第十一話「海底に沈みし神殿」・3
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「う……う~ん! ……っつ、頭いってぇ~! ん? んだここは?」
俺は何か柔かい物に圧迫されている感覚と頭痛によって起きた。
寝覚めが悪い……。まるで二日酔いの様な気分だ。まぁ、未成年なのでどんな感じなのかは分からないが……。
俺はさっきから気になっている圧迫感にふと上半身を起こした。すると、視界に青い髪の毛が至近距離で映った。
「――ッ!? す、水恋ッ!!?」
驚きのあまり上ずった声をあげてしまった。
「ん、……ん~。ふぁ~あ……あ、おはようございます月牙さん」
眠り眼を擦りながらゆっくりと水恋は体を起こした。
――なるほど、さっきまでの圧迫感は水恋が俺の上にのっかっていたからか……。
と、俺が心の中で納得している時のことだった。俺は新たな疑問を見つけた。
――ん、待てよ? おかしいぞ? 俺はソファで寝て、水恋は靄花達とベッドで寝ていたはずだ。それがどうして……。
俺はふと周囲を見渡す。そして、俺はようやくその理由が分かった。水恋は寝ぼけて勝手に俺の上に乗っかって寝ていたのではなく、強制的に俺の上に乗せられたのだ。それは何故か――。それは、俺達が何処か見知らぬ場所に運び込まれていたからだ。
「って、何だよここはぁああああああッ!!!?」
見知らぬ密閉空間に、俺は声を荒げる。しかし、空しくも俺の声は空間の壁に跳ね返って、俺の耳の鼓膜へと伝わってきた。一面全て水色の壁……。窓一つない閉鎖空間……。閉鎖恐怖症の者がここに入れられたらすぐさま禁断症状を引き起こして発狂しそうなほど、この空間は狭かった。だが、扉が無いわけではない。扉はあった。だが、鍵がかかっていて開かない。おまけにその扉には小窓らしきものがあり、そこから外の様子を覗ける様になっていた。
これらのことから俺が推測するに、分かったことは一つだけ……。何故俺達がここにいるのかは分からないが、どうやらここは牢屋らしい……。
――俺、生まれて初めて牢屋に入れられた気がする……。
遠くを見つめて俺は心の中で呟いた。すると、俺と水恋以外の声が聞こえてきた。
「ここは牢屋じゃよ……」
――いや知ってるし!! とまぁツッコミは置いといて……。
俺は頭の中で状況を整理する。そして、一呼吸置いたところでその声の主に言った。
「あんたは?」
「わしか? わしはお主らと同じじゃよ……」
「俺達と同じ?」
老人の意味深な言葉に、俺と水恋は互いに顔を見合わせて首を傾げた。
「もっと分かりやすく教えて頂けませんか?」
丁寧な口調で水恋が老人に訊ねる。
「そうじゃな……。無罪なのに捕らえられた、ということじゃよ」
「無罪なのに……捕らえられた?」
さらに増える疑問符の数。
「どうして無罪で捕らえられるんだ!?」
「ここの王女のせいじゃよ……。ここの王女が、何の罪もない者達を次々にしょうもない理由で捕らえていっているのじゃ!」
老人は手を組んで真剣な眼差しで俺達を見た。
「一体何のために?」
「それは分からぬ……。だが、逆らえば殺されるということは確かじゃ!」
「そんな理不尽なことがあるか!!」
老人の話を聴いていた俺は、思わず大声をあげてその場に立ちあがった。
「まぁ気持ちは分かるが、ここから出ることはとてもではないが出来ぬよ……」
すっかり諦めている気分の老人は、俯き気味に言った。
と、その時、カツカツと遠くから足音が聞こえてきた。その足音はしだいに大きくなっていき、俺達のいる牢屋のすぐ目の前辺りで消えた。
それからしばらくして、扉を叩く音がした。
「姫――王女様がお呼びだ……出ろ」
ガタイのいい巨漢が、野太い声で俺達にそう言った。
――そういえば、靄花や霧矛、それに風浮がいないがどこに行ったんだろう……。
ふと俺はそんなことを思った。
俺は水恋を連れて老人をそこに残したまま、巨漢の後についていった。
