第二話 「アドル」
第二話 「アドル」
大風車は丘の一番高い場所にある。
村の象徴ともいえるその風車は、過日の強風によりその羽根の一部を破損していた。
この日は村の若い者達が総出で、その修理を行っていた。
その中に一人の青年がいた。
身の丈は174セク(1セク=1cm)、細身ながら肉つきのよい体をしている。
アドル・ルフト・・・青年の名である。
歳は25歳。
カーン砦を守備するレドム・カルロの実弟である。
幼少の頃からレドムのもとで武芸を学び、こと棒術においてはレドムをも凌ぐ程の腕前である。
それゆえ、再三にわたりレドムから軍への入隊を勧められていた。
元来、能天気な性格のアドルは「軍人には向かない」と言いはり、その誘いを断り続けていた。
その為、今はレドムとは別居し、昔の好でカシムの屋敷に居候させてもらっていた。
「アドル!」
サラはアドルの背後に近づきながら声をかけた。
アドルは手を止め、額の汗を拭いながら答えた。
「何?」
「お疲れ様、貴方にお客様が来てるわよ。」
「客?」
「ギエン将軍よ。」
「ギエンさんが?・・・なんでさ?」
「私が知るわけないじゃない。それより「さん」って・・・将軍と知り合いなの?」
「ん?あぁ、兄さんの親友だからね。何回か会ってるし・・・」
「へぇ・・・知らなかった。」
アドルは周囲の者に事情を告げ、サラとカシムの元に向かった。
その道中、不意にサラがアドルに声をかけた。
「ねぇアドル、最近何か感じない?」
「何をさ?」
サラはしばらく俯きながら言葉を選んでいる。
「なんていうのかな・・・こう、殺気・・・みたいな・・・」
「いや・・・確かに違和感みたいなものは感じるけど。」
「気のせいかしら?」
「・・・だろ?気にし過ぎだよ。」
「そうよね・・・」
サラはそう答えながらも、言い表しきれない不安を抱えていた。
二人が家に着くと、ギエンは待ちかねていたように門の前で立っていた。
アドルたちを見たギエンは、片手を少し挙げて挨拶をしていた。
「ギエンさん、お久しぶりです。」
アドルは駆け足でギエンに近づいた。
「元気にしてたか?」
「見ての通りですよ。」
アドルは作業でどろどろになった服を見せて笑っている。
しかし、ギエンの顔には笑みはなかった。
それに気づいたアドルは、ギエンが何か重大な用件を抱えている事を悟った。
「何か・・・あったんですか?」
アドルの問いかけにギエンは黙ったままだった。
すると、屋敷の中からカシムがでてきた。
「おう、アドル。来たか・・・」
カシムはギエンと目配せすると、アドルとサラを中に入れ、テーブルにつかせた。
アドルとサラは、対面に座る二人の表情が険しい事に息を呑んだ。
その重たい空気を割くようにギエンが口を開いた。
「アドル・・・結論から言おう。明日から軍に入ってもらう。」
「えっ!?」
サラが驚きの声をあげた。
当のアドルは黙っている。
「驚かないのか?」
ギエンの問いかけに、アドルは静かに答えた。
「門でお会いしたとき、笑ってませんでしたからね。何かあるって覚悟はしてました。」
「そうか・・・」
「でも、理由は聞かせてもらえますか?」
「いいだろう。」
その場に張り詰めた空気が漂った。
「昨日の事だ。国王が何者かの手によって、暗殺された。」
あまりの衝撃に、アドルとサラは絶句した。
「これは推測だが、犯人はこの国の人間と思われる。」
「そんな!?」
サラは信じられないと言いたそうな顔をしている。
「何故、そう推測されるのですか?」
「それは私が説明しよう。」
アドルの問いかけに、カシムが口を開いた。
「二人とも、この数日の間で何か気になることはなかったか?」
アドルとサラは、互いの顔を見つめあいながら考えている。
すると、何かを思い出したかのようにサラが声をあげた。
「そう言えば・・・最近、市場にヨルドの商人を見かけないわ!」
「言われてみれば・・・」
二人の反応を見て、カシムは大きく頷いた。
「そうだ。王が暗殺される数日前から、ヨルドの商人が来なくなっている。」
「じゃあ、犯人はヨルドの人間では?」
アドルは至極当たり前の結論を口にした。
「いや、ヨルドとわが国は今、不可侵条約を締結している。」
「そっか、そんな状態で私達にちょっかいを出したら、ヨルドは世界の信用を失うわ。」
サラがカシムの言葉を受けて答えた。
「サラの言う通りだ。では、何故ヨルドの商人が来なくなったのか?」
「そうよね、まるで国王が暗殺される事を知っていたみたい・・・あっ!?」
サラは自分が口にしたことの意味に気づいた。
「何者かがヨルドと内通していて、手引きをしている?」
アドルの言葉にカシムは頷いて答えた。
「恐らく、ヨルドに与する事で保身を得ようとする輩がいるのだろう。」
アドルとサラは言葉を失っていた。
カシムは茫然自失になった二人をよそに話を続けた。
