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三國志抄 戀〜lian〜  作者: 月
138/138

百三十七.

 楼を辞して再び庭先から仰いだ月は、高みへ昇ったせいか赤みも抜けて、広い空から悠々と嘉を見下ろしていた。

 (まが)々しさの落ちたそれがどこか空事のようで、嘉はしばらく足を休めて夜を眺めた。


 風が、(すか)かに琴の音を運んで来た。

 君の細い歌声が、月の光に()ける。


  蒹葭蒼蒼   蒹葭(けんか)蒼蒼たり   

  白露爲霜   白露霜と為る

  所謂伊人   (おも)う所()の人

  在水一方   水の一方に()


  遡洄從之   遡洄(そかい)して(これ)に従わんとすれば

  道阻且長   道(けわ)しく()つ長し

  遡游從之   遡游(そゆう)して之に従わんとすれば

  宛在水中央  (さなが)ら水の中央に在り


 いや、これは幻なのかもしれない。

 楼から爪弾くような小さな琴の音が届くだろうか。

 ましてや、主公(との)(つぶや)くような唄声など……。


  蒹葭淒淒   蒹葭淒淒(せいせい)たり   

  白露未晞   白露未だ(かわ)かず

  所謂伊人   謂う所伊の人

  在水之湄   水之(ほとり)に在り


  遡洄從之   遡洄して之に従わんとすれば

  道阻且躋   道阻しく且つ(のぼ)

  遡游從之   遡游して之に従わんとすれば

  宛在水中抵  宛ら水の中抵(なかす)に在り


 一説には、水の女神への届かぬ想いを(つづ)ったとも言われる、このせつない恋の(うた)()んだ人はもういない。

 遥か(いにしえ)に産まれ、生き、そして死んだ。

 今となっては名前も伝わらないけれど、その想いはこうして空へと響き続ける。


  蒹葭采采   蒹葭采采(さいさい)たり   

  白露未已   白露未だ()まず

  所謂伊人   謂う所伊の人

  在水之涘   水之(ほとり)に在り


  遡洄從之   遡洄して之に従わんとすれば

  道阻且右   道阻しく且つ右す

  遡游從之   遡游して之に従わんとすれば

  宛在水中沚  宛ら水の中沚(なかす)に在り


 リ…ン。

 (こた)えるように(かす)かな鈴の音が響いた。

 嘉は(ふところ)からそれを取り出すと、(てのひら)へと転がした。

 やはり、こそりとも鳴らぬ、()んだ(たま)である。

 空に(かざ)すようにそれを眺める。

 託された想いが月光を受け、きらきらと(きらめ)いていた。



                          了


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