わわわ儂がななななんとか……! その3
お姫様だっこをされ、メス顔で小鉄を見つめていたホタルだが、口元に違和感を覚え、怪訝な表情を作る。
(な、なんじゃあ!? 口が勝手に動くぅ!?)
「ったくよぉ……そもそもはパン屋の煙突から煙が出てたのと、小麦のことと、魔物……じゃねえ、俺……じゃねえ、儂の乗り物の小鉄について知りたかったんだろ? だったら、おとなしくしてな。教えてやっからよぉ」
小鉄の腕の中にいるホタルの口から『待たせたな』、『手術一回二千万』、『勃起!』等の幻聴が聞こえてきそうなスペシャルなバリトンボイスが響いた。
そのことに一番驚いているのは、当のホタルである。
(この声……儂の声じゃない。これは……)
ホタルはそ~っと地面を見る。
いた。小鉄の足下。ニヒルに唇の片端を上げた愛らしい子犬のプニ。
プニはホタルと目が合うとニヤリと嗤う。
(もしや、魔法で儂の声帯を操っておるのか? 待て待て、それなら儂の声が出るはずじゃ。とすると、儂の顔筋を操って自分で喋っている……儂は腹話術の人形ということか? ということは、プニは何やら策があって儂に喋らせようとしている……)
とあることに気づき、ホタルのテンションが瞬間で爆上がりする。
(このシチュエーションって……あれじゃん! 見た目は子供! 頭脳は大人! の、あれじゃ! 眠りの小○郎じゃあぁぁぁぁ!! ヒャッホー、心がピョンピョンしまくりじゃーい!! く~! さすがは魔王デュガウル・ゾガレグ・ビュ・レグゾゾンガ様じゃ! 頼りになるのぅ!)
そうとなればと、ホタルは小鉄の腕の中で頬杖をついて目を閉じ、足を組む。
(これこれ! このスタイル! これでパーフェクトに眠りの○五郎じゃあ~!!)
興奮に頬を紅潮させるホタルに向かい、盗賊の兄貴分が苛立ちと憤りを露わにした怒声を浴びせかけた。
「な……なんなんだよ、フルチンジジイ! さっさと教えろよ!」
その様子にホタルの口からニヒルなバリトン微笑が漏れた。
「そう慌てるなって。モテねえぜ?」
ホタル(だけどプニ)の煽りに、盗賊達は殊更努筋を浮かべ、歯を鳴らす。
「まずは小鉄についてだな。ご覧のとおりだ。こいつは魔法で作った儂の乗り物だ。ほら、しっかり見てみろ。儂……乗ってるだろ? 盗みをするためなんかに造ったんじゃねえ。こうして、儂が乗るために造ったんだ。どうだい? すげえだろ?」
「なっ、何言ってやがる! オレ達は、そいつに追いかけられてだなぁ……」
「証拠は?」
「なんだとぉ!?」
余裕綽々のプニの対応に、ホタルは心の中で枕を抱きかかえゴロゴロと転がった。
(んあ~~~~!! プニさんかっこええんじゃ~!! こんなかっこいい台詞を儂が言ってるかと思うと天井知らずのテンションアップじゃ~い! かっこいい、惚れる……強い男っていいの……う?)
プニの漢ぶりに萌えゴロゴロしていたホタルだったが、何やら妙な気配を覚え、萌えゴロゴロを中断させた。
(な、なな、なんじゃ、この感じ……心にザワザワしたものがふれておるような……なんかもやしの根っこみたいな細いものが無数に……お、おお? 何か……探っとるのか? これ、ちょっと……な、なんじゃー? ん、んんー?)
心の中で狼狽えるホタルを放置して、プニは盗賊達に畳み掛ける。
「証拠はあるのかっつってんだよ。儂の大事な乗り物の小鉄が、てめえらを追いかけたり、小麦を盗んだりしたって証拠がよ」
「そんなモン、オレ達が言ってんだから、それが証拠だろうが!」
「ハッ! か弱い女達の弱みにつけ込んで小麦強奪なんてしょぼいことする奴らの言う証拠なんざ信じられるかってんだ」
「だ、だったら、なんで小麦のない町のパン屋の煙突から煙が出てたんだよ!? オレ達から盗んだ小麦でパン作ったんだろうが! それは立派な証拠だろうが!!」
口角泡を飛ばす兄貴分に向かい、ホタル(中身はプニ)は漢の色気満載のバリトンボイスで応えた。
「……小麦はなぁ……あったんだよ。つーかな……あるようにしたんだよ。この儂様……ホタル様がよ」
「なんなんだよ! どういうことだよ!? てめえが小麦を産んだとでも言うのかよ!?」
「そうだ」
「は?」
(えっ!?)
