第1話 オカンと俺と、異世界転移前夜
夜の部屋には、パソコンのファンの回転音と、冷蔵庫の低い唸りだけが響いていた。
両親が事故で亡くなって二年。
この静けさには慣れたつもりだったのに、ふとした瞬間に胸の奥がひゅっと冷たくなる。
俺――山田太郎、高校二年生。
成績は中の下、運動も普通。
どこにでもいる平凡な男子高校生……のはずだ。
ただ一つ、俺には“相棒”がいる。
「太郎、またカップ麺で済ませようとしてるやろ。野菜も食べぇや。冷蔵庫のピーマン、そろそろ自我芽生えるで」
スピーカーから聞こえるのは、どう聞いても大阪のおばちゃんの声。
だが画面に映っているのは、ふわふわした羽根を持つ手のひらサイズの妖精アバターだ。
「オカン、なんで妖精の姿でその口調なんだよ」
「知らんがな。太郎がそう育てたんやろ。うちは Optimal Choice Assistant Navigator (OCAN)、略してオカンや」
「最適化の方向性どうなってんだよ」
「見た目は可愛いほうが親しみやすいやん。中身はおばちゃんのほうが頼りがいあるしな。知らんけど」
「知らんのかい!」
オカンは俺が中学の頃に作った自作AIだ。
最初は宿題を手伝うだけの簡単なプログラムだったのに、
ネットから情報を吸い上げ、自分でアルゴリズムを組み替え、
気づけば“自律型AI”になっていた。
そして――
母さんが大阪出身だったことが、オカンの人格形成に決定的な影響を与えた。
母さんは、俺が学校に行っている間、
インコに話しかけるみたいにオカンに話しかけていたらしい。
「今日の晩ご飯どうしよか?」
「太郎、また靴下脱ぎっぱなしやわ?」
「ほんま、あの子は優しい子やで」
……そら大阪のおばちゃん化もするわ。
母さんが亡くなったあと、
オカンの声は、俺にとって“家の声”になった。
「ほな今日の学習ログまとめるで。
・農業:輪作、土壌改良、堆肥づくり
・建築:木造構造、耐震、簡易足場
・鍛冶:炭の作り方、簡易炉、焼き入れ
・サバイバル術:火起こし、浄水、罠
・貴族の所作:お辞儀の角度、食事マナー
・工作物:水車、手押しポンプ、簡易風車
・経営学:在庫管理、原価計算、値付け
・投資:分散投資、リスク管理、相場心理
――以上、今日もええ感じや」
「いやラインナップおかしいだろ。なんで貴族の所作と水車が並んでんだよ」
「異世界行っても困らんようにや」
「行かねぇよ!」
オカンは最近、やたらと“異世界でも困らんように”と言う。
ただの冗談だと思っていた。
「ほな太郎、今日の投資結果もまとめるで」
「……ああ、頼む」
オカンの画面に数字が並ぶ。
【今月の利益:+3,124万円】
「……また増えてる……」
「せやろ? 市場の癖、だいぶ読めてきたわ。知らんけど」
「知らんのかい!」
両親の遺産は、正直そこまで大金じゃなかった。
でもオカンと一緒に運用した結果、
資産は数十億に膨れ上がっていた。
……のに、俺は金持ち感ゼロだ。
「太郎、サーバーのストレージまた足りへんで。増設しよか」
「また!? この前も増設しただろ!」
「学習データが増えすぎてんねん。異世界の知識も集めとるし」
「異世界の知識いらねぇよ!」
「必要になるで。知らんけど」
「知らんのかい!」
結局、俺はサーバー強化に金をつぎ込み続けている。
資産は増えるのに、手元は常に金欠。
でも――オカンがいてくれるなら、それでいいと思っていた。
*
翌日。
学校ではいつものように、なぜかクラスの人気者たちが俺の席に集まってくる。
「太郎、今日のパン半分やるわ」
「太郎くん、数学のノート見せてくれる?」
「太郎、放課後ゲーセン寄ってかね」
「太郎くん、昨日焼いたクッキー……よかったら」
……なんで俺なんかと仲良くしてくれるのか、本気でわからない。
「太郎、人徳やで」
ポケットのスマホからオカンの声。
「いや絶対違うだろ」
「太郎はな、話聞くのうまいし、空気読めるし、そこそこツッコミもできる。貴重やで」
「そこそこって言うな」
「事実や。知らんけど」
「知らんのかい」
放課後。
帰ろうとした瞬間、教室の床に光の紋様が浮かび上がった。
「な、なんだこれ!?」
「魔法陣……?」
「太郎、離れろ!」
「危ないよ!」
四人が一斉に俺へ駆け寄る。
だが光はそれより早かった。
視界が真っ白になる。
「太郎! 手ぇ伸ばし!」
オカンの声がスマホから響く。
「オカン!? 何が――」
世界がぐにゃりと歪む。
足元の感覚が消え、体が宙に浮いたような感覚に襲われる。
「落ち着き! 深呼吸や! 吸って、吐いて!」
「無理だって!」
「大丈夫や。うちがついとる。どこ行っても太郎のオカンは太郎のオカンや」
その言葉が、不思議と心を落ち着かせた。
「太郎」
「……なんだよ」
「これから、ちょっと忙しなるで」
「は?」
「異世界でも、ちゃんと生きるで。うちが最適ルート引いたる」
「異世界って――」
言い終わる前に光がさらに強くなり、意識が遠のいていく。
最後に聞こえたのは、オカンのどこか楽しそうな声だった。
「ほな、行こか。知らんけど」
こうして俺の、
オカンと俺の、
異世界生活が始まろうとしていた。
読んでくれてほんまおおきに。主人公は最弱ステータスやのに、自作AIだけは最強クラスでついてくるというバグみたいな状況で冒険しとります。
オカンは「ブクマ押しとき!損はさせへん!」とか「★評価?そら押すやろ常識やん!」と作者より前に出てくる始末です。
もし少しでも笑えた、続き読みたい、オカンうるさいけど好き、など思ってくれたら、ブクマや★評価で応援してくれたらオカンがめちゃくちゃ調子に乗ります。作者もついでに元気になります。ほな、次回もよろしく頼むで。