それから数分後、俺達はさっきの牢屋とは大違いの大きな広間に到着した。どうやら、ここが玉座の間のようだ。すると、広間の丁度真ん中辺りに来た所で巨漢は足を止めた。俺達もすぐに足を止める。広間の天井は凄く高く、周囲はとても暗かった。天井から下がっている透明のクリスタルの様なガラスで出来たシャンデリアには、煌々と明かりが灯っている。また、あちこちに立っている太く大きな柱が水槽の様になっていて、そこに小さな魚達が入って楽しそうに泳ぎ回っていた。
と、その時、目の前のダイヤモンドの様に七色に光り輝く大きな貝殻が突然回転し始め、ゴゴゴ! という大きな音と共に上へと上昇を始めた。そして完全に上昇が終わると、俺達の目の前に少女が姿を現した。
少女は大きな二枚貝の中に造られたフカフカのクッションの様な物の上に座っていて、手にはこれまた大きな真珠を持っていて、それを愛でる様に少女が撫でていた。どうやらこの少女が王女らしい……。
見た目的には俺達とあまり大差ないが、それよりも俺が気になったのは王女の容姿だった。王女と言われている少女は、浅瀬の水の様な色をした髪の毛に、深海の様な色の瞳をしており、長い髪の毛の一部を耳の上でそれぞれ結んでいた。頭には女王らしくパール色をしたティアラを乗せ、髪の毛の左側に二つの海星の様な形をした髪飾りをつけている。だが、それよりも俺が気になっていたのは、王女の見た目が水恋にどことなく似ているということだ。
「お前……誰だ?」
「ぐっ、貴様! 王女様に何という口の利き方をッ!!」
巨漢が声を荒げて俺につっかかる。しかし、それを少女が止めた。
「やめなさいクレイヴ」
「御意……」
「あんた達をここに連れてきた理由は分かってるわよね?」
「さぁな……」
白々しく俺は答えた。すると、俺の言葉を聴いて少女がピクリと眉毛を動かして俺を睨み付けた。
「はぁ? そんなことも分かんないわけ? あんた達が勝手に人の家に入ってたからに決まってるでしょ!?」
「あの家はお前の家だったのか……。だが、鍵かかってなかったぞ? あまりにも不用心過ぎだろ!!」
「うっ、うっさい!! うっかり鍵かけ忘れちゃったのよ!! 悪いっ?」
何故か逆ギレして強気で俺に言う少女……。
――何だかこいつ、靄花に似て面倒なやつだなぁ~。しかも、バカじゃない分あいつよりも厄介だ。
俺は偉そうに見下している少女をじ~っと見ながらそう心の中で呟いた。すると、急に少女が顔を赤らめて大声を出した。
「ちょっと! なに人の体ジロジロ見てんのよ、変態っ!! こっち見ないでよ!!」
「は、はッ!? な、何訳の分かんねぇこと言ってんだ!!」
「月牙さん……まさか、霧矛さんに続けて凜さんにまで……!」
ウルウルと瞳を潤ませて俺から目を逸らす水恋……。
「ち、違ッ! な、何言ってんだよ!! ……ん? てか、凜って誰だ?」
俺はふと思った疑問に首を傾げて訊いた。
「ちょっと! 気安く私の名前呼ばないでよねっ!!」
それは、さっきから俺に対して攻撃的な視線を向けてきている少女から発せられた言葉だった。そう、つまり“凜”というのはこの少女の名前だったのだ。
「お、お前が……凜!?」
「そうよ! 私の名前は『浜海 凛』……。ここ、トロピカオーシャス王国の王女よ!!」
自分の胸に手を当てて、凛は自己紹介した。
「だが、どうして水恋がこいつの名前を――」
「凛さんは私の従妹です……」
「なぁあああにぃいいいいいいい!!!? い、従妹!?」
俺は驚きの声をあげた。当たり前だ。霧矛に続いて二人目の従妹……。一体何人こいつには従妹が居るのだという話だ。
「凛さんは、私から見れば妹、霧矛さんから見たら姉という存在です……」
「てことは、水恋の母親とこいつの母親は姉妹ってことか……」
「そういうことになりますね」
コクリ頷き水恋は答えた。
「そうよ! お姉ちゃんは私の従姉なの……。それがあんたと一緒にいるなんて思いもしなかったわ!」
「てか、何で従姉である水恋を捕まえたりするんだ!?」
「水恋お姉ちゃんには悪い事をしたと思ってるわ。なにぶん、暗がりだったせいでよく顔を確認しなかったの。こんなことだったら良く確認しておくべきだったわね……」
