第五話「悪戯好きの旋風」・2
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長老に出迎えられ入った場所は、凄く豪華な場所だった。外は凄く暗く、灯り一つ見えない。この場所にあるのも、ほんの僅かな淡い光だけで薄暗い感じの明るさだった。そのため、長老の顔を窺うのも少しばかり難しく、ここで本など読めばあっという間に目を悪くしてしまいそうだった。どうやら、風の里ウィロプフロストの住人が火を使わないというのは本当のことらしい。
「それで、話というのは何ですかな?」
突然長老が俺達に話しかけてきた。
「あっ! ……実は、今日の夕方頃に大きな旋風に襲われたのです!!」
水恋が説明を始めた。
「旋風?」
長老は身を乗り出して興味津々の様子だった。
「はい。その旋風に、私達の食料を全て奪われちゃって……」
「そ、それが、わしらと何の関係が?」
少し焦り気味の様子の長老。
「何でも噂によれば、あなたも旋風を出すことが出来るとか」
水恋に言われて長老は顔を俯かせた。しかし、次の一言で長老のその細目がカッと見開かれた。
「それと、その旋風から小さい子供の声が――」
「何じゃと!?」
声を荒げ、長老は机をバンッ! と勢いよく叩きつけた。
「どうかしたのですか?」
「実は、一ヶ月ほど前からある子供が何処かに姿を消したまま消息を絶っておるのじゃ……」
その話を聴いて、俺も水恋も不思議な顔をした。
「その子供の名前は?」
恐る恐る長老に名前を訊ねる水恋。長老はコクリと首を縦に動かし口を開く。
「『旋斬 風浮』というんじゃが」
「旋斬風浮……」
子供の名前を口にして記憶した水恋は顎に手を添えた。すると、チリンチリン! とベルが鳴り、ドアが開いて薄暗い食卓に料理が並んだ。
「これはせめてものお詫びの印ですじゃ。どうぞ、遠慮なさらずお食べになってくだされ。食料を奪われてお腹も減っておられることですじゃろうし」
長老に言われ、俺はふと水恋の方を見た。よほどお腹が空いていたのだろう、物凄く嬉しそうに眼を輝かせていた。そして、手を合わせた俺達は「いただきます」と言って料理を食べ始めた。
「ふぅ~、食った食った! もう食べられねぇ……」
俺は膨れている腹を優しくさすりながら言った。
と、その時一人の里人が現れ、長老に何やら耳打ちした。
「ふむふむ……そうか、あい分かった」
里人の話を聴いた長老はコクリと頷き、前を向いて俺達を煮ると朗らかな笑みを浮かべて言った。
「月牙さん、水恋さん。風呂の準備が整いましたので、よろしければどうぞお入り下さいですじゃ!」
「えっ、いいのですか!?」
長老の言葉に水恋は目をキラキラと輝かせた。
「もちろんですじゃ!」
「よかったぁ~! このまま入れないかと思っていたのです。ありがとうございます!」
笑顔で水恋は長老にお礼を言った。
「そうだ、月牙さんも一緒に入りませんか?」
その言葉に俺は顔を真っ赤にした。
「はッ!? ふ、ふざけんなお前! 一人で入って来い!! 第一、男女別々だろ?」
俺は何故か少しムキになっていた。すると、長老が頭をかきながら言った。
「すみません月牙さん。実は、男湯の調子が悪くて只今混浴風呂しか開いていないのですじゃ。申し訳ありませぬが、今日のところは混浴風呂で勘弁してくださらぬか?」
長老に言われ、俺は頭を抱えた。
「ま、マジ……かよ。い、いや、でも俺は入らなくてもいいし!」
「そ、そんなのダメですよ! 汚い体で過ごされたら私の方がイヤです!」
「い、いや……」
「ささっ! 行きましょう月牙さん!!」
「いや訳わからん! ちょ、ちょ待てって!! まだ俺は入るなんて一言も――」
