最終話 見返す一日
翌朝、ギルドは異様な静けさに包まれていた。
その中心にあるのは、レイが机に並べた帳簿と記録だった。
荷の横流し。
魔物誘導。
被害の偽装。
そして、裏で動いていた人間の名前。
点だったものは、もう逃げようのない線になっている。
ギルド長は、その書類を一枚ずつ確認し、やがて低く笑った。
「……ここまで揃っていれば、言い逃れはできんな」
その言葉が出た瞬間、部屋の空気が変わった。
レイを追い出した時には、誰も疑っていなかった。
役立たずだから捨てたのだと、そういう顔をしていた連中が、今は誰ひとり、同じことを言えなくなっている。
「追放の件も、調べ直す必要がある」
ギルド長の一言で、部屋の奥にいた数人が顔を強張らせた。
その中には、レイを見下していた顔もあった。
勇者パーティーと関わりの深い商会の人間。
伝令役だった男。
以前、レイを“記録係としては優秀”と笑った者たちだ。
「待て。これは誤解だ」
誰かが言った。
だが、もう遅い。
帳簿の端には、勇者パーティーの文書と似た印が残っていた。
しかも、荷の流れを追えば、彼らの周辺で不自然に物資が集まり、困った街道を“助ける”形で評価が作られていたことが見えてくる。
「自作自演か……」
レイの横で、商会の男が青ざめた。
「そんなつもりでは……」
「つもりじゃない」
ギルド長が切り捨てる。
「結果として、街を不安にし、人を困らせ、その上で価値を得ていた。
それを見過ごせるわけがない」
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その知らせは、あっという間に街へ広がった。
最初は噂だった。
次に、ギルドの正式な調査が入った。
そして、関係者の顔が一人ずつ崩れていく。
「勇者パーティーの周りで、そんなことが?」
「荷が消えたのは偶然じゃなかったのか」
「助ける側を演出していたって、本当か?」
広場でも、酒場でも、同じ話が飛び交う。
かつてレイを追い出した時、勇者パーティーは“正しい選択”をした顔をしていた。
だが今、その顔はどこにもなかった。
レイは広場の隅で、その光景を黙って見ていた。
追放した側が、追放した理由を問われている。
役立たずと切り捨てた男のほうが、証拠を持って真相へ辿り着いた。
これ以上ないほど分かりやすい逆転だった。
「……あいつ、本当に一人で?」
「らしいぞ。しかも死にかけながら、全部拾ってきたって」
「じゃあ、追い出されたのは……」
言葉が途中で途切れる。
それだけで十分だった。
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午後になると、勇者パーティー側の関係者がギルドに呼び出された。
レイはその場にはいない。
だが、廊下越しに漏れてくる声だけで、何が起きているかは分かった。
「証拠は?」
「そんなもの、いくらでも偽造できる」
「偽造していない。こちらで確認した」
「……っ」
沈黙。
次に聞こえたのは、喉の奥で何かが詰まる音だった。
その時、扉が開いて、ひとりの男が廊下へ押し出される。
見覚えのある顔だ。
以前、レイを見下していた伝令役だ。
目が合う。
男は一瞬で顔色を失った。
「……レイ、か」
「どうも」
レイは短く返した。
「お前が……こんなものを」
「別に、特別なことはしてないです」
「ふざけるな。お前は追放されたんだぞ」
その言葉に、レイは少しだけ目を細めた。
「だから何ですか」
静かな声だった。
怒鳴り返す必要はない。
もう、相手は自分より上にはいない。
「役に立たないと思ったんでしょう。
でも、役に立たないのは、見ないまま切った方じゃないですか」
男は反論しようとした。
だが、その前に背後から冷たい声が飛ぶ。
「事実だな」
振り返ると、ギルド長が立っていた。
「少なくとも、君たちが見捨てた男は、証拠を揃えて真相へ辿り着いた。
そして君たちは、まだ言い訳を探している」
その一言で、男は何も言えなくなる。
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夕方、街の掲示板には新しい通知が貼られていた。
勇者パーティー関係の調査継続。
不正な流通の停止。
関係者への聞き取り。
そして、レイ・アルドの正式な功績認定。
その文面を見た時、広場の空気が一瞬だけ止まった。
「……あいつ、認められたのか」
「追い出されたやつが?」
「いや、むしろ追い出されたからこそ、ここまで来たんだろ」
レイはその群れの外に立っていた。
もう、追放された側として隅に立つ必要はない。
今はただ、見返した結果だけが残っている。
彼は掲示を一瞥して、少しだけ息を吐いた。
ざまぁ、というなら、これ以上ないほど分かりやすい。
追い出した側は落ち、追い出された側は立った。
しかも、それが私怨ではなく、証拠と結果で示された。
「……終わったな」
誰に向けたでもない言葉だった。
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夜、レイは丘の上に立っていた。
追放された夜にも立った場所だ。
あの時は、寒くて、何もなくて、ただ空っぽだった。
今は違う。
街では、自分を見下していた連中が言葉を失い、
自分を切り捨てた選択が間違っていたと知らされている。
そして自分は、その一歩外側で風を受けている。
「悪くない」
そう呟いたレイの声は、少しだけ軽かった。
もう、相手に何かを期待しない。
説明して欲しいとも思わない。
勝手に捨てたなら、勝手に見返されればいい。
それだけだ。
レイは踵を返し、街へ戻る道を歩き出した。
追放された男は、追放した者たちを見下ろせる場所まで来た。
そしてそのまま、もう戻らない。




