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こんげーむ!  作者: 我楽太一
第四章 狐憑きに定跡なし
22/61

1 快進撃

 テーブルを挟んで、二人の男たちが対峙していた。


 一方は、強面の中年。その目つきはカタギの人間のそれではない。


 一方は、優等生風の少年。しかし、眼鏡の下の瞳は鋭い。


 そんな二人の手にはそれぞれ二枚のカードが握られ、またテーブルには五枚のカードが並べられていた。


 二人はフロップ・ポーカーの一種、テキサス・ホールデムで勝負している最中だった。


 日本で主流のクローズド・ポーカーは、参加者にまず五枚の手札が配られ、それを任意の枚数だけ新しいカードと交換することでハンドを作る。


 一方、フロップ・ポーカーは、ホールカードと呼ばれる個人の手札に加え、コミュニティカードと呼ばれる公開された全員共通の場札も使って役を作る。


 テキサス・ホールデムはフロップ・ポーカーの代表的なゲームで、これは二枚の手札と五枚の場札の計七枚から、自由に五枚のカードを選ぶというルールとなっている。


 が、しかし、二人がプレイしているのは、決してただのゲームなどではなかった。


 やりとりを簡便にする為に、賭けに使う金は全てチップに変えてある。だが、支払い能力があることを示す為に、同時に現金もテーブルに置かれていた。


 その額は、互いに100万円。


 二人は大金を賭けて、ヤクザの取り仕切る裏賭博で勝負していたのである。


『ええと、これでスリーカードができたんですよね?』


『ああ、そうだよ』


 少年は――与人は、憑依中のコンの質問にそう答えた。


 手札は、ハートのA、ハートのJ。


 場札は、ダイヤの3、ダイヤのJ、クラブの7、スペードのQ。更にディーラーが最後の一枚を並べて、場札に新たにクラブのJが加わった。


 この七枚から最強となる組合せを選ぶと、ハートのJ、ダイヤのJ、クラブのJ、ハートのA、スペードのQ。コンの言う通り、スリーカードの完成となる。


 場札が五枚全て公開されたので、ゲームはベットラウンドへと進む。


 ベットラウンドでは、賭け金を積むベット、それに上乗せするレイズ、相手と同額を賭けるコール、勝負から降りるフォールドといった選択肢がある。そして、どの選択肢を取るのがベストかは、自分の役と相手の役の強さによって決まってくる。


『相手の役はどうでしょう?』


『見た限り、大したことはないな』


 対戦相手の中年男――京極組の代打ち・小木おぎの役を、与人はそう推測していた。


 場札だけでできている役はJのワンペア。これに手札のQあたりを加えてツーペアか、あるいは残った四枚目のスペードのJでせいぜいスリーカードといったところではないか。


 Jは既に与人が一枚手札に持っているからフォーカードはありえない。また、場札の数字が連続していないからストレートもないし、マーク(スート)がバラバラだからフラッシュもない。与人のスリーカードが相手に負ける可能性は相当低いと見ていいだろう。


 だから、与人は言った。


「ベット、2万」


 これに小木がこう答える。


「レイズ、5万」


 勝負から降りる(フォールド)か、同額を賭ける(コール)かだと思っていたから、賭け金を上乗せしてくるのは意外だった。だが、金をガメるチャンスだと、与人は更に賭け金をつり上げる。


「レイズ、10万」


 一方、小木もこれに応じてきた。


「レイズ、20万」


 再び賭け金を上乗せしてくる小木。賭け金をつり上げて相手を降ろそうという算段なのか、それとも本当にこちらの役に対して勝算があるのか……


 ここでフォールドを宣言して勝負から降りれば、追加で20万払う必要はなくなる。これまでに払った17万がもったいないからと言って、更なる損失を生むような行動を取るのは論理的ではない。


