八十六話 恩恵か呪いか権能の在処は此処に輪廻の輪に
輪廻に囚われし魂は此処に、汝を示すのは証か大罪か……故に我は何処にも存在せぬ。
思い上がれ、思い悩め、そこに人らしく英雄の咎を示す為に、血潮を代価に海を分け川を渡る楔であれ。
悩めぬ者よ「罪」を示して「主人」の番人よ、門は開かれる。
門番よ退け、選ばれし人柱が押し通ろう。
彼岸花は揺るがぬ地……鬼灯は灯篭の火、魂の回帰、咎人の歌。
十人の賢者、十人の仙人。
番人は悩む、天秤が揺らぐ事に……番人は考える「罪人」の為に報復の歌、悲しみの歌。
報いを受け罰となすなれば、それを振るうのは大罪の名。
傲慢に世界を喰らう英雄とならんとする者も良い……其れこそあるべき盤面ならば、進むが英雄の華となる。
強欲に全てを手に入れようとする英傑になるのも良いだろうが、正義の名の元に行われる蛮行は、欲望を満たすための傲慢か、または正義の名を欲するための強欲か、天秤なりて紙一重。
暴食に明け狂うのも良いだろう……人は喰らい、生き繋ぐ者なれば、皆等しく他者の技術や文化を欲のままに食らうのだから。
怠惰の天秤は揺るがない、余裕なき英雄には明日は無い……余裕で怠惰に耽る英雄を世界は求めない。
憤怒に燃える物語も良いだろう……魂に刻まれた恨みを燃やし英雄街道を歩む者もいるが、囚われ利用され永劫の輪廻へと落ちるだろう。
色欲を追い求める者も良いだろうが、英傑が色を逃げ場にすると同時に、小さな憤怒を生み出し続ける沼である。
嫉妬に飲まれるのも良い、この世に嫉妬を生まぬ人はいないが、飲まれれば天秤は崩れると知れ……一度崩れた天秤は他の大罪となって其方を喰らう。
虚飾で世界を語るのも物語に味をつけるだろう……しかし忘れること勿れ、幻想を追えぬものに英雄にはなれぬ事実がある事を……故に歴史は虚飾の上に立つ事を。
憂鬱になりなさい……それは、貴殿が負った罪の色香、故に罪人の証なれば逃れられぬ夢と同じ。
さぁ写身よ。
門を開けよ——門を開けよ——門を開けよ——
其方の大罪は何処、考える人の前に立つのみと知れ。
罪なき者は通るべからず、大罪を示す己が主人よ。
裁決は下された—————————貴殿に「権能」の扉を開かんとする。
「裁定者」——「傍観者」——「大罪者」——故に写身よ、神降ろしは澄んでいるのか?
外道の歌は響く、牛と馬は「己が大罪」を見定め笑う……さぁ声が響く導きまでに、力の契約はとうの昔になされた。
決めるのは、己が御心のままに「主人」よ。
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視界は未だに静寂と歪みを孕み—/——/\/——紅蓮華に大地が燃え上がる彼岸花が咲き誇り、石工の宮殿は一変して黄泉の国へ変貌する。
「ぐっ……」
これが夢でない事を腹の痛み……いや、全身にある鈍く体の筋肉が突っ張るような不快感が、己が現実だと縫い止める。
……と言うか、なんか今日はやたらと同じ事の繰り返しが起きてる気がする。
そもそも何、なんか殴られ自爆してキレて吹っ切れてまた強くなりますみたいな……俺はいつもの実力自体がまだまだ先だしってかぁ?
