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最後の勇者

 目の前に、如何にも開けにくい雰囲気を漂わせている扉がある。しかし、その扉は豪勢に作られており、奥には客間があるということもあり、歓迎しているようにも見える。


 その豪勢な客間の扉を俺は覚悟を放出するかのように息を吐きながら、ゆっくりと開ける。


 開け放たれた扉の奥。客間の中、そこは一面大理石の部屋が広がっていた。


「久しいな。勇者よ」


 客間の中央からそう声をかけられる。見れば、中央に設置されているソファに深く腰を下ろして、足を組んでいる黒紫の長髪の男がいた。


 そして俺にそう告げた彼は、ゆっくりと立ち上がると、俺の方へと近づいてくる。目の前までくると、何故か俺の肩をポンポンと叩き始めた。


「遅くなってしまい、すまぬな! ちょいと取り込み中であった! ……。……お前、大分と老けたのではないか?」


 そして「ガッハッハッ」などとと笑いながら、さっきより強く彼に肩を叩かれる。それと同時に、彼の後ろにいた白髪の老夫がぺこぺこと頭を下げて謝罪しているのが伺える。


 あぁ懐かしいな。これももう慣れてしまって痛くはないのだが。……まぁもっとも、痛くないのは鎧を着ているからかもしれないが。


「……はぁ。そういうお前は、若作りしすぎだ」


 昔と変わらぬ姿の彼を見て、少しうらやましく思う。ただあまりに姿形が変わらなさすぎて、彼の過去を知っているものからすると少し気持ち悪い。


 俺が彼との再開を噛み締めていると、老夫に部屋の中央のソファへと案内された。ソファの近くまで歩むと、彼もまた俺の、後をついてくる。


 そして目の前のソファに腰を掛けると彼もまた、腰を掛ける。


 互いに見つめ合う。そして彼が足を組む。


 ただそれが何かの合図かのように、一瞬で部屋の空気が緊迫した。 先程の雰囲気とは程遠い、張り詰めた緊張が部屋を駆け巡っている。


「では、始めるとしよう」


 彼の言葉を皮切りに話はすぐに始まった。それは来るべき王位継承についてだ。


 今日の話し合いは、魔王から俺へと王位を継承する際に、魔王が事前に伝えておかないといけないことだった。


 内容としてはこうだった。


・魔族から人族への王位継承にあたって、魔族の后を取ること。

・魔王が復活すること。

・復活までの3年間で、魔王が成し遂げれなかった無詠唱魔術の一般化すること。

・魔王の葬儀の後は、俺が、棺を魔王城へ運ぶこと。


 その中には彼が成しえなかったものもあった。それを俺に成し遂げて欲しいらしい。なかなか大した信用をされたものだ。


「そして最後に」


 そして一通り話し終えると、彼が立ち上がり俺に近づく。また部屋の空気が一段と下がった。 反射的に喉を鳴らしてしまう。


「人族と魔族の戦争をしないこと」


 真っすぐと見つめてくる彼から告げられた一言。俺の瞳には、あの日と同じ彼の表情が写っていた。


 そしてその言葉には勇者としての立場が問われる。


 思い出す。


 もともと魔族を倒す希望の光として、勇者である俺が戦場に立っていた頃を。


~~~


 混戦状態だった人魔戦争。価値観の違いという、些細なきっかけから発展した歴史的大戦争。


 俺はそれを終わらせるために人族の一筋の希望となって、第一線で戦い続けた。ただひたすらに戦い続けた。


 そんなある日、とある森林で二体の魔族と出会った。 厳密にはこの段階では魔族かどうかは判別できていなかったが…。


