わわわ儂がななななんとか……! その4
――死ぬ覚悟はあるか?
出し抜けなプニの言葉にホタルはフリーズする。
(死ぬ? 儂、転生したばかりなのに? だけど、死ぬって……それがリュエルさん達を助けるのとどう関係するというんじゃ?)
まだリブートされないホタルより先に、血相を変えたリュエルが動いた。プニの顔を覗き込む。蜂蜜色の瞳に口を真一文字にした子犬の顔が映り込む。
「プニ? 死ぬ覚悟なんて何を言って……」
「悪いな、リュエル。これは漢と漢の会話だ。ちょっと黙っててくれ」
労りと迫力が混じったプニの声に、リュエルは気圧され黙り込む。
蜂蜜色の瞳から紫色の瞳に視線を移し、プニは再度問う。
「みんなを助けるために、ホタル……お前さんが死ぬかもしれないっつったら……どうする?」
再度問われたが、それでもホタルは状況が飲み込めず、どこから何を聞こうか逡巡していると、ピュルイッと甲高い声がした。
皆が見上げた先は空。旋回する鳥が一羽いた。声はそれの鳴き声のようだ。鳥は徐々に高度を落とし、一人の老婆の前にするりと着地する……と、同時にポンッと音をたて封書に変化した。ふわりと舞い上がった封書に老婆が手を伸ばす。封書はひらりとその掌に舞い落ちた。
「……ああ、とうとうかい……」
封書を見つめる老婆の顔が苦悶に捻れる。掠れた声と皺だらけの手はどちらも震えていた。経年に丸まった背をより丸め、封書の中から便箋を取り出して目を通す。通し終えると嗚咽のような息を吐き、ぎゅっと目を閉じ、さらに背を丸めた。
その様子を見つめるリュエルとマデナ――町の者達も、老婆と同様に顔を重く曇らせる。
その場が憂いに沈む様に、ホタルは胸騒ぎを覚えた。
顔を上げた老婆の表情は諦念に染まり暗い。光の鈍くなった瞳をおろおろとするホタルに向け、ゆっくりと口を開いた。
「ホタルさん……と、言ったね。マデナから話は聞いてるよ。あたしゃ、このモルテテの町長の嫁で、クルムという。旦那は鉱山につれてかれちまったから、今はあたしが代理で町長をやってるんだよ。町を代表してお礼を言わせてくれるかい? あいつらからリュエルを守ってくれて、ありがとね。怖かっただろう? 今も躰を張ってくれた。それに、あたしらのためになんだか物騒な話もしてくれてるし……見ず知らずのあたし達のために……あんた、本当にいい人だね。ありがとう、ありがとう。だけどもう……いいんだよ」
曲がった腰をさらに曲げ、クルムはホタルに丁寧に頭を下げた。
プニを手に、ホタルは慌てて小鉄の腕から飛び降り、クルムの前に両膝をつく。
「頭を上げてくだされ、クルムさん。儂もリュエルさんや皆さんに助けられたんじゃ。だから、おあいこというか……それよりもどうしたんじゃ? 何がもういいんじゃ? 今の、その……鳥が封書になったのは魔法か何かかの? それに何が書いてあったか聞いてもかまわんかの……?」
恐る恐る尋ねるホタルに、クルムは暗い顔をしたまま静かに告げる。
「そうだね……町のみんなもいることだし……丁度いいね。さっきの鳥はね、女王様直属の騎士団団長さんから送られてきたものだよ」
「女王様?」
ホタルの問いに、リュエルが耳打ちする。
「あたし達の住むモルテテの町はノズリーデ王国って国の端っこにあるの。ノズリーデ王国は女王様が統治されてるの」
ふう、と暗い息を吐いて、クルムは続ける。
「……女王様から命令が下されたから、騎士団は予定通り王都を出発したそうだよ」
やっぱり……という重い雰囲気が全員から漂ってくる。
その中でホタルだけが首を傾げた。
「クルムさん、女王様からの命令とは?」
「……女王様は鉱山を完全閉山するとお決めになったのさ。鉱山は……明日、魔法で無期限封印されることになった……」
「ま、魔法で無期限の封印!? 鉱山ごとということかの!? しかも明日とは……では、鉱山の中にいる皆さんのご家族は……」
言ってからホタルはやっと合点がいった。愕然とする。
(……女王は民を見捨てるというのか!?)
