龍の巣 終
十分な調査が終わった後、僕らは代償変換によるテレポートで街に帰ってきた。
僕らと言っても、エリッサさんとカイナさんの部隊、プラス僕だ。
他の方々は、巣の入口に馬車を置いてあるのと、龍の死体の見張りをしなければならないという理由で一緒にテレポートはしなかった。
別れ際、ジャールさんには大きな手で握手をされたが、ジークさんは先に馬車のところに戻っていたため会えなかった。
またの機会があるだろうと思ったが、僕が順調に稼いでいったら一年以内にはこの世界とはおさらばなわけで。
色々話したかったが、それはエリッサさんへ伝言として託すことにしよう。
スクルドの街に帰ってきて、まず訪れたのはエリッサさんの家。
エリッサさんに背負われている僕の足を治すためだ。
「ほんとにいいんですか」
「ああ。ユーリが居てくれなければ、間違いなく死者が出ていた。その働きに比べればこの程度造作もない」
そういうと、散らかった部屋の中から金貨の大量に入った袋を僕に。
「私には使いこなせぬ金だ。治すという目的があるのならそのために使った方がいいだろう」
少し躊躇いはあるものの、僕は受け取りそのまま代償として使うことに。
「戻った……」
戻ったのは、価値にして約八千万の時だった。
八千万……スキルが無ければ二度と元に戻ることのない物だから、高い安いをとやかく言うのは野暮だろう。
ただ一つ言えるなら、これだけ必要ならば、無駄な欠損は避けた方がいいということ。
半日分の稼ぎがパーになってしまう。
治った僕は、ようやく自分の足で歩けるように。
いつもと変わらず歩けるのが不思議だが、そういえば無かった時もなんか違和感とかはなかったからそういうものかと一人で納得する。
「歩けるか」
「大丈夫です。自在に動くみたいなので」
「そうか。それなら良かったよ」
ホッ、と胸を撫で下ろす彼女。
「さて、ユーリのお陰で早く帰宅もできた。……久々に飲むか」
「おっ、エリッサさんの奢りっすか」
「もちろん。とは言うものの、カイナも金には困ってないだろう?」
「いや、それが懐中時計を買うて、貯金が底を尽きまして」
「懐中時計だと? 底を尽きるとは一体いくらのを」
「なんと二億八千万!」
ジャーンとその懐中時計を見せるカイナさんを、エリッサさんは冷ややかな目で見る。
「機械仕掛けのメカメカしいのが、意匠に凝っててええんすよ」
カイナさんは、良さをあれこれ力説してくれるが……。
「否定はしないが、理解はできぬな」
「どうして? 趣味に金でもかけなきゃ、こんな仕事勤まりませんって」
「私も食にお金を使うが、それで蓄えを無くすようでは将来が不安だぞ。そんなに高価な物を集めたいのなら、冒険者に転職してみたらどうだ。あちらの方が数十倍は稼げるぞ」
「嫌っすよ。冒険者なんてやったら、いよいよ歯止めがかからなくなります。それに、命が幾つあっても足りませんってあんなん。味方運で生きるも死ぬも決まるって、アホちゃいます。背中任せるならせめて見知った相手の方がいいっすわ」
「カイナさん程の実力があったら、全然大丈夫だと思いますよ。百人力です、固定パーティに欲しいくらい」
「なんや。褒めてもなんもでえへんで。それに、お前さんは気狂いみたいに毎日依頼を受けてるらしいな。度胸強いのレベルを超えてるわ。はぁこわこわ、固定パーティなんて、俺からパスや」
多分、カイナさんみたいな人が直属護衛隊のほとんどだろうな。
実力のある見知った相手になら背中を任せられる。
だから、冒険者じゃなくて厳しい試験を潜ってでも直属護衛隊に。
「そういや、お前はなんのために稼いどるん? 見る限り物欲とかは無さそうやけど」
「ああ、えっと……。稼がないと死ぬんです」
「金貸か?」
「それとはちょっと違うんですけど、二百五十億稼がないと元の世界に帰れなくて」