ウンウンと自分で言って自分で納得する凜に、俺はボソリと言った。
「そういう不注意な所は水恋にあまり似てないな……」
すると、俺のその声が癪に障ったのだろう。ブチッと青筋を立てて声を荒げた。
「うっさい!! あんたには関係ないことでしょ!? これは私達の問題なの!!」
「私達の問題?」
「それよりも、あんたんとこのあのうるさい女、何とかしてくれないかしら? 耳につくのよ!」
「あの女? ああ……靄花のことか」
「名前言われたって分からないわよ!」
「バカなやつだろ?」
「そうよ」
――まさかこれで通じるとは……。あいつはあらゆる人にバカだと思われてるんだな……。なんだか哀れだ。
俺は少し靄花に同情した。しかし、そこですぐに考えを切り替える。
「ちょっと待て……。靄花がいるってことは、風浮や霧矛もいるのか!?」
「ええ……。小さな男の子と霧矛なら、あのうるさい女と同じ牢屋に入れてあるわ……」
「どうしてこんなことを――」
「あんたに教える義理はないわ!!」
最後まで言い終わる前に凛の大きな声が遮る。
「くっそぉ~……」
俺は拳を握って悔しがった。どうもこいつを靄花の様に騙せない。そこの辺りは水恋に似て賢いようだ。
「あいつらを解放しろ!」
一言、俺はそう叫んだ。
「何で私があんたの言う事なんか聴かないといけないのよ!」
ぷいっとそっぽを向いて凛は俺の方を向かない。
俺は少しイラッと来て凜の方へとズカズカと歩み寄った。
今ならばあのゴツい巨漢の衛兵もいないことだし大丈夫だろう。
俺は訝しげに俺を見上げている凜との距離を詰めると、無防備な凛の細く白い腕をガシッと掴んで持ち上げた。
「いたっ……な、何を――」
「いいからあいつらを解放しろ!!」
もう一度、今度は少し強めに凜に向かって俺は叫んだ。
「い、いやあぁああああああああああああああ!!! わ、私に触るなぁああああっ!!」
急に悲鳴をあげた凜は、俺の手を振りほどくと首から下げていた小さな貝殻の形をした物を拭いた。同時に謎の音が鳴り響く。それは、辺りの壁や柱に共鳴して広間全体に広がった。どうやら、あの貝殻は呼び笛らしい。すると、すぐさま俺の背後に先程のゴツい巨漢の衛兵が姿を現し俺を取り押さえた。
俺は地面にうつ伏せになるような状態になった。腕を後ろに回され、手錠を何故か二重でかけられる。その上、ゴツい巨漢の握る剣が俺の首根っこに添えられた。
「うっ……く」
「あ、あんたが悪いのよ! 私に気安く触れたりするから……」
汚らわしい物に触れた後のように、凛が巨漢から白いタオルを受け取って手を何度も拭く。まるで、重度の潔癖症の人の様に見える。すると、凛に向かって第三者が声をあげた。
「や、やめてください凜さん!」
そう言って後ろにいる水恋が必死になって従妹の凜を止める。しかし、手錠をかけられているため、武器を握ったり魔法を繰り出したりすることが出来ない。
「いくら水恋お姉ちゃんの頼みでも、こればかりは私も許せないわ!」
「くっそ……!」
俺はキッと凜を精一杯睨み付けた。せめてこれで少しでも怖がってくれればまだ手があるというものなのだが、強気な凛にこの手段はどうも無効化らしい……。しかし、少しばかり別の意味で効果があった。
「何よその眼……。ん? へぇ~、あんたその眼、なかなかいい目してるわね……」
「何?」
凜はスッとその場にしゃがみ込むと、取り押さえられた俺を上から目線で見下ろした。
「いいこと思いついたわ。あんた――私のペットになりなさい!!」
「………は?」
その凜の一言に、辺りは一斉に沈黙に包まれた……。
というわけで新キャラである浜海凛が登場です。さぁ、皆さんここでお気づきいただけたでしょうか。そう、Ⅱの闇魔法結社の一人だったあの人です。まだ不死身になるための七力を得る前なんです。さて、だんだんと繋がってきましたか?
まぁ、ともかく次回は月牙が犬――もとい、ペット?たいして変わりませんが、そんなわけで次回はバトルします!




