龍の巣 3
「ユーリは約十一年前にこの国が分かたれたと言って、信じられるか」
「分かたれた、ですか」
王の話から飛んだ気がするが、一体どういうことだろう。
「我々がいたスクルドの街は、この国の南東に位置する。そこから更に南東に向かうと小規模の街と巨大な平原があるんだ。名をタタル平原、そこまでが、今のこの国の領土だ」
「タタル平原。聞いたこともなかったな」
「ああ、あまり口にしたくないからな」
「え?」
「タタル平原は、昔は比較的弱いモンスターで溢れていた。故に初心者冒険者の狩場として広く愛されていた。だが、今は違う。多くの亡骸が眠る、戦場の跡地」
「戦場って」
「十一年前、この国は内戦を起こし、二つに別れた。その舞台となったのが、タタル平原だ」
内……戦?
「急にどういうことなんです」
「タタル平原より先には、大きな森がある。そしてさらにその奥、元は貿易の拠点だったヒルクリアという中規模都市だ。その街一体が反旗を翻し、この国から離脱した。そして、戦争をしかけてきたんだ」
「え」
「戦場は、自然と中継地点にあるタタル平原になった。たった183日間の戦争だった。犠牲者はお互いの国で大勢だ。タタルの名を皆出したくないのは、その為だ」
「それは分かりましたけど」
「……ユーリが気になっているのは、おそらく戦争の理由だろう。ここまで話した以上話す他ない」
エリッサさんは、少し間を開けてから重たげな口を開く。
「戦争の発端は、今の王が、初代女王の血をひいてないことにある」
「……!」
やっぱり、か。
「この国の王は、代々女性だったんだ。理由は様々あるのだが、一番大きな理由は、王の家系には、決まって女性しか産まれてこなかったのだ」
「え?」
「不思議だろう? しかも決まって王の相手は毎度秘密にされている。側近すら知らぬ、トップシークレットだ」
「相手が不明で、女性しか産まれてこないって」
「様々憶測は生まれた。だが、この国は、それで安定していたんだ。王が子を産んで、次の王にする。それだけを見れば、自然のことだ」
おかしなことだらけな気がするけど、でもこの国はそれで安定していたんだもんな。
「でも、十二年前。十三代目王は、とある男を連れてきた。そして、皆の前で言う。次の王はこの者だ、と」
「それが今の王様……?」
「ああ、今の王、十四代目アルティミア国王だ」
……いやいや。
「そんなの納得できるんですか」
「そうだな。納得できるはずもない。何処の馬の骨かも分からない者を、次の王として迎えろなんて、通りが通らない」
「ですよね」
「これまで、王は初代王の血をひいてきたんだ。それを覆すなんていくら王と言えど許されるはずもない。だが、翌日から、十三代目王は姿を消してしまい、実質的に十四代目、今の王が実権を握ることになってしまったんだ」
十三代目が選んだからって、そんなの納得できるはずもないだろう。
「それで、国の人たちは受け入れたんですか」
「いいや。全くだ。当時私も直属護衛に入隊したばかりだったが、この男の指示になど従うものかと、反抗心を持っていたよ。でも、ある一件から、皆見る目を変えたんだ」
「ある一件、ですか」
「ちょうどその時、王国は最大の危機でな。三厄災の三が、国を滅ぼさんとしていた」
「三厄災の三!?」
待って待って、情報量が多い……!!!
「えっと三厄災の三ってのは、あの三厄災ですか。月の魔物とか、あとは……なんだっけ」
「虚ろの姫君、そして三、乖離の獣王だ」
乖離の獣王。
名前からしてかっこ良すぎるだろ……。
「なんだろう、ライオンとかかな……? いやでも異世界だからキマイラ的なもっと凄いやつなんじゃ……」
「その正体は、鶏だ」
「にわ、ニワトリ……?」
え、獣王なのに、鳥なの……?