「ああ、あの話か。二百五十億て、変な契約なんやな。今いくらなん?」
「えっと、もうすぐで半分くらい」
「てことは百二十五……。よう稼いだな」
「ど、どうも……」
カイナさんから褒められるって、初めてな気がする。
「お前さんのことは嫌いやけど、頑張ってるのは十分分かった。はよ帰れるといいな」
「……はい!」
エリッサさんとカイナさんたちは、どうやらこのまま飲みに行くらしい。
「ユーリもどうだ?」
誘われたのに断る理由もないため。
「じゃあせっかくなら」
と返事を返して、僕もその中に混ざる。
エリッサさん行きつけの料理屋に着いてからは、みんなお腹を空かせていたんだろう、酒は程々によく食べる。
大きなミートボールのパスタは、僕にもよそわれた。
確か、こっちじゃ麺は啜っちゃいけないんだっけ。
気をつけて食べなきゃな。
みんな酔っても礼節は弁えているようで、店に迷惑かけたりはしない。
できた集団だ。
「俺はもっとモテるべきやと思うんやけど、全然女が寄って来おへん!!! なんでや!!! こちとら直属護衛やぞ!!!」
カイナさんたちが話に盛り上がっていると、自然とエリッサさんと二人という状況になった。
「ユーリ、もっと食べたらどうだ」
「いや、結構食べましたよ」
「そうか? 私の半分にも満たないだろう」
「それは、エリッサさんが健啖家なだけで」
「まあ、それもあるが……。そのぐらいの年頃など食べるが正義だ。近年では、脂肪を蓄えること嫌い少食を貫く者もいるそうだが、食べられるうちに食べておいた方が、身のためだと思うな」
「それは同感ですけど。さすがに苦しくなってまで食べるのは違うかなって」
「……それもそうか」
テーブルの上にはまだまだ料理が並んでいるが、おそらくこれらはエリッサさんの胃の中へと消えていくことだろう。
お残しなんてありえない。
マナー的にも、胃のキャパ的にも、エリッサさんならやり遂げてくれるはずだ。
「なあ、ユーリ。我々の暮らしは飽食だと思うか」
「なんですか急に」
「ちょっとな。ジークとの会話で思わされてしまって」
えっと、確か。
『人間は趣味嗜好の為だけに、飽食気味に生き物を殺す。生活のためなんてのは建前だ、他の生き物の屍の上で平穏を演じてるに過ぎないさ』
『人間は、俺が知る中で最も愚かな生き物だ。分からないな、何故そんなにも人間に可能性を持てる。この世界から生物を駆逐しているのは紛れもなく人間だ。人間が人間の都合で、生物たちを生かし、殺す。犠牲の上に築かれる偽りの平穏に甘んじてるだけ。それのどこが平和だ、何が共存共栄だ。その傲慢さを捨てぬ限り、争いは無くなるものか。自身を神か何かと勘違いしたままの人類には、不可能だろうがな』
「ジークは言っていた。人間は、飽食気味に生き物を殺し、その犠牲の上に築かれる偽りの平穏に甘んじているだけだと」
「言ってましたね、そんなこと」
「私は、何も言い返せなかった」
酒も入り、少し感情的になっているのかエリッサさんは悔しげに語る。
「私は食が好きだ。食という文化を愛しているつもりだ。だが、それが正しい物なのかと問われた時に、胸を張って言うことはできなかったんだ。肉も魚も、命の上で成り立つ食材だ。その事実を知りながら、私は自然と目を背けていたんだ。美味さを享受しながら、犠牲となる生き物のことなど何も考えていなかった。彼の言うとおり傲慢だ」
彼女の目線は、下に落ちる
「それでいて、自分を恥じていながらも、食することは止められない。性という言葉で片付けるのは無責任な気もするが、現に私は食らってしまった。食だけに過ぎない。衣服も、魔導具もほとんどのものが生物の犠牲の上で成り立つものだ。今更、この生活から抜け出せるとは思えない。どうしたらいいんだろうな、私は」
命を大切に扱うからこそでる、矛盾。
