第十七話「白虎と戦う赤獅子」・2
「興冷めじゃ……と言いたいところじゃが、そうはいかん!!」
そう言ってサンドラー王はもしもの為にと用意していた計画を実行した。その合図に反応したたくさんの衛兵が彪岩をぐるりと円形に取り囲む。
「むっ? なんだ、何のつもりだ王よ!」
「ふんっ、わしの側近にならぬというのならばぬしには死んでもらうぞよ! 何せ、ぬしの様な器が他の王に奪われでもしたら大変じゃからなぁ!」
無茶苦茶な言いがかりでサンドラー王は彪岩の命を奪おうとしている。
さすがに自身の身の危険には気付いたのか、彪岩は拳を構える。だが、多勢に無勢この状況では勝てる訳もなく――彪岩はあっけなく取り押さえられた。
「な、何のつもりだこれはッ!! 放せ放さんか!!」
何とかして拘束を解こうと身を捩る彪岩だったが、鍛え上げられた衛兵の腕力にはなかなか勝つことが出来ず、彪岩は完全に絶体絶命だった。
「くっそー!! こうなったら……ヴァロン! おれを助けるのだ!!」
【ふんっ、使い魔遣いの荒い奴だ。まぁよい! 使い魔としての初仕事だ!! 気合を入れて使命を成し遂げようぞ!!】
そう言ってヴァロンは大勢の衛兵に向かって大きな咆哮をあげた。
「うわぁあああああ!!」
「な、何だ!?」
「くっ!!」
咆哮の威力に圧倒された衛兵達が同時に吹き荒れる風に吹き飛ばされる。中にはあまりにもの迫力に戦意喪失する者もいる。
「怯むな、行けー行けー!!」
衛兵の中の一人が怖気づく仲間の衛兵に向かって指示を出す。震える手で何とか剣を構えた衛兵は威勢よく白虎――ヴァロンに立ち向かうが――。
【ガォオオオオオオオオオオオオオンッ!!!】
凄まじい咆哮の威力、そしてその巨体を生かした強力なオーラに、衛兵はひれ伏すばかりだった。
「だ、ダメだ……。こんなデケェバケモンに敵うはずねぇよ!! 逃げろー!!」
衛兵の一人がついには逃げ出し、それにつられて他の衛兵も一抜けた二抜けた、と次々に逃げ出していく。
「ば、バカ何やってんだ! 戻れ、戻れー!!」
これほどまでに圧倒的な状況下の中で未だに戦意を失っていない衛兵の一人が必死に呼び戻すが、衛兵は次々と散り散りに散って行くのみ。
「おのれぇー、おれは白虎などに負けはせんッ!! 必ずや陛下を守りきる所存だ!!」
誠意を見せる衛兵を背後から見つめるサンドラー王だが、決して「もうよい、お前も逃げるのじゃ」とは言わない。白虎に襲われるのを恐れているのだろう。
「うむ、なかなかの姿勢だ!! だが、ヴァロンには勝てん!!」
彪岩は手を振り上げヴァロンに指示を出した。ヴァロンは鋭い目つきで得物を狙う獣の様に巨体を動かし大きな口を開けて衛兵に向かって襲い掛かった。
「うわぁぁぁああああああああああああああああああああッ!!!!」
衛兵は最後までその場から逃げることなく白虎に丸のみにされた。
「は、はは……。さ、さすがは白虎じゃ!! ますますそなたらが気に入ったぞい!! どうじゃ、考え直さんか? 今ならば……そうじゃな、給料は百倍、いや千倍に……」
「くどいぞ!! おれは言ったはずだ!! おれが欲しいのは自由と旅、そしてスリル満点のイベントだとな!!」
表情をひきつらせながら徐々に後退していくサンドラー王に向かって、彪岩は声を張り上げて叫んだ。
「や、やめるんじゃ!! わ、わしは仮にもこのサルパストナム王国の王で――」
「そんなことは知らん!!」
サンドラー王の言葉を途中で遮った彪岩は、そのまま振り上げた手を振りおろし、ヴァロンに指示を出した。指示を受けたヴァロンは顔の影を強くして鋭い目つきでサンドラー王を見下ろすと、間近で大きく咆哮をあげた。その威力は間近だと尋常ではなく、凄まじい風でサンドラー王の髪の毛は乱れまくり、顔や服にヴァロンの唾液がかかる。
そして、衛兵と同様大きな口でサンドラー王を丸呑みにしようとしたその時である。
【そのお爺さんを殺されるのはちょっと困るなぁ……】
