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第一話 「悪寒」 

夜が明けた。

鳥たちの囀りが、静寂の中にこだましている。

夜露が朝日を浴び、草花を宝石のように輝かせている。

湖のほとりには、朝を迎えた様々な動物たちが喉の乾きを潤すために集まってきていた。

男は木陰からその獲物を狙っていた。

木綿で織られた袖なしの服を腰紐で縛り、矢筒を背負ったその姿は、まさしく狩人であった。

しかし、男が狙う今回の獲物は・・・人間であった。

男は狙いが定まると一言だけ呟き、そして、矢を放った。

「これで・・・救われる・・・」

矢は音を立てず、真っ直ぐに獲物へと向かって飛んでいった。


すべては・・・この一本の矢が始まりだった。

ありきたりで、何の変哲も無い・・・ただの矢・・・

男が放ったこの矢が的を射抜いたその瞬間・・・歴史は動乱の時代へと動き始めた。


胸に刺さった矢を握りながら、力なく倒れる彼の獲物。

獲物となった人物の名は、グリード・カルラ。

第三十四代スルト国王であった。


第一話 「悪寒」 


スルト・・・大陸の南東部沿岸に位置し、南を除く三方を険しい山脈に囲まれた小国である。

人口は2000万人ほど、国土は九州ほどの広さである。

かつては東の隣国、ヨルドの支配地であったが、宗教的弾圧に耐えかねた民衆が反旗をひるがえし、

北西の隣国、スベルナニアの力を借りて独立、建国した歴史を持つ。

以来、ヨルドとは幾度と無く武力衝突を繰り返してきていた。

元来、農業が主産業のスルトは、軍事力ではヨルドに敵うはずもなかった。

スルトの自立は、スベルナニアの後ろ盾があってこそ成し得ていたのだった。

しかし、さかのぼる事5年前、スルトとヨルドは不可侵条約を締結する。

この年、スルト、ヨルド両国を襲った寒波の影響で、両国の国力は著しく低下していた。

この事態を重く見たグリード・カルラ国王がヨルドに働きかけ、締結の運びとなったのである。

しかし、条約締結にあたり、ヨルドはスルトに対して領土の一部の返還を条件とした。

苦渋の決断ではあったが、この条件を飲むことにより、スルトはヨルドとの武力衝突に歯止めをかけることができたのである。

結果、ヨルドとの国境は東側の山脈を越え、ナリス川を境とする現在の勢力図ができることになった。

これを受け、スルトはナリス川流域、および河口に砦を建造する。

キルク砦・ザボン砦・カーン砦がそれである。

ナリス川流域に沿うように建造されたのがキルク砦である。

全長20ミル(1ミル=1km)、高さ20テラ(1テラ=1m)を誇る城壁をもち、東の守りの要となっている。

そして、このキルク砦の内側、王都を囲むように城壁を展開しているのがザボン砦である。

スルトの最終防衛線ともいえるこの砦には、近衛兵や親衛隊などの精鋭部隊が常駐している。

最後に、ナリス川河口に位置し、ヨルドに対しての最前線となっているのがカーン砦である。

他の2つの砦と違い、索敵の為の塔が一際高く、その高さは75テラを誇る。

これはこの砦が防衛だけでなく、戦時における攻撃拠点としての性質も持ち合わせているからであった。


このカーン砦を守備しているのは、レドム・カルロである。

レドムは智勇に優れ、その華麗な剣捌きから「白き風」の異名を持つ、スルトが誇る将軍である。

そして、この砦にはもう一人の将軍がいる。

ギエン・ザルク、レドムとは対照的に、武力に長けた猛将である。

その勇猛果敢な戦ぶりから「黒き風」の異名を持つ。

この二人が守備するカーン砦は、正に大きな壁としてヨルドの前に立ちはだかっていた。

カーン砦に国王暗殺の一報が届いたのは、その日の昼さがりであった。

一報を受けたレドムは、急遽ギエンと参謀のテジムを自室に呼び寄せた。

ギエンとテジムが部屋に着くと、レドムは肩を震わせながら立ち尽くしていた。

その手には一通の書簡が握り締められている。

「レドム殿、いかがなされた?」

テジムが立ち尽くすレドムの背後に近づきながら尋ねた。

「・・・王が・・・暗殺された・・・・」

怒りとも悲しみとも聞き取れる、震えた声でレドムは答えた。

「王が!?」

ギエンが血相を変えて、レドムの手から書簡を奪い取った。

「な・・・なんと・・・」

書簡を見て、普段は冷静なテジムも取り乱していた。

「ヨルドの仕業か!?」

ギエンは今にも飛び出して行きそうな剣幕だった。

「ギエン、落ち着け。」

冷静さを取り戻したレドムはギエンをなだめると、二人に席につくように言った。

「私も正直戸惑っている。しかし、この一件・・・」

「一概にヨルドの手の者の仕業、とは言い切れませぬな。」

テジムは顎を摩りながらレドムの言葉に続いた。

その言葉を聞いたレドムも頷いていた。

「何故だ!?ヨルド以外にどこが・・・スベルナニアとでもいうのか!?」

レドムは軽く首を振ると、諭すようにギエンに語りかけた。

「ギエン、よく考えてみろ・・・今のヨルドには王を暗殺する理由がない。」

「レドム殿の言うとおりです。確かにヨルドはわが国の領地を欲してはいます。が、先の不可侵条約の手前、今は派手に動けませぬ。今動けば、周辺国が黙ってはおりますまい。」

