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こんげーむ!  作者: 我楽太一
第四章 狐憑きに定跡なし
23/61

2 快進撃②

「ん~~、おいし~~」


 一口食べるなり、コンは頬を緩めて言った。


「本当だ。衣がサクサクだな」


 与人もそう相槌を打つ。


 二人は屋敷内に借りた部屋で、遅めの夕食を取っていた。今日のメニューは出前の天ぷらである。


 さすがに京極家のご贔屓の店だけあって、具材も揚げ方も一流店のそれで、今まで食べてきた天ぷらと同じ料理なのかと思うほどだった。もっとも、値段も一流店のそれだったから、切子が食事代を出してくれなければ与人はとても頼む気になれなかったが。


 しかし、いくら美味しいからといっても、コンの喜びようは少し過剰にも思える。


「お前、天ぷら好きなの?」


「はい」


 コンは笑顔をこらえきれない様子で頷く。よほど好物らしい。


 だから、与人は重ねて尋ねた。


「好きなタネは?」


「そうですね。海老とか、き、キスとか」


「何照れてんだよ」


 与人は思わずツッコんでいた。


 赤い顔のまま、コンは誤魔化すように話を続ける。


「てっ、天ぷらに限らず、揚げ物は大体何でも好きですけどね」


「たとえば?」


「フライとか、トンカツとかです」


 コンがそう答えたにもかかわらず、与人は同じ質問を繰り返していた。


「他には?」


「あとは唐揚げですかね」


「……他には?」


「え、えーと…… あっ、コロッケも好きです」


 どうも言いたいことが伝わっていないようである。そこで与人は直接尋ねることにした。


「油揚げは嫌いなのか?」


「そんなことはないですよ」


 そう答えたあと、コンはどういう訳か頬を染める。


「お、お稲荷さんとか」


「何照れてんだよ」


 与人は再びツッコんでいた。


 二人とも普段はそれほど食べる方ではないが、今日は箸が進んでいた。勿論、料理が美味しいということもあるが、やはり空腹は最高のスパイスである。夕食の時間が遅くなったことが、二人の食欲に影響を与えているようだった。


 今夜の夕食が遅れた理由。それは小木とのテキサス・ホールデム勝負があった為である。


 だから、二人の箸が進むのには、勝負に勝った喜びも関係しているのかもしれなかった。


 与人は天ぷらに舌鼓を打ちながら、今日の収支の計算を行う。


 収入の四割を切子に支払う契約になっているが、それはあくまで代打ちの仕事の話である。今行われているのは組内での腕試しの勝負の為、幸いなことにまだ契約を適用しないでくれるという。その為、小木との勝負で得た金は、そっくりそのまま二人の収入になるのだ。


「でも、今日の100万と合わせて、合計で200万か……」


 コンたちの暮らす信太山を買うのに必要な額は最低でも2000万。つまり、今日の勝負で、目標金額のおよそ10分の1まで達したことになる。だから、与人は笑みをこぼしていた。


「大分貯まってきたな」


 これを聞いて、コンも笑顔を浮かべた。


「今日も大勝でしたもんね」


「そりゃあ、変化を使えばな。大抵のギャンブルは楽勝だろう」


 たとえば、今日プレイしたテキサス・ホールデムである。


 本来、ポケットペアができる確率(最初に配られる二枚の手札がペアになる確率)は、52枚のカードから1枚引き、それと同じ数字のカードを引いてくるという計算になるから、51分の3で約5.88%しかない。


 しかし、コンの変化の力を使えば、一人だけジョーカー(ワイルドカード)が毎回配られるのと同じだから、その5.88%を毎回100%にすることができる。


 一対一の状況で、ポケットペアができている場合、最弱の2のペアでも約50.2%、最強のAのペアなら約85.3%もの勝率があると言われている。しかも、その後に出てくる場札に合わせて、手札を更に有利なカードへと変化させることもできるから、勝率はもっと高まることだろう。


 勿論、通常のイカサマでも似たようなことをするのは不可能ではない。しかし、カードをすり替えたり、すり替えの為のカードを隠し持ったりする必要があるせいで、どうしてもイカサマが露見する恐れがつきまとってしまう。


 その点、変化は証拠が絶対に残らないので、最悪お互いの見間違いということで済ませることができる。変化は単に勝ちやすくなるだけでなく、バレるリスクもなくなるという、攻守両面を兼ね備えたイカサマなのである。


 だから、与人は明るい調子で続けた。


「むしろ、相手に不自然と思われないように、ほどほどに勝たなきゃいけないから、その調整が面倒なくらいだよ」


 そう言ってから、そのイカサマの立役者に笑いかける。


「それもこれも、コンのおかげだな」


「えへへへ」


 与人に褒められて、コンは照れ笑いを漏らす。


 しかし、彼女も笑ってばかりというわけではなかった。その直後、真面目な顔つきで尋ねてくる。


「でも、いくら変化があるとはいえ、毎回タネ銭を全額賭けるのはリスクが高くないですか?」


「前にも言ったけど、いつ山が売られるか分からないからな。なるべく短期間で稼ぐ為には、倍々ゲームで増やしていくしかないだろ」


 勿論、ゲームのルール上不可能な場合や相手の同意を得られない場合もある。だが、それ以外の時は、ハイリスクは覚悟の上で、ハイリターンを狙って与人はタネ銭を全て賭けていたのだった。