 ただあの時の俺の「感」は魔族だと言っていた。長年の戦争の経験上、そういう「感」が備わっていた。


 その魔族は、乱雑に伸ばされ黒紫色の長髪がよく似合う、顔立ちの整った男だった。隣には彼と同じくらいの年の青年も一緒にいた。やはりここでも俺の「感」は魔族だと言っていた。


 俺が警戒していると、黒紫長髪の魔族がおもむろに喋り始めた。


「無益な争いはもうやめよう」


 ……ありえなかった。


 魔族が喋る事例は知っていた。しかしここまで流暢に、しかも意味を理解して使用している事例はこれが初だった。


 魔族が話すなど、ありえなかった。もしかしたら人族かもしれないと疑った。


 しかし俺の「感」は未だ魔族だと否定している。 実際に人族である俺に、戦争抑止を訴えかけているということは、魔族で間違いないのだろう。


 俺は動揺した。初めて魔族に話しかけられたからだろう。


 しかしそれと同時に、勇者としての使命感にかられた。


 危険だ。


 そう判断した時には、すでに俺の手は剣を握り締め、その魔族に向かって切りかかっていた。


 魔族はすべて排除する。


 そのことだけで頭がいっぱいになっていた。


 刀身の間合いに入り、確実に切れる距離まで詰めた。


 さすがに当たる。目の前の魔族はただその場で立って、こちらを見ているだけだ。


 当たる!と、そう信じていたのに…。


 俺が剣を振り下ろそうとした瞬間、目の前の魔族は両手を大きく広げ、俺に無防備な姿を見せた。


 ……。


 結局、切れなかった。気づけば自ら剣を振るのをやめていた。


 彼には自我がある。そしてあの俺を真っすぐと見つめる瞳と、表情は本物だ。


  魔族であっても、確りと対話ができる。


 俺はそう信じて、目の前の魔族と話し合うことを決めた。 剣を鞘に納めて、警戒しながらもゆっくりと魔族に近づく。そして決死の覚悟で魔族に声をかけた。


「……本当に魔族なんだな?」


 その時返ってきた言葉を今でも覚えている。


「あなたも人族なのに魔力操作が上手ではないか。つまり、努力次第ということだ」


 俺はあの時、本当に終わるかもしれない。そう実感した。


 それからは早かった。


 百年続いた人魔戦争が終結した。


~~~


 あの時の判断は、間違っていなかったと思っている。現に世界の統一と、それによる世界平和を実現させたのだから。


 言語の統一はもちろん、貨幣や魔術、知識なども平等に与えられた。人族と魔族が会話する時代が来るとは思ってもいなかったが、彼は信じていたらしい。


 そして実現した。


 戦争が終結した後は、彼の手腕を認め、彼の後について行った。そしてこの首都バルトリアに住むようになった。


 彼は尊敬に値する人物だ。この結果は、勇者としてはこの上ない結果であった。


 彼には返しきれない恩がある。そして今その恩を返すチャンスが来た。


 頼み話が来た時から、承諾はするつもりだった。しかし、内容を聞いてみるとこれまた非現実的なものばかりである。


 昔を思い返していたら、こちらへ真っすぐ見つめてくる視線を再び感じる。その真が通った瞳と再び目が合う。


 俺はそれから目を逸らし、ため息をつく。


「……整理させてほしい。まず王位継承は問題ない。が、復活ってなんだ。そんなことができるのか? そして『無詠唱魔術』の普及も、だ。まず魔族はともかく人族は魔術をうまく使いこなせない。そしてそれを無詠唱にして普及さすなど3年では不可能じゃないのか?」

