9 反撃開始④
「次の局からでいいから、二人の手牌を伏せたままにしておいてくれないか」
与人のこの提案に、忍は若干の焦りを覚えていた。
人数合わせに入った組員二人は、目借では見えない山牌をただツモ切りするだけである。その為、彼らの不要牌を狙い撃つ戦法は元々使えない。
しかし、二人の手牌が分かるだけでも有利なことはある。たとえば、二人の手牌で既に四枚とも使い切られている牌があった場合、その牌で和了を待つような無駄な行動がなくせるのである。
「そうだな……」
与人の話を聞いて、切子は一旦考え込む。
そのあとで、こちらに視線を向けてきた。
「どうする忍? 途中からのルール変更だが、受けてやるか?」
「…………」
忍は沈思黙考する。
選択権をわざわざこちらに委ねてくれたのだ。切子は暗に、「断っても構わない」と言っているのだろう。
だから、忍はこう答えた。
「いいでしょう」
「ほう」
一瞬のことだったが、切子は愉しそうな笑みを浮かべた。
それから、彼女は立会人の顔に戻って続ける。
「では、次局から、お前たち二人は手牌を伏せたままツモ切りを行うこと。いいな?」
「はい」
組員の二人はそう返事をした。
一連の会話を聞いて、タマが心配そうに声を掛けてくる。
『今のは断った方が……』
『確かにルール変更で目借を使ったイカサマはもうできなくなりました。しかし、和了った時の彼の手牌を全て確かめさえすれば、変化を使ったイカサマは簡単に防ぐことができます。そうしてお互いに能力を使わずヒラ打ちするなら、今のリードを守り切るのは難しいことではありません』
盲牌によって相手の能力を探るという、与人の発想は悪くなかった。が、いかんせん思いつくのが遅過ぎただろう。
二人の得点は、忍が5万1000点に対し、与人は2万1400点。既に約3万点もの大差がついてしまっている。
しかも、二回戦は既に南三局。この局を含めても、もうあと二局しか点を稼ぐ機会が残っていないのだ。
一応、まだ逆転が可能な点差ではあるが、そんなに都合良く大物手が手に入るとは思えない。たとえ目借を封じられても、自分の優位は動かないはずである。
だから、一回戦に続き二回戦も自分が取って、この麻雀対決自体に決着がつくことだろう。
しかし、この忍の返答を聞いて、タマは分析とは関係のない話を持ち出してきた。
『お嬢様の期待を裏切りたくないしね』
『…………』
忍は思わず黙り込む。
こちらにルール変更の選択権を委ねた時の、切子の目つきと口振り。あれは、「断っても構わない」ではなく、「受けられるものなら受けてみろ」と言いたかったのではないか。少なくとも、忍はそういう風に解釈していた。ルール変更を承諾したのには、そういう理由もあったのだ。
『お嬢様の期待を裏切りたくないしね』
『タマさん、うるさいです』
しつこく繰り返すタマに、忍はしかめっ面をした。
そうして、与人の申し出で中断されていた南三局が再開される。忍は自分の番が来ると、山から牌をツモり、次に何を捨てるか考える。
その時だった。
「――――ッ!」
とある事実にようやく気づいて、忍は声にならない声を上げていた。
『どうかした?』
『やられました』
訝しがるタマに、忍は渋い顔をしてそう答えた。
それから、詳しい説明を始める。
『先程のルール変更、おかしいと思いませんでしたか?』
『どういうこと?』
『ルール変更をすれば、確かに目借を封じることはできます。ですが、他の二人は元々ツモ切りしかしないのだから、目借で手牌が見えたところで大したアドバンテージにはなりません。だから、ルール変更で彼に生じるメリットは、実際にはそこまで大きくないんですよ』
もちろん、メリットが0でない以上、提案する価値はある。忍自身、ルールの変更を提案された時は多少の焦りを覚えていた。そのせいか、忍の説明に、タマはいまいち納得いかない様子だった。
だから、忍は続けた。
『第一、ルールを変更したいなら、この局の開始前に提案すればよかったはずです。わざわざ局の途中で提案して、次の局から採用なんて、どうしてそんなまだるっこしいことをするんですか?』
『それは……』
前局で能力を見破ったのに、まさか今の今までルール変更という手段に気づかなかったというのは考えにくい。もし仮に、今気づいたのだとしても、やはり次の局の開始前に提案すればいいはずで、対局の途中で言い出す理由はないだろう。タマもその不自然さを理解したようで、口ごもってしまった。
『彼にとっては、こちらがルール変更を受けるかどうかなんて、最初から二の次だったんです』
忍は対面の与人を睨む。
『彼の狙いは、目借を封じることではなく、3万点差を逆転すること…… ルール変更の話し合いで生まれる隙を突いて、河から牌を拾うことだったんですよ』
手牌と捨て牌を入れ替えて、安全牌や有効牌を引き入れる『拾い』。上手くやれば、このイカサマで一発逆転の大物手を作り出すことも可能である。
だが、他のプレーヤーの目が卓上に向いている通常の状態で、拾いを実行するのは難しい。よって、何かしらの方法で注意を逸らす必要がある。
そして、与人はその方法として、ルールの変更を提案したのだ。
忍は、再び与人の河を見る。
捨て牌を拾って、新たに手牌を作り直したのである。捨て牌の流れから相手の和了牌を推測するスジを頼っても意味がないだろう。
しかし、最悪でも振り込むのだけは回避しなくてはならない。そこで忍はテンパイから遠ざかるのを承知の上で、渋々と現物を切ることにした。
ただ、それでは自分が振り込むことは防げても、相手が和了ることまでは防げない。
「ツモ」
そう宣言して、与人は手牌を開ける。
単に目借を封じるだけでは足りない。与人自身が点数を稼ぐことができなければ、逆転にまでは至らない。
ゆえに、――
「四暗刻。8000・1万6000」
ゆえに、与人が牌を拾って作った手は、忍の想像した通り大物手。それも麻雀における最上級の大物手である役満(3万2000点)だった。
これにより二人の得点は、忍が3万5000点に対し、与人が5万3400点。一転して2万点近い大量リードと、与人が完全に逆転を果たした形となる。
更に、続く南四局――
「ツモ」
与人は役満の勢いに乗ったように早和了。忍に再逆転のチャンスを与えない。
結果、二回戦は与人の勝利で終わったのだった。
また、この逆転劇によって、二人の勝利数は一対一で並ぶことに。敗北必至の土壇場から、五分五分の状況まで一気に挽回したことになる。
「これでイーブンか……」
立会人の切子が言った。
「次は三回戦、最後の勝負だ」
こうして、ゲームは最終局面へと進むのだった。