と、何処からともなく声が聞こえてきて、ヴァロンが動きを止める。
「ど、どうしたのだヴァロン!?」
異変に気付いたのか、彪岩が慌ててヴァロンの元へ駆け寄り様子を訊くと、ヴァロンは苦しそうに答えた。
【な、何だこれは!? う、ぐ……動けぬ!!】
【そりゃあそうよ、だって動けないようにしたんだから……。動けないのは、あ・た・り・ま・え!】
「誰なんだ、姿を見せろ!!」
彪岩が周囲を見渡していると、サンドラー王の近くの空間が歪み、その場に白衣を身に着けた少女が姿を現した。蜜柑色の髪の毛をしていて、長い髪の毛を左耳の上で束ねている。瞳の色は檸檬色だ。
「こんにちわー、眠れる赤き獅子さん? いや、豪地彪岩さん……かな?」
「おっ! おれの名前を知ってるとは、さてはお前もファンだな?」
「は? 何言ってんの、そんなわけないじゃん!! わたしのこの格好を見てわっかんないかな~?」
がはは、と高らかに笑う彪岩に軽蔑的な眼差しでその少女は言った。
「そ、その白衣は、ま、まさか!?」
「うふっ、どうやら分かったみたいね」
唇に人差し指を当てて口元を少し緩める少女。
「白衣がどうかしたのか?」
腕組みをしてだから何? と言った感じで彪岩は少女に言った。
「ズコッ!! あ、あのね!! フツー白衣って言ったら分かるでしょ!?」
――だ、ダメだわ。こいつ、アホすぎるにも程があるでしょ!! 全くこんなことも分からないなんて頭が筋肉で出来るんじゃないの?
サンドラー王同様に彪岩を陰で馬鹿にする少女だが、やはり彪岩当人は気づいていない。
「いや、分からんな」
「じゃあ、クロノスって言ったら分かるかしら?」
「何、クロノスだと!?」
「うふっ、さすがにこのくらいは知っているみたいね……」
ほっ、と安心したように安堵のため息をつく少女。
「クロノスとはなんだ?」
「ズコッ!! もーっ!! 全然話が前に進まないじゃない!! 少しは常識ってもんを知っといてよ!!」
少女は地団太を踏みながら彪岩を指さして文句を言う。しかし、彪岩は参ったなーという風に頭をかくだけだ。
「なんかスマンな……。おれは普段狩りをしたり体を鍛えたりしてるから、そう言った周囲の状況は掴めておらんのだ!」
「はぁー、何だか頭痛くなってきたわ」
眉間に手を当てやれやれと嘆息する少女は、腰に手を当てて説明を始めた。
「いい? クロノスっていうのはあなた達有属性者に対して無属性者である人間が入る研究組織なの。わたしもその一人で――あっ、そういえばまだ自己紹介がまだだったわね。わたしの名前は『ジェシカ=コークス』よ。よろしく」
「おお、こちらこそよろしく頼む!!」
「って、何で敵と慣れ合わなきゃなんないのよ!!」
はっとして慌てて握手していた手を放すジェシカと名乗る少女。
「敵? ジェシカは敵なのか?」
「い、いきなり下の名前で……ま、まあいいわ! それで、説明を続けるわよ? それで、クロノスはあなた達を欲しているの。詳しくはわたし達というよりかはエレゴグルドボト帝国の帝王だけどね。だからわたし達はあなたの敵なの……。あなた達と言った方が正しいかしら?」
「おれ以外にも誰か狙っているのか?」
急に真剣な目になる彪岩にジェシカは少し頬を染めたが、慌てて顔をぶんぶんと左右に振り話を続けた。
「ま、まあね。で、わたしはこのお爺さんを必要としてるってわけ――って! ちょっとこらジジイ! どこに行こうとしてるの!!」
ふと振り向くと、先程までそこに居たサンドラー王が抜き足差し足忍び足でその場から少し離れていることに気付き、ジェシカはくわっ! と青筋を立てて怒り出す。
「いや、わしには関係の話じゃと思うてのぅ……」
「んなわけないでしょーが!! あんたには関係大有りなのよ!! ほら、さっさと戻ってくるっ!!」
ジェシカが人差し指で場所を指示し、その場に来るように促す。ジジイ――もとい、サンドラー王は渋々その場に戻って来た。
