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怪物探偵倶楽部 ~アリス・イン・モンスターズ~  作者: 鷹司
第三章 ワナを仕掛ける!
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早退する

 教室に戻った優希は自分に一斉に向けられてくる女子生徒たちからのハートマークの視線に笑顔を返しつつ、静かに自分の席に着いた。顔には笑みを浮かべていたが、心の中ではさきほど絡んできた『例の倶楽部』の連中について深く考え込んでいた。



 どうやら、あの連中の態度から見て、ボクのことを犯人だと考えているみたいだな。



 コウという生徒の口振りからして、それはもう間違いないことだった。しかし、踏み込んだことを言ってこなかったところをみると、まだ何も事件についての証拠は掴んでいないのだろう。当然、こちらの正体も知られていないはずだ。だが──。



 今までは無視すればいいと簡単に考えていたが、ここまで執拗に嗅ぎまわられると厄介かもしれないな。今のうちに何らかの対策を考えておいた方がいいだろう。そうしないと、こちらの行動にも支障が生じかねないからな……。



 ここにきて、あのおかしな名称の倶楽部の連中が俄然目障りになってきた。優希にはやらなくてはいけないことがあるのだ。その為に遠い異国のこの街まで、わざわざやってきたのである。訳の分からない連中に邪魔をされたくはなかった。



 まいったな……。昨夜、取り逃がしたのが本当に痛かったな……。昨日、しっかり捕まえることが出来ていたら、こんなに悩む必要もなかったんだが……。



 端整な優希の顔に、暗い影が落ちていた。そんな優希の憂鬱そうな表情を見て、女子生徒たちが一斉に悲鳴にも似た嬌声を上げるのだった──。



 ────────────────



 昼休みに入ると、アリスたちは六人は再び部室に集合した。


「なあ、今朝の階段でのあいつの態度を見ただろう? あの余裕ぶった顔は、間違いなくオレたちなんかには捕まらないっていう顔だぜ」


 コウが部室に入るなり、怒りの第一声を放った。


「アリス、こうなったらあの野郎をいち早くワナに嵌めて、正体を暴いてやろうぜ!」


「ちょっと待ってよ、コウ。ミユさんが襲われたから、ワナの話は保留するってことに決めたでしょ?」


 アリスはともすれば早まった行動に出そうなコウに釘を刺した。


「そんな悠長なことを言っていたら、あとの二人だって襲われちまうかもしれないぜ? そうなってからじゃ遅いだろう?」


「そんなことぐらいは、あたしだって分かっているわよ!」


 言い合いのするのはコウと櫻子の二人と決まっているが、今日ばかりはアリスもついコウに食って掛かってしまった。それだけアリス自身も心に余裕がないということだった。


「ちょっと二人とも言い合いは止めてよ! ここで怒鳴りあっても、何の解決にもならないでしょ!」


 滅多にないことだが、櫻子が止め役になった。


 のどかも京也も難しい顔をしたまま黙ってしまっている。今朝以上に部室内がどんよりとした重たい空気に包まれた。誰もが事件の解決を望んでいながら、それが出来ない現状に皆、焦燥感が募っていたのだ。


「ほらほら、そんなに怒ってばかりいたら、口があんぐり開いちゃうわよ。『angryアングリー』な気分だけにね」


 突如、部室に魔法使いが姿を見せて、再び、くだらないダジャレでもって一瞬で重い空気を取り払ってしまった。温和な顔をした魔法使いは、当然のような足取りで部室の中に入ってくると、長机を挟んで睨み合っていたアリスとコウの顔を順番に優しい眼差しで見つめた。


「アリスちゃんもコウくんも、少し頭を冷しなさい。あなたたちが何をしようとしているのか知らないけれど、こんなところで仲間割れなんかしていたら、いつまでたっても良い結果は絶対に生まれないわよ」


 普段はおっとりしたイメージのあるほのかの珍しい大人の言葉に、アリスもコウもバツが悪そうな表情を浮かべるのだった。


「ごめんなさい、ほのか先生」


「すいませんでした、ほのか先生」


 アリスとコウは素直に謝った。それで部室内の重たい空気が完全に一掃された。ほのかだから出来る芸当である。


「──姉さん、ありがとうね」


 のどかがほのかに軽く頭を下げた。


「いいえ、どういたしまして」


「それで、姉さんはどうして部室に来たの? あっ、もしかしたら、今朝みたいに池口さんの容態のことで新しい話でもあるの?」


「違うわよ」


 あっさりと否定するほのか。


「それじゃ、どうしたの? まさかわたしたちの言い合いの声が外まで漏れていて、わざわざ止めに来たとかじゃないわよね?」


「そうじゃないわよ。あなたたちの耳に入れておいた方がいい話があったから来たのよ」


「えっ、話って、どんな話なの?」


「でも、話をする前に、ひとつだけ言っておかないといけないことがあるんだけれど──いいこと、今のご時世、生徒たちのプライベートなことについては、いろいろとうるさいのよ。やれプライバシーの侵害だの、やれ人権侵害だの、本当にうるさいんだからね」


