5 狐の礼⑤
「大丈夫か、お前?」
与人はコンにそう声を掛ける。
上手く化かせているつもりだったらしい。正体を指摘されたコンは、動揺から咳き込んでいた。その影響か、変化も解けて元の少女の姿に戻っている。
そうして体調はどうか尋ねた与人に対し、コンは逆に尋ね返してきた。
「一体、いつから気付いてました?」
「最初から」
「ええっ!?」
驚きの声を上げるコン。そして、そのまま続けて質問してきた。
「やっぱり、帰ったと見せかける為に、何日か空けるべきだったですかね?」
「それもないとは言わないけど、それ以前の問題だから」
与人は部屋に飾られた写真に一度目を向ける。
「うちの親、二人とももう死んでるんだよ」
「そ、そうだったんですか」
コンはびっくりしたような、気まずいような顔をした。
父の優人、母の美与ともに、四年前――与人がまだ中一の頃に既に他界していた。
以来、親類縁者のいなかった与人は、両親の残したわずかな保険金を切り崩しながら、今日まで一人で生活してきた。特待生制度や奨学金制度をフルに利用しなくてはいけないほど経済状況が厳しいのには、そういう事情が背景にあったからなのである。
また、事故に遭ったコンを助けたのも、与人の境遇が関係していないわけでもなかった。あの時、死にかけのコンのそばには親狐が寄り添っていた。それで与人は、自分と両親の死別を連想したのだ。
「知らなかったってことは、やっぱり写真だけ見て化けたんだな?」
「はい」
頷くコンを見て、与人は呆れ交じりにレクチャーする。
「化ける相手を見つけられてラッキーと思う前に、まず親子の仲が良いからバレやすいんじゃないかとか、親に何かあったんじゃないかとか、そういうことまでちゃんと考えろよ。男子高校生が親の写真飾るなんて、あんまりあることじゃないと思うぞ」
会話の最中にそれとなく触れて、家族関係について確かめるべきだっただろう。もし仮に自分がコンの立場だったなら、間違いなくそうしたはずである。
「それから、根本的に化ける相手の調査が足りないな。仮に俺の親が生きてたとしても、さっきの調子じゃあ声や喋り方ですぐ分かっただろうよ」
コンは見た目から美与をおっとりした性格だと判断したようだが、実際にはもっと明るくてはきはきしたタイプである。全くの別人とまでは言わないが、やはり違和感は相当あった。
「あと、これまで物に化けてたところを、今回人に化けたのは良かったけど――」
「ですよね!」
コンが目を輝かせる。褒められたとでも思ったようだ。
元々批判するつもりで喋っていたが、その様子を見て与人の声にますます苛立ちがこもる。
「初日で人にも化けられることを教えてしまった以上、疑われることくらい予想できるだろ。万が一のことまで考えて、必要以上に能力をひけらかさないようにするなり、能力を過小申告するなりしとけよ」
「な、なるほろ」
与人に頬を引っ張られて、コンは間抜けな発音で「なるほど」と相槌を打った。
それから、彼女は改めて感心したような口振りで言う。
「与人様は賢いですね」
「お前がアホなだけだ」
「あうっ」
与人が一蹴すると、コンはうめくような声を上げていた。
そして、そのままの落ち込んだ調子で、彼女は力なく立ち上がる。
「……それじゃあ、私はこれで」
結局、母親に化ける作戦も失敗に終わったのだ。少なくとも、今日のところはもう引き下がるしかないと思ったのだろう。
そんなコンに、与人は言った。
「待てよ」
そう引き止めると、呆れ顔で続ける。
「最初から気づいてて、何で部屋に上げたと思ってるんだよ。家事やっていけよ」
立ち去りかけていたコンは、これを聞くと慌てて戻ってきた。それどころか、顔を近づけるように与人に駆け寄る。
「えっ、いいんですか?」
「だって、そうでもしないと、お前いつまで経っても帰らないだろ?」
与人はそう言って自分の負けを認める。敗因は明らかだった。
「俺の根負け」
これを聞いて、コンは素朴に尋ねてくる。
「駄洒落ですか?」
「別に狙ってないから」
そう注意する与人。今更気づいて、自分でも恥ずかしくなってしまったのだ。
与人はまた、照れ隠しに別件についても注意しておくことにする。
「とにかく、これで気が済んだら、今度こそ帰ってくれよ」
「はいっ!」
コンははっきりとそう答えた。
かと思えば、言質を取ったとばかりに、早速恩返しに取り掛かろうとする。
「それで、何からしたらいいですかね? 炊事? 洗濯? 掃除?」
矢継ぎ早にそんなことを尋ねてくるコン。その顔には笑みが浮かび、また声は弾むように明るい。
そんな彼女の姿を見ていると、与人は頭が痛くなってくる。
(こいつ、本当に分かってんのかな……)
まさか、このままずっと居着いたりはしないだろうか。やはり、家に上げたのは失敗だったのではないか。そんな不安が心中をよぎる。
そうして与人が何も答えなかったのを、コンは何やら勘違いしたらしかった。
「や、やっぱり夜伽ですか?」
「違うって言ってるだろ」