その4・シューティングポイント
村の宿は一階が酒場だった。
俺はそこで晩飯を食べた。食べながらツヴェルフ暗殺のことを考えた。
このまま金を持って逃げることはできる。
その金を使ってゴンブトを探すことはできる。
ただ、このまま素直に従ったほうが手っ取り早いような――気がする。
ゴンブトは麻薬王だと言っていた。
貴族や治安組織を手懐けてるとも言っていた。
フランクとつながってると見て、まず間違いない。
だったらフランクと敵対するよりも、懐に入ったほうがゴンブトに近づけるだろう。
それに義賊を気取るワケじゃないけれど。
暗殺することに、俺はある種の納得感をおぼえていた。――
ぷらりとギルドのあたりを散歩した。
屋台は、まだそこにあった。女が笑顔で身を乗りだした。
俺は向かいながら微笑みを返した。
屋台に着くと、俺はカウンターにカバンを置いた。
そしてなかを見せながら言った。
「金貨が入ってる」
「ちょっと!? こんな大金持ち歩いて、なに考えてるの!?」
女は慌ててカバンをしまい、周囲を警戒した。
人通りがないことを確認すると、女はカバンを戻そうとした。
俺はそれを制止して、こう言った。
「俺の親は村八分になり、ザヴィレッジに流れ着き、そして殺された。使ってくれ。これ以上、移民が苦しまないために」
「それはっ」
「あんたは地下組織と、つながりがありそうだ」
「……」
「もしゴンブトってヤツのことを知っていたら教えて欲しい」
「ちょっと! ……その名前を気安く言うんじゃないよ。ヤツはギルドで大金を手にし、それを元手に麻薬王となった男。この村にはヤツの手下がいっぱいいる」
「どこに行けば会える?」
「村には住んでない。ヤツは暗殺を恐れて北の森に住んでいる――と言われている。ただ、この話も本当のことか分からない」
「ようするに、いっさい謎なんだな?」
「それだけ用心深いし、やましいことをしてるのさ」
女はそう言って鼻で笑った。
俺は苦笑いをして屋台を去った。
これ以上、親しくならないほうがいいと思ったからだ。
さっさと暗殺を終わらせ、ゴンブトも殺す。
俺はそのことのためだけに、ザヴィレッジに居る。
それ以外のことはいっさい不要である。
と。
そんなことを思いながら宿に向かっていると、後ろから女が声を放った。
「ありがとう! 必ず役立てるよ!!」
俺は手を上げただけで、振り返らなかった。――
翌日。俺は村の東端、城門の南にある塔を見上げていた。
塔の南には、ハシゴがかけてある。
周囲には人気はなかった。
村人は野外シアターに集まっていた。そしてステージに注目していた。
俺はハシゴをのぼった。
ちょうどそのとき、野外シアターから声がした。
おそらく魔法装置で声量を増幅しているのだろう。
村全体に響くわけではなかったが、俺のいるところまではハッキリ聞こえた。
「お集まりいただきありがとうございます。また、みなさまの貴重なお時間をいただきありがとうございます。私はアダマヒア王国、第2公子のツヴェルフ。みなさまのザヴィレッジに住まわさせていただいている "王位継承権" をもつ2人目の "男性" でございます」
このツヴェルフの猫なで声に歓声がわいた。
なぜ領主となる王族が媚びを売るのか、俺には分からなかったが、しかし、そんなことはどうでもよかった。
ヤツはただの標的でしかない。数分後に肉塊となるのみだ。
「さて。ザヴィレッジの歴史は、城壁防衛の歴史です。わたくしたちは、アダマヒア王国南端の最前線基地として、モンスターの脅威を城壁で防衛し続けてきました。それが今はみなさんのお力もあって、モンスターの脅威は、ほぼなくなりました。しかしッ! 現在、われわれのザヴィレッジは新たなる脅威にさらされています。……移民です」
ツヴェルフは巧みに言いまわしを変えて、聴衆の心理を誘導した。
言葉を徐々に厳しくして、聴衆をあおった。
「ザヴィレッジ以外の人、侵入者、よそ者が、城壁を越えてやってきます。村の公共施設を使い放題、みなさんのお金を集めて作った設備を奪い放題、ええ、やつらは寄生虫です。われわれの村を、市場を、ギルドを、教会を騎士団をッ! なにもかも食いつくすのです」
ここで大きな嘆きと拍手が起こった。
ツヴェルフは得意げな声で、それに応えた。
