第十一話「海底に沈みし神殿」・2
「とりあえず、まだ自己紹介してなかったよな? 俺の名前は塁陰月牙だ、よろしくな?」
「あっ、うん……。私の名前は『幻宮 霧矛』……こちらこそよろしくね、月牙さん」
よかった。霧矛は俺の事を一応許してくれたみたいだ。その証拠に、今俺に向けて満面の笑みを見せてくれている。俺も少しは気持ちが楽になるというものだ。
「じゃあ、とりあえず出発するか?」
「ち、ちょっと待ってくださいよ月牙さん!」
慌てて俺を制止する水恋……。
「ん、何だ?」
「まだ靄花さんが戻って来てませんよ?」
「ああ~、そういえばいたな……」
「何だか靄花さんが可哀そうに思えてきました」
憐みの表情をする水恋に、俺は「まぁ、この場所に戻らせるのは簡単だ!」と、人差し指を立てて言った。
「えっ? どうするのです?」
水恋は首を傾げて分からないという顔をした。
「お前も知っての通り、あいつはバカだ!」
「え……ま、まぁはい……そうですね。でも、それが何の関係があるのです?」
「まぁ見てろ!」
そう言って俺は大きく息を吸うと、一気に声を発した。
「わ~、大変だぁ~! 何ということだ、すっかり困ってしまったぞぉ~? これを何とか出来るのは“天才”お嬢様の潤木靄花にしか出来ないなぁ~! どこかにいないかなぁ~?」
「月牙さん、何を言って――」
水恋はきょとんとした顔で俺を見る。俺は棒読みで台詞を全て言い終えると、自信満々の表情を浮かべて待機した。すると、どこからか甲高い笑い声が聞こえてきた。
「お~っほっほっほ! 仕方ありませんわね……。まぁ“天才”であるこの私が庶民の頼みごとを聴いてあげないわけにはいきませんものね!」
そう言って扇子に雨傘……ゴスロリの様な服、そして何よりも一番印象的なのがその長い青髪を持つ少女が姿を現した――靄花だ。
自信満々には言ってみたものの、まさか本当に成功するとは思ってもみなかった。案外トライしてみるのも一つの手だということを俺は理解した。
こうして俺は、靄花と霧矛の二人を新たに仲間に加えて合計五人で旅を再開したのだった……。
――▽▲▽――
今夜は満月……。月明かりが煌々と夜の道を淡く照らし出す。
そんな夜道を俺達は歩いていた。
現在俺は霧矛をおんぶした状態で風浮を背負った水恋と荷物持ちをしている靄花と歩いている。歩き詰めで疲労がたまってきたのか、だんだんと足元がおぼつかなくなり瞼も重くなってきた。人間がどうしても勝てないものの一つが睡魔だ。また、そのせいか俺はおぶっている霧矛の体を重く感じてきた。このままでは疲れのあまり倒れてしまうのは確実だ。そう思った俺は、ひとまずその場に立ち止まることにした。にしても、周囲には本当に何もない。あるのは生い茂った森のみ……。すると、靄花が声をあげて何かを指さした。
「あれは何ですの?」
その声に反応した俺は、靄花の指さす先を見てみた。それは古い一軒家だった。だが、その家に表札は存在しない。
とりあえず俺達は互いに顔を見合せアイコンタクトを取ると、メンバーを代表して俺が玄関の扉をノックした。しかし、返事はない。
と、その時、急に何かが俺の鼻に付着した。それは水滴――雨だった。
「げっ、雨だ!!」
「ど、どうしましょう?」
「とりあえず家の中に――」
俺は扉に鍵がかかっていないことに気づき慌てて家の中に駆け込んだ。他のメンバーも後に続く。
中はとても暗くてジメジメしていた。木造建築で木の独特の匂いがする。
にしても、家の中にも人っ子一人いないとはこれ如何に……。家具などを見てみるが、どれも普通の一般家庭にあるような物ばかりで家主を特定出来るような代物はない。女性が住んでいるのか男性が住んでいるのか、それとも老人が住んでいるのかなどは全然分からなかった。ただ、この家はとても和風感が漂っていることは確かだった。俺達はさらに家の奥へと足を踏み入れた。お宅訪問という訳ではないものの、そのような気持ちが俺にはあった。もしかすると、後ろからついてきている水恋達にも同じような気持ちがあるのではないかと俺は思った。
家の奥へ来ると、そこには和風な家には似合わない洋風なベッドが置いてあった。おまけに天蓋付き……。
「このベッドって、どうみても――」
「女性の物ですね……」
俺が最後まで言う前に水恋が口にした。そう、このベッドの感じは間違いなく女性のものだった。しかも、見た目的に恐らく俺達とあまり変わらない年齢……。となると、この家はその少女の物ということになる。一気に俺は罪悪感に苛まれた。見知らぬ少女の家への侵入――。これは軽く犯罪なのではないかとさえ思ってしまった。急いで外に出ようとするものの、大雨のために出るに出られない。