二人の言葉を聴いたギエンは、腕組をしながら黙っていた。

「テジム・・・今回の一件、ヨルドは知っていると思うか?」

レドムが聞いた。

「それは、しばらくすれば分かるかと。」

「ふむ・・・それはヨルドから使者が来るという事だな?」

「左様で・・・」

ふたりの会話を黙って聞いていたギエンだが、さっぱり理解できなかった。

「悪いが・・・俺にも分かる様に言ってくれまいか?」

レドムはそんなギエンに苦笑いした。

「ギエン殿、先に申し上げた通り、ヨルドには王を暗殺する理由はありませぬ。」

テジムがギエンに説明を始めた。

「今の時点で、ヨルドがこの情報をもっているはずはない。そういうことだろ?」

「その通りです。が、もし情報をもっているとすれば・・・何故情報を得ることができたのか?」

「まさか!?内通者がおるとでもいうのか!?」

テジムは黙って頷いた。

「ギエン、もしヨルドから使者が来た場合、それが宣戦布告となるだろう。」

レドムの言葉にギエンは黙って頷いた。

「テジム、至急戦の準備にかかれ。ヨルドに気取られぬようにな・・・」

「かしこまりました。」

テジムは一礼すると席を立った。

「ギエン、悪いがお前に頼みたいことがある。」

「ほう?珍しいな・・・」

「お前にしか頼めないのだ・・・サロに行って欲しい。」

「サロ・・・か。分かった、引き受けよう。」

ギエンは「サロ」と聞いて、レドムの意向を瞬時に悟っていた。

「すまない。私は今、この地を留守にすることはできん。」

「気にするな。しかし、今回は少々強引な手段を取らさせてもらうぞ?」

「お前に頼んだ時点で、それは折込済みだ。」

ギエンは高笑いしながら部屋を出て行った。

レドムは机の引き出しから、一本の短剣を取り出した。

「・・・父上・・・」

レドムは短剣を見つめながらその目に泪を浮かべていた。


サロ・・・スルト南東部の小高い丘にある小さな村である。

この村には数多くの風車がある。

この風車を村人たちは「サロ」と呼ぶことから、「風車の村」という意味でこの村は「サロ」と呼ばれるようになった。

この村にギエンが訪れたのは国王暗殺の翌日だった。

ギエンは村に入ると、村長の屋敷を訪ねた。

「おお、ギエン。久しいな。」

村長はギエンを見かけると、にこやかに笑いながら手を差し伸べた。

この村長の名は、カシム・スエンという。

以前はスルト軍にいたが、娘のサラが生まれてすぐに妻が他界したため退役した。

軍にいた頃は、レドムとギエンの上官だった。

赤い鎧に身を包み、鬼神の如く敵陣に突き進むその姿から「赤き風」と称えられた武人でもあった。

その功績が故に、国王は退役するにあたりカシムをサロの村長にしたのである。

ギエンはカシムの手を握り返すと、同じように笑みを浮かべながら答えた。

「カシム殿もお元気そうでなにより。」

「今日はどうした?」

「うむ・・・」

「昔話をしにきた・・・という訳ではなさそうだな。」

「アドルは・・・?」

ギエンは屋敷を見渡しながら聞いた。

「あいつは今、村の大風車の修復にでかけている。」

「そうか・・・」

「サラを呼びに行かせよう。」

「いや、まだ結構。その前にカシム殿に折り入ってお話したいことがある。」

「・・・分かった。茶でも入れよう。入ってくれ。」

カシムはギエンを部屋に招き入れた。

テーブルに着いたギエンに茶を運んだカシムは、彼の正面に座った。

「・・・で?此度はいかような用件でここにきたのだ?」

ギエンは口にしていたコップをテーブルに置くと、言葉を選びながら口を開いた。

「カシム殿・・・昨日、国王が暗殺された。」

カシムはギエンの言葉を聴くと、一際険しい表情になった。

「それは誠か?」

ギエンは黙って頷いた。

「まさか・・・いや、今のヨルドがそんな愚かな事をするはずはない・・・では、一体誰が?」

「レドムはこの国に内通者がいると言っていた。」

「内通者・・・つまりは裏切り者・・・か。」

「今の時点で、ヨルドがこの情報を持っているかどうかは分からん。」

ギエンの言葉を聴いていたカシムは何かを思い出したような表情をした。そして、納得したかのように口を開いた。

「いや、恐らくは知っているのだろう。3日ほど前からヨルドの商人が来ていない。」

「では・・・やはり・・・」

カシムは頷くと、サラを呼びつけた。

「何、お父さん?」

扉が開き、一人の女性が入ってきた。

ギエンが見ると、サラは細身で女性の割には背が高く、肩にかかった栗色の髪が美しい女性であった。

年は二十歳前後といったところであろうか・・・

サラはギエンを見かけると、軽く会釈をした。

「サラ、紹介しよう、ギエン将軍だ。」

「はじめまして。娘のサラと申します。将軍の事は父からよく聞かされていました。」

サラはギエンに手を差し伸べた。

ギエンはその手を握ると、照れくさそうに答えた。

「カシム殿のお嬢様がこれほど美しくなっておるとは・・・」

それを聞いたサラは軽く会釈をしながら応えた。

「美しいだなんて・・お上手ですね?」

カシムも頷きながら応えた。

「うむ・・・少々おてんばが過ぎておってな、嫁の貰い手もおらんのだ。」

「お父さん!?」

カシムは高笑いをしながらサラをなだめると、アドルを連れてくるように言った。

サラが出て行った事を見届けたカシムは、その後姿を見ながら呟いた。

「また・・・戦になる・・・か。」

ギエンは黙って頷いていた。


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