救い
――リーフィア様襲撃事件から、1週間。
狙われた皇女様の話題は瞬く間に国内に広がり、そして風化していった。
王国内の反和平派が起こした小規模な騒動。
――それが公表された内容だった。
暗殺未遂事件という事実は騎士団と王家――帝国も一枚噛み、情報は徹底的に伏せられた。
今回のことが広まれば、和平そのものが揺らぎかねない。
結果として表向きの怪我人は、避難の際に転倒した皇女付の使用人一名で処理されることになった。
「如何にも、揉み消しました! みたいな処理よね」
「……口を慎め」
後処理を終えた私は、リーフィア様に会いにイリーの実家――公爵家に訪問していた。
代々、魔導師を輩出しているこの屋敷は、国内で最も警備が厳重と言ってもいい。
「……私のせいで両国が険悪にならなくてよかったです」
俯いて、手にある紅茶を眺めるリーフィア様。
「……リーフィア様が気に病む必要はありません。狙われたのは、貴女が和平の象徴だったから」
「慰めなの、それ?」
イリーが呆れたように口を挟む。
……なんと声をかければいいか分からない。
ただ、リーフィア様に自分を責めて欲しくない。それだけだった。
「はぁ……意気地なしには、背中を押してあげないとね」
「何を企んでいる」
席を立ち、私の方を向くイリーに警戒する。
奴の思いつきは、毎度突拍子がない。
「もうバレてるんだから、その魔法いらないでしょ」
「――っ」
イリーが指を振ると、目の端に映る自分の髪の毛が茶色から銀色へ変わっていくのが分かった。
その様子を見て、リーフィア様が息を呑む。
「皇女ちゃん。聞きたいこと、全部聞くのよ」
じゃあね、と暢気な声で部屋を出ていくイリー。
イリーが消えた扉から、リーフィア様に視線を移すと一瞬目が合ってすぐに逸らされる。
耳まで赤く染まったリーフィア様に思わず笑いが漏れた。
「私がこんなだと知ったのに、まだそんな反応をしてくれるのですか」
「だ、だって、貴女は憧れだもの」
視線を逸らしたまま、口を尖らせるリーフィア様。
緊張しつつも、ローリーと同じように接してくれることに安堵している自分がいた。
「……リーフィア様、私は――」
「シ、シル様!」
「はい」
今までのことを謝ろうと口を開けば、リーフィア様に遮られる。
「き、聞きたいことが沢山あるんです!」
「はい。なんでも答えます」
リーフィア様が、ごくりと息を呑んだ。
「ま、まず……あの香りは何を使っているんですか?」
「……香り?」
「公開演習の時、とても良い香りがして……!」
そういえばそんなこと言っていたなと思い出す。
「香水などは使ってないです」
「えっ……じゃあ、あれはシル様自身の匂い……」
なんとも言えない表現に顔を顰めていれば、続けてリーフィア様からの質問攻めが始まる。
「甘いものが苦手というのは本当ですか?」
「……本当です」
「まぁ! シル様ほどの方にも、苦手なものがあるのね!」
何故か嬉しそうだった。
「あと、毎朝五時に起きて鍛錬しているという噂は?」
「騎士団では起床時間がそれくらいなので」
「ではお休みの日は?」
「昼まで寝ていますね」
「きゃっ……!」
リーフィア様が顔を覆う。
どこかで見た反応だった。
「何の悲鳴ですか」
「だって! 氷結の騎士様が! 寝坊を!」
「……私は結構怠惰なほうですよ」
「それもギャップがあって素敵です!」
何を言っても目を輝かせるリーフィア様。
ここまで来ると、私の性格では幻滅してくれそうもない。
楽しそうに質問を考えていたリーフィア様だったが、ふと真剣な表情を見せる。
「……どうして、隠していたのですか?」
どくんと胸が鳴る。
……覚悟していたはずだ。
リーフィア様に全てを話して、嫌われる覚悟を。
「……リーフィア様には、殺人予告が届いていました。貴女が狙われていることを、私達は最初から知っていたんです」
リーフィア様が目を瞬かせる。
「今回の犯人を炙り出すため、正体を偽って貴女の護衛についていた……貴女を囮にしたんです」
酷く喉が渇く。
「本来なら、全てお伝えした上で……すみません、これは言い訳ですね。私は任務を優先したんです。貴女を危険に晒してでも」
静寂が落ちる。
リーフィア様は、すぐには口を開かなかった。
膝の上でカップを握りしめたまま、静かに俯いている。
……怖くなかったはずがない。
暗殺者に刃を向けられ、憧れの騎士に利用されていたのだから。
「……怖かったです」
小さな声だった。
静かな部屋にぽつりと落ちた声。
胸が軋むように痛む。
「でも」
リーフィア様がゆっくりと顔を上げる。
「貴女はちゃんと護ってくれた」
にっこりと笑うリーフィア様に胸が締め付けられる。
私はそんな笑顔を向けてもらえるような人間ではないのに。
「それに、もし最初に全部聞かされたとしても、私は王国に来ていたと思います」
「……何故ですか」
「和平を諦めたくなかったから」
真っ直ぐな瞳だった。
恐怖に立ち向かい、前に進む。
……本当に強い人だ。
「それに、私の身を囮にするのですもの。必ずシル様を護衛につけてもらえたでしょうし!」
すべてを話しても尚、私を許そうとしてくれている。
「だから、シル様」
リーフィア様がそっとカップを置く。
「どうか、そんな顔をしないでください」
「……どんな顔をしていますか、私は」
「すごく、辛そうなお顔です」
胸が詰まる。
「私は、シル様にそんなお顔をしてほしくない」
「……っ」
「凛々しいシル様も、ローリーとして気を抜いている貴女も、私は全部好きです」
思わず息が止まる。
見透かされていた。
私の、身勝手な罪悪感を。
リーフィア様はきっと全部わかっている。
「だから、シル様」
リーフィア様が少しだけ困ったような顔で笑う。
「そんな風に、自分を責めないでください」
その言葉が胸の奥へ沈んでいく。
「……リーフィア様はすごいですね。私以上に私を分かっているみたいです」
「シル様のことなら、誰にも負けない自信がありますから」
得意げに胸を張るリーフィア様に、少しだけ胸が軽くなる。
……不思議だった。
責められる覚悟をしてきたはずなのに、気づけば彼女の言葉に救われていた。
「やっと笑ってくれましたね」
「……笑っていましたか」
無意識のうちに口角が上がっていたらしい。
私のそんな様子をみて、嬉しそうに微笑むリーフィア様から、視線を逸らせなかった。




