第三十一話「天文台の少年と天使九階級」・2
天使九階級というのは天族が作り出した階級制度のことで、その階級に沿ってそれぞれ地位が決まっているのだとか。階級は全部で九個に分類されていて、上から『熾天使』、『智天使』、『座天使』、『主天使』、『力天使』、『能天使』、『権天使』、『大天使』、『天使』となっている。それぞれにはトップの座があり、その九人で構成されているのが天使九階級なのだそうだ。ちなみに彼女――ネメエルは、その天使九階級の座天使なのだとか。
「なるほど、天使九階級っていうのは分かったわ。でも、どうして天使がこんなところにいるの? しかも、そんな偉い地位にいるあなたが……」
【し、仕方ないでしょ? これもセイラ様のためなんだから】
そう言って腕組をしプイッとそっぽを向くネメエル。思わず恥ずかしそうに顔を背けながら頬を染める彼女にドキッとする私だったが、首を振って邪念を振り払う。ますます自分が分からなくなりそうだった。このままだと、本当に私はロリコンになってしまう。そう思うと私は、月牙に会うことに躊躇いを感じた。
「そういえばあなた、さっき他にも仲間がいるみたいな事言ってたわよね?」
【ええ、いるわよ? ベルやアレイのことでしょ?】
砂唯の質問に腕組をしたまま答えたネメエルは急にその場から離れると、椅子に座って戻ってきた。しかも、その椅子は宙に浮いていた。
「な、何? その椅子は!?」
宙に浮かんでいる椅子に研究心をくすぐられたのか、やや興奮気味の雷落が目を爛々と輝かせて訊いた。
【ふぇっ!? え、えと、あたしの愛椅子だけど?】
顔が近い、と雷落を押し返しながらそう言うネメエルに私は疑問を抱いた。そんなに椅子が好きなのか、と……。すると、癒宇さんが呟いた。
「確か、座天使は皆さんよく座ってらっしゃいますよね」
【べ、別にいいでしょ? ずーっと立ちっぱなしだと辛いのよ!】
「でも、天使ってお空を飛べるんじゃないの?」
光蘭が素朴な疑問をぶつける。
【うぐっ! て、天使だって少しは羽を休めたいものなの! 結構これ筋力使うんだからね? 肩甲骨も筋肉が張ったみたいに痛いんだから!】
そんなぷんぷん文句を言うネメエルに、私はとある質問をした。
「ね、ねえ、他にも天使がここにいるってこと?」
【そう言ってるでしょ? 多分今頃、けーと一緒にかくれんぼでもしてるんじゃない?】
素知らぬ態度でつーんとした感じに答えるネメエル。
と、その時、奥からまたもや誰かの声が聞こえてきた。
【うへぇ~ん、負けちゃったよぅ~! 後もうちょっとだったのにぃ~! はぁ、ボクってほんとにツイてないよね?】
と、自身を自虐しながらこちらに歩いてきたのは、赤茶の髪の毛に橙の双眸を持つ、私と大して変わらない程の豊満な胸をした童顔の少女だった。背丈は結構あるが、年上かどうかはあの童顔では判断がしにくい。
髪の毛には二本の少し大きめの髪留めがつけられており、それに挟まれている様に鳥の羽が取り付けられていた。
その少女は嘆息しながらこちらへ歩いてくると、ネメエルを視界に捉えるや否や「あはは」と笑いながら言った。
【いやぁ、けいくんに負けちゃったよ。ボクも結構頑張ったんだけどね? ネルは参加して来なくてよかったの?】
【あたしは別に……それに、さっき追いかけっこしてて疲れちゃったしね】
両手を挙げてやれやれと言った動きをするネメエルになるほどね、と少女が愛想笑いする。すると、今度はその少女がこちらを一瞥して物珍しそうな顔で言った。
【まさかこんな所で会うとは思わなかったなぁ~。君達が伝説の戦士……?】
【え? こいつらが伝説の戦士なの?】