 ほのかが珍しく養護教諭らしいまともな意見を述べた。


「うん、それは十分に分かっているから。それで肝心の話を聞かせて欲しいんだけど──」


「だからね、この話を本当にしてもいいのかどうか迷っている部分があるんだけど、あなたたちには必要な話だと思って、ここは清水の舞台から飛び降りる覚悟で……いいえ、東京タワーからバンジージャンプする心構えで……いいえ、スカイツリーからパラシュートで降下する気分で話そうと思うんだけど──」


 最後の方は只のアトラクションとしか思えなかったが、アリスは口を挟まずに黙って話を聞くことにした。ほのかの話が脱線することはよくあることなのだ。


「つまりね、簡単に言うと──アルカール・優希くんなんだけど、体調が良くないらしくて、昼休みに早退したわよ」


 散々勿体付けられた末に聞かされたほのかの話は、今のアリスたちにとっては聞き逃せない重要な情報だった。


「早退! ほのか先生、それじゃ、優希くんはもう学校にいないってこと?」


 アリスは勢い込んで尋ねた。


「そういうことになるかしら。早退ってそういう意味でしょ?」


 自分が重大な情報をもたらしたとはこれっぽっちも思っていないほのかが、可愛らしく小首を傾げるポーズを見せた。


「くそっ! あの野郎にまた先を越されたぜ!」


 コウがイスを倒すくらいの勢いで立ち上がった。今にも部室から飛び出しそうな素振りをみせる。


「アリス、すぐにカミラさんに連絡を取って!」


 のどかがいわんとしていることを、アリスはすぐに悟った。のどかは早退した優希がカミラたちを襲う可能性を考えたのだ。


「分かった。連絡してみる」


 アリスはカミラのスマホに電話を掛けた。相手はスリーコールで出てくれた。


「はい、カミラですが──」


「あっ、もしもしカミラさん。ちょっと急いで連絡したいことがあったから、電話させてもらったの」


 カミラが電話に出ると、アリスはほのかから聞いた優希が早退したという話をさっそく伝えた。


「──うん、アリスさん、分かったわ。こっちでも気をつけることにするから」


 続けて、カミラが意外な話をしてきた。


「それで昨日話したワナについてだけど、どうするの?」


「えっ、ワナって……」


 一瞬、返答に迷ってしまった。てっきりカミラの方から、怖くなったからワナを中止したいという話をしてくるものだとばかり思っていたのだ。


「えーと、あたしたち倶楽部の総意としては、池口さんが襲われたばかりだから、ワナを実行するのは保留した方がいいかなと考えたんだけど……」


 アリスは倶楽部としての考えを示した。


「でもアリスさん、相手が行動を開始したのだとしたら、こちらも早くワナを決行した方がいいと思うんだけど」


 意外にもカミラはコウと同じ意見のようだった。


「それはそうかもしれないんだけど……」


 アリスとしては危険を承知でここではいそうですかと、簡単に頷くことは出来なかった。


「アリスさんが迷う気持ちも分かるわ。それじゃ、こうしたらどうかな? とりあえず、今日の放課後にまた例のカフェで落ち合いましょう。そこでもう一度話し合いをするというのはどう? どのみち、また会って話そうと約束もしていたわけだから」


「うーん、そうだね……」


 アリスは返答に窮してしまった。たしかに昨日の段階ではそういう約束をしてはいたが、状況が急変しているのだ。出来れば、これ以上カミラたちを事件に引きこみたくない。


「あっ、ごめんなさい。午後の授業がもう始まるから、これで電話は切るね──」


 カミラはそれだけ早口で言うと、通話を切ってしまった。


「──どうしたの、アリス? なんか呆然としているみたいだけど、カミラさんたちの身に何かあったの?」


 のどかがさっそく心配してきた。


「ううん、そういう心配はないんだけど、カミラさんが言うにはね──」


 そう言ってアリスはたった今カミラと話した内容を五人に話して聞かせた。アリスひとりでは決めかねる提案だったのである。


「なるほどね。カミラさんはオレと同じ考え方みたいだな」


 コウがにやりと笑った。


「カミラさんもああ見えて、かなり熱い性格みたいね」


 櫻子は危険を顧みないカミラの態度に感心すらしている。


「ここはカミラさんたちと話だけでもするのがいいかもしれないな」


 京也は優希を嵌めるワナ云々よりも、もう一度話し合いをすることが大事だと考えているらしい。


「アリス、とりあえずもう一度カミラさんたちと会って、話をするのが有意義だと思うわ。ワナの話はそこでまた考え直してもいいわけだから」


 最後にのどかが皆の意見をまとめる形で口を開いた。


「そうだね。昨日と状況がガラッと変わっちゃったんだから、もう一度ちゃんと話し合いをするのが妥当な線かもしれないわね」


 アリスは部長として今後の方針を固めた。


 暗くギスギスとした雰囲気でチームワークが壊れかけていたが、ここにきて部員一同の心が再びひとつにまとまりつつあった。いや約一名、話を聞いていない部員がいたが、いつものことなのでアリスは気にしなかったが……。

 

「あっ、今、凄く面白いダジャレを思いついたんだけど──アインシュタインが発見した理論は、『早退』性理論──ははは、面白ーい!」


 くだらないダジャレを自分で言って自分で笑うという、まことに奇矯極まりない行いをしたのは、もちろん、ほのかしかいない。


「さすがほのか先生! 面白いダジャレですね!」


 皆の話に加わらずに、ほのかのダジャレに聞き入っていたのは、もちろん、さきである。

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