「小麦は……儂が生んだ!!」
はっきりと! きっぱりと! 雄々しく! プニは叫んだ!! ホタルの口で!!
盗賊、町の住人、そして……ホタル。全員が全員、呆然とする。
眠りの小五○イベントを楽しんでいたホタルだったが、閉じていた目をじわっと開き、ぽそっと呟いた。
「……………………どうやって?」
(リアルボイス)ホタルの疑問に、(プニ以外の)全員がかぶり気味に突っ込んだ。
「「「「こっちが聞きたい!!」」」」
そこから盗賊達は勢いづく。
「だったら今すぐ産んでみろ!!」
「そうだ! 産むとこ見せやがれ!!」
「オラ、さっさとしねえか!!」
矢継ぎ早に口角泡を大量に飛ばし、早口でホタルを責め立てる。
おろおろするホタルの口から、正反対のニヒルな声がした。
「そんなに慌てるんじゃねえよ。見せてやっからよぉ。小麦を産むとこってやつをな」
プニの言葉にホタルの口がぴょっと尖った。
(プ……プニさぁぁぁ~~~~ん?? 何言っちゃったりなんかしちゃったりしてくれてるのぉぉぉ!?!?!?)
広○太○郎と化したホタルの心の声を放置して、プニはふっと笑った。
「ま、今日はもう産めねえんだけどな」
「はぁぁぁ!? どういうことだよ!」
「ほんとは、産めねえんだろうが!!」
「いい加減にしろよ、ゴラァ!?」
「おいおい、ニワトリだって、そうポンポン卵産まねえだろ? それと同じだ。今日の分の小麦は産んじまったんだよ。それでパンを焼いたからな。まったく残ってねぇ。というわけでよ、明日また産んでやるからよぉ。それを見にくればいいじゃねえか。なんなら、明日そっちのアジトまで行って、産んでやろうか?」
プニの提案を聞いて、兄貴分だけでなく盗賊全員が「うっ」と言葉を詰まらせた。それだけでなく、じわりじわり、後ずさりを始めたのである。
「い、いや……こっちに来るのは、その……い、いらねえよ! あ、明日だ! 明日また、オレ達がわざわざこっちに来てやる! アジトに来たら承知しねえからな! だから絶対、小麦産めよ!? 産めなかったらどうなるか、わかってんな!? 覚悟しとけよ、クソが!! おう、帰るぞ!!」
兄貴分の盗賊の号令に従い、盗賊達はそそくさと帰って行った。
盗賊達の背中が完全に見えなくなってから、漸く皆から安堵のため息が溢れた――ただ一人を除いて。
それはホタルだった。
ホタルはしっかりと目を開け、地面で可憐にお座りをしている子犬を見る。
「プ……プププ……プニさん…………??????????」
プニはニヤリと笑うとホタルの膝に飛び乗った。
「こんくらいのネタなら俺様も知ってたぜ? 見た目は子供、頭脳は大人ってやつだろ? すごいカーチェイスしてた映画見たことあんだよ。車を操作する手がエロいヤツ。あれでなんか覚えてたんだわ。でよ、あの車と同じ車種で女乗せてカーチェイスしたことあんだけどよぉ、ふられちまったんだよなぁ。エロい手も真似したってのに……なんでだ? ベタ惚れすんだろ? 普通」
「あんなスーパースペシャルハードな運転が苦手な女性だったんじゃないかな!? というか、プニや!! わ、わわわ、儂……小麦産めるのかのぅ? お前さんは儂が小麦を産める躰だとわかってて、あいつらにあんなこと言ったのかのぅ……?」
「んな訳あるか。つか産めんのか? 小麦」
「産めるわけないじゃろうが~~~~!! 産んだことなんかないわ~~~~!! あ、でもこの躰なら、あるいは……?」
「どこから産むんだよ」
「……こう……掌から……ふわ~っと……黒王様とか、フシみたいに、こう……こう…………」
しばらく掌を擦りつけていたホタルだったが、ゆっくりと手を止め、ぐんにゃりと萎れていく。