その言葉に、今頃気づいたの!? と私達はネメエルを見据えた。
【はぁ、相変わらずおバカさんだね~ネルは】
【な、なにうぉ~!? ば、馬鹿にしないでよね! あたしだってちゃんと計算だって出来るんだからっ!】
ム~ッと胸の手前でグーを作り、目の前の少女を睨めつけるネメエル。すると、手を後ろに回して少女が言う。
【そんな怖い顔してたらそんな顔になっちゃうよ?】
ネメエルの文句も気にせず、嫌味の様にそう忠告する童顔の少女天使。
「あの、あなたは?」
そう切り出したのは私だ。彼女の正体が知りたかったこともあるが、こう親しげにネメエルと会話しているということは、間違いなくこの人も天使なのだと思ったのだ。
【ボク? ボクはユミナエル。『ユミナエル=プノン=リズンシー』……天使九階級の一人で、権天使だよ? よろしくね、ふれあちゃん】
「え?」
驚愕――それに尽きた。それもそうだ。何せ、初対面のはずの――しかも神族に名前を知られていたのだから。
「どうして、私の名前を?」
【あ、……ああ、それはね――】
そこまで言って言葉が途絶える。理由はすぐに理解出来た。突如巻き起こる強い風。その風はまるで人為的に作られた物のようで、上から私達に吹き付けた。スカートを履いている大半の者が慌てて手で捲れかかるスカートを押さえ上を見上げた。何やらキラキラした粉末状の物体が空から撒かれ、それが地面に触れると同時に弾ける。
「これは……」
上を見上げると、そこには純白の真っ白な羽と同じ様に純白のワンピースを身に纏った金髪美少女がいた。お尻の辺りまである長い髪の毛を羽で羽ばたかせることによって生じる風でなびかせ、徐々に高度を下げて地面に降り立つ。それからスックとその場に立ち上がった少女は翼を折りたたむと、こちらに振り向き私達を一瞥した。
天文台の窓から降り注ぐ光に照らされ美少女の金色の髪の毛が神々しく光り輝く。その双眸は碧眼で、透き通る様な瞳は曇り一つなくまさに天使と言える存在だった。無論頭の上には金色の輪っかが浮いている。片手には髪の毛と同じく金色に装飾された杖を携えている。カツカツとブーツの様に金属の鎧を足につけていて、ヒラヒラのスカートはほんの少しでも風が吹こうものならすぐに下着が見えてしまいそうな状態にあった。
「あ、あなたは……」
【初めまして、斑希様。私の名前は『ヴィリアエル=フィリル』。天使九階級の一人で天使です。この度はわざわざこのトゥインクル・ギャラクシー天文台までご足労頂き、誠にありがとうございます】
「え、えと……」
戸惑いを隠せない私。対応に困る限りだった。何せ、ヴィリアエルと名乗る金髪美少女天使は、いきなり初対面の私に会うや否やその場に片膝を突き、急に頭をさげて物凄く丁寧な物言いで挨拶してきたのだから。
【ごめんね、ふれあちゃん? ベルは九階級の中でも一番下の階級だから、その分事細かく礼儀を教え込まれているんだ。それでついつい目上の相手に敬語を使ってしまうんだよ】
「目上の……相手?」
疑問符を頭上に浮かべ首を傾げる私に、ユミナエルが笑みを浮かべて説明する。
【ふれあちゃんはボク達にとっては敬わなければならない存在なんだ。げつがくんと同じ様に……ね】
「げ、月牙!?」
まさか月牙の名前まで出るとは思っていなかった私は、意表を突かれた様な顔つきになった。
【不思議そうな顔してるね。でもそうなるのも仕方のないことだよ。何せふれあちゃん達は記憶を操作されて一部封印されてるんだからね】
そう言われて私はさらに言葉を失ってしまう。記憶を操作されて一部封印? そんな話聞いたこともない。仮にそうされたのだとしたら、何故そんな事をする必要があったのか疑問が生まれてくる。
