第二十九話「冷え切る少女の甘い初恋」・2
「あなた、それ自分で言ってて恥ずかしくないの?」
「フンッ! オレは自分の言った言葉は覆さねぇ主義なんでな!」
「はぁ……はいはい。あなたのシスコンっぷりには感服したわ!」
「んなッ、だ、誰がシスコンだ!! オレは純粋に、雪が大事なだけだ!!」
「でもそれ、愛情を越えて別の物に化してるじゃない! それをシスコンと呼ばずに何て呼ぶのよ!」
腰に手を当ててきつくそう言い切る斑希。しかし、負けじと氷雨も斑希に向かって言い返す。
「だったら、お前の仲間が連れてるアノ金髪ロリ幼女はどういうこった!? アレに対してのお前の視線……それはもうオッサンのエロい目だぞ!?」
「なっ――! な、なな何を言ってるの? 光蘭は別でしょ? あの子は私たちのチームの謂わばムードメーカー的存在なの! 別に私は、あの子を愛でるための愛玩対象としては見てないわよ」
氷雨に図星のことを言われて慌てふためき顔を真っ赤にする斑希。何とか言い訳を取り繕い、あくまで自分が氷雨と一緒ではないことを主張するが、氷雨は半眼で斑希を見つめ、頑としてそれを認めなかった。
「諦めろ。お前はロリコンだ。小さくて可愛いものを見ると愛でて可愛がりたくてしょうがなくなるただのド変態ヤローだ」
「グサッ! うぅ、よもや血も繋がってない義理の妹に過剰な愛情を注いでいるシスコンバカに言われるだなんて」
地面に膝と手をつき、ガックシと項垂れる斑希。その様子を後ろから見ていた雪羅が、不思議そうな表情を浮かべて尋ねてくる。
「斑希さん、どうかしたの?」
「いえ、何でもないわ。……ねぇ、雪羅。一つ訊いてもいいかしら?」
「何?」
周囲に影響を与えていた時の口調とは少し変わり、子供らしくまだ上手く敬語を使えない幼さを取り戻している雪羅。斑希は聞いても無駄だと分かっていると自分自身で十二分に理解していることを、相手に恐る恐る訊いてみた。
「お兄ちゃんのことは好き?」
「うん!」
――うぐっ! 迷うことなき即答!! どうやら、この子の氷雨への信頼と安心感は余程の物のようね。今までどれほどの愛情を注いできたのかは知らないけど、雪羅はそれほどまでに氷雨にとって大切な存在になったのかしら?
そんなことを思いながら、斑希は涙目になりつつその場に立ち上がった。すると、斑希のその目元を見た雪羅が「あっ!」と声をあげて斑希を指差した。
「え、何?」
不意を突かれて思わず大人っぽい威厳のない、子供っぽい声を出してしまう斑希。
「斑希さん、泣いてるの?」
「あっ……ご、ごめん。あれ? 何でだろ、急に涙が……」
自分でも分からない謎の涙の粒。それを見た雪羅は、その餅の様に柔らかそうなモチモチのほっぺたを膨らませて氷雨を睨みつけた。しかし、雪羅を大事にするあまり溺愛している氷雨からしてみれば、その怒った顔もむしろ喜びだった。だが、一向にその表情を変えないのでいよいよ不安になった氷雨は、頭をかきながら参ったなぁと言って雪羅に理由を尋ねた。
「ん? どうかしたか?」
「お兄ちゃん、斑希さんに何かしたの?」
「ハ!? お、オレは別に何も……」
「嘘だ! お兄ちゃんが斑希さんを泣かせたんじゃなかったら、何で斑希さんが泣くの? おかしいよ! もしかしてお兄ちゃん、ゆきに嘘ついてるの? 嘘つきな人は嫌いだよ? ふんっ!」
上目遣いでそう告げた後、腕を組んでぷいっとそっぽを向く雪羅。その仕草一つ一つが本来ならば氷雨にとっては天にも昇るほどの事だろうが、今の氷雨はそれどころではなかった。愛する義妹の雪羅に“嫌い”と言われた。これは、氷雨の精神に多大なダメージを与えた。
「うぐはッ! う、嘘なんかついてねぇよ? お、オレは……」
「しつこい人も嫌いっ!」
「ガーーーーーーーン!!」
真上から架空の岩が降ってきて氷雨を押し潰す。今の氷雨はまさにそんな状況下にあるのだろう。しかし、そのやりとりを見ていた斑希は、その間にすっかり調子を取り戻して雪羅の誤解を解いてあげた。