自分の才能を恐れる以前に腹立つ未熟さに、スキピオの技量を食い切れないし、盗むにしても初々しい赤子同然の技でハイハイしましたってぐらいに意味が無い。
あぁ……腹が立つ事にも腹が立つ。
ジャンヌや皇帝、エイレーネー様を守れる力は未だになく、十束剣の権能さえもまだ出し切れてない。
思考が揺れる……ただ十束剣が言葉を投げてくる。
歪で作り物のような未完成の器から想像できないほどに、何かに促され牙を剥き……神話の一端と契約を結ぶように思考を占領してくる。
「あっはは……門って何処だよ」
小さく誰にも届かぬ声、しかし意識は鋭くも儚く目の前の男に注がれるしかない。
あぁ、思考が混乱するようにぐるぐると回って、視界も幻想と現実の間を漂う道化の気分だ。
こういうの、英雄譚なら強化的な常識を挟まれるよなぁ。ヘラクレスならば鉄毛の獅子の討伐後の毛皮とか、ジークフリートが龍の血を浴びて無敵の体を得たとか。
「ぁはは……」
夢を見てる気分だなぁ、今の気分は踊らされる道化……踊る為には何が必要かな、十束剣。
「なんか冷静になってきた」
視界は戻らない、紅蓮華に燃える彼岸花の上に立つ。
受け入れる事も無ければ否定する事もない。
裁定者は己であり他者……なら俺は、俺を全うすればいいだけの落とし噺。
なら……ただ刀を握ろう……俺は守り手、裁判官は立っている。
「「フゥー」」
二人の武人は、息を吐く。
死神は緩やかに、先程までの道化じみた雰囲気は薄れ、何か違う神聖的な気配を持つ。
大刀の刃先を向けて、威風堂々と騎士らしく将らしく、そして人らしい英雄の像の如く、かの英雄は木霊するように鋭く吠える。
それは礼儀であり習わし……蛮族にならぬ皇族の剣としての責務が吠えさせる。
「神聖アウグスタ帝国 アエネアス公爵家当主並びに皇帝の剣、グラウディウス騎士団統領 [攻防の英雄]、名をスキピオ・アエネアス……貴殿の名は?」
名前……大層な名前。ジャンヌの騎士?……聖遺物所持者?……鬼龍衆頭目? いや、まだ鬼龍衆は俺と金時しか居ないし……えっと待って、急に言われると困るなぁ——肩書の無さに、原点で。
「……ただの龍閻」いや、違う、今は求められてるのは「[守り手]火之神龍閻」
「フッ……姫様の騎士とか言わなくて良いのか?」
「……さぁ、でもカッコ付けるならコレで良いだろ?」
「そうだなぁ。来いよ、守り手」
「行くよ……英雄」
金属同士が爆ぜる、ただ火花を散らし礼法と技量の混じり合いは、畝りと煙が咲き誇る。
無駄な会話はいらない、剣と斬撃を思いの儘に描く……好きな戦略、好きな太刀筋。
「探せ、門を」
逆手に唸る十束剣は螺旋を描き、獣の爪のように三本の閃光が唸るが、容易く盾で受け流される。
手応えなんぞ技量勝る英雄に感じるわけもなし、ただ最善を選ぶが……
「一手が緩い。”神槍ノ突き”」
神々しく畝る英雄の大刀が、芯を宿した通りに鋭く臓腑を突き抜けるための刺突を繰り出す。
回避なんぞ烏滸がましくて、眩しくて見続ける事が難しい。
至近距離の突きは、偶然か必然か奇跡というべきだろう。
十束剣の刀身の腹で防ぐ形で致命傷を確実に避ける形へ結果が揺らいだが、宙に体がふわぁと、いや、後方に磁力があるのかと思うほどに吹っ飛んでしまう。
一瞬のささやかな瞬間、思考は遅れ視界が細い線に包まれた歪んだ世界を感じる中で思うのは、背中側にある壁の事。
石工の壁、何千年も保つような強固な壁が迫ってる。
最初は自らの技で自爆し、次は英雄の刺突による……考える暇はない、やるのは刀身を後ろに向け魔力を込めて威力の分散。
「クッ……ん?」
石壁に突き刺さるハズの切先は容易く石壁を崩してしまい、勢いのまま外の霧雨の中に投げ出される。
泥と濡れた芝、そして石床によって鈍くて軽い湿った音を伝え、身体にひんやりと確実に体温を奪う。
「かっ……ヒュ——、ゴッっボォ」
呼吸がままならない。呼吸するたびに肺が肋を押し上げ、激痛が全身をめぐる電流となって襲う。
でも有難い、意識を保っていられる……多分。
「ヒュッゴッ……スゥ〜、フゥー」
息を吸い、吐き出すだけでも儘ならない。肋をやるのは初めてじゃないが、ここまでは酷くなかった。
何本やった?……いや、その前に、なんで石壁があんなに脆いんだ?
