中規模都市 ヨルズ
「ヨルズの生まれは、とある一匹の蛇龍にあります」
そうして語られるのは、この街の歴史。
「小規模な村程度なら囲うことが出来る程の全長を持つその蛇龍は、古来の人々からはミドガルズオルムと名付けられ、畏怖の象徴、災厄として恐れられていました」
「災厄……今で言う三厄災みたいなってことですか」
「ええ。この国が国としての整備がなされる前のこと、世界には81の災厄が居たと言い伝えられています。ミドガルズオルムもそのうちの一つです。一度視界に入ってしまえば、待つのは住処諸共の蹂躙。為す術なく死を待つことしか出来ぬその巨力に、人々は恐れ慄くことしか出来なかったと」
「じゃあ、現れたら最後ってこと……」
「そうなりますね。ただ、人々もただ黙っていた訳ではありません。記録には、武器を手にして果敢に挑んたとあります。ですが結果は、全て惨敗に終わった。ミドガルズオルムの恐ろしさは、その巨体だけではない。与えた傷が一瞬で再生するという、不死性を持っていました」
「不死性……」
「もしかして、それってエーテル器官なんじゃ……?」
「近年の研究者の間では、その不死性はおっしゃる通りエーテル器官によるものだったのだろうと言われています。ミドガルズオルムを前に、負けはすなわち、死です。家族も友人も全て下敷きに、ミドガルズオルムは戦場を去っていく。仮に運良く生き残れたとて、その状況からの再起は不可能だったでしょう」
村一つなら囲えるなんてのはデタラメな規模感に聞こえちゃうけど、そんな奴が実在したなんて。
巨体に加えて不死。
ミドガルズオルム、今いたらS+クラスは確定だろうな。
「そんな絶望に怯える中、一人の少年が立ち上がります。彼は何やら不思議な力を持っていたと言います」
「不思議な力……?」
「何でも、生き物の特性を消すという、妙な力。彼の村の近くにはハッカネズミが生息していたそうですが、そのハッカネズミの吐く炎が、彼が触れた途端に止んだと。その力は、恐れるべきもので人間にまで作用するそうでした。治るはずの傷が、彼の周囲に居ると治らないと。その証拠に、彼の母親は彼を産んでからは、ずっとベッドの上に寝たきりになっていたと言います」
人間の身で、相手を封じる超常能力を持つ。
この情報で推測できるのは、多分だけど、その少年がハイエーテルだったのだろうということ。
生物の特性を消すというのは、多分だけど相手のエーテル器官を止めるということ。
ハッカネズミの炎は、確かエーテル器官によるものだっていつか魔導具屋で聞いたし、この世界の人間の治癒力はエーテル器官によるものだから、推測するとやはりそうなる。
そんな芸当ができる人なんて、現代エーテル学で言うところのハイエーテルに分類されるに違いない。
「村中から忌み嫌われていた彼でしたが、ミドガルズオルム討伐に乗り出すと、周囲の風向きが少し変わったと言います。半数以上は、そのまま死んでくれと言うような罵詈雑言を浴びせたと言いますが、僅かな人々は、ミドガルズオルムに対する恐怖を和らげてくれる勇者として崇めるようになりました。そして、決戦の日、彼の力はミドガルズオルムの不死性を弱め、他の村からの助太刀もあり、奴を後退させることに成功します。ミドガルズオルムが逃げた先、それは地に空いた大きな巣穴でした。あと一歩に追い詰めたように思えますが、先の戦闘で部隊はほぼ壊滅寸前、立ち上がれるのは彼一人という状況でした。頭部に張り付きながら、攻撃を与え続ける彼。そんな中、天は彼に味方をしたのです。ミドガルズオルムの頭部を目掛け降り注いだ落雷。彼ごと貫いた稲妻は、ミドガルズオルムに致命傷を与えました。まさに奇跡がもたらした勝利でした、死に際、彼が口にしたのは周囲に忌み嫌われても支えてくれた母親への感謝でした。ミドガルズオルムを倒した彼と、その彼を生涯かけて支え続けた彼の母を称え、その巣穴に出来た街に人々は自然と呼んだと言います。彼の母の名、『ヨルズ』を」
