表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こんげーむ!  作者: 我楽太一
第五章 狐士無双
29/61

1 予選

「見苦しいって……」


 忍の言葉を、吉田は呆気に取られたように繰り返す。


 これで与人、切子との二対一から、忍まで加わって三対一に。不戦敗が決まってしまいそうな状況に、吉田は慌てて忍の説得を始める。


「いやいや、それは事情を知らないからそう感じるだけだって。実はさぁ――」


「事情なんかどうでもいいです」


 忍は聞く耳を一切持たずにそう切り捨てる。その理由は――


「お嬢が白って言ったら、黒でも白なんですよ」


「えぇー」


 不満そうに吉田が言った。あまりに理不尽な理由に、本来は敵側のはずの与人でさえ、吉田に同調しそうになる。


 しかし、忍は違った。吉田が反論した瞬間にも、彼に腕を向ける。


 その手には、袖口から飛び出た小型の拳銃が握られていた。


「白なんですよ」


「はい、白です」


 スリーブガンを突きつけられて、吉田はあっさりとそう引き下がった。


 美少年風の容姿とは裏腹に過激な忍の言動に、与人は吉田への同情を強める。裏賭博のエースを務めるだけあって、色々な意味で普通の学生ではないようだ。


『何か滅茶苦茶なやつだな。盲目的というか』


『そうですね』


『……お前は他人のことあんまり言えないと思うが』


『えっ』


 無自覚らしい。コンは驚きの声を上げていた。


 忍は一体何者なのか。まだ学生なのに、何故代打ちをしているのか。それが気になって、与人は改めて忍の着ているブレザーに視線を向ける。しかし、左身頃についたボタンに目を凝らしても、校名は入っていないようだった。


「あの制服、どこのだっけ?」


明成めいじょう中の三年だよ」


 二人の通う恒正学院の、そばにある中学の名前を挙げる切子。それから、鬱陶しそうな口振りで続けた。


「恒正を受験するとうるさくてね。家だけじゃなく、学校でもつきまとわれるかと思うと、今からうんざりするよ」


「あー……」


 先程の妄信的、狂信的な態度を考えれば、ありそうな話である。休憩時間のたびに教室に来る忍の姿が目に浮かぶようだ。


「しかし、随分好かれてるみたいだな」


「まあね」


 相変わらず、鬱陶しそうに切子は答える。


「身寄りがないと言うから、戯れに拾ってみたらこのザマだよ」


「へー、それで」


 傍目には異様に映るほど切子を慕っているのには、相応の理由があったようだ。おそらく、忍が代打ちをやっているのも、切子への恩返しが目的なのではないか。


 そう納得する一方で、与人には気になることもあった。


「でも、お嬢も意外と優しいところがあるんだな」


「ただの気まぐれだよ」


「照れるなよ」


 否定する彼女に、与人はからかい半分に言う。


 すると、その瞬間にも、切子はドスを突きつけてきた。


「気まぐれだよ」


「はい、気まぐれです」


 これ以上口答えしたら本当に刺されると、与人はすぐにそう訂正した。そのあと、忍と切子の行動を比べて、「そっくりだな……」とぼやく。


 そんなやりとりをする二人に――正確には与人に、忍は敵意のこもった視線を向けてきた。


 何か気に障ることでもしたかとたじろぐ与人を無視して、忍は切子に尋ねる。


「……今度の勝負を任せる新入りというのは、彼のことですか?」


「ああ。吉田にも勝ったんだから問題ないだろう」


 切子の返答を聞いて、忍はますます不愉快そうな表情をする。


「自分より、この男を信用するんですか?」


「そういうわけじゃない。ただ使える人間が増えれば、その分手に入る金も増えるからな」


 交渉術なのか、本音なのか。切子はここに来て、忍を慮るようなことを口にする。


「お前の負担も減ってちょうどいいだろう」


「…………」


 黙り込む忍。内心、切子の配慮を喜んでいる部分もあるのではないか。


 しかし、その目から、与人への敵意が消えることはなかった。


「不満か?」


「今度の勝負は大口ですし、組の面子にも関わってくるでしょう? ですから、それだけでも自分に任せてください。彼は信用できません」


「それはつまり、彼を信用しているこの私を信用できないと、そう言いたいわけだな?」


「…………」


 威圧するように言う切子に対し、忍は無言ながら反発のこもった視線を返す。それで、二人は睨み合うような形になった。


 その雰囲気に耐えられず、与人は思わず口を挟む。


「……何か殺伐としてるけど大丈夫か?」


 勿論、何の考えもなかったわけではない。続けて提案する。


「何なら勝負して決めてもいいけど」


 これを聞いて、切子は意外そうな顔をする。


「いいのかい?」


「今後のこともあるからな。あんまり波風立てるようなことはしたくない」


 だが、ただの事なかれ主義というわけでもなかった。与人の申し出には、実利的な理由もあった。


「それに、ここで勝てば代打ちの仕事を増やしてもらえるだろうしな」


 2000万稼ぐのに、何回勝負すればいいのかは分からない。なら、実力を示して、より多くの勝負を、より儲かる勝負を頼まれる立場になる必要があるだろう。更に言えば、忍と戦えば、その分だけ勝負の回数が一回増えることにもなる。


 しかし、与人にそのつもりはなかったが、これがエースの座を奪おうとする宣戦布告に聞こえたようだ。忍は更に険しい顔つきになっていた。


「ふむ……」


 与人の申し出を受けて、少し考えてから切子は言った。


「じゃあ、こうしよう。まず忍と吉田で予選を行う。そして、その勝者と沢村君とで決勝戦を行って、今度の勝負の代表者を決める。これでどうだ?」


 この提案を誰よりも喜んだのは、つい先程不戦敗に泣いた吉田だった。


「お嬢!」


 切子に抱きつこうと、吉田は両手を広げて彼女に駆け寄る。


 が、次の瞬間には痛みに声を上げていた。


「ぐえぁっ」


 駆け寄ってきた吉田に対し、切子は足を高く突き出すようにして、足裏で蹴りを入れていた。いわゆる、ヤクザキックである。


 それから、切子は宣言する。


「決まりだな」


「せめて触れてあげろよ」


 倒れ込む吉田に目もくれない切子を見て、与人は呆れ顔をした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