「これはまさしく戦争です。不法入村者が城壁を越えるたび、ザヴィレッジという交易とギルドで栄えた村が侵略を受けている。みなさまが娘のように愛しているこの村が汚されている。これはまさしくテロ行為です。しかも、そのなかには魔法使いが居るという。いいえ、必ずいます。なぜならヤツらテロリストは、魔力チェックを受けないからです。チェックを受けると魔法使いだとバレてしまうのです。ええ、そうですそうなのです。不法入村者は、んんんッ魔法使いです!」
このツヴェルフの強引な論法に拍手がおこった。
ただただ不快でしかなかったが、賛同する者は多かった。
俺は苛立ちをおさえ、一気に屋上まで上った。
「そんなテロリストどもが、魔法使いどもが、今こうしている間にも城壁を越えてくる。なぜか? 城壁の警備が腐っているからか? 騎士団がサボっているからか? 修道士が裏で手助けをしているからか? いいえ、違います。彼らはみなさまのために日夜尽くしてくれています。しかも、すぐれた人物ばかりです。それなのに、なぜ、テロリストどもは城壁を越えてくるのか? それは城壁が老朽化しているからです。そうですそうなのですッ! テロリストが城壁を越えてくるのは、ヤツらが賢いからではなーいッ! 城壁が弱いのだァー! だからッ! われわれは城壁を強化したーいッ! そのためにツヴェルフはこの村に来たッ! ツヴェルフは来たーッ!!」
そう言って、ツヴェルフは手を上げた。
聴衆が歓声を送った。
俺はそれを眺めながら、クロスボウを組み立てた。
ツヴェルフに照準しグリップを握った。
魔力が吸い込まれていくのを感じた。
それと同時に照準したところ――ツヴェルフの首――が赤く照らされた。
そして。
俺の頬も赤く照らされた。
「えっ!?」
光源をたどると、野外シアター近くの建物で、女がクロスボウを向けていた。
フランクのそばにいたボディガードだった。
「あいつ!」
俺が伏せたと同時に、女は撃った。
魔法で防ごうとしたが、グリップに吸われて無理だった。
ボルトが左肩を貫いた。
「ぐあッ!!」
俺はよろめきクロスボウを投げ捨てた。
女はウインクをすると、今度はツヴェルフに照準した。
ツヴェルフの足を撃った。
ツヴェルフが倒れた。
聴衆から悲鳴が上がった。
そしてフランクがステージに駆け上がり、俺を指さして、こう叫んだ。
「魔法使いだ! あそこから不法入村者が撃ったんだ!!」
そこにいた者すべてが俺を見た。
俺は、フランクにハメられたことを知った。
怒りがこみ上げてきたが、とりあえず身を隠すことにした。
左肩が激しく痛んだし、騎士が殺到しはじめたからだ。
塔から南の城壁へと飛びおりた。
城壁には騎士がひとりいた。
俺は魔法で怯ませ、蹴り飛ばした。騎士は川に落ちた。
「ちくしょう」
俺は左肩をおさえながら城壁を進んだ。
ハシゴを下りると、今度はガラの悪い連中に囲まれた。
おそらくギルドか何かの連中で、フランクに雇われたのだろう。
「この腐れ移民がァ!」
そう言って革鎧の男が剣を抜いた。
俺はカタナを抜いた。
それと同時に、男の手は吹き飛んだ。
「なにをするだァー!?」「バットージュツだ!」「穂村のバットージュツだ!」
連中は慌てふためいた。
しかしすぐに下劣な薄笑いをした。
「この不法入村者がァ」「魔法使いがァ」「いや、こいつよく見ると男だぞ?」
連中はあざ笑いながらクロスボウを俺に向けた。
だから俺は彼らを睨み、すべて吹き飛ばした。
城壁には、どす黒いシミが残った。
それが何人分なのかは、よく分からなかった。
「ちくしょう!」
俺は肩をおさえ顔を上げた。
野外シアターは騒然となっていた。
聴衆が逃げまどうなか、騎士がこっちに向かっていた。
振り向くとそこには工房が建ち並び、その先には船の停泊する桟橋があった。
そして南にはギルドへと続く道、そのわきには小道があった。
俺は迫りくる騎士のその先を睨みつけ、目まぐるしく計算をした。――
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
フランクにまんまとハメられた。
……俺は激怒した。必ず、あの野郎に復讐すると決意したのだった。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
フランポワンが女房のごとく振る舞った。
アンジェリーチカが妊娠のことを意識しはじめた。
王国に結婚のことで罠をかけられた。あなどられた。
ゴンブトに親を殺され、『キヨマロの七刀のうち二番刀・菊清麿』を奪われた。
パルティアに情けをかけられた。