……へぇー。
「なんというか、街に歴史あり、ですね」
「そうですね。特にこの街は、元はミドガルズオルムの巣穴だったわけなので、色んな意味で深いですよ」
ガイドのお兄さんが話してくれた歴史は、この街を理解するにおいては大きな基礎になった。
大きな蛇龍の巣穴から出来た、ヨルズの名を冠する街。
中央に出来た底の見えないこの大穴は、ミドガルズオルムという怪物によって開けられた、要は天然の遺物ということだ。
穴を掘ってたから分かるけど、この直径と深さは人の手では何十年とかかるだろう。
この大穴を見ていると、その蛇龍の規模感がひしひしと伝わってくる。
「この穴は、直径330メートル。深さは一キロメートル以上あると言われています。今歩いているように、この穴の円周を螺旋状に掘り進めてこの街は発展していきました。横穴式の住居に住むのは、約5000世帯程。中規模都市の中では少ない方ですが、この穴を見たく観光に訪れる方たちによって毎日賑わっています。街の名物は、ミドガルズ饅頭とミドガルズバンジー」
何その取ってつけたようなミドガルズ要素……。
「ミドガルズオルムは絶望の象徴じゃなかったんですか」
「ええ。古来の人々にはそうでしたよ。でもそれも約千年以上前のことですから。今の人々には昔話でしかなく、ミドガルズオルムの恐ろしさ自体を語り継ぐ者はほとんど居ません。奴が残したのは、この穴と歴史だけ。今を生きる我々にとってすれば観光資源でしかないんです。それに、もう二度訪れることの無い災厄を恐れる方が難しいですよ」
「もう二度とって……。もしかしたら、ミドガルズオルムに匹敵する何かが現れるかもしれないってのは無いんですか」
「もしかすればあるかもしれませんが、その時はその何かとやらを恐れるだけです。過去も未来も恐れられるほど、今の暮らしは暇じゃない。その間撃退されたっていう月の魔物も、今は憎しみに満ちてるけれど、いつか完全に討伐されれば、次第にこうやって風化していくことでしょう」
風化していく、か。
月の魔物饅頭という未来もあるのかな。
でもそれは、今の人たちが望む未来なんだろうか。
うーん、でも困難を克服したと考えれば、小馬鹿にできるくらいがいいのかな……。
難しいところだな。
「さて、目的地に着きましたよ」
地上から螺旋状に下って約二十分の距離。
着いたそこには、見慣れた旗が掲げられていた。
「ここが龍狩りの旗印、ヨルズ支部」
「なんか外にも人がいっぱいだね……!」
「ここにはミドガルズオルムを討伐した彼を象った銅像があるんです。てっきりお二人のもそれ目当てだと思ってましたが……」
観光ガイドのお兄さんに不思議そうな顔をされる。
まあ、そうだよな。
両手に串焼き、土産屋で買ったシャツに被り物までしてる僕と暁音さんを見て、観光客以外の印象を持つほうが難しいだろう。
まあ、この街にした理由は観光も含まれているから一概に間違いとは言えないんだけど……。
「えっと、僕らこう見えても冒険者なんです」
自分で言ってて説得力が無い格好だなぁとは思う。
「なんと、そうでしたか」
「へへっ、完全に浮かれてたね私達」
ガイドを付けて、稼いだお金で贅沢三昧。
数万いくらのお金はまだいいが、観光に明け暮れた時間は完全に無駄遣いだ。
いかんいかん、危うく目的を見失うところだった。
ここからは気分を一転させなければ。
「では、私はこれで」
ガイドのお兄さんにチップと共に別れを告げ、僕らは観光客じゃなくて冒険者として門をくぐる。
出迎えたのは、たくさんの観光客とその中央に仁王立つ銅像の彼だった。




