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こんげーむ!  作者: 我楽太一
第六章 狐の知らせ
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2 勝負の前に②

「お嬢、今度暇な時はないか?」


 夜、自室を突然訪れた与人に驚いた様子の切子だったが、この質問にはもっと驚いたようだった。


「何だい、藪から棒に」


 そう言って、彼女は怪訝な顔をする。


 しかし、次の瞬間には挑発するような笑みを浮かべていた。


「デートの申し込みかな?」


「まぁ、そんなとこだ」


 ふざけていると思われたのか、何か裏があると思われたのか。この返答に、切子は怒るとも呆れるとも訝しむともつかない、複雑微妙な表情を浮かべる。


 だから、与人は言った。


「ほら、前に一緒に寄席に行こうって話をしただろ?」


 以前、チョボイチで勝負した時に、落語の『狸賽』が話題に上がった。その流れで、切子がそう誘ってきたのである。


 与人の説明でようやく思い出したらしい。切子は「ああ」と声を上げていた。


「君、あの時は断ったじゃないか」


「俺は考えとくって言っただけだ」


「それは普通断る時の言い方だろう」


 切子は呆れ顔をする。


 実際、あの時は断るつもりだった。ただ、あれから色々あって、与人も思い直したのである。


「それで、結局どうなんだ?」


「まぁ、君がどうしてもと言うのならいいだろう」


 渋々という風にそう答えると、切子は手帳を開く。


「一体、いつがいい?」


「できたら、なるべく早い方がいいな。明日とか」


「それはまた随分急だね」


 与人の返答に、切子は眉根を寄せる。都合が合わないのだろうか。それとも、チケットは予約制だったりするのだろうか。


「ダメか?」


「いや、構わないよ。それじゃあ、明日学校が終わったあとでいいね?」


「ああ」


 そう与人は頷く。寄席に行ったことはないから、細かいことは切子に任せておいた方がいいだろう。


 しかし、それで打ち合わせは終わりではなかった。


「終わるのは九時頃になると思うから、ついでにどこかで食べていこうか。何がいい?」


「そうだなぁ……」


 少し考えてから、与人はこう答えた。


「落語繋がりで和食はどうだ? 天ぷらとか」


「そうか。それじゃあ、夕食は中華にしよう」


「嫌がらせの為に質問するな」


 与人は渋い顔をする。どうしてこう性格が悪いのだろうか。


 だが、切子の性格の悪さはそれだけに留まらなかった。彼女は皮肉げに続ける。


「しかし、君、勝負を控えているというのに随分余裕だね」


「いや、だからだよ」


「?」


 不思議がる切子に、与人は言った。


「どうもコンの奴が緊張してるみたいだからな。そろそろ息抜きが必要かと思って」


 相手が憑き物使いだということは分かっているが、その能力までは分からない。そのせいで、相手がどんなイカサマをしてくるのか、コンは気が気でないようだった。だから、何か気晴らしをと考えて、それでちょうど落語が思い当たったのである。