【説明してあげたいんだけど、こればかりはボクの口からは言えないなぁ】
少し申し訳なさそうに髪の毛をいじりながら謝罪するユミナエル。すると、隣にいたネメエルが言った。
【あれについては熾天使であるセイラ様にしか教えてもらえないよね?】
【多分ね】
事情を知っている二人は互いに自身の意見を言って納得し合う。
一方で、何も事情を理解出来ていない私達はチンプンカンプンだった。
すると、どこからともなく声が聞こえてきた。
『なるほど、あなたが斑希……確かにあの子に似てるわね』
謎の声に私達が周囲を見渡していると、ユミナエルとネメエルの丁度間の空間がグニャリと歪み、そこから神々しい光が発せられた。
私に挨拶していたヴィリアエル――ベルも、何かの気配を感じ取ったのかその場に立ち上がって後ろに下がった。
出現した光は徐々にその大きさを増して行き、数秒後には人っ子一人は入れるくらいの大きさになった。
刹那――神々しい光が解き放たれ、その場に残り六人の羽を生やした少女が姿を現した。
中央にいる天使は薄緑色の髪の毛に青空色の双眸を持ち、雷と光と炎を宿した剣を片手に持っていた。
その隣には、大きな歯車にちょこんと座った六歳くらいの幼女が銀髪の髪の毛とピンクの双眸でこちらをジーッと眺める姿があった。
さらに隣には、少し色っぽい私よりも大人の雰囲気を漂わせる茶髪に紫色の双眸を持つ少女が舌なめずりしながら何かのポーズをとっていて、中央の天使を境に今度は逆方向に向かっては、運動系に所属してそうな少々褐色の肌に青髪緑眼の双眸を持つボーイッシュな天使、さらに隣にはファンシーな格好をした白髪に青眼の双眸を持ち、片目には眼帯を着用している天使、一番端には和服を着こなした少々幼い少女が黒髪に蒼眼の双眸を持ち和服の袖裾で口元を覆う姿があった。
六人の天使は各々特徴的な格好であることは理解できたが、それでも九人に共通している部分もいくつかあった。一つは頭上に浮かぶ黄金色の輪っか。そしてもう一つが、金属製の輪っかを腰周りに装着していること。
さらに一部の天使は、足に金属の鎧を着用していた。
「天使九階級……」
ふと私は目の前にいる九人の天使を見てそう呟いた。
【ふふ……こんにちは伝説の戦士のみなさん。紹介が遅れて申し訳ないわね。私の名前は『セイラ=W=ロ=ウィリアムズ』。天使九階級の一人で熾天使よ。部下が世話になったみたいね……。ごめんなさいね、少しばかり慧と一緒に戯れていたものだから】
そう言ってセイラが視線を下へと落とす。その視線の先へと私も視線を送らせてみると、そこには熾天使の服にぎゅっとしがみつく星のような髪の少年がいた。先程は少しばかり距離があったためよく見えなかったが、よく見ると少年の双眸には星が刻印されていた。
「その子が最後の伝説の戦士……」
「あいつが?」
私の独り言に反応した乱火が、マジマジと物珍しそうな顔で慧と呼ばれる少年を見る。他のメンバーもその様子を固唾に見守る。最後の伝説の戦士が今目の前にいるわけだが、それを許さんかの如く九人の天使がいるのだ。各個人が特別な力を持っているに違いない。確か、学として学んだ中に天使――というより、神族という種族自身が一人に一つ神罰というものを持っているらしい。所謂天罰という類に近い代物である。
【そんなに怖い顔をしないで? 私達は別に、あなた達に危害を加えるためにここにいるわけじゃないの。話すと長いのだけれど、私はこの子――赤星慧に救われた恩があるのよ】
『え!?』