何とか言い訳を作るが聞いてはもらえず、水恋は俺を強引に引っ張り大浴場の混浴風呂に強制的に連れて行った。
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俺達二人がやってきたのは、凄く大きな混浴の大浴場だった。
「うわぁ~! 凄く大きな大浴場ですね~! これだけ大きければ広く使えますよ?」
子供の様に嬉しそうに満面の笑みを浮かべる水恋。
「ああ、そうだな」
水恋の言葉に俺は半眼でテンションを下げて言った。
「私、先に入っちゃいますね?」
さっさと着替えようと服に手をかける水恋。俺は慌てて視線をそらそうと背を向けてロッカーを見つめる。布擦れの音がやけに大きく俺の耳に聞こえる。ゴクリと息を呑む俺は心臓音が激しくなっているのが分かった。
一糸纏わぬ姿になった水恋はタオルを持って大浴場への扉を開けて入って行った。
「あっ、おい!」
振り返り声をかけようとしたが、そのまま水恋は大浴場へと駆けていった。その際、ふと産まれたままの姿の水恋が見えたが、運良く長い青髪が邪魔――もとい覆ってくれたのでそこまで問題はなかった。
俺はたった一人、脱衣所に取り残されてしまった。辺りを見回すが、天井に幾つかの照明があって、それが薄暗く辺りを照らし出すだけだった。また、壁際には扇風機が設置されており、今は止まっているようだがその下にスイッチらしきものが付いていた。洗面所はもちろんあり、それぞれに鏡も取り付けられていた。
「はぁ~、仕方ないか」
俺は観念して覚悟を決めると、服を脱いで丁寧に畳み、それをロッカーに入れて鍵をかけた。そして、タオルを片手に大浴場の扉を開けた。すると湯気が一気に立ち込めた。
「ホント、随分と広いな……」
大浴場の広さに改めて驚かされる俺。そのまま俺は洗い場の方へと向かい、体や髪を洗い終えるとお湯をかけて片足ずつ湯船につけた。肩まで湯船につかると、お湯があふれ出しザバ~ッ! とお湯が零れた。
「ふぅ~! 何だかんだ言ってもやっぱり温泉はいいなぁ~!!」
俺はタオルを頭の上に乗せ、両手を湯船の淵に置いてくつろいだ。上を見上げると、湯気に覆われた天井がうっすらと見える。すると、少し離れた所に人影が見えた。
「あっ、月牙さんもやはり来たのですね?」
水恋は長い髪の毛を上に結んでまとめ、ピンで留めていた。真っ白なタオルを頭に乗せて月牙に近づいてくる青髪少女をよく見てみると――タオルを体に巻いていなかった。
「ブバッ!! お、お前……な、何やってんだ!! た、タオルをタオルを巻けっての!!」
一糸纏わぬ水恋の裸体を眼前にして、俺は鼻血を出した。白い肌がほんのり赤く色づき頬も少々紅潮している。確かに温泉では普通タオルは巻かないルールだが、この状況は別だ。血縁関係でもないのに赤の他人同士がなんて……。
「えっ? あっ、す、すみません!! 砦ではいつもこうだったので……」
自分の姿を見て慌てて白く細い腕で大事な部分を覆い隠す水恋。
「ったく、ここはお前のいた所と違うんだ。第一、俺が入ってることは解ってただろ? だったろもっとこう、恥じらいをもってだな……!」
「本当にすみません! あっ、それと……この風呂いろいろ効能があるみたいで、旅の疲れとかも取れるみたいですよ?」
「んなことよりもお前、体はちゃんと洗ったんだろうな?」
話をはぐらかそうとする水恋に俺は話題を切り替えて、ふとそんな質問を投げかけてみる。
「えっ……まだですけど?」
平然とした顔で言う水恋に、俺は思わずムカッと来た。
「ぬわぁにやってんだぁああああああッ!!!」
「ええええっ!?」
「ちゃんと体を洗って汚れを落としてから湯船につからねぇと、風呂が汚くなるだろうがッ!!」
