Part55 デスクトップミュージック
「はぁ……っ、ランカー滅茶苦茶過ぎんだろ……」
さて、あの地獄のような乱戦から抜け出すことは思ったよりも容易であった。
更に追加で乱入してきたランキング4位の『インド大狂乱』によって戦況がめちゃくちゃになり、その隙に逃げ出すことができたのだ。
路地を駆けながら生存者リストを確認すると、残っているのはあと十人程度。いずれも二つ名持ちであり、殆どがランカーである。
ひとまずあの乱戦は置いておいて、単独行動のプレイヤーを狩ろう。
そう思い、有利な地形を探そうと走る俺を、凍えるような悪寒が襲った。
「『速興師』……だよね? はじめまして」
NPCの多く集まる大通りで、俺と相対する男は不気味な程に抑揚のない声で喋った。
手にはギターを持ち、背中にはドラムセット一式と複数の金管楽器が背負われている。
金管楽器はそれぞれが一つの管で繋がって口元に伸び、それぞれから細い糸が伸びて手足へと複雑に接続されていた。
よく見ると、ギターには鍵盤が備え付けられており、キーボードとしても使える特殊なものであるらしい。
他にも複数の楽器があるようだが、とにかくかなりの数の楽器を彼は背負っていた。
それが彼特有のファッションなのか、それとも本当に一人で全てを弾く気なのか。
十中八九、後者だ。
「実は僕、君に会いたかったんだ。最近は引退以外でランキングが動くことなんてなかったから、気になって」
彼の言葉に、俺は辛うじて相槌をうった。
意識が空気に飲まれそうになるのをどうにか押さえつけ、ギターを構える。
それを見て、彼は——『DTM』の異名を持つランキング一位のプレイヤーは、嬉しそうに笑った。
「——じゃあ、戦おうか」
「——っ!!」
シッと鋭い音を立てて、疾風が頬を掠める。
俺がそれを回避した瞬間、既に彼は俺の側へ接近して次の旋律を奏で始めていた。
楽器類は一見無秩序に詰め込まれているようで、その実全てが合理性に基づいて構築されているのだろう。
複雑な手足の動きでもって彼は全ての楽器を寸分違わぬリズムで正確に演奏してのけた。
業火が一瞬で燃え盛り、空気を切り裂くような冷気が奔ったかと思うと、一呼吸で爆発が起きる。
明らかに一人から生じる密度の攻撃ではないのだが……このゲームには「ユニゾン」と呼ばれる合体攻撃が存在する。
本来ならば複数人の演奏が合わさって始めて発動する攻撃なのだが、それを彼は一人で行っているのだ。
「無茶苦茶過ぎんだろ……!!」
「ああ、よく言われる」
地面から生じた氷柱を逆に足場として利用し、俺は屋根の上に飛び移りながらギターをかき鳴らした。
残留するタイプの強力な毒ガスを風の旋律でばら撒き、更にその上から炎の弾幕を張る。
眉一つ動かさずに『DTM』は攻撃を打ち消しつつ此方へと迫るが、俺は魂の速弾きによって更にそこに光線を撃ち込み、ついにはその内の一本が彼の肩を穿った。
「へえ……そんなに速く弾けるんだ」
当然一発で倒せるはずもなく、彼は未だ余裕そうな表情でユニゾンを撒き散らす。
焔の攻撃を数発身体に掠らせながらも、俺はどうにか致命傷を避け続け——ふと、上空から接近するもう一つの気配に気づいた。
「——あっぶね!!」
「……外したか」
すんでの所で『師範』の奇襲を回避し、二人の位置が見える場所に退がると、戦場が三つ巴の形へと変化する。
俺VS『師範』VS『DTM』
一見、更にマズい状況になったように見えるが……しかし、これはうまく利用できそうだ。
いくら『師範』がランキング三位とは言え、ランキング一位を相手にするのはキツイだろう。
(ここは協力しよう)と、ペストマスクにアイコンタクトを送る。
彼は意図を理解してくれたようで、しっかりと一つ頷くと、円盤が沢山ついた赤い板のような謎楽器を取り出して『DTM』の方を向いた。
急造ではあるが、こちらもバンドを組むことが出来た。俺が合わせていけばユニゾンを発動することも可能だろう。
これで条件としては同程度になったはず。
……そう、考えた瞬間。
「じゃあ、お終いにしようか」
そう言って、『DTM』は自らの喉を抑える。
そしてそのままチューニングをするかのように手を動かし、一つ咳払いをしてから、彼は自らの演奏に合わせて妙に平坦な声で歌い始めた。
「——がッ!?」
瞬間、俺の横にいた『師範』が吹き飛ばされ、爆発四散する。
「えっ」
次いで、反応するよりも速く冷気が地を疾り、急造された氷塊で俺の足を縫い止めた。
速い。あまりにも速すぎる。
『DTM』の演奏に歌が加わった瞬間、攻撃は明らかに先ほどまでよりも速く、強力なものへと変貌した。
このゲームにおいて、人の声はヨーデルのような特殊なもの以外、楽器に含まれていない。
故に、本来ならば彼が歌ったからと言って攻撃が強くなるはずがない。
……だが、しかし、「歌を歌う楽器」は存在する。当然、それが重なればユニゾンが発動する。
つまり——
「人力『ボーカルシンセサイザー』……ってことかよ」
真の意味で彼の異名を理解した俺は、もはや抵抗すらできずに、奔流する光の中に飲み込まれて行ったのだった。