「一気に質問されても困る。マルチタスクは苦手でな」


 あぁその困ったときにする、頭抱える仕草は何年経っても本当に腹が立つな。


 まぁ、ちょっとは人族らしくは見えるが……。残念ながら今も俺の「感」は彼が魔族だと言っている。


 ただ彼は魔族であり人族でもあるのだ。だから、民衆からは魔人なんて呼ばれて親しまれている。


 俺は少し間を置き、再び彼に質問する。


「では一つに絞る。復活ってなんだ? それだけ聞かせてくれ」

「復活は復活だよ。もう一度、この世に我が爆誕するのだ!!!」

「……」

「なんだ? 聞こえなかったのか? ではもう一度言うぞ。もう一度、この世に我が……」

「そういうことじゃねぇ! どうやって復活するんだと聞いてんだ! 読解力がなさすぎる!」

「だって我は魔族だし……」

「こういうときだけ魔族アピールしてんじゃねぇ! いいから教えろ!」

「やだ! 秘密♡」

「……」


 部屋の空気がまた一段と下がったような気がする。しかし彼は何故か嬉しそうにこちらを見つめてくる。そして 後ろにいる老父は、非常に申し訳なさそうな顔をしている。


「……もういい。これ以上聞いても無駄だ。素直に言うこと聞くとするよ」

「よっしゃー!!!!」


 思わずこぶしをその場で握る。


 しかし、いつも彼のいうことは正しかった。 つまり、今回のこの狂言も事実になる可能性があるということだ。


 ……復活か。


 そんなことをして、どうするつもりかは俺には分からない。ただ彼にも何か目的があるのだろう。


 考え込んでも無駄である。それより王位継承が大事だ。


「よし。一通り伝えることは伝えた。あとは当日を待つのみだ」

「……分かった。それじゃ、失礼するよ」


 俺はソファから立ち上がり、部屋の入口まで歩く。ドアノブに手をかけようとしたときふと、今日の彼との会話を思いだす。


「あぁそうだった。一つ聞きたいことを忘れていた」

「一つではなかったのか」

「后が魔族なのは何か意味があるのか」

「無視か。別に良いが……。……ん゛ん゛っ! ずばり! 君たちに人族と魔族のハーフを産んでもらおうかと!」

「そうか」


 ……。


 !?


「なんだって!?」


 俺はその言葉に、ものすごい勢いで振り返る。しかし彼は面白いものを見たといわんばかりに、笑いながらもう一度告げる。


「だから人族と魔族のハーフを作ってほしいって言ってんの」

「ふざけているのか! 俺に子を作れだと!? しかも相手が魔族だ? それだけは断る!」

「今更無理だよ。もう世間に公言したんだから。次期皇后は魔族ですって。相手は若いし大丈夫。それに―」


 彼がおもむろに背を向ける。


「これには意味がある。それは人族と魔族の争いを二度と起こさないためだ。だが、両族ともにまだ信用しきっていないのが現状だ。それを証明するために、まずは主導者が民に見せないといけない」


 ……受け入れるしかなかった。言っていることは正しい。だが、いくら恩があるとはいえ、さすがに無茶なのだが…。


「これは立派な公務だよ」


 彼の背中で語るその言葉に、俺は一瞬ためらったが、渋々頭を縦に振った。


「……やってやるよ。俺しかできないんだろ? 望むところだ」


 すると俺の覚悟を聞けて満足したのか、彼は振り返ってにやりと口角を上げた。


「頼んだよ」


 話が全て落ち着いたところで、俺は部屋を後にし、帰路に着いた。


 そこからは覚えていない。


 考え事をしていたと思う。いや、実際は何も考えていなかったのかもしれない。もうやるしかないのだから。


 現実を受け入れる。


 しかしその度に、家に帰る足取りは重くなっていった。


◇◇◇


 そして当日。


 王位継承は盛大に開かれた。


 首都バルトリアで行われる会場には、多くの民衆が集まっている。この度、新設した王城を前に、四方八方にトリニティア公国中の人々が一堂に会している。


 そして順当に事は進み、いよいよ正式に王位継承が行われた。俺の目の前にはいつもと変わらない彼が立っていた。


「勇者よ。皆を頼んだぞ」


 彼は大衆に聞こえない程度の小声でつぶやき、彼に膝まづく俺の頭に冠を乗せた。


「わかってる。……あんたも早くしろよ。……この大歓声は、俺には重すぎる……」


 同じく俺も周りに聞こえぬ程度につぶやく。それから俺は目を閉じた。彼の顔は見ていない。だがなんとなく分かる。多分、微笑んでいただろう。


 それから式典は無事終了した。


 俺は王城の自室ヘ向かい、ソファへ倒れこむように突っ伏した。今日は疲れがたまっていたのか、すぐに眠りについてしまった。


◇◇◇


 それから魔王の訃報が町中に知れ渡るのは、数か月後の事であった。


 大聖堂で行われた葬儀では感覚としてまだなかったが、いざ彼を目の前にすると悲しみが溢れてくる。いくら復活することを知っていたとしても、3年はいないわけだ。悲しくなるのも当然だ。


