14-1
「…舐められている気がするわ!!
…そうよ!このままでいいはずないわ!!」
「…ひ…姫様?」
「ちょっとラムセス様に話をつけてくる!!」
事の発端は、ネフェルタリ様のこの一言だった。
あれから私は、ネフェルタリ様の侍女に戻り、日々お側でお仕えさせていただいている。
カエムワセト様との関係もより良いものとなり、時に言い争うこともあるが、幸せな生活を送っている。
「ラムセス様。わたくし以外の正室数人と、たっくさんの側室をお迎えくださいませ!!!」
「「「…………………は!?」」」
「まぁ。三人して何て間抜け面なのでしょう!」
「姫様!お待ちくださいませ!藪から棒に何をおっしゃいますか!」
「お黙り!ムトナ!ラムセス様に進言致します。偉大なファラオはその威厳の象徴として、たくさんの妻をめとりました。ラムセス様の後宮は…暴風が吹き荒れております!部屋が空きすぎです!」
「ネフェルタリ。突然何を言い出すかと思えば…バカなのか?」
「バカですって!?」
「俺はお前一人で満足しておる。お前一人だけを愛している証拠ではないか。」
「やだ!ラムセス様ったら…」
…意外と簡単に丸め込まれてしまわれた…
「………ちがーーーう!!!」
…あ、復活した。
一体、どうされたんだろう?
「ラムセス様がその気がないようでしたら、わたくしにも考えがございます!失礼しました!」
「………ムトナ。」
「はっ。」
怒りながら出ていかれたネフェルタリ様。ラムセス様が理由を探れと目で命令を下す。
急いで後を追い、理由を聞いてみる。
下女たちが口々に、ラムセス様のことを悪く言っていたらしい。
たったお一人の妻に、威厳も何もないと。
確かに質素な後宮だ。
歴代ファラオには、たくさんの正室や側室がおり、時には共同部屋になることもあったとか。
「…わたくしの失態です。申し訳ございませぬ。存分にご処分を。」
「それはあとからでよい。して、その下女たちは?」
「調べ、後宮追放致しました。」
「そういう者は殺せ。不敬罪ぞ。」
「はっ。」
「しかしラムセス様。ネフェルタリ様のおっしゃることも分かります。」
「お前まで…まったく。」
平和になった途端、こういう難題があるなど想像していなかった。
その日は俺に任せろとおっしゃったラムセス様を信じ、部屋に戻った。
「カエムワセト様。」
「なんだ?」
「カエムワセト様も然り。ご正室やご側室を召されてもよろしいのですよ?」
「…ムトナ。」
「わたくしは大丈夫です。貴族のカエムワセト様がたくさん妻をめとることは、家の」
「お前の本音を聞こう。」
「嫌です。」
「はっはっはっ!素直に即答か!」
「カエムワセト様はわたくしだけの夫。でも」
「ムトナ。私はお前に言ったであろう?生涯妻はお前一人だ。めとる気はない。その意地が通るのも私だ。なれど、ラムセス様はそうはいくまい。ファラオは子孫をたくさん残し、国の繁栄を守るのも務めなのだ。」
「ネフェルタリ様のお気持ちは…」
「相当な覚悟の上で進言したのであろう。ネフェルタリ様のご心痛を癒せるのは、ラムセス様とお前だけだ。心して励め。」
「はい。」
しかし。
「あの…跳ねっ返りめがーーー!!」
「ファラオ!どうか落ち着いて」
「ムトナ!ムトナはおらぬか!!」
「はっ!!ここに!!」
「ネフェルタリを連れて参れ!!」
「…はっ。」
行動力のあるネフェルタリ様はその翌日、近隣諸国の王家の娘たちと貴族の娘たちに嫁入りの手紙を送り、それを知ったラムセス様が怒りの声を上げていた。
「昨夜あんなに語ったであろうが!俺はお前以外の女は要らぬ!!」
「わたくしも同じ気持ちにございます。ラムセス様はこの世でただ一人のかけがえのない存在。しかし、その愛があるからこそ、わたくしは耐えられます。国のため、民のために、あなた様は後宮を埋め尽くさねばなりませぬ。」
「ネフェルタリ…」
「わたくしの愛は未来永劫変わりませぬ。ファラオがどういうものか、あなた様の権威を甚大なものと示し、後ろ指指されて笑われぬよう姫たちを妻としてお迎えくださいませ。第一正室はこのわたくしネフェルタリ!この座は他の誰にも譲りませぬ!そしてこのわたくしが後宮を治めてみせます。」
(……見事だ……)
ネフェルタリ様の覚悟を目の前で見た。
いつか、シン様が言っていた。
自分のサポートをする器のないものが妻になれば、いずれ崩壊すると。
…この国は崩壊しない。
ネフェルタリ様が許さない。
それほど大きな器でラムセス様を支えておられる。
ラムセス様はその熱意に負け、渋々了承した。
後宮は人で賑わい、女同士の戦いも度々起きていたが、宣言通りネフェルタリ様がそれを諌め、後宮はネフェルタリ様の地位と権威を見せつけられていた。
しかし、威張ることはなく皆から愛される皇后として名を馳せた。
ラムセス様がお出掛けの際は後宮を出て王宮に入り、ラムセス様の代わりに政務を代行した。
大臣たちも舌を巻くほどの才知で、政務もスムーズに果たしていった。
「このヌビアの戦いを最後に、しばらくは戦争はしない。ゆえに必ず勝つぞ。」
ラムセス様はナイルの向こう側のヌビアへ進行し、その地を手にいれると、宣言通り戦争をやめた。
代わりに、父・セティが手掛けていた建設を引き継ぎ、さらには記念碑や神殿を数多く建造していった。
国庫を開き、エジプト全土に配給。
貧しいものや年寄りまで、仕事がしたいと申し出ると誰でも仕事を与え、貧富の差がなくなる勢いで民は潤っていった。
また、セティの残した金鉱へ自ら出向き、その金を輸出して莫大な富を得た。
ネフェルタリの差し向けた女たちは30人を越え、多くの養子を含めると、150人以上の子供を持つエジプトの父となった。
その後宮は、時には500人以上の人間が暮らしていたと言われ、それでもネフェルタリは後宮を仕切っていた、まさに鶏鳴の助であった。
ネフェルタリ様は、ラムセス様との間に三人の王子と二人の王女をもうけられた。
「…ねぇムトナ?」
「はい。」
「私ね、最近よく思い出すの。あなたと出会った日を。」
「わたくしも思い出します。」
「数人連れてこられた侍女の中で、私は即決したのよ。」
「…そうなんですか?」
「ええ。何かを感じていたのね。この子なら生涯私を裏切らないと。
…まぁ、裏切っていなくなったけど。」
「姫様!もう水に流してくださいませ!」
「フフ!…あなたが私の侍女で良かったと心から思えるわ。主従が何度もいがみ合い、離れていったのを見ていた私は、侍女を持つことを恐れていた。それでも、自分の目を信じて良かった。」
「ネフェルタリ様…わたくしもあなた様がわたくしの主人で後悔した日はございませぬ。姫様の温かいお心で、いつもわたくしを包んでくださった。この身はあなた様のもの。この命もあなた様のものにございます。」
「…ありがとう…ムト……ナ…」
「……!?……っ!!姫様ぁ!!誰か!!医者を!!薬師も連れてきて!!」




