表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こんげーむ!  作者: 我楽太一
第七章 狐の札
55/61

9 勝者と敗者

「デックの交換をしていただけますか」


 28ゲーム目に入る前に、与人はそう提案した。


 ディーラーが視線をやると、澄香は「構いませんよ」と答える。それで、それまで使っていたカードが除けられて、代わりに箱から新品のカードが取り出された。


 その意図をコンが尋ねる。


『変化の掛かったカードを取り除く為ですか?』


『ああ。さっきの二の舞はごめんだからな』


 狸の能力で複数枚のカードを変化させられるのだから、山札にはまだ偽のカードが残っている可能性が高い。だから、デックをそのままにしておくと、澄香に第27ゲームと同じ手を使われかねないのだ。


『それに、ポーカーでは裏に印をつけて何のカードか見分ける、『マーキング』ってイカサマがあるんだけど、変化を使えば同じようなことができるしな』


『あ、それもそうですね』


 先程の作戦では、裏面にも変化を掛け、模様の微妙な違いで偽のカードが相手の手に入ったかどうかを判別していた。同様に、この方法で相手の手札を一部でも把握すれば、役を推測することもできるだろう。


 こちらが変化させられるのはたった一枚なので、相手の手札に使われてもそのほとんどは分からないままだし、そもそも手札に使われる可能性自体が低い。その為、効果は薄いと考えて、与人はマーキングの使用を断念していた。だが、複数枚を変化させられる澄香たちなら話は別である。


 だから、新品のデックに交換させるのは勿論、これからは澄香が触れた全てのカードをチェックする必要があるだろう。


 そうして、デック交換後に行われた第28ゲーム。


「レイズ、50万」


 二度目のベットラウンドで、与人は所持金110万の内の大半を賭けていた。


『えっ』


 驚いたように声を上げるコン。与人の言うことには盲従しがちな彼女も、この行動には疑問を抱かざるを得なかったようだ。


『ちょ、ちょっと、大丈夫なんですか? そんな大きな勝負をして』


『いいんだよ、これで』


 そう答えると、与人は何の気なしにその理由を続けた。


負ける為に(・・・・・)やってるんだから(・・・・・・・・)


 最終的に計80万ずつで勝負が成立して、与人が手を開ける。


 その内訳は、スペードのK、ハートのK、スペードの7、クラブの7、クラブのJ。


「ツーペア」


 対する澄香は、クラブの9、ハートの9、ダイヤの9、ハートのA、ダイヤのK。


「スリーカード」


 一縷の望みも込めて、与人は澄香の手札を調べる。しかし、どれだけ触れてもカードの絵柄が変わることはなく、よって与人の負けも変わらなかった。


「はー……」


 与人は大きな溜息をつく。


 この敗北で、チップは残り30万まで減ってしまった。


 アンティやミニマムベットが10万ということを考えると、30万のチップというのはあってないようなものである。逆転するどころか、負け分を取り返すことさえ難しい。50ゲーム目までにチップが0になる可能性の方がはるかに高いだろう。


 だから、与人は冴えない顔で言った。


「悪い。ちょっと外の空気を吸ってきてもいいか?」


 これに、澄香はにっこりと微笑む。


「ええ、どうぞ」


「ありがとう」


 相手の許可が出ると、与人は早速退室しようとする。


 しかし、その前に、ギャラリーの一人に声を掛けていた。


「一緒に来てくれないか」


「……いいでしょう」


 少しの思案のあと、彼女はそう頷く。


 こうして、与人は忍を伴って部屋を出たのだった。


          ◇◇◇


 敗走するように部屋を出ていった与人。そんな彼の後姿を見送ったあとで、ポンは言った。


『結局、アンタの敵じゃなかったね』


 ポンの目には、与人も十分実力者のように見えた。だが、澄香からすれば、これまでの対戦相手と大差なかったようだ。


『ま、化け狸を逆に化かすような女だから当然か』


『そんなこともありましたね』


 澄香は追想するようにそう相槌を打った。


 三年前、澄香が旅行で佐渡を訪れた際のことである。


 地元の人間を化かし過ぎると大事になりそうなので、ポンたちはもっぱら行きずりの観光客をターゲットにしていた。この日も世間知らずのお嬢様を化かしてやろうと、ポンは人化の術で人間になると、体調不良の女を装って澄香の前で倒れ込んだのだった。