エリッサさんはいつか僕が思った、真に命に誠実な人なんだろう。
「優しいんですね、エリッサさんは」
「違うよ。ただの臆病者さ」
「それなら、みんな臆病です……って、知り合いが」
しどろもどろになりながらも、僕は続ける。
「僕も冒険者になって、沢山生き物を殺しました。害を及ぼすものからそう出ないものまで、沢山です。罪悪感だらけでした。血や屍を見る度に、咄嗟に悪いことをしたんだって思ってしまって。命を奪うことは、やっぱり悪です。どれだけ殺めても、それが変わることはなかったです」
「ユーリも、そう思うか。ならば、一体どうすれば」
「臆病者なりに、自覚することだと思います」
「自覚……か」
「自分を悪の一端だと認識することです。命の上に成り立つ世界を変えようとする意思が無いのなら、自分が悪だと受け入れるしかないんです。善人気取りの無自覚な奴より、自覚ある悪者になる方がずっとマシです」
何も知らずに何も見ようとせずに生き物の命の上で胡座をかくより、自覚して立つ方がずっとマシだ。
「悪に、なれと。難しことを言うんだなユーリは」
「僕の哲学なんで、正しいとかじゃないんですけど。しかないんですよ。生まれ落ちた時点で生きるためには、何かの命を奪わなければ生きていけないんです。その奪い合いの輪から逃れることなんて、多分誰もできやしない。もしできる人がいたら、それは名を残すべき英雄だと思います」
「英雄。私には遠いものだな」
「いつか、エリッサさんに、いただきますを教えたことがありましたよね」
「今日もやっていたな。確か、料理人や食材に感謝を伝えるものだと」
「僕のいた国では、自然と親から教わるんです。ありがとうを伝える言葉として、いただきますとごちそうさまを」
「皆、自覚があるのか……?」
「どうなんでしょうね。ほとんどの人は多分癖でやってるだけですよ。僕もそうでした。でも今思えば、いただきますとごちそうさまは、悪者なりの礼儀なんです」
「奪ってしまったことへの贖罪の一つなんだな」
「何かが変わる訳じゃない。多分、命を奪われた動物たちが、言葉一つで納得してくれるとは思えない。でも、続けていくことに意味はあると、僕は思いたい」
「それがユーリの、ユーリなりの向き合い方か」
エリッサさんの悩みにどれだけ答えられたかは分からないけど、僕の言えることはだいたい言えたと思うな。
「ジークには、ジークの向き合い方がある。ユーリにはユーリの。私もいつの日にか持てるだろうか」
「……ジークさんといえば、聞きたいことがあったんですけど」
「けど、なんだ。遠慮せず聞けばいい」
「それが多分もう会うこともないんじゃないかなって」
「いつかはあるはず……と思ったが、そうかユーリはもう時期、元の世界とやらに帰ってしまうのか……」
元の世界に戻ってしまえば、もう二度とは会えないだろう。
エリッサさんは、曇った表情をとる。
「寂しくなるな」
「同感です。エリッサさんと会えるのもあと何回あるか」
「もしかすれば、今日が最後になるかもしれないのだろう」
「さすがに帰る前には挨拶を、と思ったけどお忙しいですもんね」
せっかくの宴会の場で湿っぽくなるのは嫌だったけど、この感情に嘘をつくことは流石に出来そうもない。
語れば長くなるが、僕とエリッサさんの間にある思い出はかなりの物だ。
転移初日から始まった、戦い、守られ、共にご飯を食べ合った関係。
死線を潜り、ラストリゾートを退けたことも今となればいい思い出。
最近はなかなか会えなかったけど、それでも今日はいつか憧れたあの背中をもう一度目に焼き付けられた。
ただの友人と呼ぶにはあまりに大きすぎる存在に、僕の中ではなっていた。
そんなエリッサさんと、お別れ。
「……嫌だな」
これまで別れを覚悟したことは人生で何度かあったけど、今回は特にだ。
寂しい、悲しい。
