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こんげーむ!  作者: 我楽太一
第五章 狐士無双
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11 恩返し②

最終局オーラスで相手と4300点差か……』


 第三回戦・南四局、本当の意味での最後の勝負を前に、与人は状況をそう整理した。


『ど、どうなんでしょう?』


『斎藤以外からなら4500点、ツモなら3600点、斎藤からの直撃なら2300点の手を和了ればいいだけだからな。逆転は十分ありえるよ』


 与人の返答を聞いて、コンは一転明るい声になる。


『本当ですか?』


『ああ』


 コンや自分に対する鼓舞でも何でもなく、与人は客観的な判断からそう答えた。


 オーラスで逆転が想定される点差として、よく1万点差が挙げられる。それを考えれば、4300点差というのはかなり現実味のあるラインだろう。


 また、点差以外の条件でも、逆転を狙えそうな理由があった。


『配牌も悪くないしな』


 与人が先程挙げた三つの内のどの条件で和了るとしても、概ね三翻あれば達成できる。そして、盲牌で確かめたところ、配牌から役牌(一翻)、トイトイ(二翻)、混一ホンイツ(三翻、鳴いた場合は二翻)あたりの役の完成が見えそうだった。また、リーチ(一翻)やドラ(一翻)を絡めていくという手もある。


(勝てる。いや、勝つ)


 この勝負には、目先の400万は勿論、代打ちの権利という将来的な金もかかっている。山を買うのに必要な2000万を手に入れる為にも、こんなところで躓くわけにはいかない。与人はそう決意を新たにしたのだった。


          ◇◇◇


 一方、最後の勝負を前にして、タマと忍の間でも同じような会話がなされていた。


『この点差は危険』


『ええ、そうですね』


 状況を正しく認識しなければ、勝利が余計に遠ざかるだけである。だから、忍は現在のリードが紙一重のものに過ぎないことをはっきりと認めた。


 対して、タマは不安げに更に続ける。


『しかも、この配牌……』


 最初に配られた手牌は、四面子一雀頭の形からは程遠いものだった。リードしているのだから、どれだけ安かろうと、とにかく早く和了れるような手がベストだったのだが。


 しかし、そんな考えを振り払うように忍は言った。


『配牌なんて関係ないですよ』


『え?』


『これまでの行動から言って、おそらく彼はこちらの能力を完璧には把握していません。視界を自由に移動させるような能力だと誤解していると考えられます』


 与人の視線の動きから考れば、それは明らかだった。目借がどんな能力か分かっているにしては、迂闊な動きが多かったのだ。


『だから、その誤解を突きます』


『!』


 忍の取った行動に、タマは声さえ上げられないほど驚いていた。


 与人はやはり、こちらの能力を誤解しているようだった。迂闊にも、忍から視線を外す。


 そして、忍は目借の力で、そのことを確認すると――


 自分が与人の視線から外れた一瞬の隙を突いて、服に隠し持っていた牌と手牌の一部をすり替えたのだった。


 それから、忍はさりげなく周囲の人間の反応を観察したが、切子はすり替えが行われたあとでようやく気付いたようである。かすかに面白がるような褒めるような笑みを浮かべていた。


 忍の手口をよく知っているはずの切子でさえこの調子なのだから、目借まで使われた与人はそれにさえ及ばない。未だに何が起こったのかさえ認識していない様子である。


 三回の半荘戦を通して、与人の代打ちとしての力量はおおよそ理解できた。さすがに切子が選んだだけあって、憑き物の能力やイカサマの技術も含め、相応の実力者であることは認めざるを得ないようだ。おそらく、このすり替えも、二度、三度と繰り返せば掴まれる可能性はあるだろう。


 だが、逆に言えば、最初の一度だけは確実に隠し通せる自信が忍にはあった。だから、勝負の決まるオーラスまで温存しておいたのである。


 このすり替えによって、配牌の不利がなくなった結果、点数の差がそのままテンパイ速度の差に繋がった。すなわち、逆転の為に役を作る必要のある与人は手が遅れ、リードする忍は早々と和了の体勢を整えたのである。


「リーチ!」


 忍はそう宣言した。


(他に役がないからリーチをかけるしかない上に、河から和了牌を読みやすい……)


 リーチをかけるということは、相手にテンパイを知らせるのと同じことである。当然、相手は振り込みを回避しやすくなる。捨て牌から待ちを想像しやすいなら尚更だろう。


(でも、ツモ切りするだけの二人から出る可能性はあるし、二萬‐五萬‐八萬の多面待ちだから自分でツモってもいい。それに、役を作る都合上、相手も多少の無理はしかねない。放銃も十分ありえる)


 二人麻雀で南四局。通常の麻雀とは状況が大きく違うのだ。普段の感覚で待ちの良し悪しは判断できないだろう。


 それらの事情を考慮して、忍は結論を出した。


(この勝負、自分の勝ちです)


          ◇◇◇


『……先にテンパイされちゃいましたね』


『ああ』


 不安げなコンに、与人はそう頷く。


 だが、ただ彼女に同調したわけでもなかった。


『でも、こっちの手も大分揃ってきたからな。まだ追いつけるはずだ』


 そう言って、与人は山牌に手を伸ばす。忍にはまだテンパイされただけで、和了られたわけではない。ツモさえよければ、いくらでも巻き返せるだろう。


 が、しかし、――


「!」


 ツモった牌を盲牌で確かめた瞬間、一瞬与人の動きが止まった。


『どうしました?』


『最悪だ』


 コンの質問に、与人は苦々しくそう答える。


 与人がツモった牌は、五萬だったのである。


『最悪って、この牌を捨てたら相手にロンされそうってことですか?』


『ああ。無スジの中張牌だからな。これが和了牌の可能性が高いんだ』


 まず捨て牌の萬子の少なさから言って、忍がそこで待っていることが予想される。一萬~九萬のど真ん中に当たる五萬などは、使用される頻度が高いから特に切り辛い。


『じゃあ、これを手牌に入れて、他の牌を切るのは……』


『それも難しいな。今目指しているのは筒子と北だけで作るホンイツって役なんだ。だから、萬子の五萬は完全な不要牌なんだよ』


『…………』


 与人が「最悪」と言った理由がよく分かったらしい。コンはとうとう黙り込んでしまった。


『どうするかな……』


 十四枚の牌を前に、与人は頭を悩ませる。


 五萬を抱え込んだまま、新たな形でテンパイまで持って行くのに、どれくらいツモる必要があるだろうか。その間に、忍に和了られてしまうのではないか。


 それならば、振り込むリスクは承知の上で、それでも五萬を切るべきではないのか。


「…………」


 悩みぬいた末に、与人は牌を切る。


 その牌に対して、忍は――


「ロン!」

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