「い、いや、そんな……あっ……! そうじゃ、交渉……交渉はどうなってるんじゃ? 騎士団は一度この町に来てくれたんじゃろう? その時に盗賊と交渉は……」
言葉を続けられなくなったクルムに代わり、マデナが言う。
「もちろん、到着してすぐに交渉してくれたさ。盗賊の首領は、国にあるアークドルクを全部差し出すなら、人質を解放して鉱山から出て行くと言ってね……その要求にどう応えるか女王様と相談されるために、騎士団の人達は王都に一旦戻られたんだよ」
その結果が――封印。鉱山だけでなく、盗賊も……国民も――明日に――
「……っ……なんという惨い決断を……女王様というのは、なんと酷い人じゃ……!」
「それだけアークドルクが危険な宝石だってことさ」
マデナの言葉に女達は頷く。
「アークドルクは装備した者の魔法力を凄まじくアップさせる効果がある宝石ではあるんだけど、扱いが難しい宝石でもあるんだ。今まで何度も爆発事故が発生してる」
石炭や石油のようなものであるのだろうか、とホタルは想起する。
「そんな宝石だし、悪用されたらとんでもないことになるんで、騎士団の中でも精鋭揃いの女王様直属の騎士団が、この町に常駐してくれてたんだよ」
「じゃが、今は常駐はしてないような……」
「一、二年くらい前の鉱山の調査で、アークドルクは枯渇したと学者さん達が結論づけてね。鉱山の入り口を魔法で封印することが決まったんだ。封印を施してからも騎士団は常駐してくれていたんだけど、しばらくして完全撤収しちまったんだよ。あたし達の祖父ちゃんの代くらいまではアークドルクは産出してた。その頃はこの町も賑やかだったよ。これからはこの町は寂れるだけになるのかな、寂しいね、なんとかしなくちゃねみたいな話をみんなとしていた矢先に、封印を破る盗賊が現れちまったんだ」
「そういうことじゃったのか……鉱山の封印じゃが、騎士が施したということかの? アークドルクを装備した女王様や魔法使いではなく。本職が施した封印ではないから、封印が弱くて、盗賊の首領に破られてしまったのかの?」
「騎士団には優秀な魔法使いがたくさんいたんだ。アークドルクが爆発するのは宝石の魔力の暴走のせいだからね。魔力の暴走を抑えるのは魔法使いでないと無理なんだ。だから、この国の魔法使いの中でも精鋭中の精鋭が施した封印だったんだよ」
「そのような強力な封印を、今回の盗賊の首領は破ったということか……騎士団の魔法使い達に匹敵するほど強い魔法使いということかのぅ……?」
「そうかもしれないし、もしかしたら、首領以外に強い魔法使いが何人もいるのかもしれない」
「そこまで騎士団は調査できなかったということかの?」
「そうなんだよ。アークドルクは枯渇したとされてるけど、本当にまったく採れないのかどうかわからない。もしアークドルクが採れて、それを使って盗賊達が暴れたら……この町だけじゃない、国までどうなるかわからないだろ? だから、女王様は……全部封印するしかないってご決断されたんだろうね……」
アークドルクは火薬のようなものだから……兵器に転用できる魔法石だからこそ、悪用する者とともに民も封印せざるを得ない――ホタルはぐっと唇を噛む。
「……理屈はわかる。じゃが……儂は納得できん! それで、なんで……皆さんの家族を巻き添えに……」
「……あたしも悲しいよ。憤りもあるさ。でもね、あたし達が家族を助けてもらうってことはさ……国にあるアークドルクが全部盗賊の手に渡っちまう。そんなことになったら、この国だけじゃない……この世界がどうなるかわかんないんだよ。それくらい、アークドルクの魔力増幅効果は絶大なんだ。この町に住んでいるあたし達は、過去の事故なんかで身を以て知ってるんだよ、そのことを。それにさ……本当に……盗賊があたし達の家族を生きて帰してくれるなんて保証もないんだ……もう……どうすることもできないんだよ……」
ホタルは反論も提案もできなくなった。
ただぽろぽろと涙を落とすのみ。
「……お前が泣いてどうするよ……」
「だって……だって、プニ……! こんなことがあってたまるか……! 皆さんは何も悪いことはしとらんではないか……!」
目の端の涙を手の甲で拭い、寂しそうに笑ってクルムが言う。
「優しいね、ホタルさん。実はね女王様もなのさ。ただ、封印を決めただけじゃないんだよ。鉱山が完全に閉山したら、この町に住むのは難しくなるだろう? だから町の者全員、王都に移住を勧めてくださってるのさ。さっきの封書にね、家や仕事も確保するって書かれてたよ。仕事をするのが無理な者には資金援助もするってね。あたし達だけでも確実に生き延びる手立てを用意してくれてるのさ。でもまあ……あたしはここに残るんだけどね」
あたしも、あたしもと、町の全員がクルムに続く。
「町が寂れても、あたし達には大事な故郷だし、それに……鉱山が封印されても、あそこには大事な家族がいるからさ……ずっと……ずっと……」
「鉱山で死ぬなら本望だって男達も未だいるもんね」
「それがモルテテの男の生き様でなんて言ってね」
「もうアークドルクが出ないっていうのにねぇ……」
軽口を言って、涙ぐんで……一人、また一人、女達が鉱山の方を向く。
皆がどのような気持ちで鉱山を見ているかと思うと、ホタルの目からさらに涙が溢れた。
「ホタルさんのことは、あたしから騎士団の人にお願いするからね。だから、あんたは王都に行くんだよ。もう……あたし達に関わらなくていいよ。そんなに泣かなくていい……あんたが心を痛める必要はないんだよ」
優しいクルムの声に、ホタルはまた滂沱する。
クルムはハンカチを取り出し、その涙を優しく拭った。




