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理論と実践

 森の前に、騎士が整列している。見映えより実戦向きの騎士を中心に編成してほしいと言ってあったが、王子が二人もいるので、その護衛として近衛騎士も多く編成されているそうだ。良く見ると服の色や装飾が少し違う気がするが、知識が無かったのでどちらがどうなのか分からなかった。おそらく、ちょっと豪華に見える方が近衛なのだろう。顔はどいつもこいつも無駄に良い。


 その中に、サラとライナスも混じっている。ライナスは自前の装備で身を固めているはずなのだが、騎士たちとほとんど同化している。逆にサラは学園の制服姿なのでものすごく悪目立ちしていた。一応、装備を貸そうかと提案はしたのだが、重くて慣れないものは要らないと断られた。それは一理ある。周囲からの浮きっぷりも本人が気にしていないようなので放っておこうと思う。


 中央にいる騎士団長の隣では、マクシミリアンが緊張の面持ちで立って、真っ直ぐ森に目を向けている。その手に、私たちと繋がるようになっている通信機を持っているのを確認して、私も彼と同じく森の方へ目を向けた。


 学園との境となる森の入り口には、昔から結界が張られている。だが、それは本来弱い魔物しかいないこの森で、それらの魔物が「ちょっとあの方向に行くのは嫌だな」と思う程度の効果しかなく、人も魔物も、通り抜けようと思えば難なく抜けられる。

 森の奥にある魔力溜まりに引き寄せられてか、強い魔物も見掛けるようになった現在、その結界は何の意味も成していない状態だ。


 勿論、私の元に話が来るまでの間、大人たちが何もしていなかった訳ではない。

 ここにはすぐに王宮に勤める魔法使いと騎士が派遣され、魔物が森からあふれ出てくる事のないよう厳重に管理されていた。一日のうちの何時間かは、増えてきた魔物を討伐する時間を設けていたようだ。その際に、魔力溜まりの様子も見に行ってくれていた。

 読ませてもらった報告書の内容は分かりやすく、おかげで最短ルートで辿り着けそうだ。残念ながら、せっかく完成に近づいた即席ラーメンの出番は無さそうだ。今度実家に送りつけておこうと思う。


「フェルトン、わたしたちも行こう」

「はい」


 アルフレッド王子の言葉に頷き、馬車内で待機していた私たちが外に出ると、騎士からどよめきが起こった。

 私たちは今、全員が同じ黒いローブを着用している。目深にフードを被り顔を隠した状態で、いかにも怪しい集団だ。どよめきはそのせいだと思う。


「フェルトンは小さいからすぐ分かるけどねぇ」

「エリオット様は、森に入ったらフード取ってもいいですよ」

「なんでさ。このローブ防御機能ついてるから、被ってる方が安全なんだからね」


 エリオットはなんだかちょっと楽しそうだ。その横でアルフレッド王子が苦笑していて、オスカーが不服そうにしている。

 仕方がなかったのだ。

 影武者たちの解呪は、結界張りが無事に終わってから取り掛かるという話で纏まった。となると、王子と瓜二つの彼らの姿を他の人々に見られる訳にいかない。

 それと、すっかり痩せて美少年に豹変したオスカーが無駄にきらきらしいオーラを振り撒くのが邪魔で邪魔で邪魔だったので、全員にローブ着用を強制する事で彼を黙らせたのだ。


 ちなみにこのローブだが、歴代の影武者たちが愛用する品で、物理防御、魔法防御に加え、存在感を薄くする効果もあるらしい。そしてそのフードは被っている間、どんな風でも外れないという。そこまでいくともはや呪いのレベルに達していそうな効果だが、絶対他人に容姿を見せられない暗殺のプロが使ってきただけある。


「では、計画通り、森の最奥に私。フレッド様とスピアー様はその手前、アルフレッド殿下とオスカー殿下は彼らと、エリオット様は私が到着次第、私と向かい合う位置になるように調整してください」

