しょうねんたち
震える足を叱咤しながら走り続け、俺は今起きた事を皆に説明した。通信機越しに、全員の空気がピリピリしているのを感じる。誰もが想定しなかった事が起きているのだから当然ではある。
『肝心のフェルトンが居ないって、たちの悪い冗談だよね』
「エリオット」
『その上、ぼくたちだけで結界を張れ? 寝言は寝て言ってよ』
怒りに任せたエリオットの発言。時折声が揺れているのは、移動しているせいかもしれない。
『ライナス、聞こえる?』
「ああ、聞こえている、アルフレッド」
エリオットの文句を遮るように、アルフレッドの声が聞こえてくる。落ち着いた声音に、俺の急いた気持ちもいくらか鎮まったような気がした。
『二人は地面に開いた穴に飲み込まれたんだよね?』
「ああ、穴から、魔力の弱い俺でも分かるくらい強い魔力が放出されていた。アルマの光魔法でもほとんど散らせていなかった」
そして、サラだけでなくアルマまで飲み込んだ穴は忽然と消えてしまった。
『……もしかしたら魔力溜まりの一部が移動して現れたのかもしれない』
そう引き継いだ冷静な声は、アルフレッドの影武者であるフレッドだろう。スピアーの声は今のところ長文で聞いたことがない。元々、ものすごく無口らしいが。
『魔力溜まり……いや、もはやダンジョン核となっている可能があるが、それが、より大きなダンジョンを作るのに必要な魔力を集めているのかもしれない。だから、二人の魔力に反応したんだろう』
「二人……しかし、サラは」
『黙っていてすまない。あの少女は、ここにいる誰よりも強力な魔力を持っている』
『それは、どういう事だ!?』
フレッドの言葉に苛立った口を挟んだのはマックスだった。彼もまた、普段の冷静さを欠いているようだ。
『あの少女は……俺たちの同胞だ。体を蝕むほどの強い魔力を持っている為、産まれてすぐ、魔力を封じて平民として育てる事になった。幸い、現王家に影を必要とする姫は居なかったから』
まさかこんな所で再会するとは思っていなかった。
そう続けられた衝撃の告白に、誰もが言葉を失う。
『スピアー、事実かい?』
『……はい』
オスカーの問いかけに、スピアーが答えた。息を飲んだのは、俺だけではないだろう。
なんという事だ。そんな偶然があって良いものなのか。
『……その事実を、サラさんは知らないんだね?』
『知らないでしょう。育ての親に知らせていないのですから……陛下も、もしかしたら御存知ではないかもしれません。それくらい、秘密裏に行われた事でした』
彼女は平民だったが、今は男爵家に引き取られている。元いた村で評判だった見目と溌剌とした性格を見込まれての事だったらしい。こう言っては何だが、彼女のような容姿の少女が辺鄙な村にいたら確かに目立つだろう。
その男爵は新興貴族で、彼女を通じて貴族社会に繋がりが出来ればという多少の下心あっての養子縁組ではあるものの、普段は温厚で、自由で活発なサラの奇行を受け入れられる度量を持った人物。彼女の出自に気づいていたとは思えない。
『……それで。どうするの?』
再びエリオットのぴりついた声が響き、空気が変わる。
『核が、二人の魔力を吸おうとしていると仮定して。ぼくたちはフェルトンの言う通り結界を張るの?』
張る予定だった結界は、中から外への通過が一切出来なくなるタイプのもので想定されていた。二人が捕らわれているかもしれない状況でそんなものを張ってしまったら、二人は……
「それよりぼくは、皆で核を壊しに行く事を提案するよ!」
通信機越しではなく、直接響いたエリオットの声は、瘴気うずまく森の中でもよく聞こえた。
顔を上げるとやはり、息を弾ませたエリオットがそこに立っていた。
その隣には、アルフレッドとフレッド。
そして、反対側からオスカーとスピアーが走ってきている。
「皆……!」
「騎士たちはなんとか帰したよ。あのまま待機するより、森の出口で、出てくる魔物を倒す方が効率が良いからね。それなら交代で休む事も出来るから。だからマックス、宜しくね」