しかも、ニワトリなんて飛べないし、家畜にされるくらいじゃん。
いや待って。
「たかがニワトリに、国を滅ぼされかけたの……?」
「ああ、鶏にだ。冗談のように聞こえるだろうが、当時はこの世の終わりだと思われていたほどだ」
「えぇ……」
全然想像できないんだけど。
ニワトリに滅ぼされる一国、ギャグ漫画か何かか。
「特異なエーテル器官を持つ乖離の獣王は、討伐不可だと言われていた。したがって、このまま奴に蹂躙されるのを待つだけだと思われていたんだ。だが、そこに着任したのが王だ」
「王……」
「奴のエーテル器官の能力は、今のエーテル学でいえば、微化と積化だ。魔術を含めた全ての攻撃威力を微粒に戻す微化、そして全ての攻撃を面にする積化。それらの特性を併せ持ったバリアを無制限に展開できるんだ」
「微化と積化……?」
エーテルの話だけど、知らない用語だな。
微粒に戻すってのと、攻撃を面にするっていうのか。
「イメージが付きにくければ、こう覚えるといい。微化は何をも通さぬ盾の特性。積化は範囲攻撃を可能にする鉾の特性。盾と鉾を表裏一体に併せ持つそのバリアは、一度展開されれば攻略不可。何人たりともダメージは与えられん」
「じゃあ不意打ちで仕留めるぐらいしか倒せないってことですか」
「いや、それも無理だった。不意を打てる程の隙がない。睡眠中ですらバリアの展開を止めることはなく、奴に危害を加えるなんてのは不可能だったんだ」
無敵のバリアってのはどの創作物でも強ティアにいがちだけど、乖離の獣王ってのもその例に漏れずなかなかの強さを誇ってるみたいで。
攻撃の実質的な無効化と、攻撃の範囲化。
よくある倒し方は息切れを狙うことだけど、どうやらそれも無理らしい。
話の展開的に、こいつを神様が倒したらしいんだけど……。
「じゃあどうやって」
「王は二通りの倒し方を考えた。ひとつは、長時間のバリア展開による窒息だ。そのバリアは何をも通さぬ、それは空気も例外ではないようだ。ならば長時間戦い続ければ中の空気が空になり、窒息を起こすのではないかと」
「なるほど。窒息……」
「だが、それは上手くは行かなかった。奴のバリアの精度はとてつもないもので、目には見えないレベルの穴を開けることが可能だったんだ。空気をそこから出し入れし窒息には至らず。一度目の作戦は失敗に終わった」
上手く行きそうに思えたけど、ダメだったのか。
「二つ目、周囲のエーテルを空にする方法だ。エーテル器官というのはエーテルを変換して魔術を起こす。つまりエーテルの供給が絶たれれば、奴のバリアも保てないはずだろうと。でも、これも失敗だった。周囲のエーテルを空にしようと大勢の直属護衛隊員でそこら中のエーテルを物質に変換させた。だが奴の微化というのは、物質をエーテルに戻す性質があるらしく、放った魔法の全てがエーテルに戻され、そのエーテルは奴の元へ。奴には魔力切れという概念がなかったんだ」
エーテルの供給を絶つのもダメか。
いい線行ってると思ったんだけど、それでもダメ。
「え、じゃあ乖離の獣王って無敵なんじゃ」
「ああ、無敵だ。王の力なくて討伐は不可能だった」
「王の力……?」
「彼は思いつく全ての手段を試し終えた後、それでも倒せぬ奴前にして、一本の槍を持ち出したんだ」
「槍……」
「指数変槍ネイピア、彼が持ち出した槍はそのような名前だった。どこから持ってきたものなのかすら分からないその槍は、見てくれはごく普通の槍だった。だが、乖離の獣王のバリアを相手にした時、その効力を発揮した」
「まさか」
「ああ、奴のバリアを穿ち、そして奴を撃った。呆気ない幕引きに聞こえるかもしれないが、それは何よりの偉業だったんだ」
まあ、呆気なくは聞こえてしまうけど……。
でもそのネイピアとかいう槍のおかげで、人類は乖離の獣王に勝ったんだよな。
「王は王として尽力した。王国最大の危機である乖離の獣王を撃破してくれた。絶望が広く浸透していた世界に光が灯った瞬間だった。その時、人々は血のことなど捨てたんだ」
「要は、功績で認めさせたってことですよね」
「ああ。誰にも成し得なかった偉業をたった一人で成してくれた。絶滅の危機を脱してくれた。人々は、皆思った。血に縛られた過去を生きるより、切り開いてくれた未来を生きるべきだと。その一件から、今の王、十四代目アルティミア王はこの国の王として認められるようになったんだ」
確かに、倒し方の分からぬ獣に蹂躙されそうになっていた人々からすれば、その出来事は何よりの吉報だろうし、王を信じようと思うのも頷ける。
