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こんげーむ!  作者: 我楽太一
第七章 狐の札
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10 勝者と敗者②

「3000万ある。これをチップとして新たに追加することを認めて欲しい」


 与人のチップは残りたったの30万。もう一呼吸あれば倒せるという状況まで追い詰めたのである。常識的に考えれば、澄香にこの提案を受けるメリットはないだろう。


 にもかかわらず、彼女は頷いていた。


「いいでしょう」


 切子が知る限り、澄香は金よりも勝負そのものに価値を見出しているような節があった。だから、チップの追加を認めたのも、金が欲しいからではなく、勝負をより楽しみたいが為の行動ではないか。


 ポーカー対決の仕切り直し。おそらくは、そういうことだろう。


 これ受けて、切子は状況の整理を始める。


(能力で言えば、基本的に東条の憑き物の方が上)


 これまでの二人の勝負を見て、切子も澄香の憑き物の能力は概ね理解していた。変化させられる枚数では澄香が勝っているのである。今までのように、単純にカードを変化させるイカサマでは、同じ手をより多くのカードでやり返されるだけの可能性が高い。


(しかし、イカサマ抜きで勝とうにも、追加した資金ではまだ東条には及ばない)


 澄香のチップは、タネ銭と勝ち分の合計で5770万。対して、与人は忍に借りた金を合わせても3030万。まだ倍近い差がある為、真っ向勝負で勝つ作戦も難しい。


 だが、与人はわざわざ借金してまで勝負を続行したのである。無為無策ということはありえないだろう。


(他に勝ち筋が考えられるとすれば――)


 そこまで切子が思案したところで、澄香が口を開く。


「交換条件、というわけではないですが、(わたくし)の要望も聞いていただけますか?」


「要望って?」


 そう聞き返す与人に、澄香はこう答えた。


「ボディチェックをさせてください」


(……当然、すり替えを疑うよな)


 切子は内心そう考える。


 憑き物の能力に頼らない、人間の技術だけで可能なイカサマといえば、カードのすり替えだろう。金を借りてきたのは一種の煙幕で、与人は本当はすり替えに使う為のカードを服に仕込んできたのではないか。


 しかし、澄香のこの申し出に、与人は意外にもあっさりと応じていた。


「いいとも」


 これを受けて、「それでは」と澄香は与人の体にベタベタと触れ始めた。時間をたっぷりとかけ、体を少し過剰と思えるくらいに密着させる。通常のボディチェックに比べると、かなり念入りだった。


 この様子を見ながら、切子は再び与人の作戦について考えを巡らせる。


(すり替えに使うカードを、何か別の物に変化させて持ち込む……という可能性は東条も考えているだろう。だから、逆説的に沢村君の狙いはすり替えではないはずだ)


 切子がそう予想した通りのようだった。澄香が入念なチェックを行ったにもかかわらず、結局カードの類は一切出てこなかった。


「問題なさそうですね。失礼しました」


「いや、当然の措置だろう」


 頭を下げる澄香に、与人はそう答えた。


 そうして、二人の勝負は再開されたのだった。


 全50ゲームももう半分を過ぎて、後半戦に差し掛かる第29ゲーム。そして、与人が3000万のチップを追加した状態で行われる最初のゲーム。


 表面上、序盤は二人の行動にさしたる変化はなかった。


 一度目のベットラウンドでは、互いに20万を賭けることで合意。それから、与人は三枚、澄香は二枚のカードをチェンジする。


 そして、二度目のベットラウンド。勝負が大きく動いたのは、このタイミングだった。


 与人は言った。


「ベット、1000万」


 負ける寸前からチップを追加した直後に、早くもその三分の一を賭けるという、異様なベット。勝負に立ち会った全員に緊張が走る。


 それは澄香も例外ではなかった。


「……今のは聞き間違いではありませんよね?」


「ああ、ベット1000万だ」


 珍しく動揺気味に尋ね返してきた彼女に、与人は迷いなくそう答える。


 これを聞いて、澄香は微笑んでいた。


「では、更に1000万をレイズします」


 今までとはうってかわって、1000万もの巨額のレイズ。見守る付き人たちから、どよめきが起こる。


 一方で、切子は澄香の行動を冷静に分析していた。


(資金力で潰すか。まぁ、妥当な手だな)


 アンティの10万だけ払って、一度目のベットラウンドでひたすらフォールドを繰り返すのを認めてしまうと、一度大金を稼いでリードした側が50ゲーム目まで容易に逃げ切ることができてしまう。そのため、この勝負では、あくまでショーダウン成立で数えて50ゲーム目までプレイするというルールになっていた。


 それを考慮すれば、リードする澄香側の現状での最善手は、資金力の差で相手を圧殺することだろう。たとえ弱い手でも、賭け金をつり上げて強い手に見せれば、相手を勝負から降ろすことができる。更に「弱い手でも賭け金をつり上げてくる」という先入観を利用して、過剰なレイズで強い手をあえて弱く見せることで、相手を大金のかかった勝負に引きずりこむこともできる。


 そもそも勝つことだけを考えれば、今までのように少額のレイズでひたすら相手の様子を窺っていたことの方がおかしいのである。先程澄香が「全身全霊で相手をする」と言った通り、もう与人にハンデを与えるつもりはないのだろう。


 それだけに、切子は彼の行動が気になった。


(沢村君はどう出る?)


