1 予選
「見苦しいって……」
忍の言葉を、吉田は呆気に取られたように繰り返す。
これで与人、切子との二対一から、忍まで加わって三対一に。不戦敗が決まってしまいそうな状況に、吉田は慌てて忍の説得を始める。
「いやいや、それは事情を知らないからそう感じるだけだって。実はさぁ――」
「事情なんかどうでもいいです」
忍は聞く耳を一切持たずにそう切り捨てる。その理由は――
「お嬢が白って言ったら、黒でも白なんですよ」
「えぇー」
不満そうに吉田が言った。あまりに理不尽な理由に、本来は敵側のはずの与人でさえ、吉田に同調しそうになる。
しかし、忍は違った。吉田が反論した瞬間にも、彼に腕を向ける。
その手には、袖口から飛び出た小型の拳銃が握られていた。
「白なんですよ」
「はい、白です」
スリーブガンを突きつけられて、吉田はあっさりとそう引き下がった。
美少年風の容姿とは裏腹に過激な忍の言動に、与人は吉田への同情を強める。裏賭博のエースを務めるだけあって、色々な意味で普通の学生ではないようだ。
『何か滅茶苦茶なやつだな。盲目的というか』
『そうですね』
『……お前は他人のことあんまり言えないと思うが』
『えっ』
無自覚らしい。コンは驚きの声を上げていた。
忍は一体何者なのか。まだ学生なのに、何故代打ちをしているのか。それが気になって、与人は改めて忍の着ているブレザーに視線を向ける。しかし、左身頃についたボタンに目を凝らしても、校名は入っていないようだった。
「あの制服、どこのだっけ?」
「明成中の三年だよ」
二人の通う恒正学院の、そばにある中学の名前を挙げる切子。それから、鬱陶しそうな口振りで続けた。
「恒正を受験するとうるさくてね。家だけじゃなく、学校でもつきまとわれるかと思うと、今からうんざりするよ」
「あー……」
先程の妄信的、狂信的な態度を考えれば、ありそうな話である。休憩時間のたびに教室に来る忍の姿が目に浮かぶようだ。
「しかし、随分好かれてるみたいだな」
「まあね」
相変わらず、鬱陶しそうに切子は答える。
「身寄りがないと言うから、戯れに拾ってみたらこのザマだよ」
「へー、それで」
傍目には異様に映るほど切子を慕っているのには、相応の理由があったようだ。おそらく、忍が代打ちをやっているのも、切子への恩返しが目的なのではないか。
そう納得する一方で、与人には気になることもあった。
「でも、お嬢も意外と優しいところがあるんだな」
「ただの気まぐれだよ」
「照れるなよ」
否定する彼女に、与人はからかい半分に言う。
すると、その瞬間にも、切子はドスを突きつけてきた。
「気まぐれだよ」
「はい、気まぐれです」
これ以上口答えしたら本当に刺されると、与人はすぐにそう訂正した。そのあと、忍と切子の行動を比べて、「そっくりだな……」とぼやく。
そんなやりとりをする二人に――正確には与人に、忍は敵意のこもった視線を向けてきた。
何か気に障ることでもしたかとたじろぐ与人を無視して、忍は切子に尋ねる。
「……今度の勝負を任せる新入りというのは、彼のことですか?」
「ああ。吉田にも勝ったんだから問題ないだろう」
切子の返答を聞いて、忍はますます不愉快そうな表情をする。
「自分より、この男を信用するんですか?」
「そういうわけじゃない。ただ使える人間が増えれば、その分手に入る金も増えるからな」
交渉術なのか、本音なのか。切子はここに来て、忍を慮るようなことを口にする。
「お前の負担も減ってちょうどいいだろう」
「…………」
黙り込む忍。内心、切子の配慮を喜んでいる部分もあるのではないか。
しかし、その目から、与人への敵意が消えることはなかった。
「不満か?」
「今度の勝負は大口ですし、組の面子にも関わってくるでしょう? ですから、それだけでも自分に任せてください。彼は信用できません」
「それはつまり、彼を信用しているこの私を信用できないと、そう言いたいわけだな?」
「…………」
威圧するように言う切子に対し、忍は無言ながら反発のこもった視線を返す。それで、二人は睨み合うような形になった。
その雰囲気に耐えられず、与人は思わず口を挟む。
「……何か殺伐としてるけど大丈夫か?」
勿論、何の考えもなかったわけではない。続けて提案する。
「何なら勝負して決めてもいいけど」
これを聞いて、切子は意外そうな顔をする。
「いいのかい?」
「今後のこともあるからな。あんまり波風立てるようなことはしたくない」
だが、ただの事なかれ主義というわけでもなかった。与人の申し出には、実利的な理由もあった。
「それに、ここで勝てば代打ちの仕事を増やしてもらえるだろうしな」
2000万稼ぐのに、何回勝負すればいいのかは分からない。なら、実力を示して、より多くの勝負を、より儲かる勝負を頼まれる立場になる必要があるだろう。更に言えば、忍と戦えば、その分だけ勝負の回数が一回増えることにもなる。
しかし、与人にそのつもりはなかったが、これがエースの座を奪おうとする宣戦布告に聞こえたようだ。忍は更に険しい顔つきになっていた。
「ふむ……」
与人の申し出を受けて、少し考えてから切子は言った。
「じゃあ、こうしよう。まず忍と吉田で予選を行う。そして、その勝者と沢村君とで決勝戦を行って、今度の勝負の代表者を決める。これでどうだ?」
この提案を誰よりも喜んだのは、つい先程不戦敗に泣いた吉田だった。
「お嬢!」
切子に抱きつこうと、吉田は両手を広げて彼女に駆け寄る。
が、次の瞬間には痛みに声を上げていた。
「ぐえぁっ」
駆け寄ってきた吉田に対し、切子は足を高く突き出すようにして、足裏で蹴りを入れていた。いわゆる、ヤクザキックである。
それから、切子は宣言する。
「決まりだな」
「せめて触れてあげろよ」
倒れ込む吉田に目もくれない切子を見て、与人は呆れ顔をした。