「なら、せめて最初にタネ銭として用意した、与人様の貯金の分だけでも確保しておきませんか?」


「負けていいって思ったら、その気の緩みで本当に負けるかもしれないだろ。これも必要なリスクだよ」


 コンが心配するのも無理はないだろう。もし負ければ、コンたち信太山の狐だけでなく、与人まで破滅するおそれがある。だから、与人はそれらしい理屈で彼女の説得を試みた。


 だが、コンはそれでも食い下がってきた。


「でも、亡くなったご両親が残してくれたお金なんですよね?」


 保険金で借金を返済したあとに残った金。それは与人にとっては、単に今後の生活費というだけでなく、死んだ両親との最後の繋がりでもあった。だから、山を買う足しにするならともかく、裏賭博でスっていいような金ではないのだ。


「……いや、やっぱり少しでも稼ぎたいからな。タネ銭は多ければ多いほどいい」


 少し迷ってから、与人はそう答えた。


「…………」


「そう心配するなよ。勝てばいいだけなんだから」


 不満そうなコンに、与人はそう言って聞かせる。


「実際、今のところ何の問題もなかっただろ?」


「それはそうなんですけど……」


 明確な反論が難しかったからだろう。コンはそう言ったきり黙り込んでしまう。


(そう、今のところ問題はない)


 もう何度も組内で勝負をしたが、コンの変化のおかげで与人は未だに負け知らずだった。連勝・大勝を繰り返して、今日で所持金は200万にまでなっている。その上、変化でイカサマしていることが誰かにバレた様子もない。


 また、勝ち続けた結果、組内での評判も上がっただろうから、そろそろ本格的に代打ちの仕事を任せてもらえるはずである。2000万貯まる日もそう遠くないのではないか。


 しかし、油断は禁物である。


 与人はこの時、変化の欠点についても考えを巡らせていた。


(問題があるとすれば――)


          ◇◇◇


「おっ」


 勝負の会場となる、京極組の屋敷の一室。その部屋に入ってきた青年は、与人を見てそう声を上げていた。


「君がお嬢の連れてきたっていう子?」


「はい」


 おそらくこの青年が次の対戦相手なのだろう。自然、与人は彼に注目する。


 年齢は二十五歳前後といったところか。長身に明るい色の髪。それからサングラス、ラフな服装。しかし、顔立ちはどちらかと言えば優しげだった。高校生の与人が言えたことではないが、そのあたりを普通に歩いていそうな、「若い兄ちゃん」という雰囲気である。


 実際、青年はそれらしい態度を取ってきた。


「俺は吉田よしだ和彦かずひこ


 そう笑顔で自己紹介して、彼は手を差し出してくる。


「よろしく」


「沢村与人です」


 そうして握手を交わしながら、与人は警戒心を強める。


(強いな……)


 名探偵を気取るわけではないが、彼の容姿や言動から与人はそう推理していた。


 今まで与人たちが戦ってきた相手は、大まかに言って二種類に分類できた。


 一つは、強面で殺気や威圧感を放っているタイプ。彼らは京極組の構成員だが、ギャンブルの腕を見込まれて裏賭博の仕事も任されているのだろう。


 もう一つは、身なりのきちんとした物腰の丁寧なタイプ。彼らも兼業で代打ちをしているだけで、本業は組が表で経営するカジノのディーラーだと思われる。


 一方、吉田の容姿や言動は、ヤクザと言うには優男過ぎるし、ディーラーと言うには軽薄過ぎる。そのどちらでもないのではないか。


 おそらく、彼は代打ちこそが本業なのだ。


 その吉田が尋ねてくる。


「聞いた話だけど、君滅茶苦茶強いらしいね」


「いえ、そんなことないです」


 謙遜して、与人はそう答えた。


「ぶっちゃけた質問するけど、苦手なギャンブルとかある?」


「ルーレットみたいな、運の要素の強いものはちょっと」


「あー、そういう感じかー」


 あくまでも軽い調子で吉田は話を続ける。変にギラギラしていないのが、かえってギャンブラーとしての雰囲気を醸し出していた。


「でも、このくじでやる種目を決めるっていうのが、既にルーレットみたいなものじゃない?」


「それもそうですね」


 与人は苦笑いを浮かべた。


 裏賭博で勝負する種目は、話し合いや相手の指定であらかじめ決まっている場合と、当日にくじなどで無作為に決める場合とがあるという。


 どちらのパターンにしろ、何の種目でも強い方が当然任される仕事が増えるから、その分だけ収入も増えやすい。だから、なるべく早く山を買う代金を貯めたい与人は、組内での勝負もくじ引きで種目を決めて、自分が何の種目でも強いということを切子を含め周囲にアピールする必要があった。


 ただ、何の種目で勝負するか分からないということは、不得手な種目に当たる可能性もあるということでもある。


「揃っているな」


 部屋に入ってきた切子は、二人を一瞥するとすぐさま準備に取り掛かった。


「では、早速勝負する種目を発表しよう」


 そう言って、彼女はくじを引く。


「今回二人に対決してもらうギャンブルは――」


 くじに書かれた文字を見て、切子は薄く笑った。


「将棋だ」

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