4すれ違い大渋滞
「なるほど……」
「……なるほど」
ずん、と沈んだ空気が部屋に充満していく。
詰まるところ、双方の知識や見解に全くと言っていいほどの違いが発見されたのである。
「私の国、『ザバン』で伝わる多くの事は残念ですが、都合よく作られた話……そういう事だったようですね……私の勉強した内容なんて、この『セルティナ』の歴史には程遠く及びません」
「いや、そんな事はない。我が国で伝わる話も似たようなものだ。しかしこんなにも差があるとは」
頭を抱えた美青年は首を緩く振りながらはぁ、と一つため息を溢した。
そんな中、シャカシャカとご機嫌な筆の音が部屋に響き渡る。
知識欲が高いのか、護衛兼秘書でも担当しているのか、青年の背後に立つ護衛の1人は眼鏡をクイ、と知的に押し上げながら猛烈にメモを取っていた。
眼鏡の護衛の青年はしばらく忙しく筆を動かしたのちに、「なるほど」と元気よく呟いた。
元気よく呟くという表現があっているのか定かではないが、元気はよかった。
「つまり、どちらの国も誰かの都合の良いように作られたお伽話を真実であると信じていた、と言うわけですね!」
声高に言った眼鏡の青年の言葉に深く頷くと、目の前の美青年もまた、深く頷いた。その表情は暗い。
あれほど厳しく冷たい目をしていたと言うのに、今やその鋭さはない。
「……そうですね」
「……ああ、その通りだ」
全くもってその通りである。
内容はこうだった。
我が国ザバン。
遥か昔、突如異世界から現れた唯一の力を持つ1人の聖女様によって世界が救われた。大災害、貧困、飢饉。こう言った国を滅ぼす大きな被害を聖女様は救ってくれたと言う。
いくつもの世界を救っては次へ、救っては次の世界へと。次々と救い続けた最終地点、そう、この国ザバンで王家に嫁いだのだと言う。
その時に異世界からの使者から承ったのが世界を跨ぐ鏡、『プロンプルト』。それはこの世界に異変が起こった時、せめて一時的にも脱出できるようにと有効と感謝の印で贈呈された鏡なのだと言う。
そうして受け継がれてきた記録は、どうもこの国に伝わる聖女伝説とは大いにかけ離れている。
それはもう、月とスッポン。
セルティナでは全く違う。
聖女様は確かに世界を救う。
最初の聖女様のお話は最後は贈った鏡を奪われ、ザバンに囚われる形で生涯を終えたそうだ。王家に伝わる古い伝記にはそう記されている。
その後現れた聖女様は決して1人ではなかったそうだ。
大いにもてなした。
何故ならば、最初の聖女が救ったおかげでこの国は豊かに、そして穏やかな時代を過ごせていたのだ。感謝と恩恵を。聖女が望んだのは、聖女の力と引き換えに王族との婚姻だった。気まぐれに訪れる聖女は、だんだんと力は弱くなり、傲慢で、働く事もなく、自身を平和の象徴としての贅を願う存在としてセルティナに現れていた。
次第に、聖女様は勝手に現れて王族と婚姻し、贅を食い尽くす存在として認識されていった。
現れたら最後。粗末に扱うことはできない腫れ物の聖女。幸福をもたらすかもしれない聖女様。腹を括って婚姻する。そんな流れがあるのである。
つまり、そう言う事である。
最初の私への反応。
メイドさんの塩対応。
納得しかない。
「それで、貴方は聖女様ではない、しかし何故かこちらの国に追放された……そう言う事ですね」
「はい……情けない事にそのようです。こちらの国に対して大変失礼な事ですよね……」
「……いえ、それは……こちらこそ、失礼な態度を……はぁ…」
吐き出された息に申し訳ない気持ちが募る。
そうだよなぁ。
異世界追放だ、とか意味わかんない事言って平凡な小娘送りつける異世界の民。民度、やばいよね。わかる……!
私もそう思った。
「いえいえ、こちらこそ……」
勝手にやってくる聖女をもれなく娶らなくてはならないってどんな縛りなの。新しい宗教感を感じる。
すごく断罪転生悪女系小説っぽい。
ご都合主義ひゅー。
埒の開かない謎の譲り合いも引き際が分からなくなってきた。
日本人だった流れで、謝罪の際にはついつい頭を下げがちな訳だが、へこへこ首を垂れる私に合わせて不思議そうにしながらも流れるように汲み取り頭を下げる姿は先ほどまでの冷たい雰囲気も裏を感じさせる姿はどこにもなかった。
なんだか可愛らしくも見えてくる。
いや、これはいじらしいと言うべきか?