俺はすっかり困り果ててしまった。すると、靄花が俺の横を通ってベッドに手を触れた。
「お、おい……勝手に触れていいのか?」
「問題ありませんわ! ん~……ベッドは温かくありませんから、恐らく相当前からこの家に人は入っておりませんわね……」
「てことは、この家は空き家?」
「それはないですわ……。家具などもあることですし……」
「……だよな」
靄花の言葉に俺は再び顔を俯かせる。眠気も重なってか、俺は思考回路を上手く働かせることが出来ていなかった。徐々に溜まっていく疲労感……。同時に、背中におぶっている霧矛も重たくなってくる。ついには頭痛まで起こる始末……。
「大丈夫ですか月牙さん?」
「あ? ああ……」
心配そうに俺の顔を覗き込んで訊く水恋に、俺は目頭を親指と人差し指でつまみながら答えた。
「そうですわ! ひとまずここで一泊しませんこと?」
「えっ、ここで?」
俺は思わず声をあげた。それもそうだ。誰もいないとはいえ少女の家……。そこにこんな大人数、しかも男まで混じっているともなれば本人に申し訳が立たないのではないだろうか。
「そうですよ、ここは他人の家なのですよ? いくらなんでもそれは――」
「でしたら、ここで雨が止むまで起きていろって言うんですの!? 私そんなの耐えられませんわ!!」
とんでもないと首を左右に激しく振る靄花……。確かにいつ止むのか分からない雨をただじっと起きたまま待つというのもいささか無駄な時間を過ごすというものではある。だが、だからと言って他人の家に本人もいないのに勝手に寝ると言うのは果たしていいのだろうか?
俺は頭の中で良心と戦った。しかし、思わぬ敵――睡魔に惑わされ、思わず俺はこんな言葉を洩らした。
「そうだな……こう眠くちゃたまんねぇし。途中で敵なんかに襲われた際にも対応しきれねぇかもしれないからな。仕方ない、一泊するか」
はっ、と気づいた時にはもう口にしてしまった後だった。
「えっ、ちょっと、いいのですか月牙さん?」
目を丸くして俺に訊ねる水恋。
俺は心の中でしまったと思ったが――。
「大丈夫さ! もし本人が来たら、雨で仕方なく休ませてもらっていました。って言えばいいし……」
と水恋の疑問を軽く流していた。
「そうですか?」
水恋はいまいち納得がいかないのか首を傾げている。
「でも、ベッドはどうするのですか?」
その言葉には俺も思わずハッとなった。確かにそうだ。ベッドは一つだけ……。寝るのはいいが人数は五人……。天蓋付きの大きなベッドに入りきれる人数ではなかった。しかし、五人と言っても一人はまだ幼い子供……。なので、人数的には四人でも構わない。だが、それでも入りきれるという保証はない。何よりも、男女が一つ屋根の下どころか一つのベッドというのはあまりにも危険すぎるような気がする。まぁ、俺は一度水恋と一緒の布団で寝てしまったが。
だが、こう思いながらも俺は思考が停止しているのだろう。口では考えていることと別のことを述べていた。
「そうだな……。入れる人数的には三人っぽいな。んじゃあじゃんけんで決めるか!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいですの! さ、三人ってあなたも含めてってことですわよね?」
「ん? まぁそうだな……」
「そんなの納得いきませんわ!! どうしてこの私があなたなんかと寝ないといけないんですの!?」
「じゃあ、お前はそこにあるソファで寝れば?」
「んなっ!! どうして私の様な高貴な人間がソファなんかで寝ないといけないんですの!? 明らかに庶民の暮らしをしているあなたがふさわしいですわ!!」
「誰が庶民だ!」
「二人とも真夜中なんですから静かにしてくださいよ……」
口論する俺と靄花を止めようとする水恋……。
それから小一時間が経過し、結局ベッドで寝る事になったのは水恋と霧矛と靄花……。ソファで寝ることになったのは俺と風浮だった。しかし、ここから俺の納得の出来ないことが起こる。
「風浮くんはこっちでもいいのではないですか?」
と、水恋が風浮を既に定員オーバー状態のベッドに入れようとしたのだ。
「はっ? 何で?」
「いえ……雨で気温が下がってますし、風邪をひいたりしたら大変ではないですか。ですからベッドの方にした方がいいのではと――」
「だが、人数オーバーじゃないか?」
「風浮くんくらいの体格なら入りますよ?」
「そ、そうか?」
「はい!」
結局話し合いの結果、俺以外のメンバーがベッドで寝る事になった。
――というか、何でリーダーであるはずの俺がこんな扱いなんだ?
