3 正体
「では、取り決めに従って、沢村君との決勝戦には勝者の忍が進出することとする」
対局後、切子がそう宣言する。これを聞いて、忍は「当然です」と言わんばかりの表情を浮かべていた。
「…………」
対して、吉田は意気消沈した様子で、じっと盤面を眺めていた。元奨励会員としての意地もあるだろう。将棋で負けたのは、ショックが大きいようだった。
そんな吉田の肩に、切子はそっと手を置く。
「吉田」
「お嬢……」
「あれだけ偉そうに勝負を希望しておいて、無様に負けた今の気持ちはどうだ? ん?」
「お嬢!?」
慰めの言葉を掛けるどころか、暴言を吐く切子に、吉田は困惑の声を上げる。与人も思わず、「鬼か、あいつは」と呟いていた。
一方、忍は切子に対して全く別の不満を抱いているようだった。
「何で勝った自分ではなく、負けた吉田さんに……」
「あー…… いい対局だったな」
切子は吉田をいじめるのに夢中のようだから、与人が気を遣ってそう声を掛ける。
すると、忍は微笑を浮かべていた。
「ありがとうございます、沢村さん」
「あ、ああ」
おっかなびっくりに答える与人。それから、まじまじと忍の顔を見つめていた。
「何ですか?」
「いや、前はもっとツンツンしてたから、ちょっと驚いて」
「そういうことでしたか」
態度の変化は意識的なものだったらしい。その理由について、忍は事もなげにこう説明した。
「それなら、お嬢に〝代打ち同士で無用な諍いを起こすな〟と言われたので」
「そんな理由!?」
「なので、これからはうわべだけでも仲良くしてください」
「いやだよ、そんな悲しい関係」
先程の微笑は作り笑いだったらしい。嫌々という表情で「仲良くしてください」と握手を求めてくる忍に、与人は声を荒げて抗議していた。
「お前なぁ、お嬢が死ねって言ったら死ぬのかよ」
「まさか。自分なら命令される前に率先して死んでみせます」
「怖い怖い」
それから二人が、「大体、お嬢はそんな無茶なことを言う人ではありませんよ」「えー、それはどうだろう」などと話している時のことだった。
「沢村君もいるからちょうどいい。この場で決勝の種目を決めようか」
切子の言葉で、二人の間に一気に緊張感が広がった。お互いが対戦相手であることを、改めて認識したからである。
すぐに用意が整えられ、切子がくじを引く。
「二人に勝負してもらうギャンブルは――」
得意な種目か、それとも不得意な種目か。一体、何のギャンブルに決まったのか。
そう息を呑む与人と忍に対して、切子は言った。
「麻雀だ」
◇◇◇
「麻雀って、私よく知らないんですけど、どんなゲームなんですか?」
部屋に戻って憑依を解くと、コンがそう尋ねてきた。
しかし、この質問に答えるのはなかなか難しい。どうしてかと言うと、麻雀のルールは非常に細かく複雑で、細則やローカルルール、ハウスルールまで含めるとキリがないからである。
だから、与人は他のゲームをたとえに使って説明することにした。
「数字や絵柄の組み合わせによって役を作る。相手の出方から役の強さを読んで、勝負するか降りるか決める。そういう意味で、前やったポーカーに近いかな」
麻雀――日本でポピュラーなものは日本式麻雀、リーチ麻雀と言う――は、親が一人、子が三人の計四人で遊ぶボードゲームである。
麻雀では、山牌(≒山札)から牌を引いてきたり、相手の捨てた牌を使ったりして、十四枚の手牌(≒手札)の組み合わせで役を作る。この役と役を作ったプレーヤーの立場(親は子に比べて、おおよそ収入が1.5倍、支出が2倍)で得点の高さが決まり、ゲーム終了時に最も持ち点の多かったプレーヤーの勝利となる。
ゲームの終了は、誰か一人以上の持ち点(多くは2万5000点スタート)がマイナスになるか、あるいは親の役割がn巡した時である。
古くは東一局~東四局の四局を一巡として、同じように南、西、北と計四巡する一荘戦が基本だったが、現在は東一局~南四局までの二巡で区切る半荘戦(東南戦)で遊ばれることが多い。今回の勝負でも半荘戦が採用されており、半荘戦を三回やって、一位を先に二回獲得した方が勝ちというルールになっていた。
そうして一度麻雀をポーカーにたとえたあとで、与人は更に両者の違いにも触れる。
「ただ、ポーカーが同時に手札を見せ合って役の強さで勝敗を決めるのに対して、麻雀は最初に役を作った時点でそのプレーヤーの得点が確定するんだ。
だから麻雀では、頑張って高い役を作ろうとしていたのに、他の奴に先に安い役を作られて無駄になってしまう、なんてことがよくある」
これを聞いて、コンが上手く話をまとめた。
「ポーカーが作った役の強さを競うゲームなのに対して、麻雀は役を作る速さを競うゲーム……って感じですかね?」
「ものすごく大雑把に言えばそうだな」
勿論、実際の麻雀は単純に役作り(=和了)の速さを競うわけではい。残りの局数と、相手との点差の兼ね合いがある為である。
たとえば大差で負けている上、残りの局数が少ない時には、手の進みが遅いのを承知で得点の高い役を作りにいかざるを得ないこともある。逆にリードする側は、そういった遅いが高い手を、安いが速い手で潰すという戦略に出る必要がある。
この役の高さと速さの駆け引きが、麻雀における重要な要素だと言えるだろう。
「あとは、ポーカーは二人からかなりの多人数でプレーできるのに対して、麻雀は四人でのプレーが基本ってことかな。麻雀はせいぜい三人制の三麻があるくらいか。
今回は俺と斎藤忍のサシの勝負だから、残った二人はただツモ切り、要するに引いてきた牌をそのまま捨てるだけっていうルールでやることになったけど、これはかなり変則的なルールだな」
与人はそうも付け加えた。
説明を聞いて、麻雀の概要くらいは掴めたらしい。ここで、コンが話題を変えた。
「……ところで、与人様はさっきから何をしておられるのですか?」
部屋に戻ってからずっと携帯電話をいじり続ける姿に、コンは怪訝な表情を浮かべる。
これを聞いて、与人は彼女に尋ね返した。
「コンはさっきの対局を見て、どう思った?」
「将棋はよく分かりませんが、斎藤様が凄いことだけはよく分かりました。まさか、あの吉田様に圧勝するなんて」
コンは忍をそう讃える。素直に感心しているようだ。
一方、与人は難しい顔つきをしていた。
「凄いというか、凄過ぎるんだよなぁ……」
「?」
「今、斎藤忍の指した手を検討してたんだけど、そうしたらソフトとの一致率が異様に高いって結果が出たんだよ」
与人は携帯を見せながら言う。忍の手は、有効手の限られてくる終盤はともかく、それ以前からも高い一致率を示していたのだ。
しかし、コンの関心はそこにはないようだった。
「……与人様、指された手を全部覚えてるんですか?」
「え? うん」
「与人様も十分凄いと思います」
「いや、これくらいできる人は普通にいるから」
誤解されても困るので、与人はそう訂正した。
与人を褒めて満足したのか、コンはようやく本題に戻る。
「でも、ソフトとの一致率が異様に高いってことは……」
「ああ、あいつがコンピューター並みの天才か」
考えられる選択肢は二つある。そして、現実的に考えて、もう一つの選択肢の方が可能性が高い。
「もしくはイカサマをしているか、だ」