怯えて涙目で俺を見る水恋に、俺は構わず大声で説教した。
「す、すみませんすみません!」
慌てた水恋は、俺に謝りながら湯船から上がると体を洗いに行った。
「ったく、常識ってものを学んどけってんだ……」
俺はブツブツと文句を言いながら外を見た。窓越しに見えるその景色をしばらく眺めていると、突然窓ガラスが割れて何かが飛んできた。
「何だ!?」
反射神経を活かしてそれを躱した俺は、その場に立ちあがりながら額の汗を拭った。
「危なかった……」
何とか危機的状況を脱した俺は、安心して胸を撫で下ろした。すると、水恋が髪をタオルで拭きながら戻ってきた。またしても、タオルを巻いていない。
「うわッ!!」
俺は自分が湯船から出てその場に立っていたことを思い出し慌てて湯船につかった。
「どうかしたのですか?」
「い、いや……てかタオルを巻けっての!!」
「あっ、すみません!!」
水恋は髪の毛を拭くのをやめて、慌てた様子でタオルを巻いた。そして、タオルを巻き終えるとふと視線を横にずらした。同時に声をあげる。
「えっ!? ま、窓ガラスが割れてる? な、何かあったのですか?」
心配そうな表情を浮かべた水恋は俺の顔の真ん前でそう訊ねた。
「いや心配ない。俺はちょっと露天風呂の方に行ってくる!」
俺はなるべく水恋から離れようと、湯船から上がるとそそくさと扉を開けて露天風呂の方へ向かった。
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一人大浴場に取り残された水恋。そのまま立ち尽くしているのもあれということで大人しく湯船に肩までつかって何かを考えていた。しかし、なかなか月牙が帰ってこないことと、一人ではなんとなく心細い感じがしたのか、急に湯船から立ち上がった。
「私も行ってみよう……かな?」
水恋は月牙の後を追うように湯船から上がると、露天風呂の方へと向かった。途中お湯で濡れて滑りやすくなっている床に気を付けながら、水恋はようやく月牙のいる露天風呂へとやってきた。月牙のいる露天風呂は、さっきの大浴場よりかは狭く、石も大浴場の淵よりかは遥かにゴツゴツしていて、肌触りはあまりよろしくなかった。しかし、露天風呂は外にあるため、湯気が立ち込めることはなく視界もよいために、目の前に広がる美しい夜景を眺めるにはうってつけの絶景ポイントだった。だが、月牙本人はそんなことをしている暇はなかった。実は、月牙はついさっき飛んできた武器の持ち主を探しにここにやってきていたのである。
「くそ、やっぱり遅かったか」
悔しそうに親指を甘噛みする月牙。諦めて大浴場へ戻ろうとした月牙がふと顔を上にあげると、そこにいたのは一瞬天使に見紛えるような程美しく真っ白な肌をした青髪に青眼の少女――水恋だった。
「な、何だ。お前もこっちに来たのか?」
「だって……。一人だと寂しかったので」
水恋は少し申し訳なさそうな顔をした。
「ふっ、仕様がないな。じゃあ、しばらくこの夜景でも楽しむとするか……」
「あっ、は、はい!」
月牙の横顔を見て、水恋は少し頬を赤らめて嬉しそうに返事した。
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それからしばらくして、俺はだんだんと逆上せてきたので、ゆっくりと立ち上がった。
「ちょっと逆上せてきたっぽいから、先に上がるな?」
「あっ、じゃあ私も――」
水恋は一人置いてかれると思ったのか、慌ててその場に立ちあがろうとした。しかし、それがマズかった。足場の悪い露天風呂では下手をするとコケてしまうこともある。案の定ヌルッとした岩に足を滑らせ水恋が前方に倒れ込んだ。
