表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こんげーむ!  作者: 我楽太一
第七章 狐の札
49/61

3 狐の札③

「これが頼まれていた東条澄香についての資料です」


「ありがとう。助かるよ」


 与人の礼に、「大半は吉田さんの仕事ですから」と忍は淡々とそう答えた。


 澄香との勝負を目前に控えた頃、ようやく切子に依頼していた調査結果が出たらしい。忍が部屋まで資料を持ってきたのだった。


 ただ、当人はその内容について懐疑的な様子である。


「しかし、相手の趣味や交通手段なんか知ってどうするんですか?」


「何が役に立つかなんて分からないもんさ」


「……もしかして、能力について推理する材料ってことですか?」


「そうなるのが一番いいんだけどな」


 資料に目を通しながら、与人は飄然と言った。


 憑き物使い同士の勝負になるということには、澄香も気づいているようだ。でなければ、わざわざ連れ合いを――憑き物を茶の湯の席に連れてくるように言ってこないだろう。


 そして、その席では、澄香のそばに女が控えていた。状況から考えて、彼女が澄香の憑き物と見て間違いないはずである。


 たれ目がちの瞳に、丸みを帯びた輪郭。ただ、もう幼さを感じる顔つきではなかった。


 また体型も大人びた、スタイルのいい長身だった。人間の年齢で言えば、二十代くらいだろうか。


 人間の自分には彼女が何者か分からなかったが、憑き物同士ならどうだろうか。そう考えて、与人はコンに話を振る。


「コンは会ってみて何か感じなかったか?」


「…………」


「コン?」


「えっ、いやー、ちょっと分からないですね」


 早くも緊張でいっぱいいっぱいなのか、二度目の呼び掛けでコンはようやくそう答えた。


 それから、逆にこちらに対して質問してくる。


「あの、菊池寛? がヒントだったりしませんかね?」


「さぁ、どうだったかな……」


 澄香が引用した文章からも窺えるが、菊池寛は将棋や麻雀、競馬といった賭け事、勝負事の熱心な愛好家だったという。しかし、憑き物の正体を知る上でヒントになるようなエピソードがあっただろうか。


 このやりとりを見て、タマが口を開いた。


「忍は何か知ってる?」


「そういえば、彼は確か『狐を斬る』という小説を書いていたはずですが」


 忍の一言で、場の雰囲気が静まり返る。


「……偶然ですよね?」


「……偶然だろう」


 こわばった顔で質問してくるコンに、与人も似たような表情で答えた。


 と、そこで、切子が部屋に入ってくる。


 そして、彼女は開口一番に言った。


「勝負の種目が決まった」


 澄香の提案もあって、二人の勝負内容はくじ引きで決めることになっていた。「不平等のないように」とのことである。


 もっとも、種目次第、憑き物次第では、逆に大きく不平等が生まれる可能性もあるが――


 部屋にいる全員が固唾を呑む中、切子はそのくじ引きの結果を伝えた。


「ドロー・ポーカーだ」


 それを聞いた瞬間、与人は一息つく。忍やタマも安堵したようだったし、切子も満足げだった。


 そんな中、コンは一人だけ疑問符を浮かべていた。


「どろー? って何ですか?」


「前にクローズド・ポーカーのルールについてざっと教えたよな? あれの別名がドロー・ポーカーだよ」


 ドロー・ポーカー(≒クローズド・ポーカー)とは、まず五枚の手札が配られ、それを任意の枚数だけ交換して役を作るポーカーのことである。これを特にファイブ・カード・ドローと言う。日本では主流のルールの為、単に「ポーカー」と言えばこのルールのものを指すことがほとんどである。


 与人の説明に、コンは周りから遅れて目を輝かせる。


「ということは……」


「ああ、コンの力が活かせるな」


「おおっ」


 コンは嬉しそうにそう声を上げた。


 変化の術を使えば、カードの柄は自由自在。そうなれば、当然役を作るのが簡単になる。相手がよほどポーカーに適した能力でもない限り、これはひっくり返しがたいアドバンテージだろう。


 狐のふだを使えば、この勝負も勝てる。与人はそう確信していた。


          ◇◇◇


「ドロー・ポーカーですか……」


 付き人から報告を受けた澄香は、彼の言葉をそう繰り返していた。


 与人たちがくじ引きの結果を喜んだのとほぼ同時刻、客間でもその話題が俎上に上がっていたのである。


 はっきりと表情に出したわけではないが、それでも澄香が何を考えているかは明らかだった。


 だから、女は――澄香の憑き物は言った。


「残念だったね」


 そのあとで、女は確認の意味で尋ねる。


「もっと苦戦しそうなギャンブルの方が良かったんだろう?」


「そうですね」


 あっさりと澄香はそう頷く。勝って当然という口ぶりである。


 しかも、その上、こんなことまで口にしていた。


「ですが、ハンデとして、いくつかヒントを差し上げましたから」


 今日もきっと何千万という勝負になるだろう。いくら名家の娘でもまだ高校生である。負けて一切懐が痛まないわけというわけではない。にもかかわらず、澄香は「精神的緊張を味はうとする」為に、負けの可能性を求めているのだ。


「……前々から思ってたけど、アンタってやっぱりマゾの気があるのかい?」


「そんなはしたない言葉を使わないでください」


 令嬢らしく、澄香は上品に女の発言をたしなめる。


「興奮しますよ?」


「完全にマゾじゃないかい」


 裏賭博に熱中していることといい、容姿や物腰とギャップがあり過ぎるだろう。女は呆れてしまう。


「しかし、いくらヒントをあげたっていっても、向こうが気付くかねぇ」


 女はまたそんな疑問を持つ。お茶の席での二人の様子を見る限り、澄香の考え通りにいくとは思えなかった。


「あの坊やの方はともかく、ってアホだからねぇ」


 これを聞いて、澄香が言った。


「そういえば、あなたの地元には狐がいないんでしたね」


「そうそう。私たちが散々やり込めたからね」


 女の一族は、先祖代々狐を退けて縄張りを維持し続けてきた。女の代でもそれは変わらず、むしろ縄張りを拡大しようかという勢いだったくらいである。


 そして、そこに現れたのが澄香だった。


 澄香も当時のことを思い出したようだ。いいことを思いついたように、「そうだ」と声を上げる。


「どうせなら、わたくしたちも賭けをしましょうか。内容は『いつになったら彼らがあなたの正体に気づくか』でいかがです?」


「そうだね……」


 そう相槌を打って、女はいつ頃に賭けるべきか考え始める。勝負の開始前に気づくか、それとも終了しても気づかないか。勝負の最中に気づくとしたら、何ゲーム目になるだろうか……


 しかし、思案の末に、女は結局首を振っていた。


「いや、やっぱりやめとくよ」


 女は賞賛と諦念を込めて言う。


「どうせ、アンタには敵いっこないからね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