 慌てた澄香はすぐに付き人たちに介抱を命令して……とここまではポンの思惑通りの展開だったが、澄香は化け狸とまでは見抜けなくても、仮病であることはすぐに見抜いたらしい。親切にホテルまで連れて行って休ませるふりをして、ポンをトイレも何もないような部屋に監禁したのだった。


 最終的に、ポンは正体を明かして、化かそうとしたことを謝って逃がしてもらった。だが、ただの人間に負けたとあっては化け狸の沽券に関わる。そこでポンは、以後澄香が佐渡に来るたびに彼女を化かすようになった。


 しかし、人前で裸にしてやろうと替えの着物に化ければ、小さくなったから仕立て直すと針とハサミを持ち出す。変化を使ったイカサマ花札で賭けを挑めば、札のシャッフルでイカサマをやり返してくる。馬糞をぼた餅に変えて挨拶に行けば、お礼に獅子唐の天ぷらだといって激辛のプリッキーヌの天ぷらを食べさせられる…… こんな具合に、澄香の方がいつも一枚も二枚も上手で、ポンは毎度のごとく化かすつもりが化かされてしまうのだった。


 その結果、最後には自分の負けを認めたポンは、化かし合いを通じて芽生えた尊敬と畏怖と友情から、澄香の下につくことにしたのである。


『懐かしいですね』


『楽しそうに言うんじゃないよ』


 澄香の明るい声に、ポンは顔を顰める。負けを繰り返した側としては、単純にいい思い出とは言いがたいところがあった。


 しかし、澄香にとってはそうではないらしい。


『だって、あの時は本当に楽しかったですから』


『…………』


 寂しげなその言い方に、ポンは何も言えなくなってしまった。


 様々な分野における優れた才能、誰もが振り返るような見目麗しい容姿、知らない者のいないような高名な家柄…… 澄香はおよそ人間が望むものを全て持って生まれてきた。そして、それが彼女から達成感や充実感を奪い、人生を退屈なものにさせることになった。


 そんな彼女が辿り着いた先が、化かし合い、騙し合いの世界――ギャンブルだったのである。


 時には技術を尽くしても運によって負けることもある。時には負けによって大金を失うこともある。だが、勝つことが当たり前だった澄香は、その緊張感を充実感として享受していた。


 中でも、変化という人間にはない能力を持つポンとの知恵比べは、予想のつかないことばかりが起こって、さぞ楽しかったことだろう。


 だが、そんなポンも最後には負けを認め、更には澄香の味方にまでなった。加えて、澄香自身がギャンブラーとして成長したということもある。結果、澄香は「持つ者」として、もう一段上に上ることになってしまった。


 こうして、あれだけひりつくような快感を味わえたはずのギャンブルも、だんだんと勝つのが当たり前の退屈なものへと色褪せてきてしまったのである。


 勝てるかどうかという、ギリギリの勝負がしたい。それも、イカサマだろうと何だろうと、とにかく互いが全力を尽くした上で。


 そんな澄香の願いは、しかし、今回も叶えられそうになかった。


「余裕綽々って面だな」


 不意に、切子が口を開いた。


 二人の勝負に干渉したくないのか、これまでずっと黙ってギャラリーに徹していたから、これはかなり意外な行動である。


 だが、澄香はこれに動揺するでもなく返す。


「大勢はもう決したと思いますが」


 また、失望からか、皮肉るようにこうも続けた。


「それとも、あの方なら、この劣勢から大逆転を起こせるとでもおっしゃるんですか?」


 この質問に、切子は真っ直ぐ澄香の目を睨むと――


「ああ」


 と、迷いなくそう頷いていた。


「新入りなら負けても言い訳が立つと、周りの連中にはそう説明した。だが、私個人の意見で言えば、沢村君ならお前に勝てると思って使うことにしたんだからな」


 本当にここから逆転する道理があるのか。それとも、二人の間には道理を超えた信頼関係があるのか。ともかく、切子はそう断言していた。


「……彼のことを随分信頼しておられるのですね」


 少し驚いた顔をすると、澄香は嬉しそうに笑って答える。


「分かりました。ならば、わたくしも最後まで全身全霊をもってお相手いたしましょう」


          ◇◇◇


 そして、中断からしばらくして、与人が一人で部屋に戻ってくる。


 それも、ジュラルミンケースを手にして。


「忍から借りてきた」


 与人はそう言うと、ケースを開いて中に詰めた札束を見せる。


「3000万ある。これをチップとして新たに追加することを認めて欲しい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