と、疑問を抱きながら俺は眠りに就いた……。
――▽▲▽――
月が傾きかけた頃……。
ウォータルト帝国に面した海――『ヤクニルト海』の近く、通称『秘密の海』と名付けられた海の海浜から何かが飛び出した。
それは一見船の様であって巨大な魚のようだった。すると、そこから一人の人影が姿を現した。その人影は月明かりに照らされてその姿を明らかにした。その人物は、深海の瞳に浅瀬の水の様な色の髪の毛を持った長い髪の毛の一部を耳よりも少し高い位置でそれぞれ結んだ少女だった。
頭には何故かティアラを乗せていて、髪の毛の左側に大きさの違う二つの海星の様な形をした髪飾りを着けている。水の様に透き通った色白の肌には水滴がついており、その水滴が月明かりに反射してキラキラと綺麗に光っていた。
「……ふぅ。ここに来るのは久しぶりだわ……。そうだ、ついでにあそこによって行こうかしら」
一人でそう呟いた少女は、冷たい夜風に髪の毛をなびかせながら暗がりの森の中へと入って行った……。
大雨もすっかり止み少女がやって来た場所は、一つの木造建築の家だった。そう――そこは、月牙達が大雨のために少しばかり雨宿りさせてもらおうと入った家だった。つまり、この家は少女の家なのだ。
「さってと、久しぶりだから自分の隠れ家なのに緊張するな~!」
胸を高鳴らせながら少女はドアノブに手をかける。その瞬間、少女はある事に気付いた。
「あれ? 鍵がかかってない……。おっかしいな~、鍵かけていかなかったかしら?」
随分前の事で忘れてしまったのか、少女は腕組みしながらう~んと唸り声をあげて考えた。しかし、なにぶん昔のことはなかなか思い出せない。
結局五分くらい考えた少女は面倒になったのか、考える事を諦めガチャッと勢いよくドアノブを回して玄関扉を開けた。中に入ると、一見何も変化はないように思えた。――が、現実は異なっていた。なんと、自分の天蓋付きのベッドに見知らぬ人物が三人――もとい四人と、ソファに横になっている一人の合計五人が自分の部屋にいるではないか。
これには少女もビックリ仰天腰を抜かしてしまった。おまけに暗がりの為に姿をよく確認できていない。しかし、そんなことはお構いなしに少女は怒りに我を忘れて首から提げている小さな貝殻の形をした呼び笛を思いっきり吹いた。
特殊な音色を出すその呼び笛は周囲に響き渡り、玄関扉が荒々しく開かれると同時にガタイのいい巨漢がやってきた。
「お呼びでしょうか姫様……」
野太い声で巨漢が少女に訊く。
「ちょっと! もう私は姫じゃなくて王女なのよ? ちゃんと王女って呼びなさい!!」
「はっ! これは申し訳ありませんでした女王様……。で、御用ですか?」
一度敬礼した後、巨漢はふと思ったことを口にする。
「用があるから呼んだんでしょ!? 全く……あんたを呼んだのは他でもないわ! こいつらをひっとらえなさい!!」
そう言って少女は暗がりでよく見えない人影を指さした。
「は……はぁ。しかし本当によろしいのですか? 一応お知り合いかどうか確認なされた方が――」
「勝手に人の家に入り込む輩なんて私の知り合いなんかじゃないわ!!」
ぷいっとそっぽを向いて言い放つ少女に、巨漢は丁寧な口調で言った。
「左様でございますか……。かしこまりました、では部下達に捕らえる様に指示を致します!」
「頼んだわよ?」
「ところで女王様……。この家が女王様の家という点についてですが――」
「そ、それはっ!?」
巨漢のふとした言葉に目を泳がせて慌てふためきだす少女。
「なるほど、今まで何度も家出をしてらっしゃいましたが、逃げ先はここでございましたか……。道理で気付かぬはずです……。このような場所では――」
「だって、あそこにいたって何にも面白くないんだもん!! 私の勝手でしょ?」
「女王様……。確かに従姉妹のお二方がお越しにならなくなったことは事実ですが、少しは我侭も我慢なさってください! そのようなことでは下の者達に示しがつきませぬぞ?」
巨漢は野太い声でペラペラと少女に諭す。それを嫌々ながらも聴いていた少女は、我慢できなくなって声を荒げて言った。
「うっさいわね! あんたに何が分かるのよ!! いいからさっさとこいつらを牢屋にぶちこんでしまいなさい!!!」
「よろしいのですね?」
「くどいわよ!?」
キッと鋭い目で巨漢を睨み付ける少女……。見た目的には圧倒的に巨漢の方が強そうであるが、権力によって少女の方が強いようだ。
結局月牙達五人の伝説の戦士は、“王女”と呼ばれる謎の少女によって何処かへと連れ去られてしまったのだった……。
というわけで中盤で新たな新キャラ登場です。頭にティアラを乗せたお姫様もとい、王女様です。そして、この王女様がまたとんでもないことを月牙たちにもたらします。果たして、月牙たちは捕らえられてどうなってしまうのか。