「でも、神……じゃなかった、王様のした事はそのネイピアって槍を持ってきただけなんですよね。言い換えれば、その槍さえあれば誰だって撃てたってことじゃないですか」
「まあ、そうだな。そういう言い分の人もいるさ。同じ主張をし、やはり王は血にこだわるという者はヒルクリアに集い、国から独立した。間違いとは言えないな」
「じゃあ……」
「でも、その時に槍を持ってこれたのは、現に彼だけだ。見てくれは何の変哲もない槍。その槍が奴のバリアを穿てるなど、誰がわかったか。誰にでもできたことかもしれないが、実際にしたのは彼だけだ。ただのパイオニアだと馬鹿にする者もいるが、パイオニアとは未踏の地を切り開いた者を指す。暗闇を歩くその様は、勇者とも言えよう」
誰にでもできたけど、誰もやらなかったことをやった。
暗闇を切り開いてくれた姿は、悔しいが、まるで理想の王の姿とも言える。
「皆の支持を集めた彼は、やがて王として慕われるようになった。独立したヒルクリアとの戦争も、犠牲者をなるべく出さぬよう尽力してくださった。そして、停戦に持ち込んだ。勝つことも出来たであろうが、これ以上の犠牲を出さぬためだと噂されている。国のために尽くす姿からも、王はもう彼しかいないと」
「……なるほど」
それであの人は、王の座に君臨していると。
国のために尽力する姿に国民が惚れ、認められた。
国王としては満点以上の働きをしているみたいだし、しっかりやってはいるんだな。
もちろん納得できない人もいて、分断を起こすくらいの騒ぎにはなったけど、それでも大多数は彼を認めた。
それは、よーく分かった。
エリッサさんから語られた彼の美談はそこまでだったが、僕目線からするとまだ謎は残ってる。
この国は、元々加護人の血を受け継いでいる女性が王として君臨していたわけで、要は神の手筈は加えられていなかった。
加護人っていう不思議な力を持った人の子孫ではあるものの、紛れもなくこの世界に生きる人たちによって動いていたはずなんだ。
なのに十二年前、急に下界に現れた神様によって、統治され直してる。
何が理由で、急に統治を。
これまでの神様の言動から考えると……。
転移者を、幸せにするため。
いつか神様は言っていた。
僕ら転移者を幸せにしたいのだ、と。
優しさが理由とは言っていたが、無理やり下界に降りてきて、戦争まで起こしてこの世界を植民地にしようとするなんて、どうしてそこまで肩入れをするんだ。
謎は深まるが、もう一つ謎がある。
十三代目王、前任の彼女が一体何者なのか、だ。
自身の身分を退けて神様に譲るなんて、一体何があったのだろう。
どういう経緯で神様と知り合い、どんな心境で明け渡したのか。
想像できるのは、神様があのまっさらな空間に、十三代目を呼び出して説得した、とか。
でも、たかが説得で変わるとは思えない。
王座を譲る代わりに、何か報酬を渡したとか。
神様には、スーパーパワーがあって、それで洗脳したとか。
……そんなの考え出したらキリがないか。
十三代目が何を考えていたのか、そこが分かれば何か神様の真意が分かる気がするが……。
「十三代目の王様には、会えないんですか」
「えっ? まあ、そうだな。彼女はあの日から消息を絶っているな。どうしてだ?」
「いや、ちょっと聞きたいことが。どうして王座を譲ったのかとか、今の王とはどうやって知り合ったのかとか」
「確かに気にはなるが……。何故そこまで気にするんだ」
「えっ、あっ。それは……」
エリッサさんには、話してもいいか。
「僕、あの王様と知り合いで。パーティで会う前から、お互い顔は知ってたんです」
「……どういうことだ? 古い友人、というのもユーリの年齢を考えてもおかしな話だが」
「まあ、色々事情があって、話せば長くなるんですが」
そうして僕は打ち明けた。
これまでの事、この世界とは別の世界の日本という国から来たこと、そこから神様……今の王様の手によって導かれてここに来たこと、代償変換のスキルも彼から貰ったことなどを。
皆、信じられないようなふうに聞いていたが、最後まで話は聞いてくれた。
色々話して、言われたことは。
「ようできた与太話やな」
と。
まず信じられないというのが、ここにいる大勢の意見だった。
まあ、奇想天外摩訶不思議なことを言い出している自覚はある。
突然別の世界から来たんです、なんて言って信じられるわけもない。
でも、それ以上に。
「第一、この世界の神は、アルティミア様や」
唯一絶対の神、アルティミア信仰がある前では、彼が神様なんて事実を受け入れることなどないのだ。