「了解」


 スピアーというのはオスカーの影武者の名前だ。オスカーがそう名付けたらしい。アルとフレッドと呼び合う兄たちよりは少し考えた感があるような、無いような。


 結界というのは、境界線を決めなければうまく張れない。その境界となる線の基点となる場所をいくつか定め、それを繋ぐように線を広げていく事で結界が張れる。

 今回は六人。それぞれ、火、水、風、土、光、闇の魔力を放出し、そのバランスを完璧に保った状態で混ぜ、一つの大きな結界になるように術式を練り上げる。

 一応、手のひらサイズくらいで試しては見たものの、他人の魔力と混ざる感覚というのが、なんだか全身ぞわぞわするのだ。練習でもあまり回数を重ねるのは精神衛生上良くない気がした。

 エリオットはそれが未知の感覚で楽しかったらしいが、他の面子も顔をしかめていたので私と同じ感想だろう。

 見守っていたサラは何か思い出したようで苦しそうに「そう…せい……がっ…たい……」とか呟いていたが違うからな。これ、やってる間ものすごく気持ち悪いからな。というかこいつの前世での守備範囲どうなってるんだ。ちょっと前のロボットアニメも見てたのか。まさかあれって学園モノに含まれるのか。


 そんな事を考えつつ、私たちは既に森の中を猛スピードで進んでいる。

 最短ルートは頭の中に入っている。魔力溜まりに近付くにつれて強い魔物が出やすいが、一番待機時間が長いのは、動いている私たちより、一番初めに立ち位置に着くエリオットだ。

 彼の魔力を無駄に消費させられない。なので、彼の周囲に一番多く騎士を配置している。王子組の護衛騎士には、手練れの老騎士と近衛騎士、そして影武者組にはこっそり、暗殺部隊から騎士の格好で参戦している者が多いのだそうだ。

 この辺の配置をしたのはマクシミリアンなので、私は正直よく分からない。ただまあ、次期宰相と言われる彼の頭脳で導き出された采配なら確かなのだろう。たぶん。


 なぜたぶんかというと、そのマクシミリアンが私の護衛として配置した二人のせいだ。

 空から鋭い嘴で狙ってきた鳥形の魔物を平手打ちで倒しているサラと、木に擬態し、しならせた枝で私をからめとろうとしていたのを、素振りでもするように滑らかな動きで叩き切っているライナスという、この二人。

 たった二人、されどこの二人。ここだけ戦力が突き抜けている。対魔物という点で、ライナスの経験値は既に王都の騎士よりずば抜けている。なのでライナスだけ連れて、サラはマクシミリアンの元にでも護衛として残すつもりだったのに、結局サラも着いてきてしまった。そして二人とも久しぶりの戦闘で張り切っている。正直、目標地点まで私の出番はないと思う。