「きゃあっ!」
「うわっと!!」
俺は水恋の悲鳴を聴いて振り返った。そして、体勢を整えてその小柄な少女を受け止めた。おかげで、何とか水恋は怪我することなく済んだ。しかし、それが俺にとっては思いのほか重大だった。抱き留めた際に、水恋のタオルがとれてしまったのである。そのため、十五歳前後という年齢にそぐわないやたら大きな胸が、俺の胸に直で当たってしまっていた。
「あっ、あの……そのありがとうございます」
「お、おう!」
水恋は俺よりも少し背が低いため丁度俺の鼻腔辺りに頭が来る。そのため、洗ったばかりのその綺麗な青髪から優しい匂いが漂ってきて変な気分になった。そこで、俺は慌てて水恋にこの状況から脱してもらおうと声をかけた。
「そ、それよりもた、タオル脱げちまったからさっさと取って着てくれないか?」
「す、すみません! ちょっと待っててください」
そう言って水恋は湯船に浮かぶタオルを手に取った。
「ま、巻いたか?」
一応離れると見えてしまうので目を瞑って確認する。
「はい」
声を確認してようやく目を開けると、目の前にはタオルを巻いた水恋がいた。だが、巻いていたら巻いていたでその真っ白なタオルから覗くすらっとした脚が見え、さらに水滴が付着して月夜に照らされているせいか、妙に艶かしく見えて仕方がない。俺は何とか気を保ちながら深呼吸をした。
「ふぅ……。ここは滑りやすいんだから、気をつけろよな?」
「あっ、はい。以後、気を付けます」
ペコリとお礼を言う水恋。顔をあげると、不意にその胸が揺れ視線が釘付けになる。霧霊霜一族、その美貌恐るべし。
俺が鼻をつまんでいる間に水恋は先に湯船から上がり大浴場へと戻って行った。俺は先ほどの感触の後味を感じながらボ~ッとその場に呆けていた。ただ一言くそ柔らかかったことは事実だ。が、そんなことを幼馴染の斑希に聞かれでもしたら俺の命の保証はないだろう。俺はもう一度ゴクリと喉を鳴らした。すると、何処からか聞き覚えのある笑い声が聞こえてきた。
「ふふふ……。お顔が真っ赤だよ、お兄ちゃん? ねぇ、遊ぼう! 僕と一緒に遊ぼう!!」
――この声!?
俺はサッと後ろを振り返ったが、やはりそれらしき人物はいなかった。
「気のせい……か」
辺りをくまなく見回した俺は、「はぁ」と嘆息して脱衣所へと向かった。脱衣所に入ると、そこには既に着替え終えていた水恋が、ドライヤーで自分の青い綺麗な髪の毛を乾かしている姿があった。
「どうかしたのですか? 浮かない表情して……。もしかして、さっき私がコケそうになったのを抱き留めた時に足を怪我したとか?」
とんでもないことをしてしまったとネガティブ思考になる水恋に、俺は慌てて弁解した。
「い、いや違うって! むしろいい体験をさせてもらったくらいだし」
「えっ?」
「えっ、あっいや……ゴホン! な、何でもない」
俺はそう言って水恋のいる向かい側にあるロッカーに歩いて行った。自分の畳んでいた服を取り出しそれを着ると、濡れた自分の髪の毛に残った水分を十分にタオルでふき取り、急いでドライヤーを使って乾かした。
――さっきの声……。長老が話していた旋斬風浮って子なんだろうか。
そんなことを髪を乾かしながら考えていた俺は、水恋と一緒に寝室へと向かった……。
というわけで、後半はほぼ温泉回でしたね。そして、月牙くん。本当に斑希に怒られますよ。他の赤の他人――しかも帝王とイチャつくって。ツルッと滑った水恋を慌てて抱きとめて胸がむぎゅぅって。そんな展開誰が予想したでしょう。そして、やってくる風の里フィロプフロストの住人、小さな男の子風浮くんです。旋風を巻き起こすことの出来る風属性をお持ちです。
次回は寝ます。そして、鬼ごっこをします。