第三話 「決意の朝」
第三話 「決意の朝」
その夜、アドルは寝付けずにいた。
カシムの言った一言・・・
《自覚の無い者は・・・死ぬぞ》
その言葉が頭の中で繰り返し響いていた。
アドルはベッドから起き上がると部屋をでた。
夜風にあたって、気分を変えたかったのだ。
アドルは大風車のある、丘の頂きまで歩くことにした。
その場所からは、カーン砦までが一望できる。
しばらくして大風車に着くと、見晴らしの良い場所に腰を下ろした。
空を見上げると、夜空にはあふれんばかりの星が輝いている。
「戦・・・か。」
戦で命を落とすかもしれない・・・
戦で人を殺めるかもしれない・・・
そんな事は分かっている。
しかし、アドルは戦を経験しているわけではない。
あくまでも、常識的な知識として理解しているに過ぎなかった。
アドルは自分の手をじっと見つめた。
その手はかすかに震えている。
「情けないな・・・僕は・・・」
アドルは膝を抱え込むようにして俯いた。
「・・・眠れないの?」
不意にアドルの背後から声がした。
アドルが慌てて振り向くと、そこにはサラがいた。
「サラ・・・見てたのか?」
サラは黙ったまま、アドルの横に腰を下ろした。
「明日もいい天気になりそうね?」
サラはわざと話題を反らした。
アドルはサラの気遣いに苦笑いを浮かべながら答えた。
「そうだね・・・」
「ねえ、アドル・・・」
サラは眼下に広がる景色を見ながら問いかけた。
「何?」
「お父さんが言ったこと、気にしてるの?」
図星だった。
アドルは黙ったまま、返事をしなかった。
逆にそれが肯定の証となった。
「私も・・・怖いよ。」
アドルは驚いたようにサラを見た。
サラは自らの震える手を、アドルの目の前にかざした。
「振るえ・・・止まらないの。」
サラは震える手を摩りながら続けた。
「おかしいよね?自分で決めた事なのに・・・」
精一杯の強がりで微笑むサラを見たアドルは、自分を恥じた。
「おかしくなんかないよ。僕も・・・怖い。」
アドルは、自分の手の震えが止まっていることに気づいた。
「だけど、僕が守るんだ。」
手を握り締めながら、アドルは立ち上がった。
「アドル・・・」
「ありがとう、サラ。お陰で吹っ切れたよ。」
そんなアドルを見たサラもまた、手の震えは無くなっていた。
サラは穏やかな笑顔を浮かべると、アドルに手を差し伸べた。
その手をつかんだアドルは、座っているサラを引き起こした。
「・・・帰ろうか?」
「うん。」
アドルたちはその場を後にして、屋敷へと帰っていった。
その途中、アドルは振り返ると、大風車を見ながら言った。
「サラ、必ずここに戻って来ような・・・」
「うん。」
二人は大風車の姿を、その目に焼き付けていた。
翌朝・・・
アドルとサラは身支度を終え、軍の使いの者が来るのを待っていた。
「いい天気になったな?」
カシムが二人の背後から声をかけた。
「はい。」
そう答えるアドルの顔には迷いが無かった。
カシムは内心、心配していた。
しかし、今のアドルの表情を見たカシムは頼もしさすら感じていた。
そして、それはサラにも言えることであった。
「二人とも、必ず生きて戻ってくるんだぞ。」
カシムは二人の肩に手を置きながら言った。
その言葉に、二人は無言で頷いた。
「お父さん、疎開はいつ?」
「うむ・・・状況が状況だけに急がねばならんのだが、今回は村人に説明をする機会が難しい・・・」
「そうですね、皆、ヨルドとの戦は無くなったと信じていますからね。」
アドルは昨日までの自分の心情と照らし合わせていた。
カシムもそんなアドルの言葉に頷いていた。
「まあ、こちらのことは心配するな。お前達は自分が生き残ることだけを考えればいい。」
「・・・わかりました。」
アドルはカシムの割り切った言葉を鵜呑みにするように答えた。
と、同時に男の声がした。
「アドル・ルフトはいるか?」
軍の使いの者が屋敷の門からアドルを呼んでいたのだった。
「・・・では、村長。」