私の中に眠る母性が微かにキュンと唸る音がした。
キュンキュンしていると、美青年はグッと唇を噛み締めてバッと顔を上げた。顔が良い。
「……あの、さっきの言葉は忘れてください……あのような偉そうに発言するなど恥ずかしい……! 何とかして早く貴女を元の世界へ帰してあげられるよう尽力いたします」
「あ……元の、世界……」
ここの人たちは、どうやらとても良い人達らしい。
それも根っからの善良さ。
突然風呂場に現れた私に対して牢屋に放り込むでも無く、綺麗な部屋に案内してご丁寧に着替えまで用意してくれているのだ。
そりゃあ聖女様バフ(聖女様だから邪険にはできないアレ)がかかっていたからだろうけど、それでも特盛すぎるくらいの親切さだ。
本当に申し訳無さそうに申し出る美青年、そして「突然異世界に追放とかされた憐れな女」として見ているだろう、メイドさんや護衛の人達。
めちゃくちゃ可哀想なものを見る目で私を見ている。
目が合うとサッと視線を逸らして目元に手をやる特典付きだ。
物語っている。
空気がすでにこの子可哀想って言ってる。
や、やめて……!
涙を拭うのやめて…!
とまぁ、一瞬間の寸劇はこんなものにして、「元の世界に帰れるように尽力」だなんて普通の人なら泣いて喜ぶ事だろう。
しかし、私はどうか。
うーん。
正直、ぜんっぜん帰りたくないな。
いや。だって。
いや、だって!!
戻ったら間違いなく、あの小僧……ゲフゲフ、ダル殿下の子守は必須。
名前を奪う!と息巻いていたが、そんなのわけわからん魔法でも使わない限りあの可愛らしいアイという女性を完璧に私として扱うのは難しい。
悲しいがな私にあんな華やかさはない。可憐さもない。
……悲しい。
自分で言っておいてダメージを負った。
絶対面倒事のオンパレード。
こんな事考えたくもないが、あの王子殿下である。最後には王子の意向に背いて戻ってきた反逆者として此度の異世界追放より重い刑に処されかねない。
となれば私が取らねばならぬ舵は一方のみだ。
「……あの、図々しくも意見などよろしいでしょうか」
「ああ、はい……どうぞ」
控えめに手を挙げて発言すれば、美青年きょとりと美しい瞳を瞬かせながら、ほんの少し不思議そうにそう言った。
「ええっと……つまり、この国では異世界から来た聖女様と結婚することが決まっている?」
「は、はい……これはルールのようなもので……ああ、でももう、忘れてください。聖女様でないのなら、そんな儀式じみた事に付き合う必要もない」
『そんな儀式じみた』
その言葉から滲み出ているのは自虐じみたニュアンスだった。
渇いた笑みを浮かべる他ない。
「あ、はい。もちろんです。忘れます。忘れました」
あまりの青い顔に申し訳なくなってくる。
記憶から抹消しよう。言葉に出した通り、忘れました、はい。
そして私は安心させるべく深く頷いた。
「ええっと……何が言いたいかと言うと」
「はい」
「私は自分の国へ帰りたくないです」
「……」
一瞬で、美青年の表情が変わる。
青い顔が、平常を取り戻し、怪訝そうな表情を隠しもせずに鋭い目つきを持ってこちらを見た。
全然安心していないご様子。
むしろ警戒レベルあげちゃったな。これ。
しかし、言いたい事は最後まで言わせていただきたい。
「帰りたくないんです」
「それは、何か要求があるとでも……いや、はっきり申し上げましょう。貴女もやはり聖女様のような要求が?」
探るような目が、私に突き刺さる。
「あ、そんな! いえいえ、違います、違うんです!」
「?」
「婚姻とかそんなのは望んでません! 帰りたくないんです。帰っても私の居場所ないですし! ですので、ぜひ、働かせていただけませんか? なんでもやります! 私、こう見えて汚い仕事だってできますから!」
グッと力こぶを見せつければ、思っていたよりも腕に山は見当たらなかったのでそそくさと腕は下げた。
とはいえ、意表を突き、思いを伝える事には成功したようだった。
数ある小説の中から、この小説を読んでくださりありがとうございます。
歴史は作られるんですね
そして時に都合よく書き換えられてしまう
そんな回です
◯お願い◯
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