「……ああ、なるほど。そういうことか」


 与人の説明を聞いて、切子は歯切れ悪くそう答える。言葉のわりに、あまり納得しているようには見えなかった。


「別にコンが一緒でもいいだろ?」


「私は構わないんだが……」


 相変わらず、切子は歯切れ悪く続ける。


「ただ、落語には化け狐が痛い目に遭う噺もあるからね」


「あー……」


          ◇◇◇


「落語、楽しみですね」


「そうだな」


 コンの言葉に、与人はそう頷いた。


 翌日、学校から一度屋敷に戻ってきた与人は、コンと一緒に外出の準備を整えていたのである。


「与人様は、落語を観たことがありますか?」


「いや、本格的な寄席はこれが始めてだな。『寿限無』とか『目黒のさんま』とか、有名なネタなら速記本でいくつか読んだけど」


「与人様、よく読書されてますもんね」


「よくってほどでもないけどな」


 そんな話をしながら、二人は玄関を出る。


 屋敷の前には、既に黒塗りの高級車が待機していた。そのそばには、もう切子もいる。更に――


「斎藤も連れていくのか?」


「勝手についてきたんだよ」


 与人の質問にそう答えながら、切子は横目に忍を睨む。


「あれだけ何度も来るなと言ったのに」


「お嬢の命令でも、こればかりは聞けません」


 忍ははっきりとそう宣言する。


 その様子が、与人には意外だった。


「へー、斎藤でもお嬢の言うことを無視したりするんだな」


「自分も心苦しいですが、お嬢の身の安全を守る為には致し方ないことです」


「ああ、なるほど。ボディガードってことか」


「はい」


 そう頷いたかと思うと、忍は次の瞬間こちらに腕を伸ばしてくる。その手には、例の服の袖に仕込んだ拳銃が握られていた。


「妙な真似はしないでくださいよ」


「何で真っ先に俺を警戒するんだよ」


 両手を挙げながら、与人は恐怖で青い顔をする。


 反対に、忍は怒りで赤い顔をしていた。


「だって、今日はデートなんでしょう?」


「いや、あれはただの冗談というか……」


「冗談でお嬢をデートに誘ったんですか!」


「そういう意味じゃなくてだな」


 ますます赤くなる忍の様子を見て、与人はますます青くなる。忍の忠誠心なら、本当に発砲しかねないから恐ろしい。


 一方、コンはコンで顔を赤くしていた。それも怒りではなく興奮で。


「も、もしかして、私お邪魔ですか?」


「そんなことないから」


「いっ、一度にこの人数を相手に!?」


「何でそうなるんだよ」


 拳銃を突きつけられている人間を前に、一体何を想像しているのだろう。真っ赤な顔をするコンに、与人は呆れてしまう。照れくささもあって、コンの気晴らしが目的だということは本人には伏せていたが、それは間違いだったかもしれない。


 結局、場を収めたのは切子だった。もっとも、彼女はこの状況を愉しんでいたようだが。


「忍、もうそのへんでいいだろう」


「……警告はしましたからね」


 切子が笑いをこらえながら命令すると、忍はようやく銃を下ろす。しかし、明らかに「何かあったら撃つ」という意味なので、与人はちっとも安心できなかった。


(ちょっとは仲良くなれたと思ったんだけどなぁ……)


 与人は麻雀で勝負したあとのことを思い出す。一度は握手まで交わした仲のはずなのだが……


 そんな与人に対して、「それから」と忍は更に注文をつけてきた。


「自分のことは忍でいいですよ」


「あ、ああ」


 驚きながら「俺も与人でいいよ」と続けると、忍は「はい」と頷くのだった。


「ところで、タマさんはいないんですか?」


「憑依中なんだろ」


 コンの質問に、与人はそう答える。それから、早速彼女の名前を呼んだ。


「な、忍?」


「ええ」


 忍は自分の目を指しながら、コンに説明した。


「目借で周囲の人間の視線を確認すれば、お嬢の身の安全を守りやすいので」


「あ、そういうことですか」


 そんな二人のやりとりを聞いて、今度は与人が質問する。まさか自分を警戒する為だけに能力を使ったりはしないだろう。


「やっぱり、いろいろ危険なのか?」


 しかし、この質問に切子は首を振っていた。


「忍が真面目過ぎるだけだよ。今時は警察の締めつけが厳しいから、グレーゾーンならともかく、明らかな不法行為はなかなか手を出し辛いんだ。うちの組なんて、フロント企業のカジノやパチンコ、ソーシャルゲームなんかの運営が、収入のメインになってきてるくらいだしね」


「へー」


「だから、ドンパチなんかたまにしか起きないよ」


「たまには起こるのかよ」


 一応とはいえ、京極組に属している以上、巻き込まれないとは言い切れない。与人は呆れ顔でツッコんでいた。


 だが、コンの反応はそれ以上だった。切子の話を聞いて、顔から血の気が引いていたのだ。


(これ、息抜きになるんだろうか……)


 与人は思わずそう心配するのだった。

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