 それと同時にいよいよ俺の手腕の見せ所となることを、この町を守っていく存在となったことを自覚する。


 俺は大聖堂の最前列に戻ると、その覚悟を考え込むように身が縮こまっていく。


 すでに覚悟はできていたはずなのにな。とんだ醜態だ……。


 周りには関係者しかいないといっても、彼らも国民だ。その国の次期君主が背中を丸めている姿を見ては、示しがつかない。それでは駄目だ。


 そう思い俺は背筋を伸ばす。無理やり伸ばされた背筋はぎこちなく、維持するのが辛くなるほどだ。それでも続ける。向き合わなければ。この国と。国民と。そして、目の前の現実()と。


 そうして葬儀中はひたすら向き合い続けた。


◇◇◇


 結果、大街道での移動中は背中が少し痛かった。


 見れば街道の両端にはものすごい数の国民が集まっている。これから守るべく存在たちが一堂に会している。そして皆が彼の訃報に悲しみ嘆き、最後の感謝を伝えている。尋常ではないほどの慕われ方だった。


 それを見ると必然的に―――


 臆する。


 本当にこの俺がこの国を背負っていけるのか?


 身が再び縮こまりそうになる。だがそうすると先程の背中の痛みがたちまち酷くなっていく。


 そしてその痛みは、彼に背中を押された感覚と似ていた。


 ……懐かしいな。本当は怖いのに意地を張る俺の背中を、いつも彼はおもいっきり叩いてくれた。あの痛みは、忘れることができない。


 そう思うと、自然と背筋は伸びていた。


 また、彼に助けられたみたいだ。でも、そろそろ独り立ちしないと駄目だな。


 俺は少し痛む背中を伸ばしながら、大街道を歩いた。


◇◇◇


 棺を先頭に俺たちは歩き続ける。そしてその終着点は魔王城だ。


 そこで俺に棺が渡され、彼に頼まれていた通りに、俺一人で運ぶ。


 魔王城の目の前まで到着すると、ここからは俺一人で城内を進むことになる。つまり棺は俺一人で持つということだ。


 そしてついに、先頭で棺を担いでいた関係者たちから、棺を受け取る。関係者の中にはあの老父もいた。そのじっと見つめてくる目線から、何か深い信頼を感じた。


 周りの皆も信頼の眼差しを向けてくる。やるしかない。


 気持ちを再確認し、棺を受け取る。


 棺をもらうと、その重みが手に伝わる。魔族と戦争してきたので、体は十分に鍛えていたのだが、それで重いと感じてしまうほどだ。それは彼が背負ってきたことの重みにも感じられた。


 そしてその重みが今、俺に渡されたわけだ。いよいよ覚悟を決める時だ。大丈夫だ。散々向き合ってきた。


 最後の自問自答を済ませ、一人魔王城へと足を踏み入れる。


 場内は当たり前だが静まり返っており、しかし賑わっていた頃を知るものからすると、寂しいものがある。


 そして目的の部屋の扉の前へと到着する。あの拒むようで、どこか歓迎している豪勢な扉の前だ。


 彼に頼まれたのは、この部屋に棺を置き、扉を閉めきる。


 それだけだ。復活するため、土には埋めないで欲しいと頼まれている。復活した後の扉の鍵は何とかするらしい。


 俺は棺を抱えたままその扉を、肩でゆっくりと開ける。


 広がっていたのはいつもと変わらないあの大広間。しかし、大理石が誰一人としていない部屋全体を冷たくし、かつての温かみは一切なかった。


 部屋の真ん中にあるソファまで歩くと、予定通りの位置に棺を下ろす。これで頼まれていたことは完了だ。


 ……あぁ。本当に静かだな。


 変わり果てた大広間の冷たさを肌で犇々と感じながら思う。しかしここで時間を使っている暇もない。


 あまりに遅くなると親族と関係者たちから怪しまれるしな。さっさと去るとしよう。魔王も少しは、一人で静かにしたいだろうしな…。


 でも、最後の挨拶くらいさてくれよ……。いくらなんでも、急すぎだろ……


 そう思うと―――


「……ありがとな。あんたがこの世界を0から1へと作り上げたんだ。今度は俺が1から増やす番だ。3年後を楽しみにしといてくれ……」


 静まり返った魔王城で、魔王の一番近くで、俺はそう小さく呟いてた。



―――――――――。



そしてあの会話を最後に、俺は、彼に頼まれた約束を二度と果たせなかった。

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