「これは私の推測だが、近日中にヨルドからの宣戦布告を受けるだろう。」
それを聞いたサラは立ち上がって言った。
「なんで?不可侵条約は締結されているのよ?」
「サラ・・・落ち着けよ。」
アドルがなだめた。
サラはアドルの方を見ると、何か言いたそうな顔をしたが、黙って席に着いた。
「恐らく・・・国王派を反乱分子にしたてあげるつもりなのだろう。」
ギエンが腕組みをしながら呟いた。
「そして、ヨルドはスルトの治安維持という名目で派兵を世界に容認させるつもりなのだろう。」
「じゃぁ・・・正規軍が反乱分子にされちゃうってこと?」
サラの言葉にカシムは頷いた。
「正規軍内部でも、相当数の人間が反国王派についた可能性がある。」
アドルはそこまで話を聞くと、深く息を吸い込み、そして言った。
「事情は・・・分かりました。」
アドルは、自分に選択の余地が無いことを悟った。
「ではアドル、明朝に迎いの者をよこす。・・・いいな?」
「はい・・・」
ギエンは席を立つと、カシムに頭を下げ、部屋を後にした。
部屋に残った三人はしばらく黙ったままでいた。
そんな中、沈黙を破ったのはサラだった。
「また・・・疎開なの?」
サロはこの国で唯一、砦とヨルド国境の間に位置する村落である。
それ故にヨルドからの商人の行き来が出来ていたのである。
しかし、その立地ゆえ、戦のたびに村人は疎開を余儀なくされていた。
「仕方あるまい・・・」
カシムは目をつぶり、腕組みをしながら答えた。
「すいません・・・こんな時に・・・」
アドルは自分が村の為に何もできないことを気に病んでいた。
カシムはそんなアドルの肩に手を置いて言った。
「気にするな。お前にはお前の使命がある。」
「・・・はい。」
しかし、アドルの気持ちが晴れることは無かった。
俯きながら黙っているアドルを見つめていたサラは、思い立ったように言った。
「お父さん!」
突然の呼びかけに、カシムと、呼ばれていないアドルまで驚いていた。
「い、いきなりなんだ?」
「私も・・・軍に入るわ!」
いきなりのその発言に、カシムとアドルは目を丸くした。
「な、何を言い出すんだ?」
アドルは必死にサラをなだめた。
「アドル、あなたにだって村の為にできることならあるわ。」
アドルはサラが真剣な眼差しで語っていることに気づいた。
「ううん・・・違う。あなたにしか出来ないことよ。」
「僕にしか・・・?」
「それが分かっていないから・・・私も軍に入ることにしたの。」
「いや、だからって・・・戦になるんだぞ?無理だ!人を殺すんだぞ!?」
「それはアドルも同じでしょ?」
「だからといって、君まで・・・」
カシムは俯きながら黙っている。
「村長!黙ってないでサラを止めてくださいよ!?」
アドルは言い出したら聞かない、サラの性格を熟知していた。
だから父であるカシムに止めてもらいたかったのだ。
「サラ・・・」
カシムはゆっくりと口を開いた。
「はい。」
「一つだけ聞こう。アドルにしかできないこととは何だ?」
サラはちらりとアドルを見た。
そして、カシムに向かって言った。
「戦を・・・終わらせること。」
それを聞いたアドルは立ち上がりながら叫んだ。
「馬鹿な!?僕一人の力で戦を終わらせれるものか!」
サラは静かに答えた。
「アドル・・・だから私も行くのよ。」
アドルはサラの言っていることが理解できずにいた。
「でも・・・」
アドルの言葉をかき消すように、カシムは大声で笑い始めた。
「アドル・・・君のまけだ。」
「村長、勝ち負けじゃなく・・・」
カシムは手をかざしてアドルの言葉を遮った。
「アドル、サラの言ったことの意味が分かるか?」
「・・・いえ。分かりません。」
カシムは席を立ちアドルの横まで行くと、アドルの肩に手を回しながら言った。
「アドル、お前が戦ってくれるからこそ、この国が、人が守られるんだ。分かるな?」
「それは・・・わかります。」
「戦はな・・・お前の言うとおり、一人の力で終わらせれるものではない。」
カシムは肩に置いた手に力をこめた。
「だが・・・個々の強い意志がなければ終わらない事も事実なんだ。」
「強い意志・・・?」
「それは、自覚だ。」
カシムはアドルの頭を軽く叩きながら言った。
「この戦を終わらせるのは自分だという自覚がない者は・・・死ぬぞ?」
「死ぬ・・・僕が・・・」
アドルの胸にカシムの言葉が深く刺さった。
「アドル、今のあなたを守れるのは私しかいない。だから・・・私も行くの。」
これは、サラの自覚であった。
アドルはサラの自覚を目の当たりにして、初めて気づいた。
己の戦う理由が何なのかを。
「村長・・・僕は・・・」
カシムは無言で頷いた。
そして二人の肩に手を置きながら言った。
「アドル、サラ・・・この村を、国を守ってくれ。頼んだぞ!」
二人は大きく頷いた。