どうもアルティミア教というのは、アルティミアという女神を絶対唯一の神と信じており、それ以外に神はいないというのが教えらしい。
信仰には自由がある。
が、全てを尊重しようとすると、どうしても無理が生まれてしまう。
「そうですよね……。でも、これが自分が彼と知り合った事実なんです」
あまり主張しすぎると、喧嘩になるとも思ったが。
「まあ、お前さんにはお前さんなりの信仰があるからな」
と、一応認めてはくれたっぽい。
「そうか。王がこの世界にユーリを手引きした、か。そうなれば、なぜ彼がこんなことをしたのかというところに疑問が湧くだろう。彼から理由は聞いていないのか、使命や義務は課せられてないのか」
「そうですね、そういったのは何も……。僕も、その理由を聞きたいんですが、まだ分からずで。一応の答えは聞いたんですが、僕らを幸せにしたかったそうで」
「幸せ、か。確かに王が答えそうな回答ではあるな」
「でも、それだけじゃない気がしてて。裏があるというか、この世界をぐちゃぐちゃにしてまで幸せにしたいなんて、そんなのおかしいと思っちゃって」
この世界を壊してまで、なぜ僕ら転移者に肩入れするのか。
だって、優しさが理由ならこんなこと明らかに不自然だ。
誰かを不幸せにしてまで、僕らを幸せにしたい理由。
そうすることで何か神様にメリットがあるのか。
そうすることでしかなし得ない、何かが。
「ユーリ殿は、今幸せなんですか」
「えっ?」
ジャールさんから急に聞かれたその質問。
即答はできなかったけど。
「前よりは、自分の人生、生きれてる気がするので、幸せだと思います」
と答える。
質問の意図は分からないけど、まあ、幸せかと聞かれたらそう返すかなって。
「なら、それが答えなんじゃないですか」
「えっ?」
「国王陛下は、幸せにしたいと仰って、施しを受けたユーリ殿は、幸せだと言っている。そこに何を疑う必要がありましょうか」
「疑う必要が、ないってこと……?」
じゃあ、読んで字のごとく。
彼は、本当にただ僕ら転移者を幸せにしたかったのだと。
「でもっ……」
そんなのって。
わざわざ神様から、そんなことされる義理なんて。
「受け取った愛を、疑ってはいけませんよ」
「えっ……?」
「ユーリ殿が受け取ったものは、紛れもなく、国王陛下からの愛です。それ以上でも、以下でもなく、愛です。なぜユーリ殿に向けられたのかは分かりかねます。でも、それでいいじゃないですか。愛の裏側を探らなければ安心出来ぬというのは、相手を信用していない証拠ですよ」
「信用してない……」
「もっと踏み込んだ話をするのなら、理由を知って何になるというのでしょうか。愛の理由は、全て酷く個人的な差別です。見た目、血の繋がり、偶然の出会いから、何となくでもいい。誰かに話して納得なんて出来ないでしょう。愛って凄くわがままなものなんです。高尚なものじゃない。でも、そんなものだから私たちは求めてしまうんです。理解されなくとも、愛は愛。それで十分じゃないですか」
最後、ジャールさんはこう締めくくる。
「愛は、平等なものじゃない。だから、人は嬉しく思うんです」
「……」
完全にやられた。
確かに、ジャールさんの言うことは正しい。
いつか愛に飢えていたというジャールさんだからこそ言える、愛についての論。
個人的な差別だとまで言い切ってしまう愛の理由を、僕は探ろうとしてしまった。
どうせ理由を知ったって、納得なんてできるはずもないのに探ろうとしてしまった。
言い返す言葉は、特にない。
ジャールさんの言うことは、正しいからだ。
でも一つだけ、言えることがあるとするのなら。
「でも、愛に甘んじて誰かを傷つけてしまうのなら、僕はそんな愛は捨てます」
「……!」
愛に甘んずる、神様の施しに甘んじてこの世界に生きる人たちが犠牲になるというのなら、僕はそんな愛も施しも要らない。
誰かを傷つけてまで愛されたいという気持ちも分からなくは無いが、それが正しいものだとは思えない。
僕だって、言い方を変えれば愛に飢えていた。
自己愛に、飢えていた。
不甲斐なく情けない自分に、苛立ちと悔いばかり感じて生きていた。
でも、この世界で生きて、少し自分を認められた。
ほんのちょっとだけ、自分を認めることができた。
それだけで十分生きていけるとは、口が裂けても言えないが、日々を生きる原動力にはなった。
まあ、何が言いたいかっていえば。
「足りない愛なら、自分で掴むよ」
「……強いですね、ユーリ殿は」