 しかし、先程考えた通り、与人はこの勝負に自信があった。相手の手を必要以上に恐れて降りるのも、それはそれで論理的とは言えないだろう。


 だから、与人は宣言した。


「……コール」


 ベットラウンドは全員が同額を賭けるまで続く。今回は一対一ヘッズアップの為、与人がコールした時点で終了となった。


 そして、ベットラウンドが終われば、いよいよショーダウン。勝負の時である。


 先に小木が手を開く。


 彼の手札は、ハートのQ、ダイヤのQ。


 場札と合わせれば、ハートのQ、ダイヤのQ、スペードのQ、ダイヤのJ、クラブのJ。


 つまり、――


「フルハウスだ」


 小木の作った役に、与人は瞠目する。どうやらレイズを繰り返したのは、ブラフなどではなかったようだ。


(随分強気だと思ったら、あんな強いハンドだったのか)


 フルハウスはスリーカードを上回る役である。このまま行けば、当然負けることになる。


 だから、コンも尋ねてきた。


『どうします? 変化を使いますか?』


『ああ。40万の負けはさすがに痛いからな』


 100万のチップの内、半分近くを失うのはまずいだろう。この負けが響いて、もっと大きな負けを呼び込む可能性だってある。


 そう考えて、与人は彼女に指示した。


『行くぞ、コン』


『はい!』


          ◇◇◇


 憑依ができるようになった、初めての夜。


 その憑依状態のまま、与人はコンに確認を取る。


『憑依した状態だと、俺がコンの能力を使えるようになるんだよな?』


『ええ、そうですよ』


 まだ奇妙な感覚だが、頭の中でコンの声がそう答えた。


 最前まで、すり替えの練習の為にトランプに触っていた。変化の術を試すのにちょうどいいだろうと、与人は改めてカードを一枚手に取る。


『でも、変化って具体的にはどうやったらいいんだ?』


 この質問に、コンは気楽な調子で答えた。


『何も難しいことはありませんよ。狐憑きの状態にさえなれれば、もう変化を使えるようになったも同然ですから』


『そうなのか?』


『ええ。変化の力は私が制御しますので、与人様はただどういう風に使いたいのかをイメージしてくださるだけで結構です』


 コンの説明を聞いて、与人は安堵すると共に拍子抜けしてしまう。


『なんだ、俺はもっと練習する必要があるのかと思ってたよ』


 そうして一息つくと同時に、与人は以前聞いた話を思い出していた。


『そういえば、お前は修行したって言ってたっけ?』


『はい。長老の下、山の皆で瞑想をしたり、滝に打たれたり、走り込んだり……』


『わりとスポ根なんだな』


 変化の非現実的なイメージとのギャップが、与人には少しおかしかった。


 一方、与人とは対照的にコンの声色は沈んでいた。


『……皆も与人様に協力してくれるとよかったんですけどね』


 人間に対して不信感を抱いているらしい。信太山の狐たちは、裏賭博に関して一切の協力を拒んでいた。そもそもコンが与人のところへ恩返しに行くことですら、反対の声が上がっていたそうである。


『すみません。私の説得が下手で……』


『それは仕方ないだろ。見ず知らずの人間なんて、人間同士でもなかなか信用できないって』


 謝るコンを与人はそう慰める。人間に山を潰されそうになっているのだから、狐たちが尚更人間を嫌うのも無理ないだろう。


 だから、与人はあくまで自分とコンの力で金を稼ぐつもりだった。


『それより、とりあえず一回変化を試してみてもいいか?』


『は、はい』


 与人はカードの絵柄を見ながら、先程コンに言われたことを頭の中で繰り返す。


(どういう風に使いたいかをイメージする……)


 手に取ったカードはジョーカー。それがスペードのAに変化するところを与人は想像する。


 すると、その瞬間、――


          ◇◇◇


 小木の役がフルハウスなのに対し、与人の役はスリーカード。


 このままでは敗北は必至。大金をみすみす失ってしまう。


 だから、与人は自分の手札を見せる前に、そっとハートのAに触れる。


 すると、その瞬間、ハートのAが(・・・・・・)スペードのJに(・・・・・・・)変化した(・・・・)


 これで与人の役は、スペードのJ、ハートのJ、ダイヤのJ、クラブのJ、スペードのQ。


 すなわち、――


「フォ、フォーカード……」


 与人が手札を見せると、小木は力なくうなだれた。

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