「雪羅、それは違うわ。私が泣いてたのは……そう、目にゴミが入ったの。それで少し痛くて思わず涙が出ちゃっただけよ! だから、あなたのお兄ちゃんは何も悪くないの。許してあげて? でないと、あなたのお兄ちゃん、悲しくてショック死しちゃうかも……」
今まさに船の一室で縄を天井から吊るしてわっかを作り、首を突っ込もうとしている氷雨を見て、内心焦燥感に駆られながらそう言う斑希。その言葉に、渋々雪羅は「分かった」と了承してくれた。
「……お兄ちゃん」
「な、何だ?」
潤んだ瞳で雪羅の方へ振り返る義兄の氷雨。そして、モジモジしながら雪羅は目を左右に泳がせながら言った。
「ごめんなさい、お兄ちゃん。ゆきの勘違いだったみたいで。だから、そんなことしないで?」
キラキラとお願いオーラを視線に込めて相手へ向ける雪羅。氷雨は無論その攻撃を避けることも出来ず、直撃を受けて架空の矢にハートを撃ち抜かれた。
「分かった、大事な妹を置いて死ねねぇからな!!」
嬉しそうに口元に笑みを浮かべた氷雨は、ガッツポーズをキメながらそう言った。
――▽▲▽――
あれからしばらくして、私は氷雨、雪羅と一緒に乱火達のいる船室へと戻った。
扉を開けて中に入ると、あたふたとしながら乱火と葡豊が龍族二人の元に駆け寄っている姿があった。
「ど、どうしたの二人共? それに、葡豊はもう大丈夫なの?」
「あ、斑希さん。はい、もう大丈夫です。乱火くんが温めてくれたから……」
乱火に嬉しそうな感謝の笑みを向けながらそう言う葡豊に、当人は照れ隠ししながら言った。
「べ、別に俺は斑希に頼まれたからやっただけだ! お礼ならあいつに言ってくれ!!」
その謙遜を聴きながら私は部屋の中へと入っていき、二人がなぜ少し焦った様子なのかを尋ねてみた。すると、二人は次々に言った。
「それが、こいつらが大変なんだ!」
「そうなんです! 私が回復したのはいいんですけど……どうやら、この龍族の二人も氷に弱かったみたいで」
「あう……ごめんなさい」
葡豊の一言でシュンと気落ちする雪羅。それに気づいた氷雨が鋭く葡豊を睨みつけたので、恐怖感と殺気めいた物を感じ取った葡豊は慌てて弁解した。
「べ、別に雪羅ちゃんのせいじゃないよ? それに、まだちゃんと操りきれてないだけだから」
そう言って何とか雪羅を励まそうとする葡豊。しかし、なかなか相手は元気を取り戻してくれない。そのせいで徐々に氷雨のイライラも頂点に達し爆発しそうになる。その気配を感じ取ったのか、葡豊は別の言葉を発した。
「そ、そういえば、私あんなに雪羅ちゃんに近づけなかったし話しかけられなかったけど、今は何故か何ともないよ? 周囲の氷雪系魔力もなくなったみたいだし……」
その一言が雪羅の落ち込んだ表情を一変させた。顔を上にあげてきょとんとした表情を浮かべると、雪羅は人差し指を立てて言った。
「ねぇ、草壁さん。今のもう一回言って?」
「え? だからその、周囲の氷雪系魔法もなくなった……って」
「それ本当!?」
再度確認した葡豊からの言葉に、顔をぱぁっと明るくして歓喜に満ちた笑みを浮かべる雪羅。氷雨のイライラ度もその笑顔に感化されて急激にダウンしたため、葡豊への攻撃はなくなりそうだ。
「う、うん。でも、それがどうかした?」
「ううん! すんごく嬉しいの!! ありがとう、草壁さん!!」
「……葡豊でいいよ?」
雪羅からやや丁寧な感じに苗字で呼ばれたため、あまり苗字で呼ばれたことのなかった葡豊は、何だかムズ痒い感じがして雪羅にそう提案した。
「じゃあ、ポポちゃん!」
「うん!」
その名前の呼ばれ方に、私は少し疑問を抱いた。
――あれ? どうして葡豊のことは“ちゃん”で、私は“さん”なの? え? もしかして、年齢の差? 年の開き具合? まぁどっちも同じ意味か……って、そうじゃないわ。それって、軽く私には親密感がないってことよね? それってつまり……斬新に言ったら嫌われてるってことなんじゃあ――ぐはっ! 自分で言って自分で傷ついてるし……。ダメダメ、そんなネガティブな事考えちゃダメだわ。それに、こんなの私じゃない。この子達の目の前ではクールなお姉さん的立場でいないといけないんだから!!