神刺しのミスで別の壁に激突した時は、多少凹んでもびくともしなかったのに、スキピオの技が強いのか?
でも……首を左右に振り、問題を先送りにした。
なんせ、玉座の間に立つ英雄は、堂々と鋭く研いだ殺意を向けてゆっくりと歩んでくる。
————\\—////////……——視界が歪む。定期的に来る彼岸が迫る紅蓮に燃える花は、雨露を血に染めて……血?
アレ、なんで血に染まっているのは////——[門を開け]——複数の人間の声を織り交ぜ、縫い合わせた様な声が耳を席巻してる。
「門?……彼岸花、血液……代価、ガ我がツミとナる」
意識が揺れる……彼岸に沈み天を仰いでいないのに空が見える夢の光景。漆黒に沈む夜は、十の勾玉の星たちが円となって月となる……あぁ、綺麗で鳴動する。
雨粒は消えて、異質さだけが残る。
[委……だねよ、我が権能を叫べ主よ。貴殿は裁定者]
「我は裁定者……血潮に揺れる最初の問い、嫌われるなかれ……死に装束を剥がさせてもらう、血の川で」
左手が動く、まるで予見してた様に、代価であり権能を生み出す苗床を増やすが如く、刀身を握り血を啜る。
「……ッ、何をしてる龍閻」
英雄は動揺する……当たり前だろ、自傷する奴なんか滅多に居ないからこそ、動きが止まる。
あぁ分かるよ。無理に動けば、俺は何をするか分からない。自傷してしまえば……俺の価値が下がるか、いやそれ以前に人間性……/——
「随分と呑まれてるなぁ。初めてはウブだから皆怖いもんさぁ」
スキピオは静かに大刀の狙いを定め、構えてくる。
そこには優しさよりも危うさを孕んだ、何かを訴えるかの様に、何かを仕向ける様に、答えを待ってるかの様に俺を見ている。
「ヒらケェ……じ」
「——天秤は分かれ、地は眠らんとする境界よ。代価を支払い、霧雨の障壁を大地の代わりに。我に障壁の水を。”水晶壁”」
スキピオと龍閻の間に境界を隔てる様に、水晶の様に透明でありながら壁として力を持つ、雨水の障壁が作られる。
いつから近くにいたのか、それとも今降りてきたのか分からないが、静かに杖を握り魔法を放ったエルフが立っている。
「ホルテンシア、一侍女の勝手で騎士の戦いに文字通り水を差すのか?」
「陛下のご命令なので」
「……」
スキピオは玉座を見上げ、ばつが悪そうに大刀を下ろした。
「ホルテンシア、まずは権能を止めろ」
「仰せのままに……龍閻ちゃんですか?」
「……ァ?」
「途中で止めたから、意識が変な所に行ったな、バカ弟子は」
「そうですねぇ、聖遺物の意識が無理矢理に権能を使わせようとしてるのでしょうね、私たちの様に……仕方がありません、一旦窒息してもらいましょうか。——水四つ集め、我を示す場所へ。”水玉”」
雨水が畝り、蛇の様に龍閻の頭に巻きつき球体になって包む。
「ゴボッ、ブッゴ」
二、三十秒は、もがく事もせずにただ同じ構えをとって止まっている状態で、意識が途絶えたのかぐったりと倒れ込む。
「……こいつ今日で何回、意識が途切れたのやら」
「貴方と陛下のせいでは?」
「ホルテンシア、龍閻を中に入れてやれ、治療もなぁ。目覚めるまではお前ら二人はここにいろ」
「仰せのままに、陛下」
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