第120話(第4章最終話)next stage
「この国の裏が動き始めた……私にとってみれば些細なことだけど、どうなるのか気になるよね。
そう思うでしょ?あなた」
「……は……ひ……」
人間であれば幼子にしか見えない背丈に、一対の翼を生やした1人の魔物の少女、空間を支配する大魔王、宇津隆太郎を無残に惨殺した張本人である。
名前はイブネル。種族は吸血鬼。魔界に数億を超える配下と眷属を持ち、大陸の約10分の1の領土を支配している。
その本気で戦う姿は、圧倒的な天災でしかなく、大魔王の中でも五本の指に入る実力者、まさしく魔族の頂点の一角。
彼女は、1人の人間の身体を建物の壁面に叩きつけ、その胸に手を押し当てている。ぶつかったと思われる壁面はクレーターのようにくぼみ、赤黒い血が飛び散っていた。
地面にはその人間の武器と思われる拳銃が、大きくひしゃげた状態で転がっている。もうとても使い物にはならない。
「放棄区域……って場所らしいし、このまま放置しても大丈夫でしょ。跡形なく押し潰すのも気持ち悪いし。
というわけで、逃げても良いよー」
そうは言っても、逃げられる余力なんてあるわけがない。彼女が手を離したその瞬間、人間の身体はろくに整備されていない地面に崩れ落ちる。
河瀬地方南陽長井放棄区域、都市部に位置する籔子や立川とは比べ物にならないほど広域に広がる放棄区域である。
公式的な人の出入りは10年間ずっと途絶えており、未だに多数の魔物が住み着くと言われる魔境……
そして、裏の人間が潜む、見捨てられた土地だ。
その地だけではない。日本各地に潜む彼らは、ある1つの目的に向かって動き始める。
『セレナ・エキスマリン』
それは大きな渦となり、ぶつかり合う。幾重もの願いと欲望と感情が絡み合う。
イブネルは気になっていた。魔王たちが目論むちんけな野望よりも、人間が紡ぐこの事件の結末を知りたかった。
(最も人に近い大魔王と言われた私だからかな?どうせみんな眼中にないんでしょ)
地面を踏む音が、誰もいない廃墟と化した町に鳴り響く。
◇◇◇
「名前は分かるわね?陽山時雨、それが今使っている名前みたいよ」
「それを殺せばいいのかァ?」
廃倉庫の中に数人の人影があった。男3人に女2人、リーダーのようにたつ女性が持つのは、小さなリボルバーであった。
黒いフードの隙間から覗く赤い眼光は、まさしく肉食獣のようであった。
「どうせROUNDERも動く。この内3人はそっちの対処に当たってもらう。こないだの浄化作戦とやらで自警団の取り締まりが強まりやがったのでね。
この際だし多少は仕返しでもしてやらないと」
裏社会も一枚岩では無い。それぞれに思惑があり、全員好き勝手に動いている。邪魔となれば組織で総力を上げて抹消しに掛かるし、必要とあれば一時的な同盟だって結ぶ。
「それはリーダーの意志?口からでまかせなんて訳ないよね?」
「そうよ。政府を下手に刺激せずに利用するのが私たちの方針だしね。所詮似非の正義感に踊らされた烏合の集まり、ただ利益のみで動く私たちとは正反対の存在だわ」
彼らは各々が武器を持っている。ある1人は自分の背丈以上の大きさの鎌を、1人は奇妙な形のナイフを、1人は短剣を持ち、最後の1人は金属製と思われるワイヤーを持っていた。
「理解したが、こうなると他にも動く組織があるのではないか?」
「そこは追々なんとかするわ。とにかく落ちてくる火の粉を振り払って、陽山時雨……もといセレナ・エキスマリンを捕まえるなり殺すなりすればいいの」
「わかった。努力するー」
ワイヤーを持った男性が、つまらなそうな声でそう言った。
◇◇◇
「よう、時雨。なんか雰囲気変わったか?」
「……そんなこと無い」
「ま、無理に聞かなくて良いでしょ!」
「正治もそんなこと聞けるようになったか。ヘタレのくせに」
「衝、お前はどこを見てそんなこと言うんだ?」
ある日の学校で、4人は再び合流した。
4人で進むnext stageが、始まりを告げる。