アドルはカシムの正面に立ち、一礼すると毅然と背を向けた。
同じようにサラもカシムに一礼をしていた。
「お父さん、行ってきます。」
「サラ・・・」
カシムは父親である。
本音を言えば、ひっぱたいても止めたいと思っていた。
しかし、サラは大切な娘であると同時に、一人の大人であった。
自分の大切な娘が出した、重大な決意。
それを親として認めることも愛情だと信じていた。
だからカシムは意識して笑顔を絶やさずにいた。
「行って来い。そして、必ず生きて戻って来るんだ。・・・いいな?」
精一杯の激励だった。
サラはその言葉に大きく頷くとアドルの後を追っていった。
「アドル・・・サラを頼んだぞ。」
カシムは二人の姿を見送りながら、初めて涙を流した。
ちょうどその頃、カーン砦に王都からの使者が到着していた。
使者からの書簡を見たレドムは、怒りに震えながら書簡を握りつぶした。
「我らが・・・逆賊だと!?」
レドムの言葉に、ギエンとテジムは驚きの声をあげた。
「ど、どういうことだ!?」
ギエンの問いかけにレドムは黙ったままだった。
ギエンは唖然とするレドムの手から書簡を奪い取ると、テジムと二人で確認した。
「こ、これは・・・」
書簡を見たテジムが後ずさりしながら腰を抜かしていた。
さすがのギエンも、怒るよりも先に驚愕していた。
書簡にはこう記されてあった。
≪先日の国王暗殺に至り、我はこの国をヨルドの一領土とする意を決した。
この命に異を唱える者、前国王に忠誠を誓う者は全て逆賊とみなし、軍事力を持って
これを排除する旨を通達する。第35代国王 アレン・カルラ≫
「まさか・・・いつアレン王子が国王に?」
ギエンは信じられないといった表情で立ち尽くしていた。
「これは・・・紛れも無く反乱だ。」
レドムはテジムに諸仕官を召集させた。
「レドム、アレン王子はなぜこんなことを・・・?」
ギエンの問いかけにレドムはしばし黙っていた。
そして、意を決したかのようにギエンに告げた。
「ギエン、私はアレン王子を国王とは認めない。」
「・・・だろうな。」
ギエンはため息を一つつくと、レドムの肩を叩きながら言った。
「兵達には選ばせてやれ。」
「わかっている。お前も・・・選ぶがいい。」
「俺は選ぶまでも無い。俺はヨルドが嫌いだ。」
ギエンはそう言うと、レドムに背を向けて先に会議室へと歩いていった。
レドムはそんなギエンに笑みを浮かべたが、すぐに怒りの表情を浮かべた。
「アレン・・・!!」
レドムは腰に差した剣を抜くと、書簡を真っ二つに切って捨てた。
そして、足早に会議室へと向かった。
会議室に集まった諸士官を前に、レドムは国王暗殺からの経緯を初めて明らかにした。
会議室にどよめきが起こった。
「皆、聞いてくれ。先ほど言った通り、我々は岐路に立たされている。」
レドムの言葉に会議室は水を打ったように静まり返った。
「新しい国王の下につきたい者を私は責める気はない。各個己の信じる道を選ぶが良い。
一刻の猶予を与える。私と共に戦う者だけ残ってくれ。以上だ・・・解散!」
レドムはそれだけ言うと、会議室をでて自室に向かった。
ギエンはレドムの後を追いかけ、背中越しに声をかけた。
「アドルはどうするつもりだ?」
レドムは立ち止まると、背を向けたまま答えた。
「あいつに選ばせる。・・・それしかあるまい。」
「そうか・・・逆賊の軍隊に入れとは言えぬからな。」
それを聞いたレドムは嘲笑するように言った。
「ふっ、逆賊・・・か。ものは言いようだな?」
ギエンはレドムの言葉の真意が分からなかった。
ただ、その言葉がアレン現国王に向けられていることは確かだった。
「分のない戦に付き合う必要はないぞ?ギエン。」
相変わらず、背を向けたまま話すレドムにギエンはため息を一つついた。
「分のない戦が好きなのは、お前だけではないということだ。」
その言葉を聞いたレドムは呟くように答えた。
「・・・すまない。」
それだけ言うと、レドムは自室へと歩いて行った。
ギエンはそれを黙って見送っていた。