その驚きの声は、私だけでなく後ろにいたメンバーからも一部聞こえた。あの少年が神族を助けたというのか? しかも、よりにもよって天の神というレアな神を――。
【恥ずかしい話だわ。今となっては私の黒歴史だもの。でも話さないといけないわね。でないと、私があなた達に危害を加えないという絶対的な証拠にならないものね】
そう言って天の神は六枚の純白の羽を大きく羽ばたかせると、昔話を始めた。
それは数年前のある日のこと。天の神は海の神であり妹であるナミという少女に会いに海の世界へと行ったのだとか。だが、問題はそこで起きた。きっかけは天の神の何気ない一言が原因だった。
《はぁ~、天の世界を創り上げたのはいいけれど、結構統治するのも大変ね~。最近そのせいか、肩こりが酷くって……》
《ピク……。お姉ちゃん、それはナミへの当てつけと受け取っていいのかな?》
《は? 何のこと?》
トボけた風な感じでサラッと受け流す天の神に、海の神がさらに眉をひくつかせる。
《ふう~ん、お姉ちゃん。あくまでそんな態度をとるんだね。分かったよ……悪かったね、ペッタンコで》
《え? 何を言っているのナミ? 私はただ、肩こりが酷いって話をしていただけなのだけれど?》
いまいち状況が理解出来ていない天の神は、頭上に疑問符を浮かべて海の神に再度質問した。
《胸が大きいからそんな風に肩こりが酷いんじゃないのかな?》
嫌味の様に半眼で海の神が姉に言う。その視線は明らかに天の神の胸へと注がれていた。それに気づいた天の神は、バッと両手で胸を庇いながら文句を言った。
《わ、私だってなりたくてこうなったんじゃないわよ! 気づいたらこんなサイズになってたんだから……》
まさに禁句とも取れる一言だった。ビキビキと青筋を立てる海の神。しかし、天の神はその事に全くと言っていい程気づく様子はない。それどころか火に油を注ぐ勢いで海の神のコンプレックスをこれでもかという程突っつきまくった。既に海の神は邪悪なオーラを身に纏わせる程にあった。それほどまでに怒りの力が強いのだ。
《くっ! 許せない! 何よ……なんで何もしないでそんな胸ががおっきくなるの!? わけわかんないっ! ああもう、イライラする!》
海の神はコンプレックスを姉の天の神に指摘されてブチギレ、とうとう攻撃を開始した。
喧嘩は相当な被害を周囲に与えて何とか終結した。弟の地の神が来なければ永遠に続いていたのだそう。その被害は海の神と天の神に多大なダメージを負わせた。それにより、海の神は数年間カプセル内での集中治療。治療などは大の苦手である天の神はそれから逃れ、地上に降りてきたらしい。しかし、案の定ダメージが飛行もまともに出来なくし、しまいには天の神は飛べなくなって天の世界へ帰れなくなった。
一人ぼっちという孤独感を噛み締め、天の神は喧嘩したことを悔いていた。確かに最初にやったのは妹ではあるが、そもそもの原因は自分にあるのだからそこはおおらかな心を持って接してやるべきだと今更ながらに痛感し、天の神は後悔の念に苛まれた。
そこからは想像通り、食べるものもなく飢えて挙句の果てにダメージが思いのほか酷く、瀕死の状態にある所へ赤星慧が現れ天の神を救ったと、こういう事だった。
というわけで、天使九階級が全員登場です。そう、ドーナカイ村で出会ったあの金髪碧眼美少女天使も天使九階級の一人だったんです。さらに、天の世界を治める自然界三大神がひとり、天の神セイラも現れました。Ⅲ以来ですね。そして、姿は見せませんでしたが妹の海の神ナミも出ました。弟の地の神は台詞すらありませんでしたが。
てなわけで、次回ようやくサブタイの少年に関する話題をします。