「いい? 動くんじゃないわよ?」
「分かっておるわぃ。……何じゃい、何度も言わんでも分かっておるわ」
「ん? 何か言ったかしら?」
「んにゃ、何にも言うておらんぞ?」
とぼけた顔で目を逸らすサンドラー王。既にその様子に王の陰は無く、彪岩にはただの老人にしか見えない。
「えーと、どこまで話したかしら? もぅっ! お爺さんのせいで分からなくなっちゃったじゃない!!」
「それはとばっちりじゃ!! わしのせいではないぞぃ!!」
さすがに今のには反論出来ると思ったのか、はっきりとサンドラー王はジェシカに言い返した。
「じゃあ、かいつまんで言うわ。わたしはクロノスの幹部で、三チームの一つ“JACK”のメンバーの一人よ。今回ここに来たのは、このお爺さん――即ちサフィスト=サンドラー王を連れ去りに来るためよ!!」
「何ッ!? わ、わしを誘拐しに来おったのか、お主は!!」
「ええそうよ。わたしみたいな美少女に連れ去られるんだから、むしろ感謝してほしいくらいよ!」
腰に手を添えエヘンと胸を張って威張るジェシカに、すかさずサンドラー王が半眼で言う。
「自分で美少女というのは――」
「フンッ!!」
その言葉にカチンと来たのか、ジェシカはブーツのかかとのヒール部分でサンドラー王の足の甲を踏んづけた。
「あいたッ!! これ、老いぼれにはもう少し優しくじゃな……」
「うっさい!!」
涙目で訴えるサンドラー王に、ジェシカは腕組みをして頬を膨らましそっぽを向いた。
「すまんが、おれは関係ないのではないか? というわけで、おれはそろそろこれで……」
そう言って手を前に突き出してスマンと言うと、使い魔――ヴァロンの召喚を解除してその場から退散しようとした。
「ち、ちょっと待ちなさいよ!!」
踵を返す彪岩の腕を慌ててガシッと掴むジェシカに「まだ何かあるのか?」と、嫌そうな顔をしてジェシカの方を見た。
「なっ、何よそのはっきり言って迷惑なんだけど……、みたいな顔は!!」
「分かっているのなら放してくれんか?」
「って、ホントにそう思ってるの!? もぅ、何よこいつら! わたしに対して失礼すぎるでしょ!! もーあったまきた!! あんた達、彪岩を捕らえなさい!!」
そう言ってジェシカが命令すると、またしても空間のいくつかが歪み、そこから同様に白衣を身に着けた男の科学者らし人物が姿を現した。
『はっ!!』
命じられた通り、彪岩を捕らえようとする男達に彼は慌ててその場から逃げ出した。
「申し訳ありません、ジェシカ博士。豪地彪岩に逃げられてしまいました」
「ちっ、逃げられたか……。でも、どうせ伝説の戦士は全員揃わないと役立たずのやつらなんだから、今は大丈夫でしょ! そんなことよりも、あの白虎は計算外だったわね。まぁ使い魔にしてくれたおかげで動きを止めやすかったけど、あれがあのまま普通の獣として活動してたら止められなかった。彪岩には感謝しないとね……。さ・て・と、サンドラー王? あなたにはわたし達と一緒にクロノス秘密研究所に来てもらうわよ?」
「ふんっ、いやだと言うても放さんのじゃろうが!!」
男達に拘束されたサンドラー王が鼻で笑い仏頂面で言う。
「うふっ、よく分かってるじゃない。だってあなたを連れて帰らないとフィグニルト博士にお仕置きされてしまうんだもの。あのイヤらしいお仕置きだけは勘弁だわ。さぁ、さっさと帰るわよ!」
仮に自分がフィグニルトにお仕置きされてしまったら……、と想像して身震いするジェシカ。
そして、準備を整えた白衣を纏う者達はその場から姿を消した。
というわけで、白虎を使い魔としてゲットした彪岩は、なんとかサルパストナム王国の衛兵を蹴散らして脱出を試みようとするのですが、そこにここでようやく女の子が登場です。
クロノスの三チームの一つ、JACKのジェシカ。さて皆さん、覚えていますか? 名前のみⅢで出てます。
この三チームは今後も出ます。
てなわけで、三部めでようやく斑希達が出ます。