手紙すら届かぬ場所に行くというのは、こんなにも苦しいものだったか。
「ユーリもか。幾度と別れを経験した身だが、やはり慣れないな」
どうやらエリッサさんも、同じように思ってくれてるらしい。
嬉しいけど、やっぱり……。
「あのっ……!」
思わず声が先に出た。
何を話すかはまだおぼろげ。
でも、最後にするなら。
「エリッサさんと、えっとその、パーティをしたいんです」
これまで僕が出会ってきた人達と行う、パーティ。
この世界でお世話になった人たちに感謝と別れの挨拶を告げるためのもの。
最後にそれが開ければ、未練は少しは和らぐだろう。
「パーティか。いいな」
エリッサさんは、二つ返事で了承してくれた。
「そしたら明日からでも取り掛かろうか」
「やった……って明日?」
「早い方がいいだろう。腕がなるな」
「腕がなるって、何か作るんですか」
「ん? 作るとはなんだ」
「え、だって腕がなるって」
「ああ。君の力になれるよう存分に腕を振るうつもりだが」
「……えっと、何をするんです」
「だから、パーティだろう?」
何か、話が噛み合ってないな……。
「えっとエリッサさん。パーティってなんだか」
「もちろん知っているさ」
エリッサさんは、言う。
「冒険者が組む、アレだろう」
「……え!?」
パーティ。
確かに僕はパーティとは言ったが。
「あ! いや! そうじゃなくて……!」
「そうじゃない……?」
「あの、食事会とかのパーティです。戦いじゃなくて、楽しむ方の」
「……あ」
エリッサさんは、鳩が豆鉄砲でも食らったかのような表情をした後。
「……」
分かりやすく頬を赤らめた。
「そっちか。そうか、そうだな……」
「ごめんなさい、言葉足らずでした」
「い、いいんだ。全く、早とちりというのはこんなにも恥ずかしいものか」
別に恥じることは無いと思うけど、まあ分かる。
一人で勝手に突っ走って行った感が出ちゃうもんな。
「パーティだな、パーティ。宴会とかのパーティ」
「ですです。まだなんにも決まってないんですけど、良ければエリッサさんに参加して欲しいんです」
「それはもちろんだ。事前に日程を決めてさえくれれば、休暇を取ろう」
「ああ……良かった」
ちょっと勘違いはあったものの、パーティを開く事が出来そうだな。
「ただ、それはそれとしてだ
戦闘の方のパーティも、一緒に組んでみないか」
「……え!?」
エリッサさんは、何食わぬ顔で続ける。
「勘違いだったとはいえ、私は一度了承している。君たちの予定に全て参加出来るわけではないが、三日に一度くらいなら、共に戦えるだろう」
「え、いやっ!? いいんですか!? 任務とかあるんじゃ」
「今日のような遠征は暫くはない。それに加えて、これまで溜め込んでいた休暇を全てここに使うつもりだ。だから、大丈夫だ」
大丈夫って……。
「私は既にそのつもりだったんだ。逆にユーリの方がどうなんだ」
「どうって」
そんなのもちろん。
「大賛成に決まってるじゃないですか」
「良かった。ならば、こちらのパーティも成立だな」
紆余曲折あったけど、二つのパーティをエリッサとすることが出来るように。
「別れを惜しむには、まだ少々早くなったな」
「はい! 改めてよろしくお願いします。エリッサさん!」
しんみりムードが一転、まだ彼女との思い出が作れそうで嬉しい。
「そういえば、一緒にパーティ組んでる暁音さん、あの時助けた女の子がいるんですけど、彼女の了承を得てからでもいいですか。多分断る理由はないと思うんで、大丈夫だとは思いますけど」
「分かった。そうなれば、まず明日からだ」
思いがけない勘違いから、戦力がとんでもないことになった僕らのパーティ。
彼女の加入によって、二百五十億までの距離が一気に縮まったはずだ。
僕の自信のなさを解決した上で、こんな結末になるのなら、今日の判断は正しかったんだろうな。