『了解した』
短くも頼もしいマックスの返事に、皆の顔に笑みが浮かぶ。
「それで、どうする? エリオットの案に乗るの?」
改めて問いかけたのはアルフレッド。それには、オスカーが不敵に笑って答えた。
「何も言わずここに集まった時点で同じ気持ちだよ。可愛い女の子たちを犠牲になんて、絶対にさせやしない」
「なら、決まりだね」
この面子では、自然とまとめ役となるアルフレッドがてきぱきと話を進めていく。
先頭は、魔力の探知が上手いエリオット。その横に俺が。アルフレッドとオスカーを挟んで、後列にフレッドとスピアーが立つ。
迷わず走り出したエリオットと並んで、俺は話しかけた。
「エリオット、これを預かってくれないか」
「……それ、フェルトンが言ってたっていう魔石?」
「ああ」
少しの間考えてから、エリオットは首を横に振った。
「ライナスが持ってて。ぼくの魔力はフェルトンと相容れないから、ぼくが持っていると石に悪影響があるかもしれない。それに、預かったのはライナスでしょ」
「……そう、か」
「それに、その石の力はライナスを守ってくれると思うよ」
「……わかった。失くさないよう気を付ける」
強力な結界を張れるほどの、光の魔力が込められた魔石だ。確かに、持っているだけで最強の守り石になるのだろう。
石を懐にしっかりとしまって、俺は別の話題を口にした。
「魔力溜まりの正確な位置は分かるのか?」
「森の外にいた時はずっとぼんやりしてたけど、この辺りまで入ってきたらすごくはっきりした。でも、一番強い中心の他に、フレッドの言う通り、所々移動しているというか、飛んでいるやつがある。二人が落ちたのはその飛んでるやつなんだと思う」
その「飛んでるやつ」とやらは、魔力に惹かれて集まってきた魔物を見つけて飲み込んでいるのだろうとエリオットは続けた。
正確な仕組みは分からないが、そうやって飲み込んだ魔物の魔力を取り込んで、ダンジョンが出来上がっているのではないだろうか。完成時に膨大な魔力の暴発と呼ぶべき大爆発が起きるのは、取り込み過ぎて余った魔力を発散する為だったりするのかもしれない。
「なるほど」
「ぼくたちは真っ直ぐ中心に向かってるけど、そこがどうなってるか分からないし、瘴気も更に濃くなると思う。例の移動するタイプのやつには気をつけてね」
俺を除いた全員が高い魔力を持っている。狙われる可能性は大きいだろう。
「……サラさんはともかく、フェルトンの魔力属性は光だから、本来なら魔物は歓迎しないはずだよ。二人が合流できれば、呑み込まれてすぐにどうかなってしまうって事はないと思うんだ」
誰もが気にしていた二人について、アルフレッドはそう仮説を立てた。
「それは……少しは猶予があるという事か?」
「一人より、二人の方が安全性は高いんじゃないかなという程度。猶予については……ごめん」
「いや、アルフレッドが謝る事ではないだろう。俺こそ、二人の側に居たのに何も……」
俺の腕を振りほどき、迷わず飛び込んでいったアルマ。その後ろ姿が、肩越しにこちらを見ていた強い視線が、脳裏に焼き付いて離れない。
「ストップ! アルフレッド兄さん、ライナスも、そこで謝罪するのは美しくないよ!」
耐えきれないと言うように、オスカーがフードを外しながら歌うように叫ぶ。
無駄に良い声をしている。
「過去に囚われるより、これからの事を考えようじゃないか!」
スピアーが、その後ろでこくりと頷きながらオスカーのフードを被せ直している。
とても良い事を言ったはずなのに、彼に言われると何故だか腹が立つ。
おかげで、脳裏に焼き付いていたはずのアルマの姿が薄まって、なんとなく残念な気持ちになった。
本人の居ぬ間に大暴露しましたサラの設定。
簡潔に説明する為、封じたと言っていますが、実際は体のある部分に魔法陣を刻んであって、それが魔力を防御力に変換するようになっています。元ヒロインチート能力だと本人が思っている鉄壁の防御力の秘密はこれでした。