「頼むから突っ込んでくれぃ……無理……無理じゃ~……小麦産むとか無理ぃ~……」
「いや、できるのかと思ってよ」
「できればこんなに困りゃせんわ。まったく……なんてことを約束してくれたんじゃ……あいつら絶対来るぞ……あうう~、魔法でなんとかなるかのぅ? そしたら、リュエルさん達の食料事情もクリアできるかのぅ? あ~、困った……無茶苦茶困った……鼻でスパゲッティ食べてみせると言って後悔したの○太くんは、きっとこんな気分だったんじゃのぅ……」
うなだれるホタルの膝に子犬の肉球が載る。
「産めなくても気にすんな。あいつらの弱点握ってやったんだからよ」
曇っていた表情を驚きに変え、ホタルは顔を上げた。
「あいつらって盗賊のか!? 弱点じゃと!? どうやってじゃ!?」
「どうやってて……わかりやすかっただろ? 自分達からボロ出してくれたじゃねーか」
「……いつ?」
「まったく気づいてなかったのか。さっきの会話でだよ。きっかけはリュエルのおかげだけどな」
「えっ……あたし?」
名を呼ばれ、リュエルはホタル達の元へ小走りで近寄る。
リュエルに続いて町の女達も近付き、取り囲んだ。
「おうよ。あいつら、リュエルが鉱山に行くっつったら大慌てだったろ? おかしいじゃねえか。あいつらの仲間がいる鉱山の方が、何かと有利なはずなのによぉ。だから、鎌をかけてやったんだよ。俺様達が鉱山に行ってやってもいいってな。そしたらどうだ? 後ずさりするほど狼狽えやがった。あいつらは、俺達町の住人に鉱山に来て欲しくねえんだよ」
「なるほど! さすがプニじゃ! だけど、なんで鉱山に来て欲しくないんじゃろうなぁ?」
「多分だけどよ、あいつらが町に来てるってことは、町に手出すなっつーボスの命令を破ってることになんだろうな。だから、俺達が鉱山へ行くと、町に来たことがリーダーにばれちまうって思ったんだろ」
「リーダーにおしおきでもされるんかのぅ?」
「まあ、そんなとこだろうな。ということはだ。牧場の小麦を奪ってったのも、ボスの命令じゃなくて、あいつらの独断かもしれねえ。本気で取り返しに来るなら、もっと大人数で来てるはずだろうからな」
「なんと……! では、あいつらは規律違反をしているということか。ということは、あいつらが明日町に来る前に鉱山へ行って、こいつら悪いことしてますってボスに言いつければ、あいつらはもうリュエルさんに手を出せなくなるかもしれんのか?」
「そうなる可能性は高いが、どのみち、その場しのぎな方法だな。根本的解決にならねえ」
「じゃあ、どうすれば……」
プニの顔からニヒルな笑みが消えた。
「盗賊全員、討伐するっきゃねえ」
討伐――その言葉が意味することに、ホタルだけでなく、リュエルや町の者達も息を呑む。
「だけど、プニや……」
「しょーがねえだろ。この町に盗賊をどうにかできる組織はない。何よりこの町の食料は尽きかけてる。鉱山の男達の体力の限界も近そうだ。このままなんもしねえで静観を続けるのは無理がある。そろそろ潮目だ。やるかやられるかの二択しかねえんだよ」
「だけど、お前さんは……その……アレなんだよな?」
『アレ』とはプニが魔王であること。魔王の力を使えば盗賊は討伐できる。だが、この町……もっと広範囲にまで被害が及ぶ――それを指している。
「ああ。俺様『だけ』でやるならな」
「お前さん『だけ』……なら?」
ホタルの瞳をじっと見つめ、プニは静かに問うた。
「……助けたいんだろ?」
「あ、ああ。もちろん」
「そのことなんだけどな、ホタル」
さらに静かな、そして、親友のホタルにしか感じ取ることできない躊躇いの響きが僅かにある声で、プニは言った。
「お前……死ぬ覚悟はあるか?」
「え……?」




