6 コンと与人②
裏賭博を行うことを決めた、その日の夜。与人は部屋でトランプを触っていた。
熟練のディーラーのような洗練された手つきで、カードを切ったり配ったりする。
かと思えば、今度は凄腕のマジシャンのような自然な手つきで、手札のカードを隠し持っていたカードとすり替える。
コンの変化の能力をいつでも自由に使えるとは限らない。だから、与人は自力でも可能なイカサマを練習していたのだ。
その様子を、コンはただ黙って見守る。
「…………」
すり替えることが分かっていても、いつそれをしたのか気づけないような、与人の高度なテクニック。これなら裏賭博でも十分通用するのではないだろうか。
しかし、そのことが、かえってコンを悩ませていた。
「はぁ……」
与人には聞こえないように、コンは部屋を出てから溜息をついた。
ただ知恵を借りるだけのつもりで、信太山のことを相談したのである。その解決にまで、与人を巻き込むつもりはなかった。ましてや、リスキーな裏賭博を行わせるなど全く本意ではない。
自分は問題の当事者だから、どんな危険な目に遭うことも覚悟しているつもりである。しかし、与人は無関係どころか、命の恩人だった。そんな彼を頼らざるを得ないことが申し訳なくて、情けなくて、コンにはそれが耐えがたかったのだ。
(せめて、与人様のお力になれればよかったんですが……)
だが、実際には、与人は変化が使えない状況を想定している始末だった。
しかも、先の通り、与人のイカサマの腕は一級品である。あれなら、自分の助けなど最初から必要ないのではないか。
そんなことを考えていると、コンはますます自己嫌悪に陥ってしまう。だから、早く風に当たって頭を冷やそうと、縁側へと急いだ。
迷いそうになるくらい大きな屋敷だったが、コンは何とか目的地にたどり着く。
しかし、そこには先客がいた。
「!」
驚いて、コンは思わず立ち止まる。
縁側には、切子が既に腰掛けていた。
「そんなに警戒しなくたっていいじゃないか」
口ではそう言いながら、威圧するように彼女は笑いかけてくる。
「すっ、すみません」
「……まぁ、構わないが」
コンが急かされたように謝ると、切子の笑顔は苦笑染みたものに変わっていた。
月も星もない暗い夜だというのに、外を見ながら食事していたようだ。切子の脇には、刺身や天ぷら、冷奴、塩辛などの盛られた小皿がいくつも並んでいた。
そのまま夕食を続ける切子だったが、なかなか立ち去ろうとしないコンを見て、改めて声を掛けてくる。
「私に何か用でも?」
正直なところ、切子のことは怖い。しかし、目的の為にはそうも言っていられないだろう。
それだから、コンはびくびくしながら申し出ていた。
「あの、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが……」
「いいとも」
そう頷いて、切子は自分の隣を示す。
「まぁ、座りなよ」
「は、はい。失礼します」
思いの外優しげな切子の態度に驚きながら、コンは言われた通りにする。第一印象が先入観となっているだけで、それほど悪い人ではないのだろうか。
「それで、聞きたいことって?」
「あの……」
切子に促されて、コンはおずおずと口を開く。
「それ、お酒ですか?」
予想外の質問だったらしい。そう尋ねられた切子は、お猪口を持ったまま一瞬動きを止めた。
「……米を使ったジュースみたいなものだよ」
「へー……」
甘酒やシッケのことを言っているのだろうか。そのわりには、色が随分と透き通っているように見えるが……
コンがそんなことを考えている間にも、切子は話を先に進める。
「質問はそれだけかな?」
「あっ、ま、まだあります」
コンは慌ててそう答えた。お猪口と徳利の中身について聞いたのは、ほんの好奇心である。
それで、ようやくコンは本題に入った。
「あの、与人様のご両親のことなんですが……」
「…………」
与人の両親の話題を出した途端、考え込むように黙ってしまう切子。やはり何かあったのだろうか。
それが気になって、コンは質問を続ける。
「亡くなられているとは聞きましたけど、もっと詳しいことが知りたくて」
「……どうしてまた、そんなことを?」
いっそう優しげな声色になった切子は逆に質問し返してくる。
「急に金が必要になった事情と、何か関係あるのかな?」
「はい、実は――」
コンはまず自分たちの暮らす山が売られそうだということを説明すると、次にそれを聞いた時の与人の様子について語った。
「それで、うちの親も困っているという話をしたら、与人様の目の色が変わったというか、それまで以上に協力的になったというか」
その直後、与人は業者より先に山を買う計画を提案し、裏賭博を行うと言い出した。そのため、コンは彼の態度に引っかかりを覚えていたのである。
「前々から妙に私を親元に帰らせたがっていたのが、不思議ではあったんですけど……」
「そういうことか……」
納得したように呟く切子を見て、コンは確認の意味も込めて尋ねた。
「やっぱり、仲の良い親子だったんですかね?」
「私も詳しいことは知らないけれど、どうもそうだったみたいだね」
では、他人の親子の問題を解決しようとするのは、やはり死んだ両親を偲ぶ気持ちの表れなのだろうか。そう考えて、コンはもっと根本的な質問をする。
「そもそも、どうして亡くなられたんですか?」
「自殺」
「えっ」
コンは言葉を失う。
一方、切子はかえって饒舌になっていた。
「ありふれた話だよ。借金を保険金で返済しようとして自殺したんだ」
まるで世間話でもするように、彼女は説明を続ける。
「子供に借金のことで苦労して欲しくない。かといって、心中に巻き込むわけにもいかない。そう考えた末の行動らしい。仲の良い親子だろう? ん?」
「…………」
コンは相変わらず、口をつぐんだままだった。本人がどういうつもりかは分からないが、切子の皮肉はむしろ悲劇性を強調しているようで、何も言えなくなってしまったのだ。
しばらくしたあとで、コンはやっと一言尋ねる。
「……何故、借金を?」
この質問に、切子は「ヤクザが絡んでいるから、うちの組にも多少情報が入ってきているんだがね」と前置きしてから答えた。
「沢村君の両親は、元々会社を経営していたんだ。規模は小さかったようだけれど、二人の人柄がよかったおかげか社員の団結は固く、相当の収益を上げていた時期もあったらしい。
ところが、ある時、信頼していた部下に会社の金を持ち逃げされてね。そこにかねてからの不況も重なって、一気に会社が傾いてしまったんだそうだ。
この時、すぐに会社を畳んでいれば、損害は小さくて済んだかもしれない。ただ、社員を路頭に迷わせられないからと、二人は経営を続けることにしたんだ。
そして、その甘さを、裏でヤクザが糸を引いているような性質の悪い町金や闇金につけ込まれて……と、これもありふれた話だね」
今度も世間話をするように、切子は何気ない口調でそう語った。
しかし、彼女も思うところがないわけではないらしい。
遠い目をしながら、切子は陰のある声で言った。
「だから、ヤクザの娘が相手なら、イカサマで金を奪うのに抵抗がないし」
彼女はそれから、複雑な感情の入り交じったような視線をこちらへと向けてくる。
「親子に関わる問題なら、たとえ狐だろうと助けるのに必死になるわけだ」
「…………」
コンは再び黙り込む。
月明かりのない夜は、そうしていっそう静まりかえるのだった。