 私の進む道が一番奥なので、皆、途中までは同じように進む。その先頭に配置された二人が大暴れしているので、後ろの騎士たちも私たちと別れるまでほぼ出番はない。

 これほど楽な行軍は他にないに違いない。二人の戦闘が見える位置にいる騎士たちは皆がみんな、遠い目をしていた。


 円形に広がる予定の私たちは、次々と別れていく。ほとんど止まることなく走り抜けているおかげで、予想していたよりだいぶ早く、私たちはたった三人になった。


「あと少しだな……むっ……」

「んー、なんか、この辺り急に空気が重いね?」


 さすがに息を切らせながら、ライナスとサラが眉をひそめる。

 私は二人に頷いた。


「魔物というか、魔力溜まりから出る瘴気だと思う。だいぶ濃いから、あまり吸わない方が良い」


 魔物というのは、本来の許容範囲外の魔力を取り込んでしまった動物の成れの果てだと言われている。人だって、吸い込み過ぎればどうなるかわからない。


「そうか……そういう意味でも急いだ方が良さそうだな」

「だね……あ!」


 上ばかり気にしていたサラが木の根に足をひっかけ、体勢を崩す。サラの前にいたライナスと私は、気がついて手を伸ばしたものの、あと少しの所で空を切った。


「えっ嘘!?」

「サラ!?」


 無防備に、後ろ向きで倒れていくサラ。

 同時に、あまりに強い魔力を感じて全身が粟立った。

 サラの背後、本来なら地面であるはずのそこに、大きな暗い穴が開いている。そこに、無数の手のようなものが蠢いているのが見えた。

 咄嗟に放った光魔法が、その手を散らす。瘴気が濃すぎるせいか、完全に消し去る事は出来なくて、既に、いくつかの手がサラの手足を掴んで穴の奥に引きずり込んでいる。


「ひっ! 嫌だぁっ!」

「サラ! くそっ!」

「待てアルマ!」


 飛び込もうとした私を、ライナスが止める。

 それはそうだ、正体不明の相手に闇雲に飛び込むなど馬鹿げている。何より大事な仕事が目の前に控えている超一大事だ。

 そう冷静に思う一方で、私の体は勝手に動いていた。

 ポケットから乱暴に取り出した魔石を彼に投げつける。


「ライナス、今すぐ私が行くはずだった地点へ行け」

「なんだと?」

「魔力量的に、その石で結界は張れる。細かい調整は皆に任せるから合わせてくれるよう伝えて」

「アルマ!」


 再び引き留めようとするライナスの腕を強引に振りほどき、私は穴に飛び込む。サラの姿はもう見えなくなっている。


「ライナス! 頼んだからな!」


 水に入る時のように吸った息を止め、私は奥深くを目指して潜り込んだ。







 誰かが泣いている。

 辛そうに、悲しそうに。子どもが泣いている。


 どうしたの。

 なんで泣いているの。


 きっと、かつての幼馴染みなら優しい声でそう訊ねたはずだ。なかなか周囲に馴染めなくて、一人だった私にそうしてくれたように。


「……サラ」

「! アルマ!!」


 涙で濡れた声が私の名前を呼ぶ。なるほど。今、お前を泣かせているのは私なんだな。

 疲れに抗って瞼を持ち上げると、私にしがみついているサラと目が合った。


「……怪我は?」

「無いよ……アルマも見た感じは無さそうだけど」

「うん、平気」


 あの手の群れに迎えられるのが予想以上に気持ち悪くてちょっと意識を失っていただけだ。精神以外にダメージはない。

 起き上がると、サラはぺたりと地面に座ったまままだ涙を流していた。


「サラ? やっぱりどこか痛――」

「ごめん、ねぇ……えぐっ……足、ひっ、引っ張っでぇ……!」


 なんだ、そんな事かと思ったが、私は苦笑してデコピンをお見舞いしておく。どうせサラの防御力では効かないが。


「あ痛っ……くないけど……」

「それでおあいこ」


 納得していないようだが、私が周囲を見回したのを見て話を進める必要性は感じたようだ。


「状況的には地面の下、なんだと思うんだけど」

「……ダンジョン、だよな」

「……よね」


 形がいびつであちこち中途半端だが、領内のダンジョンと良く似た、壁が石と土で出来た部屋だ。魔物の気配は今のところ無いが、何も無さすぎてかえって気味が悪い。


「完成はまだでも、もう出来始めていたって事か……」

「どうしよう、アルマ……」

「どうって、攻略するしか無いだろう。見たところ上に出口は無さそうだし」


 たぶん、二人とも落ちてきたと思うんだが、天井は土の壁で、あの気持ち悪い手も見当たらない。


「こうして本当にダンジョンになりつつあるという事は、魔力溜まりの中心で既にダンジョンの核が出来ている……と考えられる」

「それを壊すのね……」

「うん」


 出来れば完成する前に壊してしまいたい。そうすれば、爆発もなく、ゆるやかに収束していくはずだ。分かっていない事のが多いから、全部仮説だけど。


「行こう。何でも良いから、何か気付いたらすぐに言うこと」

「分かった」


 神妙に頷くサラに向けて、手を差し出す。

 幼馴染みのようにはいかないかもしれないけれど、努めて優しい笑顔になるよう、口角を上げる。


「もう、転ばないように」

「……っ、うん」


 重ねられたサラの手を、私は強く握りしめる。お互いの手がちょっと震えているのは分かったけれど、一緒に歩き始めた私たちがそれを指摘し合う事はなかった。

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