そう自分に言い聞かせて私は頬を二度叩き気合を入れ直すと、聖龍と俊龍の問題に入った。
二人は先程の葡豊同様、顔を青白くさせて唇を青紫色に変化させていた。このままでは本当に凍死しかねない。何とかして温めたいとは思っているのだが、もう一度乱火にさせるとさすがに魔力が底を尽きそうで怖かった。ただでさえ既に葡豊のために魔力を幾らか消費してしまっている。その上二人にも魔力を使わせるわけにはいかない。
腕組をして幾つか案を脳内でシミュレーションしてみるが、どれも欠点があってとてもではないが実行には移せなかった。
するとそこへ、親方こと妖燕さんが通りかかった。私は急いで名前を呼んで要件を伝えた。そして、内容をあらかた理解した妖燕さんは、その真っ白な歯を見せて言った。
「なるほど、事情は相分かった! 要はこの二人を極限にまで温めてやればいいんだな? それならばお安い御用だ!! 何せ、俺は以前にもお前達が氷海に落ちて凍死しかけたのを抱き合って暖め合い救ったのだからな!! ハッハッハッハ!!!」
私は妖燕さんの言う武勇伝を聴きながら一瞬そのまま聞き流そうとしていた。しかし、後半部分の言葉を聞いてその気はなくなった。むしろ、問い質したいことが数多く出てきた。
「ち、ちょっと待ってください妖燕さん! ど、どういうことですかそれ?」
「うん? だから俺は以前にもお前達を助けたと……」
「そうではなく、その行為の部分の事実をもっと事細かに掘り起こしてください!!」
思わずその時の真実が気になってムキになり、年上の妖燕さんを問い詰める様な口調になってしまった。
「……はっ、す……すみません!」
「ハッハッハ、気にすることはないぞ太陽の嬢ちゃん。あの時の事を覚えていないのも無理はない。そうだな……あの時俺は、お前達を助けた後に客車の中をうんとあったかくしたんだ。お前達が凍死してしまわんようにな。無論、そこの氷雪系属性を持つ二人は別室で寝かしておいたが……。それで、お前達の体のあちこちに凍傷が出ていたのでな、それを治すために一人一人お互いの肌と肌を密着させて元の体温になるまで暖めてやったんだ」
それを聞いて私と葡豊は顔を真っ赤にして自分の胸や体を庇うように手と腕で覆い隠した。
「そ、そそそれは本当なんですか!?」
「わ、私もそのことについて凄く気になります!!」
私と葡豊の追求に、妖燕さんは一瞬困ったような感じだったが、頭をかきながら説明してくれた。
「確かに俺としても思春期真っ盛りなお前達女性陣の体を暖めてやることには多少なりとも罪悪感や背徳感があった。だが、そうも言ってられんかったんだ。それに、花の嬢ちゃんは特に凍傷が酷くてな……」
その話を聞いて私も思った。葡豊は私たちのメンバーの中で一番氷雪系の力に弱い。確かに癒宇さんもそれに含まれはするが、あの人は経験も積んでいるのでそこまで危惧することはない。だが、葡豊については別だった。なので、それを考えれば妖燕さんの取った行動はむしろ感謝すべきことだっただろう。逆に放っておけば後遺症が残ったりして後に影響しかねない。だが、それでもまだ私には気になる部分があった。私は恐る恐るそのことを口にする。
「すみません、あの……妖燕さん。凍傷の治療って確か、人肌で温めるのが適してるって話ですよね?」
「うむ」
「ということはつまり……その、私たちの際にも」
「ああ、致し方なかったが服を少しばかり脱いでもらった」
「い、いやぁああああああああああああああああああっ!!」
刹那――妖燕さんが重大な一言を発した瞬間、葡豊が耳を塞いでその場にしゃがみこんで首を激しく左右に振った。
「いやだ、いや! やめてください!! それ以上は聞きたくありませぇええええん!!!」
顔を真っ赤にしてそう告げる葡豊。確かにこれ以上は言わなくても分かることだ。
「そ、そうですか……。ありがとうございます、妖燕さん」
「いや、俺もすまなかったと反省はしている」
本当に申し訳なさそうに謝罪する妖燕さん。
「ま、マジかよ親方! 俺たちが気失ってる間にそんな羨ま――いやいや、けしからんビッグイベントがあってたなんて!!」
よくは分からないが、驚愕している様子の乱火。とりあえず私はそのことも含めて妖燕さんに言った。
「それで、この二人のことお願いできますか?」
「ああ、無論だ! それに、あの時の事もあるからな。あれの責任もこれに含めて、必ずこの二人は助けてやろう」
「ありがとうございます! ……葡豊、ほら立って? あなたに少し話があるの」
「…ぐすっ、な……なんですかぁ~?」
葡豊は私に腕を捕まえられて体を引き上げられながら人差し指で涙を拭いそう訊いた。何故かその時、葡豊の仕草に思わず私は顔を赤らめたが、他のメンバーの手前、何とかその緩んだ表情を無理やり引き締めてその場を後にした。
というわけで、ロリコンの斑希とシスコンの氷雨はさておき、ようやく知った妖燕との裸での包容の件。斑希はともかく、葡豊は悲鳴をあげて泣き出しています。まぁ、そりゃあそうですよね。親族以外には見せたことのない乙女の肌をあろうことか好きでもないただのおっさんに見られてしまったのですから。同情します。
てなわけで、今回は四部構成でお送りします。




