身が冷たくなっても
その身が固くなっても
ラムセス様は口から生気を送り続けるように、唇を重ね続けた。
愛に生き、愛と共に死んだネフェルタリ様の生涯の幕が降りた。
ファラオというお立場ゆえ、感情を出すことは許されぬ神、ラムセス様。
しかし、ラムセス様は人目も憚らず涙を流され、愛するものの死を悼んだ。
それを見た民は、愛し合う夫婦の別れを思い涙を流した。
その後、王妃の谷に葬られたネフェルタリ様。
ラムセス様は、ネフェルタリ様への愛をご自分と同じ大きさの像を作ることにより表す。
それまでのファラオの妻は、ファラオと同じ大きさの像ではなかったゆえ、ネフェルタリ様への愛の大きさが一目で分かるようにしたのだ。
そして、その壁にご自分の思いを書き記された。
そこにはこう書かれていた。
私の愛する者はただ一人だけ
他のどんな女にも代わりにならない
生きているとき、至高の美を持つ女だった
死んでも尚、私の魂はお前に奪われている
そして今思う。
「…カエムワセト様…姫様は…幸せな環境でお亡くなりになられました…愛するラムセス様に看取られ…愛するラムセス様の腕の中で亡くなられた。」
「そうだな。」
「ラムセス様…わたくしはネフェルタリ様のご命令を守り通します。きっと見守ってくださっておりますゆえ。」
「…そう思うか?」
「はい。ですからラムセス様は、ネフェルタリ様の分まで生きてくださいませ。」
「…ネフェルタリなしで生きろと?…酷なことを言うな…お前は…」
「いいえラムセス様。あなた様には民がいます。ネフェルタリ様が愛し、ネフェルタリ様を愛したエジプトがあります。ネフェルタリ様はあなた様が民を愛せば、冥界からもあなた様を愛してくださいます。」
「…そうか。」
「わたくしと我が夫カエムワセト、ラムセス様に命を捧げます。
…ネフェルタリ様がお望みですから。」
ラムセス様は涙を流し、星空を見上げた。
その目には、確かに生きる決意をした目だった。
しかし、寿命には勝てず。
ネフェルタリ様の死後6年。
最愛の夫、カエムワセト様が老齢のため亡くなった。
「…カエムワセト様…カエムワセト様!!」
「ムトナ…ワセトは…私に任せてくれぬか?」
「…ラムセス様…」
「我が腹心の部下。こいつは手厚く葬ってやりたいのだ。」
「…はい…お願いします…カエムワセト様…良かったですね…あなた様のご主人様が自ら葬ってくださるそうです…さようなら…愛しいカエムワセト様…」
最後にキスをして、別れを告げた。
そして
「…ネフェルタリ様…申し訳ございませぬ…ご命令を果たせず…無念です…」
「…ムトナ…お前の功績は、我が胸に刻まれている。私がこうしておられるのもそなたのお陰だ。賢き侍女よ…我が身を案ずるな。お前との約束は必ず守るゆえ、安堵いたせ。」
その一年後、私もネフェルタリ様とカエムワセト様の許へ旅立ちの時を迎えた。
ラムセスは、カエムワセトの隣にムトナの墓を造営し、その二つの墓はまるで寄り添う恋人のように見えたという。
ラムセスは、次々と三人の愛するものの死を見届けた。
しかし、ムトナとの約束は心に置き、生きる限り王座を守ると誓っていた。
その統治は67年続き、91歳という長き日の生涯を終えた。
民はラムセスの死を嘆き悲しみ、5日間断食して悼んだ。
国民を愛し、ただ一人の女性を愛した愛の王。
その息子は、ラムセスの遺体を丁重に葬り、その墓は、愛するネフェルタリと同じ造りにしたという。
偉大なるファラオ、ラムセス二世
その生涯を支えた二人の女たちは今、身分も地位も権力もない場所で、愛する夫と共にいる。
…fin…