 資金力の差を見せつけてきた澄香。それに対して、与人は頷いていた。


「いいだろう」


 そう言って、再び大量のチップを賭ける。


「レイズ、300万」


 だが、このアクションを予想していたようだ。澄香はもう動じることはなかった。


 それどころか、彼女も同じように、再び大量のチップを賭ける。


「レイズ、300万」


 それからは、お互いが相手のレイズに更に上乗せしてレイズを行う、レイズ合戦となった。


 よほど自分の手に自信があるのか。それとも、ブラフで相手を降ろす気なのか。もしくは、賭け金がつり上がり過ぎて引くに引けなくなったのか。あるいは、――


 あるいは、何か勝ちを確信できるような策を用意しているのだろうか。


 真相は当事者たちにしか分からないが、二人のレイズ合戦はとうとう行き着くところまで行き着いてしまった。


「レイズ、100万。全賭け(オールイン)だ」


 これで与人が二度目のベットラウンドで賭けた額は計3000万になった。しかも、与人は既にアンティで10万、一度目のベットラウンドで20万を賭けている。つまり、このレイズは、与人の全財産3030万を賭けた最後のレイズだったのだ。


 すると、これを聞いて澄香は言った。


「では、それで勝負を受けましょう」


 澄香がコールして、与人と同じ額のチップを賭ける。


 こうして総額6060万を賭けた勝負が成立したのだった。


 そして、ゲームはその勝負を決するショーダウンへと移る。


 与人は持っている全てのチップを賭けたのだ。この勝負に澄香が勝てば、その時点でドロー・ポーカー対決は彼女の勝利となる。


 一方、与人が勝っても、澄香にはまだ1940万円分のチップが残る。しかし、1940万と、6060万との差は大きく、以降のゲームで資金力で澄香を潰すことも可能だろう。この勝負に勝てば、ドロー・ポーカー対決における与人の勝利がぐっと近づく。


 だから、どちらが勝つにしろ、このショーダウンが対決の分水嶺となることはまず間違いないのだ。


 先に、澄香が手を開く。


「菊池寛は『勝負事と心境』の中で、またこうも述べたそうです。

〝先年文士賭博云々で文壇の士の間に、八々が盛んであることが、抉摘されたが、勝負事として、風情のあるのは、花やトランプが一番であらう。あらゆる実力を発揮して然る後に天命を待つところが面白い。人生で冒険的企業をやるのと似てゐる。その遊びは、一つ一つの企業で、銘々の主義や方針や、性格や性情までが勝負の裡に反映して来る。そして、花の勝敗などが結局可なり深い人格的な力に依つて左右されて来ることが分るのである。〟と」


 菊池寛の言う通り、もしゲームの勝敗が人格的な力に左右されるというのなら、澄香の手札はあらゆるものに恵まれて生まれ育った彼女の人格を象徴していると言えるかもしれない。


 澄香の手札は、ダイヤのK、ダイヤのQ、ダイヤのJ、ダイヤの10、ダイヤの9。


 すなわち、――


「ストレートフラッシュです」


(なんという博才……)


 切子もこれには思わず息を呑んでいた。


 ポーカーにおいて最上位の役であるストレートフラッシュ。それは言い換えれば、最難度の役でもある。すぐに降りなかった以上、それなりの役を完成させているだろうとは思っていたが想像以上だった。


 しかも、澄香の手はKが最高(Kハイ)のストレートフラッシュだった。これより強い手は、Aが最高になる「○○のA、○○のK、○○のQ、○○のJ、○○の10」という形のストレートフラッシュ、いわゆるロイヤルストレートフラッシュしかない。


 ロイヤルストレートフラッシュが完成する確率は、配られた手札五枚での単純計算では約65万分の1。チェンジを含めた場合の完成確率はもう少し高くなるが、それでも4万分の1ほどしかないとされている。澄香が強気のレイズを繰り返したのは、決してただのハッタリではなかったのだ。


(しかし、問題ないはずだ)


 澄香の手に一度は驚いた切子だったが、すぐにそう冷静さを取り戻す。


 それから、勝利を確信した目で与人を見た。


 Kハイのストレートフラッシュを、ロイヤルストレートフラッシュで破って、大逆転勝利を収める。いくらなんでも出来過ぎた話である。


 だが、その出来過ぎた話を、切子はこの時全く疑っていなかった。何故なら、――


(何故なら、今プレーしているのは、沢村君ではなく忍なんだから)


 まず、タマが憑依した状態の忍を、別の部屋へと連れ出す。


 次に、コンの能力で、忍を与人の姿に変化させる。


 そして、与人の姿になった忍が、目借で澄香の手札を把握しながら戦う。


 このドロー・ポーカー対決で、与人に勝ち筋が残っているとしたら、おそらくもうこれしかないだろう。


 中断時に忍と二人で部屋を出て行ったのに、戻ってきた時には与人一人だけだったのも、この作戦が実行されていることを裏づけている。


(沢村君、いや忍は、目借で東条の手がKハイのストレートフラッシュだということを知っている。その上で、こんな大勝負に出たんだ)


 それを踏まえて、切子は結論を出す。


(つまり、忍の手は――)


 澄香に続いて、今度は与人が手札を開く。


 まずはスペードのA。


 次にスペードのK。


 しかし、三枚目のカードはクラブのA。


 更にハートのA、ダイヤのA。つまり、――


「フォーカードだ」

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