ワナの是非を問う
昨日と同じカフェに集まった面々。ただし、昨日と違う点がひとつだけあった。メンバーがひとり欠けているのだ。言うまでもなく、それは昨夜襲われた池口ミユである。
カフェの一番奥のテーブル席に陣取ったのは、アリスたちとそこにカミラときららを加えた、計八名。
一時間前に席に着いてからずっと、優希を嵌めるワナを決行するかどうかについての話し合いが続いていた。アリスたちが慎重な姿勢を示したのに対して、昨夜のミユの件があったにも関わらず、カミラときららは優希をワナに嵌めることに前向きな姿勢を示した。
話し合いの中で、特にアリスが驚いたのがきららの様子だった。昨日は自分の身近でおきた事件のせいで恐怖に怯えている様子が丸分かりだったが、今日は緊張した面持ちこそしているが、背筋をしっかりと伸ばしてちゃんと話し合いに加わっていた。昨夜のミユの件で、事件に対する気持ちに変化が生じたのだろう。友人の借りを返したいという思いが、言葉の端々に垣間見られた。
仮に優希をワナに嵌めるとなると、オトリとなるカミラたちの協力は必要不可欠となる。しかし、それにはそれ相応の危険が伴う。昨夜ミユを襲ったことで、犯人は犯行を加速させている可能性があった。あるいはこの先、もっと暴力的な手を使ってこないともいえない。そうなったら、アリスたちの手でカミラたちを守れるかどうか分からない。それがアリスが今一番頭を悩ませているポイントだった。
慎重派のアリスたちと、積極派のカミラときらら。お互いに主張を曲げることなく、話し合いは平行線に入ってしまい、なかなか妥協案が見出せずにいた。
沈黙の時間がしばらく続いた。その沈黙を破ったのは、意外にもこの中で一番大人しそうに見えるきららだった。
「──アリスさん。これ以上犠牲者を増やさない為にも、わたしたち自身が行動するしかないと思うんです! アリスさんたちがわたしたちのことを心配してくれているのはよく分かりますが、わたしたちにも協力させてください! その生徒をワナに嵌める作戦を決行しましょう!」
きららが強い口調ではっきりと自分の意思を皆の前で示した。
「アリスさん、私もきららと同じ意見です。私たちの手で、友人たちを襲った犯人を何としてでも捕まえたいんです!」
カミラがきららの後に続いた。
二人の意思が固たいことは、その表情から察せられた。これ以上二人を止めようとしたところで、きっと素直に頷いてはくれないのは目に見えている。あるいは、ここで強引に袂を分かつことも出来るが、カミラたちに勝手な行動でも起こされて、その挙句に犯人に襲われでもしたら、それこそ後悔先に立たずとなってしまう。カミラもきららも危険を承知のうえで、こうして協力してくれると言ってくれているのだ。だとしたら──。
ここまできたら決めるしかないわね。
アリスは胸中の迷いを吹っ切った。
「──二人の思いは分かったわ」
一度、深く頷いた。そして──。
「今度という今度こそ、あいつをワナに嵌める作戦を決行するわよ!」
アリスは部長として重い決断を下したのだった。
「みんなもそれでいいわね?」
その場にいる全員の顔を順番に見回した。全員が真剣な表情で頷く。これで意見はひとつにまとまった。もう後戻りは出来ない。
「それじゃ、彼を嵌めるワナについての議論に移るわよ」
アリスたちは次にさっそく優希を嵌めるワナについて、再考を始めた。いろいろな様式のワナが検討されたが、結局、昨日カミラが考えたワナで行くことに落ち着いた。優希に顔を知られていないカミラが電話で優希をおびき出して、優希の本性を暴く。そして、そこをアリスたちが捕まえる。オトリを使ったシンプル極まりないワナであるが、その分、失敗する可能性も低くて済む。
「──さあ、ワナの方法も決めたことだし、今からさっそく第一段階を始めるわよ」
アリスはのどかに目配せをした。
「はい、アリス。これが彼のスマホの番号よ」
のどかが制服のポケットからメモ用紙を取り出した。女子生徒に大人気の優希は、女子生徒からスマホの番号をねだられて教えていたのだ。その内のひとりの女子生徒から、のどかが予め聞いておいたのである。
「カミラさん、電話をお願いね──」
アリスはのどかからメモ用紙を受け取ると、それをカミラに見せた。ワナの第一段階は、相手をこちらのテーブルに誘い出すことである。
カミラがティーカップの横に置いてあった自分のスマホを手にとり、優希に電話を掛ける。アリスたちは黙って、その様子を見守った。
相変わらず千本浜高生の楽しげな声が響く店内で、このテーブル席だけは束の間、静かな空気に包まれた。
ファイブコールで相手が出た。相手がしゃべる前に、カミラが口を開いた。
「──私は昨日襲われた池口ミユの友人よ。昨日の一件のことであなたと話したいことがあるから、今夜八時に千本浜高校まで来てくれる? 私が言っている言葉の意味は分かるわよね? それじゃ、待っているから」
カミラが事前に決めておいたセリフを早口で言う。
「おい、いきなりなんだよ? いったいどういうこと──」
通話相手は驚いているようだった。いきなり見ず知らずの女子高生から電話があって、しかも話の内容が事件のこととなれば、当然ともいえる反応だった。
「とにかくあなたが来るのを待っているから──」
カミラが相手の質問を無視して、素早く電話を切る。短い通話だったが、こちらの要求は相手に伝わっているはずだ。あとは相手がどう出てくるかだが、こればかりはなんとも言えない。相手が来ることをただ祈るしかない。
「さあ、まずは第一段階完了ね。──次は第二段階に移るわよ」
アリスの掛け声の下、一同は席を立つと、ぞろぞろとカフェを出て行くのだった。
────────────────
手にしたスマホをじっと見つめ続けた。まさか電話が掛かってくるとは、思いもしていなかった。しかし、こうして向こうから連絡をしてきたということは、向こうは覚悟を決めたに違いないのだ。だとしたら、こちらもそれ相応の覚悟を決めないとならない。
いいだろう。望むところだ。
むろん、無視することだって出来たが、優希は自ら出向くつもりだった。もうこれ以上時間を掛けている余裕はないのだ。
これだけ事件が大きく報道されてしまった以上、内々で済ませることはもう出来そうにない。だったら、少しでも早く自分の仕事を終えるしかなかった。
あるいは、もしかしたらこれは千載一遇のチャンスになるかもしれないな。
そんな風にも思う。遠い彼の地から極東の見知らぬ国までやってきたが、これでようやく『夜の一族』を代表して任された『使命』を果たせそうである。
待ってろよ。ボクの手ですべてを終わらせてみせるからな!
優希は心に誓うと、外出する為の準備を直ちに始めるのだった──。